goo blog サービス終了のお知らせ 

michi のひとりごと

日々のつぶやき、あれこれ。

老々介護8年。 100歳になった母を見送りました。
こちらは重度の難聴。

ニュアンスまで手話で伝えたいんだけど、、

2013-04-13 07:56:37 | 聴こえ

いつも拝読しているブログ『野の学舎』。

著者は、日本に来た外国人に日本語を教える素敵な先生です。

そのブログで、4/10、

みんなが元気になる日本語教室」というのがありました。

その中で、

A 窓が開いている。

B 窓が開けてある。

C 窓を開けている。

この違い。

 

A 母に時計をあげました。

B 母に時計をやりました。

そんな例が挙げられていて、わたしは、

「手話だったら、

  『窓を開ける』動作で、3つ一緒。

  『あげる』動作と、 『やる』動作って、おんなじじゃない…?

って思ったんです。

 

プレゼントを持った仕草をして、渡す動作。

これをちょっと丁寧にすると、「あげる」になるんでしょうけど、

そういうのって、人によって、

ふだんから丁寧な手話をする人もいるし、そうでもない人もいるし で、

基準とか分かりにくいんじゃない?

 

また、

「窓を開けようよ」だったら、そういう表情をするんでしょうけど、それと、

「窓を開けたら?」と区別はできるのかしら――。

日常会話では、パパッと その動作をするんですよねぇ。

 

こういう手話表現の辺りは、ずっと前から疑問に思っていたので、

いつも参加しているSNSの、手話関連のコミュニティで質問してみました。

どなたか反応してくださるかしら…? 

  ご存知の方いらしたら、教えてください~

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ジュースを飲む音が聴こえた !

2013-03-28 11:10:42 | 聴こえ

あら、鶯?

なにか鳥の声が聴こえてます。

  春を実感できるひととき。

 

 

道に出ると、子どもたちの明るい声が響いてます。

  なぁんでも珍しい。

  なんでも興味を示し やりたがる。

  すぐに友だちになっちゃう。

子どもって、未来 そのものですね。

 

 

 

 

いつも部屋に戻って一人になったら、

両耳から補聴器を外してしまうんですが、

きのうは、すぐまた外に出る用事があって、外さなかった。

そうしたら、野菜ジュースを飲むとき、

ゴックンゴックンと飲む音が聴こえた。

さらに、電気ポットでお湯を沸かしている音まで。

そしてそして、なにか小さなモノを落としたときもコトンって。

 

こんなことも、音がしてたのねぇって発見した気分。

 

 

  聴こえない でもないし、聴こえる でもない。

  ウチら、どこへいっても中途半端なのよね。

  時々ちょっとタイヘンになっちゃうよ。。

  なあんて思うこともあるけれど、

  難聴だからこそ、こんな体験が出来るんだよねぇ。

 

 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

あの手この手、モタモタの会話でした♪

2013-03-21 18:37:29 | 聴こえ

3日間の帰省で、長いことご無沙汰しました。

やっと平常の生活に戻ってきて

この小さなblogに帰ってくると、なんか落ち着きます。

 

これ3/16のもの。新幹線の車窓から。

よく晴れた日で、結構長い時間眺められて、

も、堪能しました。

 

          

 

ウチの家族は、難聴が多くて、

話するのは、もうあの手この手。

2種類の筆談器あり、紙と鉛筆あり、

最新のなんというのか 指で書けるすごいハイテクの機械あり、

それに混じって手話も飛び出し、ジェスチャーも…という具合。

口の動きも見たい。目と目を合わせ  じっくりと表情からも汲み取ろうとしたり、

大きな声でゆっくりと言い直してもらったり。

でも、とにかくとっても楽しかった~

 充実してました。

 

ハタから見たら、モタモタもいいとこかもしれないけれど、

私は、そんな中に自然とどっぷり漬かってましたね。

そんなモタモタで当り前、当然。

そんな空気が居心地良かった。

気兼ねもゴメンも無く。

 

  なんか、そんなことが不思議な感じだし、面白いなぁ、って

  後で思ったんです。

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

一生懸命していても、周りは気づかず…

2013-02-04 08:00:54 | 聴こえ

かめおかゆみこさんのメルマガ『今日のフォーカスチェンジ』、

今朝のテーマは 「(株)NINGEN」でした。 ↓

http://archive.mag2.com/0000119721/20130204072742000.html

物語りふうになっていて、すごくおもしろかった。

これは、ある方のメールが元になって生まれたそうです。

それは、要約すれば、

『一生懸命している自分が
 バカみたいに思ってしまいます。
 やればやるほどむなしくなってしまいます。』

というメール。

 

