Cape Fear、in JAPAN

ひとの襟首つかんで「読め!」という、映画偏愛家のサイト。

『Cape Fear』…恐怖の岬、の意。

死の当日に観たい映画

2012-12-27 00:15:00 | コラム
「すごいな、まだ生きているのか」とジェレミー・アイアンズにいわれたのは、『ダイハード3』(95)のジョン・マクレーンことブルース・ウィリスだった。

「あったりめえよ」と返す相変わらずのマクレーンだが、魅力的なキャラクターであるものの、続編が制作される毎に超人度がアップし、愛しつつも「そろそろ死んでもいいんじゃね?」などと思ったり。

誰もがちょっとくらいは欲することはあるだろう「永遠の命」。

『広辞苑』のパロディ、相原コージによる傑作漫画『コージ苑』では「永遠の命」を手に入れたキャラクターが首だけになっても生き永らえ、すでに地球には生物が居なくなったというのに死ねず、挙句「死にたい…」と呟くギャグが展開されていた。

あす死ぬと突然宣告されたら、慌てるほかない。
恥も外聞もなくなるので、気に入りの女子に「やらせて!」といいまくる最期を迎えそうだが、
命は永遠ではないから、かけがえのないもの・・・と理解はしていても、やっぱり死ぬことに対してはシンプルな恐怖心を抱く。


そんな最期の日に、果たして映画と対峙出来る余裕があるのか―という現実的な疑問は放り投げてセレクトしてみた。

いやでも、そのくらい余裕のある最期を迎えたいというのは、(映画小僧の)理想として、あるわけで。。。


(1)『トト・ザ・ヒーロー』(91)

ホンモノの「灰」になった主人公が、「灰」になってようやく、自分の人生もなかなかだったじゃないか―という境地に達する。

死ぬ覚悟が出来そうなので、ぜひこれを1位に。

(2)『夢』(90)

(寿命を全うすれば)葬式とは本来、イワイゴトなのだ―という笠智衆の台詞は、笠智衆だからこその説得力があった。

(3)『カリートの道』(93)

夢まで、あともう少し。
そこで息絶える主人公は切ないが、畑はちがえど、こういうひと、けっこう居るのではないか。

最期を涙で迎えるのも、悪い人生ではない、、、と思いたい。

(4)『ライムライト』(52)

復活した直後の、死。
でも愛するものも大成して、老いた道化師は幸福そう。

(5)『生きる』(52)

ベタかもしれないが、響くものが確かにある。

死をも恐れぬ渡辺さんの表情は、ヤクザじゃなくてもゾッとする。

(6)『フェイク』(97)

ひとを信じて、死んでいく。
お前だから許せるといって、責任を取る形で命を奪われる。

アル・パチーノは、死の役者だ。

(7)『空気人形』(2009)…トップ画像

「本来」命を持たぬものの最期だからこそ、見えてくるもの。

ファンタジーにはそういう効用―見えないものを、見えるようにする―が、確かにあるのだ。

(8)『ターミネーター』(84)

このくらいしぶとく生きたい、、、という思いも、ないではない。

でも潰される前に生き絶えたいよね、単純に痛いはずだし。

(9)『HANA-BI』(97)

周囲への清算を済ませ、そして・・・。

「あのひとのようには、生きられない」―と、寺島進はいう。

分かる分かる、でも、ああいう風に生きてみたいとも思うのだ。

(10)『タクシードライバー』(76)

またかよ! と突っ込まれそうだが、最期の日は、やはりトラビスとともに―。


※『ライムライト』を永遠にしたのは、この音楽




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明日のコラムは・・・

『(クラスメイトや同僚に)殺意を抱いたときに観たい映画』

コメント (3)
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