19日(水)は東京の赤坂プリンスホテルで、(社)日本ニュービジネス協議会連合会の新春賀詞交歓会がありました。
今年の講師は拓殖大学教授の呉善花(オ ソンファ)さん。『日本の 曖昧力~融合する文化が世界を動かす』というテーマの、大変興味深い日本文化論をお話くださいました。
この会の講演、昨年は茶道小堀流宗家の茶の湯の心のお話でした(こちらをどうぞ)。ニュービジネスの経営者が日本文化を学ぶ直すというのは、呉先生のお話にも出てきた、日本人のこれからの生き方を象徴するようでした。
韓国済州島ご出身の呉先生が初来日したのは1983年のこと。今でも日本に初めて来たアジアの留学生が実感するのと同様で、留学1年目というのは「母国では日本人は野蛮な人種だと教えられてきたが、まったく違う。なんて親切で礼儀正しくて清潔で治安のいい国だろう」とビックリ感激したそうです。
ところが2~3年経ち、日本人ともっと親しくなろうとすると、「ハッキリものを言わない、言わなくても分かるだろうという曖昧な人たち」と困惑し、「日本人って何を考えているのか分からない、不気味な民族」「同じ人間とは思えない・・・」と嫌悪さえするようになったとか。この、来日2~3年目というのが、ひとつ、越えなければならない壁だったようです。
ある韓国人女性ジャーナリストが日本に2~3年滞在後に帰国して、日本バッシングの本を書き、それが300万部の大ベストセラーになりました。今でも韓国における日本文化論の代名詞的な書籍だそうですが、そこには彼女がさまざまな生活習慣やビジネスマナーの違いに戸惑い、韓国人の価値観や尺度でバッサバッサと斬り捨てたような表現が・・・。たとえば「韓国人も日本人も、家に上がる時は靴を脱ぐが、ふつう、脱いだ靴はそのまま(家の中を向けて)だろう。ところが日本人は身体を玄関側にくねって靴の方向を向け直す。なんとねじ曲がった民族だろう」というふうに。
呉先生自身も、とある会社の社長あてに電話をしたところ、電話口に出た若い女性社員が「○○(名字呼び捨て)は席をはずしていますので、後ほど掛け直させます」と応えて仰天したとか。儒教の国・韓国では年上や目上の人に対する礼節は絶対的で、親や上司のことは対外的にも敬称で表現するのが常識。呼び捨てにされた社長さんのことを「・・・若い女性の部下にもなめられている気の毒な人」と思ったそうです。
まぁ、でも、そんな習慣の違いは、“決して越えられない壁”ではありませんよね。呉先生は「しばらく日本アレルギーになって欧米に逃れたこともあったが、人間とは思えないはずの日本人が住む国が、世界で最も貧富の差が少なく、治安もいいのはなぜだろう」と思いなおし、5年を過ぎた頃から日本の良さが改めて見えてきた、と語ります。
「儒教やキリスト教を信仰する国では、倫理的に正しいか否かが絶対の価値であるのに対し、日本で大事な価値とは“美しいか、美しくないか”だということに気づいたのです。これは山紫水明豊かな自然美と四季の移り変わりがはっきりした日本の風土に関係している」と。
「日本には山あり谷あり大河あり、四方を海に囲まれ、自然のあらゆる要素がそろい、そのすべてが調和している。生まれたままの素材や素材の鮮度、未完成なものにも神が宿り、美しいと尊ぶ。そのようなプリミティブ(原始的)なものを大切にするのは、一見未開地的だが、日本はそれを生(き)の文化として高度に発展させた」と呉先生。
朝鮮半島も自然は豊かですが、中国大陸からの影響は逃れられないだろうし、正か邪か白黒はっきりさせる儒教的思想を持つ以上、日本の価値観とは相入れないのかもしれませんね。
「今、欧米資本主義の副作用があらゆるところで起きている。その遠因は、これまでの経済文明の発展が、モラルや道徳や人間性をないがしろにしてきたことにある。その延長線上にいる中国やインドが、いくら経済発展しても、これから中国やインドのような国になりたい、住みたいと思う人がどれだけいるだろうか? 今、求められる新たな価値観―人間性や精神性を汲んだ経済発展が可能なのは、日本だけだろうと思う」と力強いエールをくださった呉先生。
最近の日本の若い世代が海外に留学したがらなくなった風潮を嘆く声をよく聞きますが、それに対しても、「今や欧米的なものに学ぶべきものは何もないから。それよりも、今の日本の歴史ブーム、町歩きブーム、パワースポットブームなどは、自分の国の文化や精神性に回帰しようという流れであり、多くの日本人が、自分の国の足元に心を満たすものがあると気付いたから」と明快に説かれます。
事実、呉先生が、拓殖大学で開学以来、初めて学内に茶道部を設立したところ、ゼミの講義はさぼる学生たちが無欠勤で通いつめ、国際学部では初めて日本の歴史講座を設け、講義を依頼された呉先生が「なんで外国人の私が?」と面喰いながらも、「20~30人来ればいいだろう」と引き受けたところ、 10倍の300人が押し掛けて用意した教室に入りきれず、急きょ会場を変更したほどだそうです。
受講した学生たちからは、“真の国際化とは、日本の過去の歴史を正しく理解することから始まる”“日本人に生まれてよかったと思えたことが国際人の一歩だと実感した”との声。・・・聴きながら、なんとなく自分が昔から歴史が好きで、趣味の延長であれこれ取材や調査をしていることが、今の世の中で必要必然なんだとお墨付きをもらったようで、すごく嬉しくなりました。
最後に呉先生から「会社でも若手社員の研修会を何度も開くより、社内に茶道部を作ったほうが早いですよ。茶道というのはありとあらゆる、もてなしの精神=サービス産業の基本中の基本が会得できますから」とアドバイスをされ、参加した社長さんたちは大いに刺激を受けていました。
帰路の途中、さっそく書店へ寄って呉先生の『日本の曖昧力』(PHP新書No.592)を購入し、目下、熟読しているところです。学生向けに書かれた講義録なので、とても読みやすく、面白い! よかったらみなさんもぜひどうぞ。