メルマガ全体読ませてもらって、身につまされた。

というのは――。

 

日頃よくある場面、たとえば、

ある掲示板を見ていると、同僚が一緒に見始め、

その内容について、ひと言二言話しかけてきた。

それは聴き取れたんだけど、なんとなく私はその場を離れていった。

これ以上話しかけられると、聴き取るのがタイヘン…、と

考えるわけじゃないけれど、もう無意識の中にそういうのがあるんです。

 

全く聴こえない耳なら書いてもらう。

でも、なんとなく部分的には聴こえたりするし、口の動きも少しは読める。

なので、グッと集中して推測すれば、ある程度の会話は出来ることも多い。

でも、そういうのって、すっごいエネルギーが要るんです。

それに、

だいたいは、書いてもらうほどの話ではないんですよ。

 

  (スミマセン。こういうこと、何度グチのように出してきたでしょう…

 

親しく話をしたい気持ちは、私の中にもシッカリ有るんです。

でも、ほとんどの場合、ひと仕事  みたいになる。

それでなんとなく避けてしまう。

 

聴こえづらいという、そういう現象だけでなく、心の問題なんです。

周りの人は、親しく会話できたと思ってくれるかもしれないけれど、

こちらは、、

そういう味わい、嬉しさもあるけれど、

聴き取ることが、タイヘン。疲れるんです。

でも、そんなの相手には分からないと思う。

そのギャップ。隔たり。。

 

 

でもね、誰でも人には分からない問題など抱えていることもあるから、

決して私だけがタイヘンなんじゃない、って

分かってるつもりなんですけどね。

 

かめおかさんのおっしゃるように、

  自分の体の各部一つ一つに「ありがとう」。

  細胞一つ一つに「ありがとう」。

そう言って感謝して、今日もやってきましょうかね。

 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「別の件だけどね」と、ひと言を

2013-01-10 07:48:49 | 聴こえ

ある日のことです。

「このこと、一応担当の人に声かけておこうかな」と思った。

その人の声は、私にはいつもほとんど聴き取れない。

でも、こちらから伝えることは出来るもんね。

 

伝えると、予想通り「ああ、そう」という感じで頷いてくれた。

そこまでは良かった。

すぐ続きに何か言ってくるんだけど、どういう話か分からない。

その視線からすると、外のことらしいので、

現場に行けば推測できるかもと思って一緒に外へ。

 

作業台の上に、あるものが1箱、ポンと置かれていた。

「これ、何なのか。どういうもので、誰が持ってきたのか、知らない?」

と訊いているらしい、ということが

現物を目の前にして、やっと分かりました。

  はぁ。。

 

  こういうことって、どの職場でもよくあるんですよね。

 

置いた人は、「見れば分かるでしょ」ということなんでしょうが・・・。

メモひとつ付けておけばハッキリして、あれこれ頭悩ましたりせずに済むのに――。

 

それと、

話題が別の件に移るときは、

「それとね、」とか、「別の件だけどね」

みたいなことを伝えてくれると、こちらは助かるんですけどねぇ。

頭はさっきの話の続き、その方面あたりを推測しているので。

 

  そんなこと求めるのはムリかなぁ。。

  あ、もしかしたら、

   そういうこと言ってくれたのに、聴こえなかっただけなのかも。

        やれやれ 

 

                    

  

このことから別のことおしゃべりしたくなったんですが、

また次回に。

 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ほんのチョットしたことから観方・考え方が、、

2013-01-07 07:57:53 | 聴こえ

『おしん』総集編を観ています。

  (全4巻の、まだ途中なんですが)

  

おしんの周りには、ひどい意地悪な人が何人も次々と現われるんですが、

彼女のびっくりするほど誠実な人柄に心動かされたりして

観方や接し方が変化していく。

やっぱり根っからの悪人はいないんだな、

誠意を持って接していけば、いつかきっと…って

それが心地よい。

もちろん、これはお話なんですが

現実にもありそう。

 

