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海外のニュースより

政治・経済・社会の情勢について書かれた海外の新聞や雑誌の記事を選んで翻訳しています。

「日本は中国と格闘している」と題するスイスの『新チューリッヒ新聞』の4月24日の記事。

2005年04月24日 | 国際政治
 中国と日本という極東の二つの重量級がこの数週間、リング上の格闘に乗り出した。表面的には、彼らは過去について争っているが、実際に問題になっているのは、東アジアの政治的顔の将来である。
 日本がその破壊的な帝国主義的局面を今日まで知らぬ振りをしたために、その隣人やかつての犠牲者に攻撃の武器を与えているのだが、それは日本の戦争の過去とは限られた程度でしか関係していない。公の場での謝罪--最も最近の謝罪は、ジャカルタで開かれたアジア・アフリカ会議でなされたのだが、--にもかかわらず、今日まで東京の政府は、残虐で血まみれの帝国主義の克服を真剣に行っているということを一度も立証したことがない。反対に、とっくに信頼でき安定した民主主義的世界の一員である公式の日本は、問題のある靖国神社参拝や戦争犯罪を押し隠す歴史教科書でもって政治的歴史的無神経さを繰り返し、軍国主義的な過去の遺産に清算することができていない。
 その政治的行動において歴史を引き合いに出すことが好きな中国の支配者にとって、過去を処理できない日本の無能力を自分の目的のための手段にするのは容易である。そういうわけで、国連の安全保障理事会の常任理事国になりたいという日本の要求を退けることが問題となっている現在の争いにおいてもこの手が使用されている。もっとも日本の経済力と国連に対する財政的貢献度から見れば、このような要求は正当化されるだろうが。
 中国と日本の両国関係が過去数週間の間に注目すべきテンポで最低点に達したということは、この地域における中国の経済力の台頭が持つ政治的影響を際だたせるものである。独裁的な中国を脅威であると感じているのは、日本だけではない。東アジアの他の国々も、非常に集中した経済関係によって彼ら自身がその片棒を担いでいる中国の増大する地域政策的な重要性を疑惑の目で見ている。中国の攻撃性と外国人嫌いの爆発は、隣人達には脅威である。
 ヨーロッパと違って、東アジアは、多国間の協力や統合という政治的に安定させるメカニズムを知らない。ここでは、いまだに、先ず第一に自分のことを考え自分一人で決定するという国民国家の原理が通用している。対立は二国間で話し合われる。そういうわけで、この地域で北朝鮮に対して十分な圧力を加えることは困難である。なぜならば、韓国と日本と中国は、北朝鮮の核による脅迫的マヌーバーに異なった対応をしているからである。それは、自分自身の利害関係と北朝鮮との特殊な結びつきにとに対応している。
 このような国民国家的条件の下では、のし上がりつつある力に対する不信は、当然ながら特に大きい。中国の具体的な事例においては、疑惑は、政治的にかなり鈍感な独裁制と関わっているがゆえに、なお強められる。日本と中国との間の現在の冷え込んだ関係が示すように、このような不信を強い経済的関係も変えることはできない。
 中国は経済的な路線において世界と向き合おうとし、何十億ドルもの市場の投資天国という魅力で誘惑しようとしている。インドでの温家宝主席の登場は全くこの意味での演出である。両方の経済の相互の補いとそこから引き出される利益が問題となった。未解決の国境問題は、経済的な協力という文脈に従属させられた。中国とヨーロッパの接触もこの方式で行われる。北京政府は、フランスとドイツとは特に密接な関係を結んだが、その理由は、中国がシラク大統領とコール元首相とシュレーダー首相とに無批判でオポチュニスト的なパートナーを見いだしたからである。
しかし、中国の東では、中国と日本の間の経済交流にもかかわらず、友情は深まらなかった。台湾問題においても、密接な経済関係は、北京と台北の間に緊張緩和をもたらさなかった。経済的な関わりは、国際間の安定を保証しないのである。
 北京の権力者にとって、日本との争いは、国内的な要素も持っている。反日的デモは、政権の目には、愛国主義の発露であると見える。今日なお、中国共産党は、1930年代40年代の日本占領軍に対して抵抗したという事実から彼らの無制限な支配の合法性の根拠を導き出している。その限りでは、公的なデモ行為を悪魔がお払いの水を恐れるように、恐れている中国当局が、反日的デモには展開の余地を与えたというのは不思議ではない。しかし、それは彼らにとっては気分の良いものではなかったように見える。なぜならば、愛国的デモは、中国では、過去において、常に政権に対する批判に転化したからである。いずれにしても、最近の抗議は、国営のメディアにおいては、何の反響も見いださなかった。
 ヨーロッパの責任ある中国政策は、中国が経済的な上昇志向にかかわらず、何らの法治国家的なコントロールに従わないその独裁的な指導のゆえに、地域政治的にも世界政治的にも真に信頼できる政治的大物とは見なされないということを勘定に入れなければなるまい。それとは対照的に、民主的な日本というライバルは、戦争の過去を十分に清算はしてないけれども、国際政治においては、はるかに信頼できるパートナーなのだ。
訳者の感想:日本の弱点も認めた上で、中国よりも日本のほうが信頼できるパートナーだと言っています。ドイツやフランスが対中武器禁輸政策を撤廃しようとしていることに対して警告を発している論説です。
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「中国農民の抗議が暴動に転化する。」という『ガーディアン』の4月12日の記事。

2005年04月18日 | 国際政治
工場の公害に対して抗議中の2人の女性が殺されたというニュースは、中国東部で数千人の農民の血まみれの暴動に火をつけた。
4月10日、セッコウ省のファンカントウ村での衝突の際、数10人の警官が負傷し、5人が重態になった。それは最近のいくつかの暴力的なデモの内最も新しいもので、中国の安定に対する重大な脅威となる種類のデモであった。農作物を駄目にし、新生児を奇形にしたと言う理由で、化学工場の外で2週間の座り込みを行っていた200人の農婦を追い散らそうとした際に2人の抗議者が殺されたと言われる。
目撃者によると、東陽市から来た警官と建設局の役人とは、無謀にも抗議者の竹製の防壁を引き倒し、女性を逮捕しようとした。「彼女たちは車に轢かれたんだ」と一人の村人はロイター通信の記者に言った。
東陽市市役所は、誰かが殺されたと言うことを否定した。「それは動機を隠して広められた噂だ」と述べている。しかし、東陽市市役所は、警察と役人が追い込まれた学校へと突進した沢山の暴徒による凶暴な行動があったことを認めている。「何千人もが彼らを石や棍棒や斧で攻撃し、30人以上が負傷し、病院へと運ばれた。そのうち、5人は重態である」と市当局は述べた。
秩序を回復するために、3,000名の武装警察官がその日の遅くに地域に投入された。警官隊が催涙ガスや棍棒や盾で秩序を回復する前に、村民は、彼らの乗ったバス50台の窓を破壊した。
「人々は岩を投げた。とても混乱していて沢山の人々が怪我をした」とある目撃者はアジャンス・フランス・プレスの記者に語った。市当局は、新たな報道管制を敷き、地域に入ろうとするジャーナリストは、警察によって拘束された。
 抗議の中心にいた年配の女性は、フアシ工業団地に第二工場を建設する計画に反対していた。彼女たちのプラカードには、「私に土地を返せ。私の子供と孫を救え。」と書かれていた。
暴力的なデモは、経済成長が腐敗や環境破壊や富者と貧者との増大する格差に対する不満を募らせた国では、抑圧することがますます困難になりつつある。
 政府の統計によれば、抗議の数は去年より15%増えて58,000件に達し、300万人以上が参加している。多くの地方都市では、交通遮断は週に1度起こっている。今週末、反日デモは、三つの都市で集会し、北京では日本大使館の窓ガラスが破られた。
 昨年、11月、四川省では、何万人もの人々が、10万人をホームレスにするダム計画に反対するデモを行った。その前月には、重慶では、腐敗の噂だけで、暴動が起き、警察の車が焼かれた。
[訳者の感想:ガーディアン紙のジョナサン・ワッツ記者が書いた記事は、反日デモ以前に国内に反政府デモがしばしば起こっていたことを明らかにしています。中国政府は、反日暴動をガス抜きに使っているというのは事実だと思われます。しかし、そろそろ本腰を入れて取り締まらないと、中国政府にとって命取りになりそうです。]
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「調和の終わり」と題する『シュピーゲル』誌3月14日号の記事。

