彼にはルーティンがあった。朝(あさ)起きたときとか、出かけるときとか、自分(じぶん)で決(き)めた手順(てじゅん)を繰(く)り返す。そういうの誰(だれ)にでも多少(たしょう)はあると思う。でも、彼の場合は、そういうこだわりが他(ほか)の人より強(つよ)いようだ。几帳面(きちょうめん)すぎるのかもしれない。
そんな彼の前に、見知(みし)らぬ女性が現れた。その彼女は、どういうわけか彼のことが好きになってしまったようだ。一目惚(ひとめぼ)れってヤツなのだろうか、彼女は彼にぐいぐいと迫(せま)っていった。そして彼の返事(へんじ)も聞かずに、彼女は彼と付き合うことになったと公言(こうげん)した。
どうも彼女は押(お)しの強い女性のようだ。それに、かなり大らかな性格(せいかく)なのか…。彼は控(ひか)え目なところがあるので、どんどん彼女に押し切られていく。そして、彼は自分のルーティンを完全(かんぜん)に崩(くず)されてしまった。
そして、とうとう彼女が彼の部屋(へや)へ――。これは、彼が誘(さそ)ったわけではない。彼女が無理(むり)やり約束(やくそく)させたのだ。ここへきて、彼の我慢(がまん)は限界(げんかい)を迎(むか)えた。自分の生活(せいかつ)の場(ば)まで侵(おか)されてはたまらない。彼は、今日こそはっきりさせようと決意(けつい)した。
約束の日。待(ま)ち合わせの場所(ばしょ)で彼は彼女を待っていた。でも、約束の時間になっても彼女は現れなかった。彼は電話(でんわ)をかけてみた。電話に出た彼女はか細(ぼそ)い声で、
「ごめんなさい。ちょっと、風邪(かぜ)をひいたみたいで……」
声(こえ)が途切(とぎ)れる。彼は思わず言ってしまった。
「住所(じゅうしょ)を教(おし)えてください。今から、そっちへ行くから…。僕(ぼく)が…助(たす)けます」
<つぶやき>これは、ほっておけませんよね。苦手(にがて)な人でも助けてあげないといけません。
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この男、不死身(ふじみ)の身体(からだ)を持っていた。見た目は若造(わかぞう)だが、もう千年以上(いじょう)生きている。彼は転々(てんてん)としながら暮(く)らしていた。歳(とし)を取らないので同じ場所(ばしょ)に落ち着いてしまうと、まずいことになるからだ。ここ数年は都会(とかい)にいて占(うらな)いの仕事(しごと)をしていた。人間(にんげん)の悩(なや)みは何百年たっても同じみたいだ。
そんな彼の前に一人の若(わか)い女が現れた。彼女は人を捜(さが)していると…。彼は、人捜しなら他(ほか)をあたった方がいいと断(ことわ)った。しかし彼女はどうしても引き下がらない。彼女は、
「これは、あたしの感(かん)なんです。あなたなら見つけられるはずです」
彼は困(こま)った顔で女を見つめた。ふと、この顔…どこかで見たような…。彼女は続(つづ)けた。
「名前(なまえ)は真之助(しんのすけ)といいます。歳は、あなたぐらいかなぁ。それと…顔は分からないんです」
彼は驚(おどろ)いた。真之助は昔(むかし)の自分(じぶん)の名(な)だ。この女は…何者(なにもの)なんだ? 彼は探(さぐ)るように、
「そんなざっくりでは捜しようがないですね。だから占いで…ということですか?」
「まぁ…。その人は京都(きょうと)に住(す)んでいたんです。もうずいぶん前に…。これは先祖(せんぞ)から託(たく)されたことなんです。祖母(そぼ)も母(はは)もずっと捜していました。今度は、私の番(ばん)なんです」
彼ははっきりと思い出した。平安(へいあん)の頃(ころ)、京の都(みやこ)で恋(こい)に落(お)ちた女に似(に)ている。
彼女は続けた。「私、その人と添(そ)いとげて…赤ちゃんを授(さず)からないといけないんです」
「バカなことを…。そいつはとっくに死(し)んでる。そんなことは止(や)めるべきだ」
「いやです。私の身体がそれを求(もと)めているんです。これは我(わ)が一族(いちぞく)の使命(しめい)なんです」
<つぶやき>もし先祖からこんなことを託されたら…。どうしたらいいんだ? 困るよね。
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これは京(きょう)の都(みやこ)でのお話しだ。京ではいにしえから魑魅魍魎(ちみもうりょう)が闊歩(かっぽ)していたという。中でも、人を食(く)らう鬼(おに)は人々から恐(おそ)れられていた。それは、現代(げんだい)になっても――。
夜、京の街(まち)を歩いている男がいた。少し離(はな)れたところに別(べつ)の人影(ひとかげ)が…。男は、どうやらそれに気づいているようだ。男は人通りのない路地(ろじ)へ入って行く。そこは街灯(がいとう)もなく薄暗(うすぐら)かった。しばらく歩くと、男は立ち止まって振(ふ)り返った。後をつけていた人影は女だった。突然(とつぜん)のことに、女は身(み)を隠(かく)す間(ま)もなく立ちつくした。
男は言った。「誰(だれ)だ? 俺(おれ)に何か用(よう)でもあるのか?」
女はどうするか迷(まよ)っているようだ。男は女に近づきながら、
「俺のことを知ってるのか? 忘(わす)れろ、その方が身のためだ」
女は意(い)を決(けっ)してバッグからナイフを取り出した。そして、男めがけて突(つ)き進(すす)んだ。
女が目を開(あ)けると、ナイフは男の手の中に握(にぎ)られていた。女はナイフを引き抜(ぬ)こうとしたがびくともしない。男はナイフを強(つよ)く握りしめた。どういうわけか、男の手から血(ち)が流(なが)れることはなかった。女がナイフから手を放(はな)すと、男はそれを路地の暗(くら)がりに放(ほう)り投(な)げた。
「どういうつもりだ?」男は女を見つめて呟(つぶや)いた。「めんどくせぇなぁ…」
男の顔が赤黒(あかぐろ)くなって、頭から二つの角(つの)が現(あらわ)れた。そして、男の身体(からだ)が大きくなっていく。女は恐怖(きょうふ)で身動(みうご)きもできなくなっていた。大きな太(ふと)い手が女の身体をつかみあげると、大きな口の中へ押(お)し込んだ。後(あと)には何も残(のこ)らなかった。
<つぶやき>女は鬼の存在(そんざい)を知ってしまったようです。どうして一人で立ち向(む)かったのか?