ふとしたことから観方・考え方が変わる。

ニンゲンって、こういう動物なんですよね。

そのこと考えさせられる。身につまされるんです。

 

 

   (ほんとに、ふわっふわでした。)

 

 

自分の場合は、相変わらず――、

  『聴こえなくて話が見えず、タイヘンだった』

  『ナニ言ってるのか分からなかったけど、

   大体こんなことらしいと推測して、

   その場をとりつくろうように、テキトウに答えてしまった』

そんな体験が、シッカリと印象に残ってしまう。

そういう状況になりそうなことからは、引いてしまう。

  足が遠のいてしまう。 

 

私ったら、いつまでこんなこと繰返してるんでしょう。

こんなことでは・・・とは思うんですけどね。

 

行動か、または、観方・考え方、

そのどちらかだけでも良いから、変えていきたい。

 

  テキトウにやりすごす力は身についてきたよね、とか。

  勘や、推測する力がついてきたよね、とか? 

 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

是非ぜひ『ニューイヤーコンサート』に字幕を!

2013-01-04 08:51:26 | 聴こえ

毎年楽しみにしている、元日の『ウィーンフィル ニューイヤーコンサート』。

とっても良かったんだけど、

あれって字幕ナシなんですよね。

スタジオの3人の話は、ほとんど聴き取れなかった。

かなり集中して、推測したりしながら聴いてたけど

たとえば、指揮者が白い帽子をかぶった、あれってなんだったのか、

そのことを話題にしていたのは分かったけど、

どんなこと言ってるのか、最後まで分からず。。

あちらの方で盛り上がれば盛り上がるほど

こちらは白けちゃって、疎外感。。

 

ゆうべの『N響ニューイヤーオペラコンサート』も字幕無かった。

どんな話をしているのか推測する、みたいなことも出来ず、

もう、いいや、って TVを切ってしまった。

 

どちらも、あれほどの番組でありながら、

なぜ字幕を付けてもらえないのでしょう。

耳の遠い人は、音楽番組は視聴しないとでも思われているんでしょうか。

 

たとえば、フルートやオーボエなどのソロ部分とかは

ほとんど聴き取れないにしても、

全体的には、それなりに、ってことでしょうけど、

私としては充分に味あわせてもらっているんです。

そんなような感じで、楽しみにしている難聴の人、他にもたくさんおられると思います。

 

「生」でなくって良い、何日かかっても良いから、

字幕を付けてほしい~。

 

  (放送局に投稿すると、その時はつれない雰囲気でも、

   少しずつは改善して下さっているんですよね。

   諦めたりぜずに、あの手このテで、

   お願い提案していくことでしょうね。)

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

人のためだったら、出来るのにね…

2012-12-30 20:37:54 | 聴こえ

どうして苦手なんだろう、ああいうこと。

 人のためだったら出来るのにね。

自分だけのことだったら、

   ま、いいや。

   別にどうしても必ず絶対ぜったい必要、ってわけじゃないし――、

なんてなっちゃう。

 

「苦手」、「も、タイヘン」 その中身は?

 ――聴こえなくて目で探したり、必死で勘を働かせたりして

 実際にはオロオロ…って状態。

  (書いてもらえるときは良いけど、書いてもらいにくい状況のことが多い。)

 それに よく、トンチンカンなことやっちゃうみたい。

 そういうのが不甲斐ない。。

 

現象面では「だいたい聴こえる」とか「一応やれてる」っていう風に見られるようだけど、

私の中身は、そんな状態。

  そのギャップが、なんとも・・・。

 

そんなのが入り混じって、一人になった時、やれやれ、ってため息。

 

 

それにしても、

どうして人のためだったら、出来るんだろう?

少々のことは乗り越えてやってける。

  ――ふ・し・ぎ。。

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ぜんぜん「バリアフリーじゃない」んだけれど、

2012-12-17 07:43:29 | 聴こえ

きのうは、雨もあがり、あったかかったし

まずまずの投票日和。

投票場は、昭和の雰囲気漂う純和風建築なんです。

  歴史を感じさせます。(別の言い方では「すごく古い」とも云う

玄関に入ると、高めの段が2段あってそこを昇る。

 

これ、足の悪い方とかは、タイヘンかも。。

私と入れ替わりに車椅子の方が出て来られた。

 90才くらい?

どうやって昇ったのかしら?