2005年04月13日 | 国際政治
一ヶ月前にドイツの週刊誌『シュピーゲル』に載せられたヴィーラント・ヴァーグナーの記事。
死んだり傷ついたりした者はいなかったが、攻撃の的となった人物は、警告を理解した。東京のコピー機製造会社フジ・ゼロックスの会長小林陽太郎の家の前に火炎瓶が二つ投げられた。この起業家は、日本と中国の間の相互理解に賛成し、愛国主義的な日本人の憎しみを招いたのである。
中国との和解は、目下日本では求められていない。昨年11月中国の原子力潜水艦が日本の領海に侵入したとき、アジアのライバル国は、1972年の国交正常化以来、最低点に到達した。
先週、北京は日本の反中国的気分を更に増大させた。北京の人民大会堂からの不安にさせる画像が日本人の居間に直接に放映された。中国の全人代が解放軍のための軍事費を12.6パーセント増やし、2兆2000億円にした。
更に中国政府は、見せかけの議会に対して、台湾侵攻のための文書による口実を提示した。中国共産党の権力者達は、台湾が独立を宣言した場合には、「非平和的」手段を台湾に適用すると脅した。その根拠は、新しく制定された「反国家分裂法」の中にある。
このエスカレーションは、東京に深い不安を呼び起こした。と言うわけは、北京は初めてこの文書でもって、必要な場合には台湾を中国に無理矢理取り戻すという圧力を加えたからである。中国はこれによって、同時に資源に依存している日本を挑発した。なぜなら、日本は台湾海峡とともに重要な海上交通が脅かされたと感じたからである。「この法律でもって中国は戦争を仕掛けることができる」と『産経新聞』は警告した。
 台湾では何十万もの人が直ちに街頭へ出るということを北京政府は計算していたかもしれない。プラカードには、「併合はごめんだ。」「台湾人よ、立ち上がれ!中国の覇権に抵抗せよ!」とデモ参加者は、叫んでいた。東アジアの情勢に関して、危険なのは、中国と太平洋のライバル国である日本及びアメリカとの間の対立が激しくなるはやさである。というのも、ワシントンは、1979年にできた「台湾法」によって、台湾への攻撃を重大な懸念を引き起こす事柄として扱うように義務づけられているからである。
目下、たいていはイラクに心を奪われている他の世界は、耳をそばだてている。礼儀正しいアジア人達は、取引上の調和のなかで付き合っていたのではなかったのか?いずれにしても、中国は昨年日本の最大の貿易国であったアメリカに取って代わり、日本の最大の貿易国となった。台湾と中国との間の最近のチャーター便でもって、台湾と中国のと間でかすかな緊張緩和が始まったように見えた。
だが、新しい「反国家分裂法」の成立過程は、良くない結果を予想させる。中国の権力者達がこの法案を作成し始めたとき、彼らは、台湾の独立勢力が2004年12月の国会議員選挙で勝つだろうと予測していた。実際は、彼らは選挙に勝たなかったのだ。共産主義者達は、彼らの権力を台湾や日本に対して愛国心を煽ることと余りに強く結びつけていた。
 大国中国の目覚めとともに、ライバル国の間の非常に古い対立が再び抗争の火だねとなりかけていると言うことは、偶然ではない。台湾は、1894年から95年にかけての日清戦争における日本の戦利品であった。台湾の植民地化とともに日本は東アジアにおける攻撃的な拡大を推進した。中国の朝貢国の代わりに、日本は、他のアジア人達の主人へと成り上がった。だから、中国にとっては台湾は、彼らの帝国の恥辱に満ちた分割の象徴である。その分割において日本は特に残酷な仕方で際だっていた。第二次大戦後も日本は台湾と親密な関係を保っていた。確かにかつての宗主国は、台湾島民を残酷に抑圧したけれども、大陸の共産主義者や1949年に台湾にやってきた蒋介石の国民党と比べると、日本人はましに思われた。多くの年配の台湾人は、初めて民主的に選ばれた李登輝元総統のように、今でも日本語を話す。日本の武士道について書いた本の中で、彼は、日本というサムライの国に記念碑を建てた。
 これに対して、日本は東南アジアでは、影響圏を中国に譲り渡した。中国は、2010年までにアセアンの国々と自由貿易圏を作ろうとしている。それには20億人が属することになる。東京はこの未来計画を不信の目で追っている。日本は、米作りの農家をアジアからの安価な米との競争から守るので、シンガポールを除いて、他の東南アジアの国々と二国間協定を結ぶことに成功していない。
 この世界第二の工業国がアジアの隣人から孤立すればするほど、日本は核の傘で守ってくれるアメリカに頼るようになる。「有志連合」のメンバーとして、東京は、500名の自衛隊員をイラクに派遣した。それによって、日本は1945以来、初めて戦闘地域と軍事的に関わり合っている。それによって日本の沿岸でのアメリカ軍との共同作戦に弾みがついた。最近、東京は、ワシントンと共同で、台湾海峡における緊張の平和的解決に「戦略的関心」があると宣言した。最近出された『防衛白書』で、日本は初めて中国を潜在的な軍事的脅威であると表現した。(以下23行省略。)
 与党の自民党は、野党民主党の大部分とともに、平和主義的な戦後憲法を変えようとしている。アメリカ占領軍が押しつけた戦後の新憲法では、「日本国民は、主権の行使としての戦争を放棄する」ことを誓った。これに対して、いわゆる自衛のための戦力の役割が新しい改憲案には、明記されるだろう。
日本の日章旗は、翩翻と翻るはずである。「アメリカとの関係にせよ、アジアとの関係にせよ、これまでわれわれは他の人たちによって指導されてきた。しかし、将来、我が国は他の人たちを導く外交政策を追求しなければならない」と小泉の後継者と目されている安部晋三は言う。
(以下23行省略)
訳者の感想:日本とアジア諸国の現在の危機的な関係が一月前にこのように書かれていたということが私の興味を引きました。日本が明治維新までは、中国の「朝貢国」だったと言うような書き方をしているのは、歴史的に正しくないと思いますが、ヨーロッパ人から見ると維新前の日本はそれぐらいの国にしか見えていなかったのかもしれません。第二次大戦以前に、ロンドンの郵便局で手紙を出そうとした日本人に対して、イギリスの郵便局員は「日本は、中国の一部だ」と言ったそうですから。

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「出てこい!日本の豚野郎」と題する『ヴェルト』紙の記事。

