minoaka Tommy の わらぶき小屋

音楽や話題になってる事で、面白い よもやま話が好きな仲間が気楽に寄れるコーナー
   <’11・11・1 OPEN>

懐かしのハ-6

2016年07月31日 19時49分01秒 | ハワイアン・フラ
29日の続き(最終):

”青・竹・珊瑚”って言葉をご存知だろうか。
順に「ブルーハワイ」「小さな竹の橋」「珊瑚礁の彼方」で、最も好かれ、よく演奏されるハワイアンだ。


映画「ブルーハワイ」では、プレスリーが「Hawaiian Wedding Song(ケカリネイアウ)」を歌っている。


今、ハワイで最も人気があるのは ケアリー・レイシェルだろうか。
彼の歌は、多くのフラが好んで取り上げている。
昔は、ドンホーやIZUなんかが一時代を築いていた。
「ウェブリーエドワーズとHawaii Calls」っていう番組があったが、TommyはCDで知るだけだ。


この番組のゲストの露木茂氏は、かってバンドを組んでいたので、ハワイアンに関して活き活きと武田鉄矢とトークしている。
若い時にハワイアンをやっていた人としては、写真家の浅井慎平や関口宏なんかがいる。


今年1月にけんたろう君とハワイに行ってきた。

Tommy「今度ハワイに行ったらゴルフしようか?」
けんたろう君「せっかく行くんだったら、もっと腕を上げておいてよ」
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ウ高岡・納涼会

2016年07月30日 22時08分02秒 | 飲食・グルメ
ウクレレ教室高岡の暑気払いを行う:

場所は高岡駅クルン 2Fの「とりてつ」。
あるのは知ってたが、入るのは初めてで、楽しみにしていた。


総勢 10名。飲み放題のパーティー・コース。
新人さんは3名参加するが、あみだクジで、3名とも端っこの席。


まだ顔と名前が一致しないってんで、自己紹介する事に。

Tommy「滝さんは、今日のゴルフで優勝したんだって」
CAROL「すごいわね。4時間以上 炎天下でプレーしたって事が」


ビールは普通は、上から注がれるのだが、ここの注ぎ方が変わっている。
所定の場所にグラスを置くと、どこからかビールが入ってくる。
「下から?」。よく分からないが、酔っているし、まあどうでもイイか。


盛り上がり過ぎ、8月の慰問の話をしたかったが、すっかり忘れてしまっている。
新人さんも教室の皆んなと、すっかり打ち解け、9月からが楽しみだ。


それからカラオケへ。
皆んな、ウクレレ教室とは違った歌で また楽しむ。


皆んなと別れてから、一人でスナック「馬車道」に寄ってみる。

ママ「Tommyさん、近々ライブやるんだって?」
Tommy「ああ、来月にオアフスタンドでね」
ママ「家が近いので、自転車に乗って 行くね」
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懐かしのハ-5

2016年07月29日 17時32分48秒 | ハワイアン・フラ
28日の続き:

日本のフラ人口は約50万人だとか。
とすると、富山県には5千人ものフラガールがいると類推できる。
5月の環水公園HF、9月のAloha/Heaven、いづれも2日間で 1千名が参加するが、まだまだ大勢のフラ愛好者がおいでなんだ。


フラのブームはいつからだろうか?
よくわからないが、福島の常磐ハワイアンセンターも一つのキッカケになっているのだろう。


昭和40年頃のハワイアン・バンドは、ビアガーデンとダンスパーティーが主な演奏場だった。
ビアガーデンは好きだった。
営業が終わると、「学生さん、ご苦労さん。ビール、呑んでいきな」って呑ませてもらった。

Tommy「生樽を開けると、残ってても、捨てるだけだもんね」
CAROL「そうか、それで演奏とお酒がついてまわるようになったんだ」


ビアーガーデンのバイト料は一晩800円だった。
あの頃は、千円あれば安い店で呑めた。
こんな事もあった。

お客さん「おい、あんちゃん、軍艦マーチをやってくれ」
Tommy「じぇじぇ、(メンバーに)キーは Gで適当にやってくれ」

もちろん、練習でやったことはなく、適当だったが、そのお客さんからビールを一杯づつご馳走になった。


常磐ハワイアンセンターの話に戻る。
廃坑の町をどう建て直すか、その苦労は映画「フラガール」(音楽担当:じぇーく・シマブクロ)に詳しく描かれている。

好きなシーンは:
松雪泰子が夜汽車で東京に帰る時、蒼井優ら生徒がフラの仕草で訴える
「先生、帰らないで、戻ってまた 教えて」
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懐かしのハ-4

2016年07月28日 21時57分22秒 | ハワイアン・フラ
26日の続き:

前回はバッキーを取り上げたが、その対極にいたのが、オッパチこと大橋節夫。
この二人、現役バリバリの頃は、お互いに反目していた。
が、晩年は二人はよりは戻して、一緒にレコーディングしている。


慶應ボーイのキザっぽい所が好きでなかったが、最近は「赤いレイ」など親しみやすい和製ハワイアンも良いなと思っている。


ハワイアン全盛期には、バッキー、オッパチ、それにペダルスチールのポス宮崎、山口軍一、大塚竜夫、和田弘、三橋信夫、パラキンのダニー飯田、スパイダーズの大野克夫などの名前が浮かんでくる。


ハワイアンの女性Voも多士済々。「京都の恋」の渚ゆう子もハワイアン上がりだ。


日野てる子は、美人でもあって人気があった。
ただ、個人的には 好きな歌い方ではないけど。


昭和30年代はまだ海外旅行なんて、夢の夢だった。
「トリスを飲んで ハワイへ行こう」ってCMがあった。

CAROL「じゃ、Tommyは何回もハワイへ行けたね。
    あっ、先立つものはないのか」
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楽水会・呑み会

2016年07月27日 23時29分42秒 | 囲碁
水曜日は富山市磯部で 楽水会の囲碁例会がある。
午前中は、高岡で用事を済ませ、飲み会があるので、バスで出かける。

バスを降りてから歩いて行員クラブに向かう。
安野屋町にこんな教会があるのを知る。
Tommy「落ち着いた建築物だ。いづれは世界遺産になるのかな~」


 
  今日の成績:✕✕✕○=1勝3敗 →289点

ネット碁も、最近は株価と同様、低迷している。
夕方から飲み会があるので、車組は早々に一旦家路に。


約束の時間まで、富山城址公園を散策。
和風庭園が落ち着いた雰囲気を醸し出している。


一箇所にスマホを持った若者が大勢集まっている。
自転車の高校生に聞くと、やはり ポケモンGOのゲームだという。
ガラ携のTommyには分からない世界の話。


公園の一角で、結婚式の前撮りが。
この暑いのに と思って見てたが、幸せいっぱいの二人は、もっとお熱い。


17時半から桜木町「十々八(ととや)」に8人が集まり、懇親会。

ライバル「Tommyさん、最近はあまり出て来ないけど、飲み会があると、よろこんで来るんだ」


色々と語り合うが、今日はこんな事があったとか(Tommyが行く前)。

KさんとHさんは実力伯仲のライバル関係。
Kさんが圧倒的に優勢な対局だったが、うっかりミスをし、Hさんに逆転される。

Kさん「あなた、もう投げるべきだったんだよ」
Hさん「失礼な。そんな簡単なミスに気づかないあなたの落ち度じゃないか」
日頃温厚なHさんの大声に、場は一瞬、白けた と。

CAROL「お楽しみの対局だと思ってたけど、皆さん、真剣なのね」
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懐かしのハ-3

2016年07月26日 21時41分39秒 | ハワイアン・フラ
24日の続き:懐かしのハワイアン-3:

戦争が終わっての日本は大変な時代だった
  →朝ドラ「ととねぇちゃん」の片桐はいりの生活なんか。
そんな時期、ハワイアンミュージックが若者中心に大ブームに。


あまり娯楽のない時、ビアガーデンの生演奏はうけた。
また、昭和40年頃の「大学対抗バンド合戦」というラジオ番組も人気があったらしい。実はTommyはこの番組を知らない。
song1234さんのブログに、当時の番組の録音を S/YOSIDAさんが寄せられているので、引用させてもらう。

CAROL「何か聞きにくいわ」
Tommy「いや、かえってあの当時の雰囲気が伝わってくるではないか」


このハワイアンブームはバッキーを抜きには語れない。
スチール弾きは、(調弦によって)バッキー派かAm7(C6)派かに大別される。
Tommyは先輩方のAm7で覚えたので、学生時代に銀座タクトで生のバッキーを見たが、役に立たず(全然理解できず)ただそのテクニックに驚くばかり。


バッキーの息子さんたちもハワイアン演奏家だが、だれもスチールはやらない。
昭和42年にバッキーが高岡市民会館で演奏したのを見てきた。
緞帳が降りて休憩の時、息子の誰かがステージに残されたバッキーのスチールに触っているのを垣間見た。
多分、「見て覚えろ!」って言う指導方針だったんだろう。


バッキーのお弟子さんは沢山いる。

Tommy「和田弘なんか、よく叱られていたって聞いたなぁ」
CAROL「愛のムチだったんだね」


同じテイチクレコード同士だったので、裕次郎もバッキーの作った曲「俺はお前に弱いんだ」を歌っている。

裕次郎「古い傷あと あるからさ~ ただ~それだけ~♬」
CAROL「盲腸の手術あとの事?」
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コニー・ライブ