数人で車椅子ごと抱え上げたのかしら――。

 

さて、投票場は畳で、係の方は正座しておられる。

当然こちらも膝を折って座り、

投票用紙を両手で受け取って、何となく押し頂くような格好に。

  ごく自然にそうなるんです。

そして立上がって、立って書くようになっている。

 

一般的な観方をすれば、バリアフリーとは程遠い状況なんだけど、

そして、スムーズに流れる形とは言いにくいかもしれないけれど、

あれはあれで、また別の味わい・関わり方などあるかも、って思いました。

 

           

もう一つ、私の場合は あまり聴こえない。

事前に調べられるだけは調べておいたけれど、

「小選挙区」「比例代表」「裁判官」の3つある、

その最初に どれを。そして どれと どれを一緒に、というのは行くまで分からない。

 

最初に渡された用紙は、見たら候補者名を書く、というのは分かったけれど、

その説明はナニ言ってるのか全く聴き取れなかった。。

 

それで、やっぱりチャンと聴きたいと思い、

次の係の方には「あまり聴こえないんです。ゆっくり言ってください」とお願いした。

すると、こちらの目を見て、ゆっくりと、聴き取れたか確認しながら、という感じで言ってくださった。

それで、安心して投票できたんです。

  ありがとうございました――。

 

特に行政関係の方などは、こんな風に、

「あまり聴こえない」と告げると、

シッカリ目を見て、話しが通じて理解できたか確認しながら言ってくださることが多いんです。

 

聴こえづらいことは不便なことだけど、それは日々タイヘンだったりもするんだけど、

難聴だからこその味わいとかも あるんだよネ、って感じることもあるんですよね。

 

いま、慌しい時季だけど、

こんなこと私の心は感じたよね、って書き留めておくことで

忙しい空気に流されないようにしたいんです。

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

友だちの影響って それぞれに

2012-11-03 08:29:56 | 聴こえ

さっきmixiの ある方(やっぱり難聴さん)との会話で思ったんですが――。

友だちの影響って、大きいですよね。

「あんな風に出来たら良いんだけどねぇ…」って思ってて、同じように出来なかったとしても、

そんな想いがあれば、多少の影響は受けているかも。

 

よく心に浮かぶのはHさん。

私より もう少し聴こえない。

でも、よく数人で楽しげにおしゃべりなどしていて、

時々聴き違ってトンチンカンになり、

「あら、あたしは また、◎×△ かと思うたわぁ~、アッハッハ 」

なんてやってる。

その場を笑いの渦にして 皆んなを巻き込んでしまうんですよ。

もう理想。目指す人です。

 

もう一人、Fさんの場合は、、、

かなり聴こえない。

で、書いたり何らかの形で会話していく――。

私は話のキャッチボールをしたいと思っているんだけど、

Fさんは、もうパッパッと、大体の辺りで話を展開させていく。

こちらは「あれ?今のは伝わったのかな?」って思いながら

そのFさんペースの展開に ついていく状態。

 

最初は戸惑ったりしたんだけど、ちょっと考えてみました。

ホントに聴こえなくなったら、

一つ一つ押さえてキチンとキャッチボールして、なんてやってたら

まどろっこしかったりすることも あるんじゃないかな、って思えてきたんです。

あの形は、Fさんが社会の一員としてそれなりに生きてゆく、その

処世術として身についたものかも。

 とにかく快活な感じで、良い雰囲気でやっていきたい、

そんな想いも 心のどこかに あるのかな、って。

そうして、すごく積極的で何でもやっちゃう。

 聴こえないことなんて、何のその☆ 関係ないネ 

って感じみたい。

 

  なにが良いとか、良くないとか、ひと言では云えない。

  こうすべきとか、フツウとか、

   そんなの無いのかもね。

 

 いろんな人が周りにいてくれるお陰で、

 たくさんのことを学ばせてもらったり 吸収させてもらったり、

   そんな感じで 今こうしていられる私です。

 

 

 

 

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

音楽。こんな風にしたら難聴でも「それなりに」楽しめるよ♪

2012-10-19 08:42:26 | 聴こえ

前回、あんな風に書いて、

「私なりの音楽」ということを、しばらく考えてみました。

 