2005年04月11日 | 国際政治
「中国の大部分で反日的暴力行為--克服されない戦争責任の扱いに対する抗議」という副題を持った『ヴェルト』紙の記事。
北京発:役所が先週土曜日に首都で初めて許可されない大デモを容認した後で、反日的大衆行動は、北京以外に中国の広汎な都市に広がった。日曜日に南シナの省都広東で、3000人のデモ参加者が日本総領事館を取り巻き、その後スーパーマーケットに流れた。特別経済区深センからの時事通信社の記者の報道によると、日本商品のボイコットを呼びかけるデモが行われた。彼らは日本のスーパーマーケット「ジャスコ」のチェーン店を取り囲んでかなり多くの窓ガラスを割った。
四川省の成都でも行われた新たな抗議では、既に先週日本の商社に対する破壊行為に到った。日曜日の晩には上海のレストランで二人の日本人が襲われ、軽い怪我をしたと同地の日本領事館が述べている。東シナの山東省でも日本の戦争責任とその新たな大国要求に対するデモが予定されている。
これらの拡大する行動は、北京と東京の間の緊張した政治関係を最低の位置にもたらしつつある。日本政府は、日本人と日本人の財産を保護するように北京に要求し、王毅中国大使に申し入れた。日本の町村信孝外務大臣は、暴力行為を「重大な問題」と呼び、謝罪と弁償を要求した。北京の外務省の報道局長は、日曜日には、デモ参加者に対して、穏やかにやるように理性的行動をするように呼びかけた。秦剛報道局長は同時に抗議に対する理解を示した。「群衆の一部は、自分の侵略と戦争責任に対する日本の間違った態度に不満なのだ。」
 日本の新しい教科書の出版が、中国における抗議の波を引き起こした。これらの教科書は、中国や韓国ののように第二次大戦中日本軍によって侵された国々における戦争犯罪を大したことではないとしている。愛国的なウエッブサイトは、北京で最大のハイロン電器器具スーパーマーケットの前で「彼らの戦争責任を否定する日本の悪魔に対する抗議するように呼びかけた。日本製品に特化した販売店の前での座り込みの後、1万人の参加者は、旗やプラカードを持って北京の大学地区である海淀路の通りを歩いた。「今日、日本の商品を買う者は、明日再び中国に侵入する戦車に投資しているのだ。」彼らは日本の小泉首相の顔にバツをつけたプラカードを掲げていた。彼らは東京に中国が領土だと主張している尖閣諸島を返せと要求している。「日本に国連の常任理事会の席を与えるな。」警察はデモ隊が日本大使館へ向かうのを阻止しなかった。デモ隊は、大使館の敷地内に石やビンを投げ、「出てこい!日本の豚野郎!」と叫んだ。500人の警察官は、大使館を警備しなければならなかった。窓ガラスが壊された。二軒の日本料理店の正面も破壊された。
配られたビラには、アカイからトヨタにいたる100社の日本の会社、チェーン店、製品がリストアップされている。清華大学のような大学は、ウエッブサイトですべての中国人に、5月1日から一ヶ月日本製品を買わないように呼びかけている。しかし、100万人以上の中国人が在中の日中合弁企業で働いている。中国人のチェーン店のいくつかは、既に先週末、アサヒ・ビールやソニーの電化製品を陳列棚から撤去した。
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中国は反日デモに関する記事を禁止(『マニラ・タイムズ』4月11日の記事。)

2005年04月11日 | 国際政治
日本のテレビや新聞で大きく報道されている反日デモについて中国の新聞は報道できないという『マニラ・タイムズ』の記事。
北京発:中国の政府によってコントロールされているメディアは、日本に対する抗議の報道を抑えている。テレビや新聞やニュースに関するウエッブサイトでは、1999年以来と言われる首都での最大のデモについて報道されていない。
 1万人以上の反日デモ隊は、土曜日、日本大使館や日本大使公邸に石やビンや玉子を投げつけ、悪口雑言を叫んだ。
 抗議は、1999年7月に宗教団体法輪功の約1万名のメンバーが中国共産党の幹部の邸宅を取り囲んで以来、最大のものだった。デモ隊が北京の主要道路である長安路を行進するのが見られた。彼らは交通渋滞を引き起こしたが、『北京朝報』や『Beijing News』などの首都の主要な新聞は、この出来事について何の報道もしなかった。
 連絡の取れた『北京朝報』のスタッフは、このような大規模な抗議デモについて新聞が書かない理由は分からないと答えた。他の新聞の編集者からはコメントを取ることができなかった。
 抗議デモについての唯一の言及は、反日グループによって立ち上げられたインターネットのウエッブサイトに見いだされた。これらにはコメントと写真が掲載されている。
 中国政府は、デリケートだと思われるニュースを日常的に検閲している。
 抗議デモは、政府によって承認されたように見えるが、政府当局は、政府によって是認された抗議でも、余りに多くの人たちが参加しようとする場合には、コントロールできなくなることを恐れている。
 警察はこのような抗議デモをしっかりコントロールしている。
 デモ参加者達は、両国の間の緊張が高まっている時期に、日本が、戦時中の過去を美化している国連安全保障委員会の常任理事国に立候補したことを断罪している。
訳者の感想:フィリピンの新聞としては、予想したより客観的な論調だと思います。中国政府が反日デモを是認したものの、コントロールできなくなることを恐れているのは、事実でしょう。そうでなければ、報道を抑えたりしないと思います。
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イラクの新しい首相に任命されたイブラヒム・アル・ジャーファリ氏はどんな人物か?

2005年04月08日 | 国際政治
「調整役のアル・ジャーファリ--彼は対話と和解に賭けている」と題するドイツの新聞『フランクフルター・アルゲマイネ』の4月7日の記事。
何十年もサダム・フセイン政権に対する戦いに身を捧げたイラクの新大統領ジャラル・タラバニは、イブラヒム・アル・ジャーファリに組閣を委任した。
信心深いシーア派の信者であるアル・ジャーファリは、「ダワ党」の党首であるが、彼は決して熱烈な演説をするイスラム急進主義の擁護者ではない。それどころか、彼はしばしば非常に低い声で不明瞭に話すので、聞き手は、すべてを理解するのに苦労する。
1.対話と和解
 アル・ジャーファリは、長いこと亡命生活をしたが、彼の故郷との関係を失うことはなかった。政治上の仲間達は、彼を行動的ではあるが思慮深い男であると言う。彼の政党のメンバーは、サダム・フセイン政権の下では、共産主義者やクルド人と同様、迫害されたけれども、アル・ジャーファリは、今日、対話と和解に賭けている。
髭を短く刈り込み、黒い服を着た58才の「ダワ党」党首は、他の宗教グループや世俗的なシーア派に対しても、過激で憎しみに満ちたムクタダ・アル・サドルほど、反感を起こさせない。
2.「イランは、お手本ではない」
 批判する人たちは、シーア派の「ダワ党」がテヘランの政権と余りに密接な繋がりがあると悪口を言っている。だが、アル・ジャーファリは、繰り返し、イランのモデルのように宗教学者が権力に参加することを拒否している。多くのシーア派の人たちのように、ジャーファリは、連邦的政治組織を持つ国々をモデルにしようとしているように見える。
 しかし、このことはイラクがある日国家としては解体することを意味しない。クルド人の自治と並んで、ジャーファリは、1月末に行われた国会議員選挙をボイコットしたスンニー派にも場所を与えようとしている。彼の意見によれば、(フセイン政権を支えた)バース党のメンバーでさえ新しいイラクの建設に協力できる。
3.イスラム教だけが基礎ではない。
 彼は同時に新しい政府によって、今後六ヶ月の間に起草される予定の憲法の基礎がイスラム教だけではないと言う。スンニー派の政党「イスラム党」と同様、彼も保守的な「ダワ党」が女性を家庭に閉じこめようとしているという非難を打破しようとしている。
 イブラヒム・アル・ジャーファリは、1947年信心深い家庭の息子として巡礼都市カルバラに生まれた。彼の政治的経歴は、モスル大学の医学生の時に始まった。サダム・フセインが「ダワ党」を禁止し、そのメンバーを何千人も処刑した後、1980年アル・ジャーファリは、イランに亡命した。1989年に彼はロンドンに移住し、アメリカ軍の侵入後、2003年4月に帰国するまで、そこで暮らした。
4.アル・ジャーファリは、速やかな撤退を望んでいない。
 アメリカの存在に反対するイラク人の目からみて、彼の面目を傷つける点は、彼がアメリカが戦後に作った暫定政府のメンバーであったという事実である。アメリカの占領軍の監視の下で2004年6月に国連によって行われた暫定政府の指名の際、彼は二人の副大統領の一人になった。
 アル・ジャーファリは現在も、アメリカ軍の早期撤退には賛成していない。なぜなら、彼はその場合治安状態は、現在よりも悪くなると考えているからである。
 アル・ジャーファリは、5人の子供の父であり、医学と並んで宗教研究も行った。
(この記事は、ドイツの通信社dpaの配信によるものである。筆者の名前は書かれていない。)
訳者の感想:選挙後二ヶ月かかってようやく組閣にまで漕ぎつけたイラクだが、この記事のように、国内の分裂が避けれられるのかかなり疑問に感じられる。
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シュレーダー首相の対中武器禁輸解禁に対する批判(『ヴェルト』紙4月2日の記事。