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とある小国(しょうこく)から、宇宙船(うちゅうせん)を打(う)ち上げるというニュースが飛(と)び込んできた。このニュースで世界中(せかいじゅう)は大騒(おおさわ)ぎになった。今までこの国で宇宙計画(けいかく)が進(すす)められていたなんて誰(だれ)も知らなかったのだ。そこで、マスコミがこの国に殺到(さっとう)した。
でも、そう簡単(かんたん)には入国(にゅうこく)できない。なぜなら、この国は鎖国(さこく)をしているのだ。唯一(ゆいいつ)、隣国(りんごく)とわずかな交易(こうえき)をしているだけ。このニュースもここら辺(へん)から流(なが)れてきた噂(うわさ)のようだ。果(は)たして、信憑性(しんぴょうせい)があるのかどうか…。隣国で粘(ねば)っていた記者(きしゃ)たちの中からも<がせネタ>だろうと引き揚(あ)げて行く連中(れんちゅう)が出始(ではじ)めた。
そんな時、別(べつ)の噂が流れ始めた。それは、この小国の国境(こっきょう)近くでUFOが頻繁(ひんぱん)に目撃(もくげき)されているというのだ。しかも、この国が鎖国を始めるかなり前から…。だとすると、その頃(ころ)から宇宙人(うちゅうじん)がこの国にやって来ているのではないか。宇宙船というのも、裏(うら)で宇宙人が協力(きょうりょく)しているはずだ。さらには、この国の国民(こくみん)は他(ほか)の星(ほし)から移住(いじゅう)してきた宇宙人だ、とまで…。これもかなりの眉(まゆ)つばものだ。
残(のこ)っていた記者たちは何とか入国できないかと手をつくしていた。だが、国境の警備(けいび)が以前(いぜん)より厳(きび)しくなって、完全(かんぜん)に取材拒否(しゅざいきょひ)されてしまった。こうなってしまっては、国境近くで張(は)り込むしかない。小さな国なのでロケットが飛んで行く痕跡(こんせき)が撮影(さつえい)できるかもしれない。記者たちの努力(どりょく)は報(むく)われるのか? ここは気長(きなが)に待つしかなさそうだ。
<つぶやき>宇宙へのあこがれ…。ロマンですよね。でも、地上(ちじょう)の方が…私は好きです。
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中学生(ちゅうがくせい)の娘(むすめ)にメールが届(とど)いた。大叔父(おおおじ)からだ。お正月(しょうがつ)に家族(かぞく)で遊(あそ)びに行ったとき、大叔父から頼(たの)まれてしまったのだ。大叔父は一人暮(ぐ)らしで、いつ倒(たお)れるか分からないからその時のためにと。ちゃんと生きてることを誰(だれ)かに知らせたい、ということみたい。メールを受け取るぐらいならと娘は引き受(う)けたのだか…。
初めのうちは短い文(ぶん)で「生きてるよ」みたいな感(かん)じだった。それが、だんだん長くなっていって…。そのうち、小説(しょうせつ)のような物語(ものがたり)になってしまった。ひとりでいるから暇(ひま)なんだろうけど…。でも、大叔父のお話は奇想天外(きそうてんがい)でとっても面白(おもしろ)い。学校(がっこう)の友だちに読(よ)ませても評判(ひょうばん)がよくて、次(つぎ)も読ませてよとちょっとしたブームになってしまった。
そして、その日がやって来た。いつもの時間(じかん)に大叔父からメールが届かなかったのだ。娘はすぐに両親(りょうしん)に知らせた。両親は「忘(わす)れてるんじゃないのか」と言ったのだが、娘は心配(しんぱい)で「倒れてるかもしれないよ」と訴(うった)えた。自宅(じたく)に電話(でんわ)をしてみたが誰もでない。
ますます心配になってきた。明日は休みだし、これから行ってみるかということになった。家族みんなは車に乗(の)り込んだ。そして出発(しゅっぱつ)しようとしたとき娘にメールが届いた。大叔父からだ。娘はすぐに電話をかけた。大叔父がでた。
「ああ、すまんなぁ。いいアイデアが浮(う)かばなくて時間がかかってしまった。そっちは、みんな元気(げんき)にしてるか? また遊びにおいで、待(ま)ってるからなぁ」
<つぶやき>これは、本末転倒(ほんまつてんとう)なんじゃないですか? でも、こういうの良(い)いと思います。
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