曲によってとか、また状況などによって、どれだけ聴けたかは色々。

例えば『アメージンググレイス』とか『アヴェ・マリア』みたいな、よくよく知っていて大好きな曲でも、

聴いていてメロディを追っていけない(記憶と、いま何となく聴こえてくるのとを重ねていけない)こともあって、こういうのはとっても悲しくなる。。

また、コンサート(クラシックやポップス系)に行っても、曲の紹介やトークなどがほとんど聴き取れず、みんな笑ったりしても「なんか、面白いこと言ったみたいね…」って分かるだけ。

 そうなると自分だけ独り取り残されたような気分に。。

 こんなんなら、TVを一人で観てる方がマシ。。

 

そんな悲しい体験が、より印象に残りやすいのかもしれないけど、自分の中に蓄積されちゃった。

 

          

 

ちょっと前にNHKで、「音楽探偵事務所」とかいう番組がありましたよね。

所長は「アマデウス」(なにやら漢字をムリに当てはめてましたが )

スタッフは、たった一人、「響(ひびき)カノン」ちゃん。

この番組では、その回ごとに ある曲を解明するような形で、その魅力・聴き所など とても分かりやすく伝えてくれて良かった。

 

ただピアノを弾いて、「ここが、こうなってますよね? ふつうなら こうするところですが」

とか教えてくれても、こちらは音では違いが分からない。聴き分けられない

でも、この番組では、音譜が一行(一段)だけ大きく出て来て、カラオケみたいに 「今ここを弾いてます」と色が流れて示してくれて、ひと目で分かる。

それがあるので、耳では  何となく聴こえただけでも、「あ、なるほど」 って納得できるんです。

 

また、

TVでは たいていの番組、かなりアップにしてくれるので、オーケストラなどでの繊細な音の楽器も、

たとえば、「ああ、今フルートが鳴ってるんだ 」と分かり、

観るまでは聴こえてない場合でも、

聴こえてくるような気がしてくるんですよ

 (これ、自分でも面白いなぁ、って思うんです)。

弦楽器・鍵盤楽器や打楽器などは、目で見れば、だいたいの音の感じは推測できるし。

 

            

それで思いついちゃった。

コンサート会場でも、プロジェクターを舞台に設置して、

各楽器、アップの画面を映し出してくれると良いナ。

 

または、

楽譜一段だけ大きく映して、「今は ここ」って色で動きながら示してくれたら、かなり音楽を味わえるんじゃないかと。

自分の五感を使って総合的に楽しめそう~。

 

そんな風にすれば、聴こえる・聴こえないに関係なく、会場全体の空気を 共に共感、分かち合うことが出来るんじゃないかしら。

 

 

さらにさらに、、

音って、空気を通さずに、直接ヘッドホンなどで耳に入れれば、

かなり鮮明に、そして大きく聴こえる。

なので、舞台のマイクで集めた音を、直接ヘッドホンで聴くような形に出来れば――、

聴力検査で使うような、耳全体を覆うようなヘッドホンで。

 

それも、各々の耳に合わせて、ボリウムや、音質(低めの音を多めに とか、くっきりハッキリとか)

聴きながら自分で調節できたら…、も、言うことナシ。

 

(このヘッドホン形式は、講演会などでも そんな風にしてくれたらなぁ、って思っているんです。)

 

ちなみに、会場によっては「磁気誘導ループ」を用意してくださることもあって、

ボリウムは大きく届いて有りがたいけど、ハッキリ聴こえる(言葉として聴き取れるようになる)わけじゃないんですよね…。

  これは、あくまで私の 何回かの体験ですが。

    

            

 

ま、そんなようなこと無くっても、なんとなく聴こえただけでも、

たいていは「それなりに」味わってますけどね~。

 

なので、希望を言わせてもらえれば、

 音楽番組、どれも せめて字幕放送にしてほしいナ。

曲の紹介や、それにまつわるトークなど、聴きたい(知りたい)んです。

 

                 

以上、こちらは専門的な知識も無く、どれだけの技術や手間ヒマ・経費などかかるかも知らないのに、

好き勝手なこと しゃべってしまいましたが、

   音楽を聴いて楽しみたい難聴者とか、手話を知らない難聴者とか、

   たくさんおられるということは、機会あるごとに お伝えしたいんです。

   関係者の方々、どうぞよろしくお願いしたします。

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『ハンドサイン』――「聴こえる人も、聴こえない人も」

2012-10-17 11:01:16 | 聴こえ

ゆうべ『ハンドサイン』がテーマの番組を観ました。 ↓

http://cgi4.nhk.or.jp/hensei/program/p.cgi?area=300&date=2012-10-16&ch=31&eid=24630