2005年04月02日 | 国際政治
「シュレーダー首相は中国の敬意を失うだろう」というショイブレ前CDU党首の批判。
--ショイブレさん、シュレーダー連邦首相には、議会の意志に反して、対中武器禁輸解禁を推進する権利があるのでしょうか。
ヴォルフガング・ショイブレ:形式的には、外交は確かに行政府の管轄事項だ。しかし、この問題に対して第一に返答しなければいけなかったのは政府与党だ。与党の「社会党」と「緑の党」の代議士達は、シュレーダー氏が言ったように、首相によって無視された扱いを受けるのだろうか?
--いずれにしても、中国は重要な市場です。首相は、それに相応しい合図を送らなければならないのではありませんか?
ショイブレ:中国が重要な市場だということは疑えない。だからこそ、中国を国際政治的な協力にできるだけ緊密に取り込む賢明な政策が執られれなければならないのだ。しかし、このような一面的な政策では首相は北京で何かを得ることさえできないだろう。他方、彼は、大西洋を挟む関係とヨーロッパの団結に新たに重大な負担をかけることになるだろう。シュレーダー氏は、ドイツの外交的利害関係を踏みにじっている。
--では、あなたの目から見て、彼の動機は何ですか?
ショイブレ:私の推測では、またもや「議論は無用政策」の一つの発作が問題なのだ。彼の中国旅行で、彼は前もって意見調整することなく、1989年(天安門事件の年)以来の武器禁輸合意の撤廃に賛成するだろうと予告した。今や彼はこの約束を守らなければならない。シュレーダー氏は、実際、自分はドイツ経済のために何かをするのだと思っている。しかし、実際は、彼は中国の敬意を失うだろう。ヨーロッパとアメリカとを互いに争わせるように中国をけしかけるような政策を中国に対してとってはいけないのだ。
--それでは、このような政策が中国の敬意を失わせる理由は何ですか?
ショイブレ:シュレーダーがヨーロッパ連合で自分の主張を貫徹できない場合、中国では、自分の言ったことを実行に移せない大口叩きというイメージが生まれる。これに対して、もし、ヨーロッパ連合の中でこの転換を実行し、もっとも重要な同盟国アメリカを侮辱することに成功するならば、理性によってではなく、一時的な気分に従って行為する原則なき首相というイメージが生じるだろう。
--それでは、中国政策は、どのようでなければいけないのでしょうか?
ショイブレ:すべての中国政策は、常にシナ海と東南アジアにおける安定性を念頭に置かなければならない。そのためには、それはヨーロッパとアメリカの密接な意見調整の中で行われなければならない。
--いずれにしても、ヨーロッパ連合に属する多くの国は輸出禁止を止めたいと思っています。
ショイブレ:実際、ヨーロッパ諸国の首相達のレベルでは、少なくとも少し前には、輸出禁止撤廃に賛成した人たちが多数であった。他方、「ヨーロッパ議会」では、あらゆる党派を超えて、少し前から、ドイツのCDUとCSUに代表される立場は、撤廃に反対する多数派を形成していた。中国政府の台湾に向けられた「反国家分裂法」の注目すべき調子(「非平和的手段を用いてでも分裂を阻止する」という箇所を指している。)によって、ヨーロッパの首相達は、シュレーダー氏において確認されたよりも、もっと熟慮するだろうと私は期待している。
--シュレーダー首相は、シラク・フランス大統領が自分と同調すると思っています。
ショイブレ:独仏協力についてのこの間違った理解は、不幸な役割を演じている。ベルリンとパリがヨーロッパ全体を支配していると思い上がっていて、その上、アメリカに対してヨーロッパ大陸を動員しようと試みるならば、ドイツとフランスは、その結果、ヨーロッパの分裂に拍車をかけることになるだろう。
--アメリカはどう反応すると思いますか?
ショイブレ:アメリカは、しばらくは、東南アジアの安定を保証することのできる唯一の勢力である。ワシントンがなければ、われわれは北朝鮮を核兵器を断念するように動かすことはできないだろう。ヨーロッパにはそういうことはできない。にもかかわらず、われわれがこの重要な同盟国の明白な意志に反して、武器や技術を中国に供給しようとするならば、それはアメリカの世論と議会とにとんでもない影響を与えるだろう。この一面的な中国政策がドイツとアメリカの経済関係にもマイナスに作用するということは誰も否定できない。
--日本も中国に対するヨーロッパの武器供給には断固反対です。
ショイブレ:日本政府は、現在の状況での禁輸解除が地域全体の不安定化をもたらすことを恐れている。シラク大統領が日本滞在中に、日本政府は憤激を隠そうとしなかった。外交の控えめな表現では、「大きな意見の相違」が問題になったのだ。
--フィッシャー外相の介入を期待されますか?
ショイブレ:反対に質問したい。一体、われわれにはまだ外相がいるのかね?勿論、フィッシャー氏は、このような無責任な外交政策に反対しなければなるまい。だが、彼は明らかに、まだ、彼の事件(在外ドイツ大使館が不適当な人々に簡単に旅券を発給したという事件を指す。)の渦中でしばらく椅子に張り付いたままでいなければならない。私の見るところでは、外交政策に対して彼はもはや何の影響も及ぼさない。
--ヨシュカ・フィッシャーは、「旅券事件」を乗り越えるでしょうか?
ショイブレ:私の意見では、彼は外務大臣だとは思われていない。フッシャーは、害を与えるだけだ。しかも、政府と我が国に対してだ。職員が過去にはその都度の外務大臣に対して忠誠であった外務省さえ彼は利己的なやり方で、自分の間違いを協力者になすりつけようとする試みによって、自分の敵に回してしまった。結末が早ければ早いほど、ドイツにとっていっそう良いことになる。
訳者の感想:ドイツには昔から中国贔屓がいたことは事実で、それを知った上でドイツの外交政策を見極める必要があると思う。フィッシャー外相の事件は、田中真紀子と日本の外務省の関係と少し類似してきた。シュレーダー首相が、フィッシャーを罷免できないのは、多分「緑の党」の協力が不可欠だからだろうと思う。
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スーダン政府、初めてダルフールにおける人権侵害の理由で捜査。(『ヴェルト』紙3月30日の記事より)

