minoaka Tommy の わらぶき小屋

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   <’11・11・1 OPEN>

大橋巨泉

2016年07月21日 21時09分30秒 | 日常・雑感
昭和の名司会者・大橋巨泉が亡くなる。

巨泉といえば、まずは「11PM」。
「野球は巨人、司会は巨泉」
「朝 まるで弱い朝丘夢路」のフレーズは今も覚えている。


元々はジャズ評論家。それから放送作家~司会者に。

ラジオの司会でこんな事があったと、song1234さんのブログにあったので、引用させてもらう。

” 昭和40年頃に「大学対抗バンド合戦」というラジオ番組があった。
当時は、どこの大学にも、ハワイアンバンドがあった。

彼は司会者、審査員には、審査員長の小島正雄氏、エセル中田氏等がいた。
ある時、演奏後の評価で、エセル氏が、「この演奏はプロでも通用する」と仰った。
すると、審査員でもない司会者の巨泉さんが、「僕は誰かに感動を与えられることが、すばらしいと思っている。プロとかという枠は外すべきだ」と言った。

その時私は、「巨泉さんは、司会者なのに、審査員みたいなこと言う、失礼な人だ」と思ったことが、今でも印象に残っている。
まあ歯に衣着せぬ巨泉さんでしたね。 ”


奥さんは元歌手の浅野順子さん。
確かに、自分の好きなスタイルを貫き通した82年の生涯だった。
参院議員にもなったが、党の運営に不満で、半年で辞職している。


裕ちゃんなんかのいた昭和9年生まれの同期会があったが、もう半数以上が鬼籍に入っていて、昭和の星が段々少なくなっている。

  ご冥福をお祈りいたします。
コメント (3)
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