 「ハンドサイン」というのは、『みんなの手話』でも紹介していましたね。

どちらの番組でも、

「耳が聞こえる人も聞こえない人も一緒になって楽しめると評判をよび、人気を集めている」

って。

 

う~ん、正直言わせてもらうと、、

これは「主に 若い方向き」で 「手話が分かる人 や 聴こえる人」

には良いんでしょうねぇ~、

って思いました。

 

私のような、かつての若い人で、

手話は まだまだ勉強中の、中途失聴者にとっては――、

「活気があって元気ねぇ、若いわね」って感じでした。

 

私の場合、聴こえ具合は、聾の手前くらい。

 リズムは 分かる。

 メロディは 彼らの曲だったら、大体、一応 程度。

 歌詞は ほとんど聴き取れず、全て字幕に頼ってました。

 英語の部分は全く聴き取れず、字幕も英語で、一瞬のうちに改行されちゃうので追いつかず・・・、

 また知らない単語もあったりして・・・。

 

ずっと字幕を観て読んでいくので、5人のダンスは なんとなく目に入る という感じ。

手話は、、

ほとんどのシーンで 画面全体で5人が踊っているので、

手の動きまでは あまり読み取れない。

(私は、手話講座や手話ニュースのように、ポイントごとに一瞬動作を止めるような、

字で言えば 楷書のような手話なら、だいたい分かったり ~ 何割か読み取れたり、というレベルなのです。)

そして 手話って、正面から見て読み取るように出来ているんですよね。

横からとか、激しく踊りながらでは、初心者には分かりづらいことも。

 

それでも、メンバーの若い方々が「聴こえない人にも音楽を楽しんでもらえるには――」と

真剣に取り組んでおられる姿は、素晴らしいと思いました。

 

            

私の体験ではね、

例えば、和太鼓。 プロの舞台公演はもちろん、アマのちょっとした演奏でさえ、

こちらの身体の芯まで「ドドーン」と響いてきて、

その瞬間瞬間 響き具合が違っていて正に音楽的で、それらが重なり合い、、

ホンット感動します。

 

 

そして、何年前でしたか、元バレーリーナの「手話ダンス」の公演があって

思い切って、電車を乗り継いで行ったことがあるんです。

まだ若く美しい娘さんなのに 難病でバレーリーナを諦めざるを得なかった。

でも、「手話ダンス」を始めて、

その時も病状良くないのをおして踊ってくださったんですが、

とてもとても素晴らしく

  こころから感動しました。

 

 

どんな立場や境遇にあっても、「共に味わいたい」、「それなりに楽しみたい」といったような、

  心が寄っていくのが 良いなー。

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ゆ~っくり言ってもらえない?

2012-10-03 15:43:50 | 聴こえ

この「gooブログ」、1年前に自分が書いた日記を

メールで知らせてくれるんですよ、数日ごとに。

  へぇ、一年前の今日、こんなこと思って書いたんだ――

って読んでみるけど、

ちっとも成長してないわね。

 

                

先日も、ある出来事が。

ある人が私に話し掛けてきたことが、

やっっとナントカ聴き取れる感じで、

  え?え?  …キョロキョロ  

って状態。

だんだんと内容が分かってはきたんだけれど。

 

そのうち、自分が はがゆくなってきた。

「そんなに早口でペラペラ言ってもらっても、

こちらはね…、」

って、自分の状態を伝えれば良かった。

「あの、忙しいんでしょうけど、、

倍くらいゆ~っくり言ってもらえたら有りがたいんだけど  」

とかお願いしてみるんだった。

「後ろから突然話しかけられると、

聴く体制になってないのよ。

私の場合、聴くのって、真正面から体全体で受けとめて、

集中してナントカ、って感じなんだけど…」

とか。

 

こういうのは、手紙とかより、その時伝えた方が良い。

 ちょっと微笑んでね。

 

こういうのがうまく云えなくて、聴き取るのがタイヘンで、

なんとなく会話というものから遠ざかるようになっちゃってるんだよねぇ。

話をしないわけじゃないけど、

軽く声が出ないことが時々。

 

 

ああ、私ったら、いつまでこんなことやってるんだろ。

  ヨシ、次にまたこんなことがあったら、その時には  

もし来年も、この拙いblog まだ もってるとしたら、

もちっと 進んでるようになってたら良いね、michi?

