長尾景虎 上杉奇兵隊記「草莽崛起」<彼を知り己を知れば百戦して殆うからず>

政治経済教育から文化マスメディアまでインテリジェンティズム日記

あゆみ。歌姫・あゆの真実。ブログ連載小説5

2011年02月22日 07時53分09秒 | 日記
         雨だれ




  しとしととグレーの雲から降りだし、やがて雨が強くなっていった。
 ついこの前日まで、”小春日和”であったはずなのに、天気はまことに気紛れである。 まるで、ショパンの「雨だれ」が響いてくるかのような不気味な天気だった。
  亮一は会社にいき、純也も学校にいき、お手伝いの秀子ちゃんは買い物にいき、春子は豪邸にひとりっきりであった。
「……まぁ、雨だわ」
 春子は当たり前のことをひとりでいった。
 そう雨だ。見ればわかる。
 洗濯物はすでに秀子ちゃんが取り込んでいた。
 秀子は機転の利く女の子なのである。
 あるいは、ラジオかTVで雨の情報を得ていたのかも知れない。
「亮一さんと純也は傘をもっていったかしら?」
 春子は不安になった。
 なにせ、この頃の春子ときたら”有閑マダム”のようにだらしない生活をしていた。ついこの前まできびきび働いていたが、最近は起きるのは九時頃である。
 春子はしょうがないな
 亮一は思ったが、口には出さなかった。
 精神がまだ安定してないのかも知れない……と思ったからだ。
 旦那や息子が出掛けていく時間は寝ていたため、
「亮一さんと純也は傘をもっていったかしら?」
 と、春子は不安に思った次第である。


  しばらくすると、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。
 春子が玄関に向かう。すると、男の声がした。
 それは、緑川鷲男であった。
「まぁ!緑川さん!」
「こんにちは、春子さん」緑川は笑顔を見せた。
 ずいぶんと痩せているのは病気のせいかも知れない。もっとも緑川鷲男はふだんから痩せていて、スマートな男ではあった。しかし、病気痩せは深刻のようで体力を奪うのである。だから、緑川はふらふらしながら玄関に立っていた。
「緑川さん!病気だと……」
「そうですよ」緑川は続けた。「癌でした。しかし……もう大丈夫です」
「…でも…」
「もう……手術も終わりましてね。もう大丈夫ですよ」
「……大丈夫そうには見えませんわ」
「それはね、春子さん」
「はい?」
「それはね」緑川は皮肉に笑って「……とにかく中に入れて貰えませんか? 旦那さんも息子さんもいないんでしょ?」
「…え…ええ……でも…」春子は動揺した。
「……秀子ちゃんは?」
「おりません。買い物にいっております」
「なら」緑川は笑った。「別に何の問題もないでしょう?」
「…でも……わたしたち……いけませんわ…」
「だいじょうぶですよ、春子さん。ぼくは何もしません。だって……先輩の奥さんですよ」「そんないいかたって…」
「え?」
「わたしは…只の”奥さん”ではないですわ」
 春子はいった。
「ははは」緑川はふたたび笑って「その通り!」といった。
 そして、「とにかく…中に入れて下さい」といった。


  緑川を家にいれると、春子は彼とふたりっきりになった。
 しばらく珈琲を飲んで見つめあっていたが、雰囲気は重いものになった。
  春子は無言だったし、緑川は彼女に愚痴をいうだけだったからだ。
「……癌なんて驚きましたよ」
 緑川はいった。
「そうでしょうね。で?」
 春子はいった。「もうよろしんでしょう?」
「はい。おかげさまで。でも……転移の可能性もあるし…まぁね、しばらくは静養って訳ですよ」
「………静養?でも……執筆活動は?よろしんですの?」
「まあ、そうですね。しばらく休みでもいいんです。どうせ年に4冊出版できればいいんですから」
「音楽のほうは?」
「それもしばらく休止です。プロデュースもね」
「でも、生活費はどうなさるんですの?」
 緑川は笑って「まぁ、今までの蓄えもありますから…」といった。
「そうですの」
 春子がそういって微笑んだ。
 ふたりは知らなかった。
 亮一が家に帰ってきて、忍び足でやってきたことを。
 亮一は緑川の車を家の前でみつけ、忍び足でやってきていた。なにもふたりの密会を知っていた訳ではない。自分にしか取り扱えない重要書類を取りにもどってきて発見したのだ。彼は、扉の隙間からふたりを覗きみた。
「……春子さん」ふいに、緑川が座椅子から立ちあがり、春子に近付いた。
「………あら……いけませんわ」
「いいじゃありませんか…」
 緑川は春子の肩を抱き、そして口付けをした。
 ふたりのキス・シーンを覗き見て、亮一は驚愕した。
 そして、今のは避けようとすけば避けられたはずだ。と強く嫉妬した。
 ふたりは離れ、春子は頬を赤くした。
 緑川は「春子さん……ぼくはあなたが好きだ」といった。
「で…でも……わたくし結婚して主人も子供もいますのよ」
「かまわない! それでも好きなんです!」
「……いけませんわ」
 亮一は呆れて、忍び足で書斎へと去った。
 なんということだ!緑川め!……
 春子も春子だ!キスなど……
 しばらくすると、お手伝いの秀子ちゃんが帰ってきた。で、緑川は、春子に別れをいい急いで車で消えた。亮一は隠れていた。
 そして、時間がだいぶ過ぎてから出てきた。
「いや~あ。書類を忘れた」
 亮一は明るい演技をした。
 すると春子は動揺しながら、「そ、そうですの?」といった。
 緑川め!よくも妻をたぶらかしやがって…
 あのキスは避けようと思えば避けられた筈だ……
 それを……
 亮一は心の中で腹をたて、嫉妬した。
 そして、
 奈々子の娘をひきとってみようか……と思った。
 妻に内緒で、出生に秘密を明かさず……奈々子の娘をひきとってみようか…亮一は妻への怒りと嫉妬から、不遜なことを考えていた。
 ひきとった子供が、俺と奈々子の子だとあとで知れば…春子は狼狽する
 いい気味だ。…そうなれば……緑川なんかにかまっていられぬのだぞ!
 いい考えだ