2005年03月30日 | 国際政治
スーダンは、ダルフール地方における人権侵害の理由により治安部隊のメンバーを逮捕した。
民間人の強姦と殺人及び放火を行ったという理由で警察、陸軍および他の治安部隊に属する15名を逮捕したとアリ・モハメッド・オスマン・ヤシン法務大臣は、公表した。彼らは直ちに裁判にかけられる予定である。水曜日に国連の安全保障委員会は、スーダン西部における戦争犯罪をハーグの国際裁判所で審理するというフランスが提出した決議案を可決した。ハルツームのスーダン政府は、スーダン人の戦争犯罪者を外国で断罪することを拒否している。
 黒人系住民に対するアラビア人系の襲撃や、反乱軍との戦闘において、昨年、ダルフール地方では、7万人が殺された。国連は、スーダン政府が反乱軍と戦わせるために、アラビア人のジャンジャウイード民兵を武装したと非難している。この民兵は、ダルフール地方の住民の暴行や広汎な略奪に対して責任があるそうである。スーダン政府は、確かに反乱軍に対する戦いのために、何人かの民兵に武器を渡したことを認めたが、ジャンジャウイードとの結びつきを否定し、彼らを強盗団と呼んでいる。
訳者の感想:今頃、戦争犯罪者を逮捕した理由は、ハーグの国際裁判所で裁判にかけられると、彼らの背後に政府のそそのかしがあったということがバレルので先手を打ったのではないかという気がする。
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脱北者の現状(『ヴェルト』紙、3月24日の記事より。)

2005年03月24日 | 国際政治
「青白い顔でお金も持たず、不確かな未来へ--朝鮮人は、毎日、中国へ逃亡している。そこで彼らは別の無法状態に陥っている。」と題するエドワード・コディ記者の記事。
 李シャンユさんは、5日間も極寒の中をさ迷って、やっと図門江を渡る逃避に成功した。李さんは、川まで連れて行って貰うために、北朝鮮の警備兵にお金を約束してあった。真夜中に彼女はこっそりと川を向こう岸へと渡った。中国側の警備兵は、寒さのために警備小屋から出てこなかった。こうして、もう一人の朝鮮人は、お金もなく、みすぼらしい身なりで、気づかれることなく、中国に着いたのだった。
 「私はすべてを一枚のカードに賭けました」と25才になる娘は、逃避の理由を説明した。「私たちは何かをやってみなければならなかったのです。」涙が彼女の頬を伝った。なぜなら、彼女は母を故郷に残して来なければならなかったからである。「私たちは、北朝鮮では生き続けることができません。」
 援助組織の言うところによると、毎日、10人くらいの朝鮮人が、空腹と圧政に耐えかねて、同じ決断をする。運の良かった人たちは、韓国に行ける。かなり多くの人は、北京にある外国の大使館に駆け込むか、隣国に助けを求める。かなり多くの人たちは中国の警察に捕まって、本国に送還される。しかし、多数の(推定20万人の)脱北者は、非合法の労働力として、中国国内に滞在している。不法入国者としての地位のために、彼らの多くは売春婦や犯罪者として、露命をつないでいる。
 1,280キロメートルある中国と北朝鮮との国境にやってくる脱北者の流れは、核兵器製造計画を断念するように北朝鮮に圧力を加えよと言うアメリカ政府の要請に対して、中国政府が逆らう理由を説明する。ワシントンと同様、北京も、北朝鮮が核兵器製造計画を中止することを望んでいる。しかし、同時に、中国は、隣国の崩壊しかけている共産主義体制を今より以上に不安定するようなことは何もしないように努力しているのだ。
 中国を観察している人たちは、ブッシュ政権が、それで北朝鮮の金正日総書記の支配が終わるのなら、混乱の時期を我慢するだろうと推測している。これに対して、中国は、隣国の体制が崩壊する場合、朝鮮人が国外に脱走するのを止めさせようとしている。同様に中国は、脱北者に対して亡命も認めず、いかなる法的承認も与えず、彼らを人身売買者や搾取者の獲物にしている。中国は繰り返し手入れを行い、捕らえられた脱北者を力ずくで北朝鮮に送還している。北朝鮮で彼らを待っているのは、逮捕あるいは処刑である。
 今年の人権報告で、アメリカ政府は中国を批判したが、その理由は、中国が国連の難民高等弁務官が中朝国境に立ち入ることを拒んだからである。北京の北東1000キロにある「ヤンビャン朝鮮族自治区」に住む多くの中国人は、朝鮮族であり、首都延吉の人口35万人のうち、20万人が朝鮮族である。
しかし、中国の国家統制システムでは、身分証明なしに正規の仕事に従事することは、不可能ではないにしても、困難であるように定められている。この結果、脱北した朝鮮女性は、中国では売春婦として生活することになる。援助機関の情報によると、多くの女性は、貧しい独身の農民に売られる。彼女たちは、法律の前では妻だとは見なされないから、これらの女性は、愛人として生活し、主人の意のままになるように強いられる。
男性の脱北者は、しばしば、中国東北地方の農家で働くことになり、そこでは彼らは食べ物と眠る場所のために過酷な労働をすることになる。他の人たちは、延吉あるいは図門の飲食店で働いている。皿洗いや野菜の皮むきとして彼らは一日に50円稼ぐ。ある脱北援助者によれば、「彼らはアメリカにいるメキシコ人のようなものだ。」かなり多くの脱北者に残されているのは、強盗をすることであり、それが漢民族のところでは朝鮮人に対する悪い評判を立てるもととなっている。
 役人や警察は、脱北者が犯罪を行わない限り、見て見ぬふりをする。しかし、2004年秋に、北京の韓国大使館に多数の亡命者が駆け込んだ際には、中国政府は命令を出し、脱北者の集団が捕らえられて、北朝鮮に送還された。
 李さんは、彼女が川を渡ったとき、この危険を意識していたと言う。2002年に彼女は一度中国へ逃げ出した。そのときは、彼女は人身売買者の手に落ち、ヘイロンジャンの農家に売られた。そこで彼女は、精神薄弱者の夫の愛人にされた。一年以上、彼女は、彼女がその家にいることが誰の目にも付かないように、家を出ることを許されなかった。ある日、彼女は脱走に成功し、ハルビンに行き、飲食店で皿洗いをした。3ヶ月そこで働いたが、警察に見つけられて、北朝鮮に送り返された。故郷では彼女は有罪とされて、強制労働所に入れられた。そこでは8ヶ月間、瓦を運ばなければならなかった。「でも、私はとても弱っていたので、瓦を担ぐことができなかったので、看守にいつも殴られました。」釈放された後、彼女は自宅に帰ったが、彼女を待っていたのは、ひどい困窮であった。父と姉妹は飢えており、母は重病であった。李さんは新たに危険を冒そうと誓った。ポケットに僅か5ドル入れて、彼女と71才の隣人の老婆は、図門で国境にたどり着いた。途中、5つのチェックポイントで賄賂を渡した。
「今度は中国に長くいるつもりはない」と彼女は言う。彼女が機嫌がよいわけは、今度は、援助組織が彼女を援助しているからである。彼女は、今度はどうしても韓国にたどり着こうと決心している。
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ダルフールの虐殺は、なぜアラブ世界では何の反響も呼び起こさないのか?