2016年07月25日 17時26分11秒 | ライブ
7・15 高岡御旅屋エルパセオにライブハウス<GOOD FELLOWS>がオープンし、記念のイベント:CONNY'S のライブに行ってくる。

開始前からオールディーズを楽しみにしている連中が、ライブに相応しいスタイルで集まっている。


前座は<シルバーキャッツ>が大音響で歌と演奏を始める。
Vo、バックコーラスともにご機嫌だ。


エルビス・プレスリィーのナンバー「Don'T BE Cruel」では、Voがモミアゲのパフォーマンスで会場を盛り上げる。



さぁ、コニーちゃんが落下傘スカートで登場。会場は沸騰!
あれっ、昔に比べ ふっくらしてるね。


50~60年代のアメリカン・ポップス、ロックンロールを連発。
代表曲「キッスは目にして」はもう35年前のヒットだが、歌い出すと 古さを感じさせない。


会場はツィストを踊り出す連中の熱気で、冷房が追いつかない。
十数曲歌い終え、一旦引き下がる。
アンコールの声に促され、再びステージに上がり、ラストは「Stand By Me」。

会場はスタンディングでデジカメを構えるのも一苦労。
横向きになるが、スピーカーの前が空いていたので、そこでシャッターを押す。
スピーカーのバカでかい音量が左耳を直撃したので、今も何か耳がジ~ンと鳴っている。

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懐かしのハ-2

2016年07月24日 17時04分45秒 | ハワイアン・フラ
22日の続き=懐かしのハワイアン(ハと省略)-2:

日本のハワイアンは、大正3年の東京大正博覧会にハワイからフラが来日した事から始まる。


ハワイアンが定着するのは、灰田兄弟の活躍から。
彼らは関東大震災の前に来日してたが、大震災のドサクサにパスポートが盗まれ、帰れずそのまま日本に残る。


そして日本初のハワイアンバンドを結成。
これが発火点となって、その後、幾多のバンドが生まれる。


灰田勝彦の代表作といえば、「鈴懸の径」
立教大学の構内の並木道を歌ったもの。
動画をさがしてみると、鈴木章治や北村英治のクラリネット版が多く、元々のワルツ → スィングジャズの名曲として定着している。


戦前からのハワイアンには、日系二世のバッキーも忘れてはならない。


太平洋戦争の戦地慰問では、ジャズはもちろん英語の歌はご法度で、唱歌や童謡を演奏していた。

軍隊「なに? バッキーだと? それはダメだ。
   <白片つとむと 南海音楽集団> と名乗れ!」
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コラボ練習

2016年07月23日 22時25分10秒 | ハワイアン・フラ
来月、納涼祭で一緒するフラチームと合同の練習を行う。
なかなかメンバーが揃わず、今日はキーボードと二人だけだが、演奏曲の確認をしておきたい。

レッスン室ではすでにフラの練習が始まっている。


納涼祭ではバンドで3曲、コラボで8曲を予定。
曲順はやはりフラの着替えの都合で決めてもらう。


曲の合間に踊りのポイントの確認。
舞がそろわないといけないので、お互いに確認しあってる。
この間、Tommyは熱中症にならないようにドリンク。


何分、歌がないとフラとの合わせができない。
大半が女性が歌うフラなので、今日はTommyはその代役。
ハワイ語がうまく歌えず、キーも下げて欲しいが、キーはそのままやっていく。


前日、納涼祭の担当者と打ち合わせし、会場を確認した。

Tommy「この駐車場にやぐらを組むんですね。で、雨が降ると?」
担当者「雨なら規模を縮小して建物の中に変更します。
  でも、この10年、雨に降られてません。
  もし雨が降ったら、Tommyさん、あなたのせいですよ(笑)]


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懐かしのハワイアン1

2016年07月22日 23時16分22秒 | ハワイアン・フラ
今日は大暑。

富山も梅雨明けとなる。


県下の小学校も一斉に終業式を行い、いよいよ夏休み。

「今日はそんな程度のブログにしかならないなぁ~」と思ってたら、21~22時の一時間、ハワイアンを取り上げたBSがあるじゃん!

武田鉄矢の「昭和は輝いていた」という番組。21時にスタンバイ。
誤認会の奥野君がすぐメールをくれる。
いや~、今日は外で呑んでなくってよかった。


今回は「ハワイアンミュージック」を取り上げている。

Tommy「嬉しくって思わず涙が出そうになるよ」
CAROL「歳を取ると、涙もろいのね」


とても1回や2回で紹介できないので、追々ブログにしよう。
いつもならもう寝てる時間だから、今日はここまで。
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