10月20日は、5年に1度の「国勢調査」の回答期限日。19日の段階で回答率80.9%との報道で、8割超えているならいいほうだと思いがちですが、未回収率は回を増す毎に高まっていて、1995年は0.5%、2000年には1.7%、2005年には4.4%、2010年は8.8%、前回2015年は13.1%に達したそうです。このままだと2020年は20%近い未回答率を記録してしまうことになりますね。
国勢調査については、今年が調査開始100年という節目にあたることから、上川陽子さんとのラジオ番組で取り上げるのに、いろいろ調べた経緯があります。そして、国勢調査のもととなる人口調査が、明治時代に静岡藩で初めて行われたことを知りました。
国勢調査は今からちょうど100年前の大正9年(1920年)、欧米各国と肩を並べるために国是として始まったものですが、それより約50年前、明治政府ができて間もない頃、 杉亨二という役人が静岡藩で住民に関する人口調査を試みたのです。
杉亨二は、肥前国長崎の生まれ。医者の書生から、緒方洪庵の適塾に学び、嘉永6年(1853)、ペリーの黒船来航の年に勝海舟と出会い、その私塾長となります。その後、勝海舟の推薦で老中阿部正弘の顧問となり、幕末まで幕府に仕え、維新後も徳川家に仕えて、静岡藩へやってきたというわけです。来年の渋沢栄一を主人公にした大河ドラマでも取り上げられると思いますが、徳川慶喜公が滞在した静岡は、本当に人材の宝庫だったのですね。
静岡藩での調査は一部地域での調査と集計にとどまりましたが、彼の能力を買った明治政府が杉を呼び寄せ、明治12年、今度は山梨県で「甲斐国現在人別調」を行いました。ここから今の時代のように全国調査へ広がればよかったのですが、当時のリーダーには理解がなく、その必要がないと言われ、予算が付かなかったようです。
明治27年の日清戦争時に、スイスの万国統計協会から「欧米各国と歩調を合わせ、相互に比較可能な形で人口センサスを実施してください」と言われました。人口センサスとは人口を数える全数調査、すなわち今でいう国勢調査のことですが、すぐには実行されません。
政治家で最初に国勢調査の重要性を説いたのは大隈重信侯でした。8年後の明治35年に「国勢調査ニ関スル法律」が定められ、さらに3年後の明治38 年、第一回国勢調査を行い、世界人口センサスに参加することになりました。ところがその前年に日露戦争が始まり、莫大な予算が必要な国勢調査どころではなくなってしまいました。
次に予定された大正4年も第一次世界大戦で流れてしまいますが、大正6年に「国勢調査施行ニ関スル建議案」が衆議院で可決、大正9年の実施が決定し、大正7 年度の予算に国勢調査に関する予算が組み入れられました。国勢調査の実施に人生を懸けた杉亨二は、予算案が公表されたその日に息を引き取ったのです。
第一回国勢調査は大正9年(1920年)10月1日に実施されました。杉亨二が「甲斐国現在人別調」を実施してから40年後、大隈公が説いた「国勢調査ニ 関スル法律」が定められてから18年後のことでした。
第1回の調査は日本国中がお祭り騒ぎだったようです。当時、国民は国勢調査がどういったものなのかよく知りませんから、全国民に宣伝しなくてはいけないということで、政府もいろいろと考えたようで、まず分かりやすい標語を募集し、「国勢調査は文明国の鏡」「一家の為は一国の為になる」というストレートな標語から、「一人の嘘は万人の実を殺す」「申告は一に正直、二に正確」 という諌めの標語もあったようです。
「宣伝歌謡」も作られました。いわゆるコマーシャルソングですね。唱歌、数え歌、和歌、標語、川柳、都々逸、一口噺、安来節など民謡の数々、はては「センサス節」というのもあり、歌集は国立国会図書館デジタルコレクションで公開されています。
上川陽子さんは法務大臣として以前から無戸籍問題について取り組んでおり、「国勢調査で一人一人の戸籍を確認できなければ、さまざまな政策が立案・運用できない」と強調されていました。「同じ時期に同じ規模で5年ごとの定点観測をしてこそ判ることがたくさんある」と。
たとえば人口ピラミッドのかたち。1920年の第1回は日本の人口は裾の広い「富士山型」でした。1965年の第10回は戦争の爪痕とベビーブームを象徴する「釣り鐘型」、前回2015年の第20回は「つぼ型」で出生数は100年前から半減しました。今の出生数は86万ぐらいですから100万人を切っているのです。
このまま推移すると、将来は年齢間の凸凹がほぼなくなり、なめらかに下すぼまりのタワマン形になると予想されます。100歳以上の女性の多さも目立つようになるそう。
人口ピラミッドは出生と死亡、国際的な人口移動等によって推計され、5年ごとの調査で補正されていきます。100年続く実施調査がなければ将来予測も立てられないということです。
これまでの国勢調査は町内会の皆さんが手弁当で準備し、訪問調査をされてきましたが、コロナによって訪問調査がままならず、調査員自体も集まらない状況のよう。今回はネット回答率5割以上を目標にしたそうです。私は前回からネット回答しており、今回は前回よりも入力がカンタンでした。
静岡で“試運転”を行った国勢調査、ぜひ実りあるデータサイエンスにつなげていただきたいですね。