2005年03月20日 | 国際政治
「イスラム教徒の沈黙」と題する『ヴェルト』紙(3月19日号)の記事。
 ダルフールで最近起こっている破局は、多くの人によって、世界中で最も重大な人道上の危機であると見なされている。信じるに値するすべての報道は、殆ど250万人が既に死に、適切な処置が講じられない場合には、数ヶ月のうちにさらに数百万人が後を追うだろうと述べている。国連のアナン事務総長は、この事件を民間人に対する集団的虐殺であると述べた。
 これと対照的なのは、アラブ世界の際だった沈黙である。この謎を『ウオール・ストリート・ジャーナル』紙に寄せた論文の中で、カメル・ラビディは、次のように説明している。「アラブの人権擁護団体は、公的なメディアにアクセスすることができないので、あまり影響力がないのだ。」しかし、事実は、独立系のテレビ局やインターネットが存在しているのだから、公的メディアは今日アラブ人にとっては何の役割も果たしていないということである。今日、中東に大きな災いをもたらしている、二つの原理主義、すなわち、イスラム主義と汎アラブ主義を理解する場合にのみ、このアラブの沈黙を説明することができる。信頼できる情報を手に入れようとする人は、「アル・ジャジーラ」と「アル・アラビア」に頼らねばならないが、しかし、両者は、現在まで全く原理主義者によって支配されている。
 なぜ、これらの原理主義的勢力は、ダルフール地方における虐殺についての真実を大したことではないと考えようとするのだろうか。第一に確認しなければならないのは、もし、犠牲者が非イスラム教徒であったならば、その事件にモスレム世界ではだれも興味を示さなかっただろうということである。
 非信者がイスラム教に改宗するか、あるいは自分を「ジンミ」、第二級の市民として従属し、人頭税を支払うかするまで、非信者と戦うということは、イスラム教徒にとっては、常に宗教的な義務であった。この「ジンミ階級」という地位は、「聖書を持つ民族」、つまり、ユダヤ人とキリスト教徒に限られており、アニミストやヒンヅー教徒や他の異端者は、「ナジュス」(汚れた者)と見なされ、差別された。南スーダンのアニミスト達やバハイ教徒や他のイスラム教国のイスマイリア派の人たちは、それがどういうことであるかを現在経験している。
 しかし、ダルフール地方の事情は、これとも異なる。と言うわけは、非アラブ系のモスレムであるとしても、ここではモスレムに対する虐殺が行われているからである。理論的には、モスレムは、他のモスレムを殺してはならない。ここで最も引用される関係資料は、『コーラン』の中のある詩句である。そこには次のように書かれている。「信仰と信心だけが、アラブ人と非アラブ人を区別している。」このことは大部分、イスラム主義と汎アラビア主義の間にある歴史的敵意を説明している。後者は、アラブ系国民に関係しているのに対して、イスラム主義者達は、「ウンマ」、つまり「信仰の共同体」について語り、アラブ民族主義を「フィトナ」、つまり「兄弟同士の喧嘩」の一つの場合と見なしている。
 しかし、実際には、歴史は全く違ったように見える。奴隷制は、アラブ人達が非アラブ系のモスレム、特にアフリカ系のモスレムを征服する際の最も残酷な手段であった。奴隷制は、国際的圧力によって廃止されまで、サウディ・アラビアにおいては、20世紀の60年代まで広まっていた。
 にもかかわらず、「イスラム主義がダルフールの虐殺に責任がある」と仮定する根拠はない。「アル・ジャジーラ」や「アル・アラビア」が虐殺について報道したからと言って、両者を斟酌してやる必要はない。
彼らは、コフィ・アナン事務総長が虐殺について明瞭な言葉を述べた後に、「スーダンのハッサン・アル・ツラビが抗議のために断食を始めた」と述べた。この二つのテレビ局以外に、教養あるアラブ人は、BBCや通信社のアラビア語版などの国際的なメディアに対するアクセスを持っている。
 この特殊な場合における沈黙の主要な原因は、汎アラブ主義であるように見える。「汎アラブ主義」とは、50年前に軍事力によって権力についたファシズム的な運動である。ナセル主義は、エジプト、スーダン、アルジェリア、北イエーメン、リビアを虜にし、バース主義は、イラクとシリアを席捲した。これらの国々では、それによって、20世紀前半以来の初期の改革的近代主義的発展は窒息させられた。脅迫とテロによってリベラル派は、沈黙するように強いられるか、国外に追放された。
1967年の第二次中東戦争における汎アラブ主義の敗北や、経済的社会的約束を実現することができなかったにもかかわらず、アラブ人達は彼らの宣伝に乗りやすい。多くの場合に、アラブ政府は、反西欧的煽動が自分たちの無力から民衆の注意をそらせるだろうという希望によって支えられている。
 このアラブ民族主義の宣伝を妨害する唯一の道は、アラブ人のリベラルな運動を動員することである。これは今までは余りうまくいかなかった。その理由は、それが西欧の政府によって殆ど支持されなかったからである。それ故、アラブの大衆は、アラブ主義やイスラム主義の詐欺師達の人質であり続け、更にダルフールが続くかもしれない。(この記事の著者Abu Khawla氏は、アムネスティ・インターナショナルのチュニジア部の元部長である。)
訳者の感想:ダルフールの虐殺に対してアラブ人が沈黙している理由がイスラム原理主義にあるよりは、アラブ民族主義にあるというのは、余り西欧の論者が指摘しなかった視点だと思って訳しましたが、論者は、アラブ人のリベラリストだということが後のほうで分かりました。私などはアラブ民族主義の挫折が、イスラム原理主義を産み出したのであって、近代主義的であるという点では、むしろアラブ民族主義のほうがイスラム原理主義よりましではないかと思っていたのですが。
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ダルフール地方の虐殺はどうして放置されてきたのか?(『ツァイト』紙の記事より)

