さっきから彼女が何かサインを送(おく)っているような――。でも、それが何なのか彼にはまったく分からなかった。彼女のサインはますます激(はげ)しくなり、何かを訴(うった)えているようだ。でも、彼には???? 彼女は口を尖(とが)らせて彼を睨(にら)みつけた。彼は困惑(こんわく)するばかり。
とうとう彼女は席(せき)を立って彼のところへ――。彼女は言った。
「だから、どうして分かんないのよ。さっきから、こうやってるじゃない」
彼はのけぞりながら、「いや、そんなこと言われても…」
「流(なが)れを見てれば分かるでしょ。今じゃない。今しないでどうするの?」
「今って言われても…。何のことだかさっぱり分かんないよ」
「はぁ? 信じられない。あの娘(こ)のこと好きなんでしょ? 男らしく告白(こくはく)してきなよ」
「ちょっと待ってよ。僕は別にあの娘(こ)のことなんか…」
「いいわ。じゃあ、私がきっかけを作ってあげるから。私に任(まか)せてよ」
「いや、だから…。違(ちが)うから…。なに勘違(かんちが)いしてんだよ。僕(ぼく)が…あの…好き、なのは…」
「分かるわよ。告白するのって勇気(ゆうき)いるし。もし断(ことわ)られたらって考えると行けないよね。でもね、大丈夫(だいじょうぶ)よ。あの娘(こ)なら、上手(うま)くいくわ。私が保証(ほしょう)する」
二人のところへ話題(わだい)の「あの娘(こ)」がやって来て言った。
「あなたたちって仲良(なかい)いよね。もしかして、付き合ってるの?」
彼女は思わず答(こた)えてしまった。「はい…まあ…。いや、そういうあれじゃなくて…」
<つぶやき>好きってサインを送っても、まったく気づかないヤツっているんですよね。
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夜の学校。校舎(こうしゃ)の屋上(おくじょう)に柊(ひいらぎ)あずみと水木涼(みずきりょう)の姿(すがた)があった。あずみが呟(つぶや)いた。
「そう、川相(かわい)さんが…。やっぱり能力者(のうりょくしゃ)だったのね。でも、よかったわ。あなたが無事(ぶじ)で」
「私が負(ま)けるわけないでしょ。私の能力(ちから)の方が強(つよ)いんだから」
「水木さん、自信過剰(じしんかじょう)は命取(いのちと)りよ。あなたの能力(ちから)は覚醒(かくせい)したばかりで――」
「じゃあ、試(ため)してみる? 私、先生(せんせい)よりも強くなってるはずよ」
涼は手にした竹刀(しない)を構(かま)える。あずみはたしなめるように言った。
「今はそんなことしてる場合(ばあい)じゃないでしょ。神崎(かんざき)さんを助(たす)けないと」
「じゃあ、初音(はつね)をしめ上げて聞き出そうよ。それが一番簡単(かんたん)じゃない。私がやるわ」
「彼女は、もう現(あらわ)れないと思うわ。私たちに正体(しょうたい)を明かしたんだから」
「えっ、そうなの? くそっ、一人でボールを片(かた)づけさせといて…」
突然(とつぜん)、屋上へ出る扉(とびら)が音を立てて開いた。二人はそちらへ目をやる。扉から飛び出してきた二つの影(かげ)。その一つが屋上の端(はし)の手すりまで駆(か)けていき大声をあげた。
「うわぁ、きれい! すごい夜景(やけい)よ。やっぱ、都会(とかい)は違(ちが)うわよね。ハルも見なよ」
「アキ、私たち遊(あそ)びに来たんじゃないのよ。もう、いい加減(かげん)にしてよね」
ハルはあずみのところまで行って頭を下げると、「すいません、おばさん。アキ、都会に来るの始めてなんです。だから……。アキ! こっちに来なよ」
<つぶやき>双子(ふたご)の姉妹(しまい)の登場(とうじょう)ですよ。と言うことは、しずくも来ているのでしょうか?