  癌転移がみつかって、緑川は静養地出発がダメになりふたたび入院した。浜坂家に情報が入ったのは、数週間後のことであった。
 春子は心を痛めたが、亮一は、ざまぁみろ!天誅が下ったんだ!…などと不遜なことを考えていた。
 そして、更に、緑川とキスしやがって! 俺が大学生の頃なんてキスどころか腕組みだって…と嫉妬した。
  亮一は、春子との学生キャンパスでのデートのことを回想していた。
 浜坂亮一は大学のキャンパスで、美貌の女性を見かけた。
 本当に息をのむほどの美貌の女で、髪がさらさらで長く、瞳も大きくて、全身が小さく細くて、まるで妖精のような女学生である。
 それが、春子であった。
 旧姓は織田春子……亮一と同じ大学の文芸科の学生だった。武田は別学科だった。
 亮一は春子に一目惚れした。しかし、
 自分と彼女では釣り合わない…とも感じていた。
 しかし、女は顔、男は生活力、という考えが当時の一般論であり、亮一は覚悟を決めた。告白しようときめた。恋人にし、いずれは結婚するのだ、と。
 亮一は、高嶺の花の春子をみて、この女は俺と結婚するために生まれてきたのだ…とさえ考えた。
 今でこそ、亮一は春子に倦怠感をもっているものの若いうちは春子にぞっこんであった。ちなみに、のちの愛人・松崎奈々子も同じ大学であった。
「すいません」
 亮一は座席に座る春子に声をかけた。
「……なんでしょう?」
 春子の声は、薔薇色の声であった。
「俺と……付き合ってください」
「…まぁ!」春子は真っ赤になった。
 しかし、それでも彼女は嫌な顔ではなかった。亮一はブ男ではない。ハンサムな方だ。だから、春子もまんざらではなかった。
「……だめですか? 俺…」
「いいえ……あの…よろこんで」
 こうしてふたりは付き合い、やがて学生結婚した。
 ふたりはよくキャンパスでデートしたという。まだふたりの仲が”甘い季節”の頃の話だ。今は倦怠期である。まだ若いふたりではあったが、ひさしくセックスはなかった。
 若い頃は、何日もぶっつづけで愛し合ったものなのに…。
  ひとりの妻がいる。
 名は春子で、今は家内だ。
  もうひとりの愛した女がいた。
 名は奈々子で、愛人だったが光田に殺された。
 亮一は今はどちらを愛しているのか…



  浜坂亮一はとうとう決心する。
 ………妻に内緒で、出生に秘密を明かさず……奈々子の娘をひきとってみようか……  その考えを実行しようと考えたのだ。
 下手な考え休むに似たり…といえばいいのか。
 とにかく、亮一は妻に腹を立てていた。憤慨していた。
 俺という夫がありながら他の男とキスなど……
 彼は自分の不倫を棚にあげて憤慨していた。
 そして、ひきとった子供が、俺と奈々子の子だとあとで知れば…春子は狼狽する
 と、にやりとした。
 天誅だ!


「……本気か?」
 武田医師は亮一に尋ねた。
「本気さ。奈々子の子を引き取る」亮一は、武田の勤める産婦人科病院に出向いていた。そして、そう答えたのだ。
「…奥さんは?承知したのか?」
「いや。でも、妻は養女がほしいそうだよ」
「愛人の子を引き取って奥さん文句いわんのか?」
「…いうさ。だから内緒で引き取る」
 武田医師は唖然としてから、「お前が父親だって内緒で引き取るのか?」
「あぁ!」
「…しかし……どうせいずれバレるぞ」
「かまわんさ。どうせ俺の子だ」
「いいのか?」
「…ん?」
「悲惨なことになるぞ」
「かまわんさ!」
「子供がかわいそうだと思わんのか?」
「思う。だから引き取るんだ。このままなら孤児院行きだろ?」
「まあな」武田は訝しげにいった。そして「だからって…」といおうとした。
 だが、亮一は、「頼む!妻には内緒で引き取るから……出生はふたりだけの秘密にしてくれ!」といって頭を下げるだけだった。
「子供に罪はないんだぞ」
「あぁ。わかってる」
「いや、お前はわかってない」
 武田玄信医師はいった。が、亮一の気迫に押され、それからは無言になった。
 亮一が、「頼む!」と、土下座まがいのことまでしたからである。
 いくら部屋の中で、ふたりしかいないといっても土下座はやり過ぎだ。武田は思った。


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