2005年03月13日 | 国際政治
 スーダンのダルフール地方で起こっている大量虐殺について日本では詳しい報道が余りないように思います。ドイツの週刊新聞『ツァイト』のインターネット版に昨年掲載された記事を訳してみました。
2003年12月に、スーダン西部のダルフール地方で反乱が始まったとき、反乱の理由は、中央政府がこの地域を組織的に無視し、黒人を迫害したということであった。しかし、対立の原因はもっと複雑である。対立の根にあるのはアラブ系とアフリカ系の民族集団の間にある非常に古い対立である。その対立は、旱魃による食料危機や、牧草地帯や水資源や通行権や商業コントロールを巡って生じたものである。
 首都のカルツームの政権は、反乱を速やかに鎮圧しようとしたが、スーダン南部における内戦と並行して西部で第二の内戦をする余裕はなかった。兵隊が不足していたので、政府はアラブ系民兵を武装した。この中にジャンジャウイードと呼ばれるアラビア人の騎馬民兵がいた。彼らは馬またはラクダに乗って焦土作戦を展開した。目撃者によれば、彼らはいわば政府の委託で無差別な略奪、殺人、火付け、強姦を行っている。スーダン政府の空軍は、黒人の住む村々を爆撃することによって、略奪兵士に戦場を準備してやっている。
「私の村では、奴らは50人殺した。私の父、祖母、叔父、二人の兄弟が死んだ」とイドリス・アブ・ムーサは述べた。「奴らは黒人が一人も生き残らないようにしたいと思っているのだ。」この26才の農民は、隣国チャドに逃れた10万人の難民の一人だ。国連の推定によると、難民の数は100万人にのぼる。スーダンにいる難民救援機関のムケシュ・カピラは、ダルフールでの出来事を「世界で起こっている最大の人道上の災難」と称し、なぜ世界がこの悲劇に対して何もしようとしないのかと不思議がっている。
 その理由は簡単であると同時にシニカルである。つまり、その理由は、スーダン西部には安全保障上、経済上の意味がすこしもないからである。ダルフールは、「文化の争い」の一変形という意味さえ持たない。なぜなら、どちらもイスラム教徒であるからである。これに対して、スーダン南部での「民族解放戦線」との対立は報道する値打ちがあると思われていて、アメリカ政府も注目している。と言うわけは、単純化して言うと、スーダン南部では、アラビア系イスラム教徒がアフリカ系キリスト教徒に対して戦っており、アメリカの共和党の中の十字軍騎士達は、好んでキリスト教徒の迫害を口にしているからである。これに対して、ダルフール地方では、金も出なければ、戦略的な資源も何もない。現実の抗争では、加害者も被害者もどちらもイスラム教徒である。唯一の違いは肌の黒さの違いである。
 ドイツの自由民主党(FDP)のゲルハルト・バウムは、明らかに組織的に行われた虐殺をジェノサイド(大量虐殺)と述べるに至った。彼はスーダンをよく知っており、国連は彼を人権のための特別報告者としてスーダンに派遣した。バウムは、劇的な訴えにおいて、暴力行為を止め、人道的支援のために同地方を開放するように呼びかけた。イラクが燃えているのに、誰がダルフールのように神に見捨てられた地域の心配をするだろうか?スーダン人自身が全く無関心に振る舞っているではないか。何年間も、南部の平和交渉も西部の戦争も、一度も言及されることなく、進んでいる。
しかし、国内の沈黙は、外国が無為無策であることに免罪符を与えている。恐らくリンダ・メルヴェルンの悪意のある疑いが当たっているのかもしれない。このイギリスのジェノサイド研究者は、ルアンダを回想する際に、1948年のジェノサイド条約を思い出させ、「二度とアウシュヴィッツを繰り返してはならない」という世界的な誓いを思い出させた。「二度と起こさせないというけれども、ひょっとしたらそれはヨーロッパでは二度と起こさせない、という意味だったのではないか」と彼女は言っている。
訳者の感想:ダルフール問題で自衛隊を派遣することには日本でも反対が強いようだが、この件については
ヨーロッパだけでなく、アメリカがそもそも全く関心を示していないことが問題であるように思われる。ここではアラブ系遊牧民が、アフリカ系農民を虐殺するという構図ができあがっているように見える。
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福音派指導者が環境保護主義に回心?(『ニューヨーク・タイムズ』紙の記事より。

2005年03月12日 | 国際政治
 影響力を持つ福音派教会の指導者の中心的グループがこれまで殆ど福音派の議事日程に入れなかった目的、つまり、地球温暖化と戦うという目的に対してかなりの政治的力を行使した。
 これらの教会指導者、科学者、作家、国際援助団体の指導者は、地球温暖化が緊急の脅威であり、貧困の原因であり、キリスト教徒にとっての問題である訳は、聖書が神の創造を管理することをキリスト教徒に委任しているからである。
「全米福音派協会」(National Association of Evangelicals)の政治部副部長であるリッチ・シジック牧師は、「神が私たちにどのように地球を作るかお尋ねになるとは思わないが、神は創造されたものを私たちがどうするかはお尋ねになるだろうと思う」と言う。
 木曜日と金曜日にワシントンの連邦議会で二つの会合が開かれる予定である。そこでは、100人以上の福音派指導者が地球温暖化について議論するだろう。二つの会合は、非常に重大なので、コネティカット州選出の民主党上院議員ジョセフ・リーバーマンや地球温暖化をどうするかについて反対側に立っているブッシュ政府高官が演説するはずである。
 もし、福音派の指導者が明確な態度を取るならば、彼らは地球温暖化に対する政治的ダイナミックスを変えるだろうと人々は考えている。
 ブッシュ政府は、京都議定書に参加することを拒否し、二酸化炭素の排出量制限に反対している。
 この問題は、共和党が多数を占める議会では、これまで多くの牽引力を得ることができなかった。福音派キリスト教徒の圧倒的大多数は、共和党支持者であり、昨年、彼らの5人に4人がブッシュ大統領に投票したと推定されている。51の教会を傘下におさめる「全米福音派協会」の会長であるテッド・ハッガード牧師は、自分が地球温暖化について熱心になった訳は、スキューバ・ダイビングの経験とその際、珊瑚礁に対する上昇する海水の温度と汚染の影響を観察したからであると述べている。
「問題は、福音派は重要か、と言うことであり、答えは、上院議員もそう考えていると言うことだ」と彼は言う。「われわれは3,000万人(の福音派キリスト教徒)を代表しており、もし必要なら、われわれは彼らを動員できる。」
 昨年10月に、協会は、「国民の健康のために。市民的責任に対する呼びかけ」と言う声明を採択した際に、環境に対する広汎な弁護に道を開いた。この声明の中で、「綺麗な空気と綺麗な水と適切な資源は、公共の健康と市民の秩序にとって決定的であるから、政府にはその市民を環境汚染の影響から守る義務がある」と述べている。この声明に約100人の福音派指導者が署名した。
 しかし、気候の変化についてのもっと焦点を絞った声明が同様の反応を引き出すかどうかは確実ではない。しかしながら、近年、協会が新しい問題を提起するたびに、ワシントンは注意を払ってきた。例えば、スーダンにおける宗教的迫害や暴力、アフリカにおけるエイズや若い女性の性的売買などの問題である。
 シジック牧師のような福音派指導者は、ここ三年ぐらいの間に、環境問題に対するそれまでの沈黙を考え直すに到った。彼は「福音環境ネットワーク」のジム・ボール牧師に引っ張られて、オックスフォードで開かれた気候変動についての会議に出席した。講演者の中に、福音派の科学者ジョン・ホウトン卿がいた。彼は大気物理学の教授である。ホウトン卿は、参加した福音派指導者に「科学と信仰が気候変動はキリスト者の関心であるべきだということを証明している」と語った。シジック牧師は現在トヨタのハブリッド・カーを運転している。
 今週、ワシントンで開かれた会合では、ホウトン卿とデュポン社の環境マネージャーであるマック・マクファーランドが演説する。
 シジック牧師は、熱を閉じこめるガス(二酸化炭素)の規制に賛成する多くの福音派の一人だと述べている。「われわれは妊娠中絶のような行動上の罪に対する政府委託の禁止に対して反対しない。われわれは妊娠中絶を制限しようとしている。われわれが人命の聖性を守るために社会的手直しをするのならば、どうしてわれわれは環境を保護するためにいささかの手直ししていけないのか」と彼は言う。
 リーバーマン民主党上院議員は、「福音派などのより広い宗教的共同体からの支持は、道徳的責任感を感じるが、確かな政策上の反応をこれまで得られなかった議会のある人たちを動かすことができる」と付け加えた。
訳者の感想:すぐ前に訳した「エイズ予防のための注射針交換に反対」しているのは、福音派の保守主義者だと書いたのですが、彼らが環境保護に回ったというのはちょっと面白いと思いました。
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エイズ予防のための注射針交換にアメリカ政府が反対している。(「人権監視団」のリポートによる)

2005年03月11日 | 国際政治
「人権監視団」(Human Rights Watch)のホームページによる。
 アメリカ政府は、エイズの拡大を予防するための注射針交換を国連が支持しているのをやめるように圧力を加えている。
 エイズ拡大を防ごうとしている民間団体は、来週、ウイーンで開かれる国際的な政策集会で国連が断固たる態度を取るように要求している。
 「注射針交換について国連を黙らせることは、致命的な政策である」と「人権監視団」のエイズプログラム担当者のジョナサン・コーエンは言っている。国連の麻薬犯罪委員会の代表団に宛てた書簡において、彼は国連にアメリカ合衆国の圧力に屈しないように要求した。「アメリカは、うまくいくことが保証されているエイズ予防戦略を励ますべきであって、攻撃するべきではない。」
 アメリカは、注射針交換のために連邦政府の基金を使用することを禁じている世界で唯一の国であり、最近、国連に対してこのエイズ予防戦略の推進をやめるように圧力を加えている。米国国務省の次官との会合の後で、国連の麻薬犯罪局局長は、被害を少なくするために、麻薬使用者の健康を守るための針交換や他の処置を示唆する電子記録や印刷物をもっと注意深く調べることを約束した。麻薬犯罪局(UNODC)の年長のスタッフは、「被害減少や注射針交換についての言及は、UNODCの記録、公刊物、言明においては避けられるようにすべきだ」と言いう趣旨のe-mailを局員に送った。
 「麻薬犯罪局」は、目下、エイズに対する国連プログラムの中で議長を務めており、アメリカ政府が麻薬犯罪局に圧力を加えていることは明らかである。
 「この世界中で最も流行している伝染病は、麻薬注射によって広まっており、殺菌された針による注射こそエイズを押さえ込む最も重要でもっとも有効であることが証明された戦略である」と「開かれた社会研究所」のカシア・マリノウスカ=センプルッフは言っている。「アメリカ政府が最も良く研究され、最も効果的なエイズ予防の一つについて国連に沈黙を守れと強制しようとしているのは、不届き千万である。」
 麻薬注射の回し打ちが、中国、イラン、アフガニスタン、ネパール、バルト海沿岸諸国、中央アジア諸国、南アジア、南米におけるエイズの大部分の原因である。北アメリカよりも多いエイズ患者がいるロシアでは、伝染の80%は、麻薬使用の際の注射によるとされている。
 注射針の交換は、アメリカにおける指導的な科学者や公衆衛生関係者や医療機関やアメリカ医学会やアメリカ公衆衛生学会や国立科学アカデミーによって、エイズ予防の効果的手段であると認められている。世界保健機構(WHO)も針交換を推奨した。注射針交換の反対しているのは、うまくいくかどうか疑わしい性的禁欲のために性的に明白なエイズ予防キャンペーンに反対してい議会の保守派の議員である。
「性交であれ麻薬であれ、アメリカは、エイズに見舞われている国々に禁欲計画を輸出しようとしているのだ」とカナダのエイズ法的ネットワークの代表ジョーン・セートは言っている。「多くの政府が、この脅迫に抵抗しなければ、何百万人もの人たちがツケを払うことになる。」
訳者の感想:アメリカの保守派のピューリタン的道徳主義がこの事件の背景になっている。保守派のボールトンを国連大使に出したアメリカは、国連の正しい政策さえ止めさせる可能性が大きいと思う。日本政府はこの場合、国連の政策を支持するべきだと思うのだが、アメリカべったりの日本政府は国連の議場でそう主張するだろうか。
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スーダンの反乱軍が停戦委員会をボイコット。(『アル・ジャジーラ』英語版より。

2005年03月09日 | 国際政治
カタールにあるテレビ局『アル・ジャジーラ』のインターネット記事より。
 スーダンのダルフール地方で反政府活動をしている反乱軍は、同地域における「アフリカ連合」の活動に影響を及ぼす決定について相談を受けなかったという理由で、停戦委員会の活動をボイコットすると宣言した。
「先週、土曜日以来、われわれは停戦委員会の活動をボイコットしている」と同委員会で「正義と平等運動」(JEM)を代表しているアブダルラーマン・ファヅルは言った。JEMと「スーダン解放運動」(SLM)とはダルフール地方における二つの反乱軍である。両者は、スーダン政府と「アフリカ連合」と一緒に停戦委員会に加わっている。「われわれはすべての党派に対して相談することなくなされた決定に関して態度を保留する」とファヅルは述べた。
 ダルフール地方の反乱軍は、スーダン政府の無視に対して反乱を起こした。停戦以前に戦闘で殺された人の数は、7万人と推定され、200万人近くが家を失った。
 委員会の代表は、報告された停戦違反を調査したが、他の代表達は、チャドの首都ヌジャメナに定期的に会合している。
 JEMのもう一人の代表ミルガニ・アハマドは、スーダン政府軍と共同でパトロールを行っている「アフリカ連合」の軍隊及び警察の増員について何の相談も受けなかったのは遺憾であると言う。SLMの当局者からはコメントを貰うことができなかったが、最近、彼らも停戦委員会をボイコットすると述べた。
JEMの当局者は、彼らが連名の書簡において「アフリカ連合」に対して彼らの決定を通知したが、返答はまだないとのことである。
訳者注:「アフリカ連合」(Africa Union)というのは、もと「アフリカ統一機構」と言われた組織で、アフリカにある53ヶ国と地域が加盟している世界最大の地域機関。本部は、エチオピアの首都アジス・アベバにある。首脳会議が年2回開かれる。議長国は、現在、ナイジェリア。日本はAU平和基金にこれまで213万ドル(2億円)拠出している。(以上外務省ホームページの記述による。)
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不幸な偶然か、それとも計画的暗殺か?スグレーナ記者の事件

2005年03月07日 | 国際政治
イラクの反政府組織に誘拐されていたイタリア人女性記者が解放されて、バグダッド空港に向かう途中、検問所でアメリカ兵に銃撃された事件について、ドイツの新聞『ツァイト』に掲載された記事。(スグレーナ女史は、『ツァイト』紙の特派員を兼ねていた。)
 ジュリアナ・スグレーナは、「自分を乗せた車列に対する銃撃は、アメリカ人の計画的な待ち伏せであった」とアメリカ軍に対して重大な非難の声を上げた。イタリアのテレビに対して、彼女は、「自分が攻撃の標的であったという可能性は否定できない」と述べた。誘拐者達は、彼女を解放する前に、「アメリカ人に気をつけろ」と警告した。その理由として、彼らは「お前が帰ることをアメリカ人達は望まないからだ」と言った。事件についての報告は矛盾している。アメリカ側の報道では、スグレーナを乗せた車がバグダッド空港に通じる道路上で検問所に向かって余りに速い速度で走っており、警告の信号を出したにもかかわらず、停車しなかったと言う。これに対して、スグレーナは、自動車は普通のスピードで走っており、射撃された時には運転手は、「俺たちはイタリア人だ」と繰り返し叫んだと言う。それ以前にアメリカ兵は何の警告も行わなかったと言う。
 更に、この悲劇的な事件がある検問所で起こったのか、それとも公道上で起こったのかという点も明らかでない。スグレーナによれば、事件は道路上で起こったと言う。彼女の車はパトロール中のアメリカ兵によって射撃されたと言う。このことは、他の生存者によっても裏書きされている。
 情報機関員のニコライ・カリパリは、事故現場で即死した。死因は、弾丸がこめかみを貫通したためである。彼に対しては、死後、勲章が授与され、国葬が行われる予定である。
 スグレーナの夫、ピエル・スコラーリは、アメリカに対して故意の殺害未遂だと主張している。「ジュリアナがアメリカ軍にとって危険になりうる情報を持っていたから、アメリカ軍は、彼女が生きて出てくることを望まなかったのだ。」
 56才のスグレーナがどうして解放されたかということの詳しい事情は、いまなお分からない。約1ヶ月前の誘拐の始めに、100万ドル(1億円)が身代金として要求された。イタリアのメディアでは、3月6日現在、600万ドル(6億円)が支払われたと言われている。イラク議会のキリスト教徒議員であるヨナダム・カンナによれば、100万ドルの身代金が支払われた。彼によると、誘拐したのは倒されたサダム・フセイン・イラク大統領の支持者である。
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