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病院(びょういん)のベッドで息(いき)を引き取ろうとしている男。そこへ、女が駆(か)け込んで来て叫(さけ)んだ。
「先生(せんせい)! ダメですよ。先生には、まだやりたいことがあるんでしょ!」
男はビクッとして目を開けた。そして女を見つめると、「何だ。君(きみ)か…。相変(あいかわ)わらずうるさいやつだ。ああ、君ほど騒(さわ)がしい助手(じょしゅ)は初めてだ。おかげで、三途(さんず)の川を渡(わた)りそこねた」
「もう、やめて下さい。先生がいなくなったら、私はどうすればいいんですか?」
「他の教授(きょうじゅ)につけばいいじゃないか…。そうだ、また冒険(ぼうけん)の旅(たび)に出たいなぁ」
「分かりました。すぐに準備(じゅんび)します。先生の病気(びょうき)がよくなって――」
「ああ、あの人たちに会いたい。あの人たちに看取(みと)られて…。君は知らないか…。そうだなぁ、何十年も前の話だから。あんなに純朴(じゅんぼく)な人たちは初めてだった」
「そうですか? ただの田舎(いなか)もんだと思いますけど」
「君は、何てことを言うんだ。あの人たちは、そりゃ親切(しんせつ)で……」
「親切だったのかもしれませんけど、現実(げんじつ)はそんなんじゃないですよ。私、先生のことは両親(りょうしん)からずいぶん聞かされましたから。金払(ばら)いの良い人だったって」
「き、君は、あの村(むら)の出身(しゅっしん)だったのか? 何でだ…? そ、その変わり様(よう)は…」
「先生、あの時と同じ暮(く)らししてるわけないでしょ。時代(じだい)は変わっていくんです」
「そ、そんな…。じゃあ、私は…私は…。ああああっ……」
<つぶやき>先生は、穏(おだ)やかな顔で旅立(たびだ)ちました。最後に何を言い残(のこ)したかったのでしょ。
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孫娘(まごむすめ)がおじいちゃんに言った。「また、あたしの貯金箱(ちょきんばこ)からお金抜(ぬ)き取ったでしょ?」
おじいちゃんは首(くび)をひねりながら答(こた)える。「さぁ、どうだったかな~ぁ。全然(ぜんぜん)、覚(おぼ)えとらんわ。わしも、とうとうボケたんかなぁ」
「もう、冗談(じょうだん)いわないで。ちゃんと分かってるんだからね。あのお金は、買いたいものがあるからバイトして貯(た)めてるやつなの。それなのに、どういうことよ」
「買いたいもんって、あれだろ? この間(あいだ)、買い物に行ったとき言ってた…」
「そうよ。もう、早くしないと売(う)り切れちゃうんだから」
「それなら、そこにあるぞ」おじいちゃんは棚(たな)の上を指(ゆび)さした。そこには紙包(かみづつ)みが――。
孫娘は袋(ふくろ)を開けて、「こ、これって…。うそ…、どうして?」
「わしが買って来てやったんだ。どうだ。じいちゃんからのプレゼントだ」
「わぁ、ありがとう。これ欲(ほ)しかったやつなの――。って、違(ちが)うでしょ。これって、あたしのお金で買ったんじゃない。もう、信(しん)じられない」
「なに言ってるんだ? これは、わしのへそくりで買ったんだ。お前のために、このじいちゃんが、てくてくと店(みせ)まで歩いて…。いやぁ、大変(たいへん)だったなぁ」
「もう、やめてよ。そんな言い方されても――」
「こんなボケ老人(ろうじん)じゃ、感謝(かんしゃ)すらしてもらえないのかぁ。長生(ながい)きなんかするもんじゃ…」
「分かったわよ。もう…。ありがとう。ちゃんと感謝してるから」
<つぶやき>可愛(かわい)い孫娘なんだから、あんまり怒(おこ)らせちゃいけませんよ。ほどほどにね。
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江戸(えど)牛込(うしごめ)辺りの茶店(ちゃみせ)。初老(しょろう)の男が通りを眺(なが)めながら一服(いっぷく)していた。そこへ同心(どうしん)の男がやって来て、茶店の娘(むすめ)に声をかけ、初老の男の傍(そば)に腰(こし)を下ろした。同心は独(ひと)り言のように、
「ああ、今日も暑(あつ)くなりそうだ。ここらでひと雨(あめ)ほしいもんだ」
初老の男はそれに答(こた)えるように、「そうでございますねぇ。こう暑くては…」
「まったくだ」同心は相(あい)づちを打って、「お前さん、どこから来なすった?」
「私は、尾張(おわり)の商人(あきんど)でございます。江戸へは久(ひさ)しぶりにまいりまして」
「そうかい。それは…。お前さん、知ってるかい。いま、尾張藩(はん)に出入りしているお店(たな)が相次(あいつ)いで盗賊(とうぞく)に襲(おそ)われていることを…」
「そうでございますか…。でも私どもは小商(こあきな)いで、江戸にお店(たな)を持ってはおりませんので」
「そうかい、ならいいが…。で、江戸には商(あきない)で来たのかい?」
「いえいえ、お店(たな)は伜(せがれ)に継(つ)がせまして、私は物見遊山(ものみゆさん)でございますよ」
「それは豪儀(ごうぎ)だね。つかぬことを訊(き)くが、尾張藩で揉(も)めごとがあるとか聞かないかね?」
「さぁ、それは…。藩の内情(ないじょう)のことなど耳(みみ)に入るわけがございません」
――同心が茶店(ちゃみせ)を出て行くと、店の奥(おく)から店主(てんしゅ)が出てきて初老の男にささやいた。
「お頭(かしら)、いいんですかい? このまま行かせて…」
「かまわんさ。何もつかんでいないだろ。まさか同心と話しをするとは、おかしなもんだ」
<つぶやき>盗賊たちは、尾張藩を狙(ねら)っているのでしょうか? 彼らの目的(もくてき)は何なのか…。
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