 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

やっと観れたよ『三丁目の夕日’64』

2012-09-20 15:36:59 | 聴こえ

DVDレンタルの、更新のお知らせが来ていて

どうしようかな…、あんまり使ってないし、

って思ったけど、

「そうだ、『三丁目の夕日'64』を観たいんだった 」と思い出した。

更新すれば新作も1本無料だもんね。

 

きのう町へ出たついでに行って、

探したらあった、あった~。

「日本語字幕」が入ってるかな――。

メガネかけてジャケットを調べてみたけど、

シールが貼ってあって、その下辺りにありそうな。。

 

それで、カウンターで確認してみた。

すると、店員さん(ベテラン風)は こう仰った。

「これは、邦画ですから、字幕は入っていません。」

なんと、前回と同様、この人も知らないのかい。

それで意識して微笑んで、こうお伝えしました。

「あのね、

このごろのDVDには聴覚障害者用に、日本語字幕がたいてい入っているんですよ。

でも、入ってないのもあるんです。

もし、字幕入ってなければ、わたしは借りてもしょうがないんです。」

店員さん、あわてて奥で調べてくれて、

戻ってきて、にっこり、「入っておりますので。」

  ああ、良かった~。

 

私は、なんでレンタルの会員になっているかと言えば、

洋画はもちろん、邦画も字幕入りで映画を観たいからなんですよ。

洋画は、TVでも観れるけど、

邦画は、たいていナニ言ってるか分からず、ワケ分からなくて、ちっともおもしろくない。

 

レンタル屋さん、これからもお願いしますよ。

 

  ちなみに、視覚障害者のために、音声解説がついたDVDも、

  たまにある。

  レンタル屋さんくらい、こういうこと知っておいて戴きたいものです。

 

 

という訳で、夕べは待望の『三丁目の夕日』3作目をじっくりと鑑賞。

その世界に浸ってしまいました。

やっぱり良かった~。

内容については、ちょっとひと言では言い表せません。

 

ひとつ嬉しかったのはね、

学生たちのエレキバンド演奏の場面で、

なんかヘタやなぁ、って聴いていたら、

字幕に

  「(音程が外れた)」

  「(テンポがずれた)」

と出てくれたこと。

こんなのが、有りがたいナって思ったんです。

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

パラリンピックで教えられました

2012-09-10 15:01:08 | 聴こえ

終わりましたね、パラリンピック。

皆さんに拍手を送りたいです。

  ありがとう~

 

いろんな競技の様子を観ていると、

人って、どんな状況になっても、

その気になりさえすれば、何でもできるんだ――、

なんて思ってしまいます。

  もちろん、途方も無いような取り組みがなされているのでしょうけど。

 

ツイッターで、ある方が

「『障がい』があるとか、ないとか、境は無いんですね 

とおっしゃってました。

本当に教えられます。

  ふだんチマチマやってる自分て、なんなんでしょう。

 

          

 

私は若いころ、保母をしていた関係で、

様々な障がい児施設で実習を体験させてもらいました。

そんな中、重症心身障がい児施設では、2週間泊り込みで。

みんな寝たきりの子ばかりで、せいぜい寝返り程度、

24時間ベッドで寝ているのが『ふつう』です。

 

実習終えて電車で帰ってくると、駅では大勢の人がみんなササッと歩いている。

それを見て、こころに浮かんだ言葉は、

「ワァ~、 歩いてる 」。

   一瞬戸惑ってしまった。

  何が『ふつう』かしら?と思えてきたものです。

 

          

 

このごろの自分は、というと――、

聴こえなくて、用件がつかめないような状況になると、申し訳なく思ったり、

大体把握し、テキトウに反応して、別れてから、

「あの人、そういうこと言いたかったんじゃないのでは?」と気づいて、

なんだか疲れてしまったり。。

また、

無意識のうちに、

そんな風になりそうな状況から足が遠のいてしまったり etc.....

 

  パラリンピックの皆さんからしたら、

  難聴くらい、それがどうした ってなもんですよね。

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする