[200×年7月31日18:00.天候:晴 宗教法人顕正会本部 芙蓉茶寮]
ユタは隊長からの電話を切ると、勇むようにオレに話し掛けた。
きっと、これから河合有紗殿に会いに行く。
だから、オレに彼女の居場所を教えてくれ。
そんな言葉を予想していた。
オレは笑みを浮かべてその言葉を待っていたのだが、ユタは意外なことを言い出した。
ユタ:「ビデオ放映はまた今度にしよう」
威吹:「え?」
ユタ:「もう1度……今度は、大宮競輪場辺りで折伏するんだ」
威吹:「でも、誓願は達成したって……」
コイツ、何言ってんだ?
と、オレは正直言ってそう思った。
ビデオ放映とやらを、河合殿と一緒に観るのではなかったか?
オレが変な顔をしているのをよそに、ユタは立て続けに言った。
ユタ:「いや、達成で満足しててはダメなんだ。誓願を大きく突破してこそ、支隊副長……じゃない。浅井先生へお応えしていく最良の手段だ。引いては一閻浮提広宣流布、僕達の成仏の為なんだよ」
どうやら隊長に何か吹き込まれたらしいな。
ユタは班長だったが、連続の誓願達成のおかげで、更なる出世をチラつかされたのだろう。
向上心を持つのは大いに結構だが、どうもユタの目が危険だ。
ここは少し、なだめておかねば。
威吹:「……いや、今日はやめておこう。あまりあの妖術を使い過ぎると、怪しまれる」
ユタ:「え?」
威吹:「いや、実際怪しまれつつあるんだ。何しろ、いんたーねっととやらで、『催眠術を掛けて入信させる顕正会員の噂』なんて出てるそうなんだ。“あっつぁの顕正会体験記”とやらを見てみなよ?しっかりと書かれてるよ?」
因みに、インターネットの使い方は河合殿から教わった。
本来、顕正会ではインターネットの利用は禁止とのことだが、女子部ではそれが折伏誓願に繋がるものであれば、黙認されていたらしい。
オレは人間ではないので仏門に下ることはできない。
にも関わらず、河合殿はオレを仏門に引き込むことを目論んでいたようだな。
ユタ:「ネットなんて、ただの便所の落書きさ。先生もそう仰ってる。それに、威吹のは催眠術じゃない」
威吹:「その通りだが、やっぱりマズいって。本来、妖術ってのは伝家の宝刀なんだ」
オレは子供の頃から里の大人達に妖術を教わったが、皆そう言った。
そして、今ではオレもそう思う。
もっとも、魔女達はそれを商売に使ったりするから、オレ達とは考え方が合わないだろうがな。
ユタ:「伝家の宝刀も抜かなきゃ錆びる」
ユタは尚も言い返した。
威吹:「そりゃそうだけど、抜き過ぎるのも問題なんだって」
ユタ:「どこが問題だ!御書のどこに、『妖術を持って折伏するべからず』なんて書いてある?先生だって、普段の御指導で禁止されていない!」
威吹:「ユタ、前みたいにちゃんと連絡を取ってから、仏法の話をする方法に戻そうよ?何か、仏の教えに妖術を用いるのはおかしいって」
ユタ:「それだと間に合わないんだ。キミも知ってるだろ?最近では顕正会という名前を聞いただけで、通報されるようになった。それじゃ、折伏にならない。何としてでも火宅の中にいる人々を御本尊様の前に連れ出すには、キミの妖術しか無いんだ!」
威吹:「たまにならいいが、毎回はダメだ」
ユタ:「威吹は何を恐れてる?封印前に君を封印したヤツのことか?」
威吹:「あの時は刀よりも妖術をよく使っていた。それが為、巫女のさくらに見つかったからな」
ユタ:「大丈夫。今の世の中、浅井先生以外に大信力をお持ちの方はいらっしゃらない。仮に先生が君の噂を知ったとしても、先生は大慈大悲のお方だから、むしろ喜んでくれるはずだよ」
ユタ:「浅井昭衛殿とやらは、生き仏なのか?日蓮大聖人とやらと、どう違う?ただの人間ではないのか?」
オレは顕正新聞やビデオ放映とやらで、浅井昭衛会長の写真や映像を見た。
直に会った機会は無いが、それで見る限りでは、特に高僧という感じには見えなかった。
何というか……そう、大店を構えている裕福な商人が、少し人より強めの霊力を持っているといった感じか?
人間達はありがたがって拝んでいるようだが、少なくともオレ達妖怪にとっては取るに足らぬ人間であることに変わりは無いようだった。
だが、それにユタはキレた。
ユタ:「四の五の言ってんじゃねぇッ!!」
例えとても強い霊力を持っているとはいえ、そこはケンカの弱い人間。
ユタの拳など簡単に交わせたはずだ。
だが、オレはあえて殴られた。
それでユタが落ち着けばそれで良いと思ったのだ。
妖怪の体は頑丈だから、ユタの拳一発程度は何でもない。
……はずなのだが!
威吹:「!!!」
拳が顔面に当たる直前、それが霊力を帯びているのに気づいた。
威吹:(しまった!コイツ、霊気を……!)
本来なら、蚊が止まった程度にしか感じないはずの人間の拳。
だが、オレはものの見事に殴り飛ばされてしまった。
威吹:(くそっ、油断した!まさか、ユタの霊力がここまで強くなっているとは……!)
オレは鼻から出る鼻血を手ぬぐいで吹いた。
茶寮内は騒然となったが、オレはそんなこと気にしていなかった。
だが、そこでオレは鋭い視線を感じた。
玉上:「人間の分際で……!よくも、威吹様の美しい顔に傷を……!!」
天井裏から見ていたようだ。
変な誤解をさせてはマズい。
オレは急いで茶寮を飛び出した。
[同日18:45.天候:晴 大宮公園]
玉上:「威吹様!某はもう我慢がなりません!あの人間を八つ裂きにして差し上げましょう!どうか、御命令を!」
威吹:「待て待て待て。これはオレが仕組んだことだ。確かに、ここまで霊力が強くなっていたということはオレも想定外だったがな」
玉上:「威吹様の二枚目の顔になんてことを!」
威吹:「このくらい、すぐに治る」
玉上:「某は我慢がなりません!」
威吹:「おい、ユタはオレの獲物だぞ?勝手なことをするんじゃない」
玉上:「威吹様はこのまま殴られ損にしておくと!?」
威吹:「いいか、タマ?これは一時の借りだ。後でこの借りは別の機会、形で返してもらうさ。ユタはオレの獲物だ。お前が勝手に手を出すことは許さん。分かったか?……分かったら、返事!」
玉上:「分かりません!」
威吹:「あぁ!?」
玉上:「あの威吹様が人間ごときに付き従うことすら理解不能であるのに、一方的に殴られることまでも容認するそのお気持ちが分かりません!」
威吹:「理解できぬのというのなら、無理にとは言わん。理解できぬのなら、さっさと里へ帰れ」
玉上:「……威吹様の手前、あの人間に手出しはしません。だが、しかし……」
威吹:「お、おい!」
オレは玉上が何かやらかさないか後を追おうとしたのだが、そこでユタに見つかった。
あれだけ言っておいたのだから、少なくともユタには手出しをしないだろう。
そう思っていたのだが……。
[同日19:15.天候:晴 埼玉県さいたま市大宮区寿能町 産業道路]
(ここから三人称になります)
産業道路と呼ばれる埼玉県道。
その上り線を1台の車が走っていた。
そして、それがマクドナルド(※2018年現在、閉店)の向かい側で止まる。
河合有紗:「支区長、ここでいいです」
加藤支区長:「そう?じゃあ、私は車を止めて来るから、先に会館に行ってて」
有紗:「はい!」
有紗は支区長の車から降りると、そのまま歩道に上がった。
上り線に車が止まったということは、会館に行くには道路を横断しなくてはならない。
有紗:(ビデオ放映が終わったら、勇太君と……)
因みにもう有紗はビデオ放映を見ているので、ユタを待つだけで良かった。
横断歩道の信号は青点滅とはいえ、まだ赤に変わっていなかった。
急いで有紗が横断歩道を渡ろうとした時だった。
有紗:「!!!」
下り線を凄いスピードで車が走って来た。
そして……!
玉上:「クククク……!妖狐族をナメるなよ、下等で愚かな人間め……!」
歩道橋の上から残忍性を押し出した顔の玉上が見下ろしていた。
ユタは隊長からの電話を切ると、勇むようにオレに話し掛けた。
きっと、これから河合有紗殿に会いに行く。
だから、オレに彼女の居場所を教えてくれ。
そんな言葉を予想していた。
オレは笑みを浮かべてその言葉を待っていたのだが、ユタは意外なことを言い出した。
ユタ:「ビデオ放映はまた今度にしよう」
威吹:「え?」
ユタ:「もう1度……今度は、大宮競輪場辺りで折伏するんだ」
威吹:「でも、誓願は達成したって……」
コイツ、何言ってんだ?
と、オレは正直言ってそう思った。
ビデオ放映とやらを、河合殿と一緒に観るのではなかったか?
オレが変な顔をしているのをよそに、ユタは立て続けに言った。
ユタ:「いや、達成で満足しててはダメなんだ。誓願を大きく突破してこそ、支隊副長……じゃない。浅井先生へお応えしていく最良の手段だ。引いては一閻浮提広宣流布、僕達の成仏の為なんだよ」
どうやら隊長に何か吹き込まれたらしいな。
ユタは班長だったが、連続の誓願達成のおかげで、更なる出世をチラつかされたのだろう。
向上心を持つのは大いに結構だが、どうもユタの目が危険だ。
ここは少し、なだめておかねば。
威吹:「……いや、今日はやめておこう。あまりあの妖術を使い過ぎると、怪しまれる」
ユタ:「え?」
威吹:「いや、実際怪しまれつつあるんだ。何しろ、いんたーねっととやらで、『催眠術を掛けて入信させる顕正会員の噂』なんて出てるそうなんだ。“あっつぁの顕正会体験記”とやらを見てみなよ?しっかりと書かれてるよ?」
因みに、インターネットの使い方は河合殿から教わった。
本来、顕正会ではインターネットの利用は禁止とのことだが、女子部ではそれが折伏誓願に繋がるものであれば、黙認されていたらしい。
オレは人間ではないので仏門に下ることはできない。
にも関わらず、河合殿はオレを仏門に引き込むことを目論んでいたようだな。
ユタ:「ネットなんて、ただの便所の落書きさ。先生もそう仰ってる。それに、威吹のは催眠術じゃない」
威吹:「その通りだが、やっぱりマズいって。本来、妖術ってのは伝家の宝刀なんだ」
オレは子供の頃から里の大人達に妖術を教わったが、皆そう言った。
そして、今ではオレもそう思う。
もっとも、魔女達はそれを商売に使ったりするから、オレ達とは考え方が合わないだろうがな。
ユタ:「伝家の宝刀も抜かなきゃ錆びる」
ユタは尚も言い返した。
威吹:「そりゃそうだけど、抜き過ぎるのも問題なんだって」
ユタ:「どこが問題だ!御書のどこに、『妖術を持って折伏するべからず』なんて書いてある?先生だって、普段の御指導で禁止されていない!」
威吹:「ユタ、前みたいにちゃんと連絡を取ってから、仏法の話をする方法に戻そうよ?何か、仏の教えに妖術を用いるのはおかしいって」
ユタ:「それだと間に合わないんだ。キミも知ってるだろ?最近では顕正会という名前を聞いただけで、通報されるようになった。それじゃ、折伏にならない。何としてでも火宅の中にいる人々を御本尊様の前に連れ出すには、キミの妖術しか無いんだ!」
威吹:「たまにならいいが、毎回はダメだ」
ユタ:「威吹は何を恐れてる?封印前に君を封印したヤツのことか?」
威吹:「あの時は刀よりも妖術をよく使っていた。それが為、巫女のさくらに見つかったからな」
ユタ:「大丈夫。今の世の中、浅井先生以外に大信力をお持ちの方はいらっしゃらない。仮に先生が君の噂を知ったとしても、先生は大慈大悲のお方だから、むしろ喜んでくれるはずだよ」
ユタ:「浅井昭衛殿とやらは、生き仏なのか?日蓮大聖人とやらと、どう違う?ただの人間ではないのか?」
オレは顕正新聞やビデオ放映とやらで、浅井昭衛会長の写真や映像を見た。
直に会った機会は無いが、それで見る限りでは、特に高僧という感じには見えなかった。
何というか……そう、大店を構えている裕福な商人が、少し人より強めの霊力を持っているといった感じか?
人間達はありがたがって拝んでいるようだが、少なくともオレ達妖怪にとっては取るに足らぬ人間であることに変わりは無いようだった。
だが、それにユタはキレた。
ユタ:「四の五の言ってんじゃねぇッ!!」
例えとても強い霊力を持っているとはいえ、そこはケンカの弱い人間。
ユタの拳など簡単に交わせたはずだ。
だが、オレはあえて殴られた。
それでユタが落ち着けばそれで良いと思ったのだ。
妖怪の体は頑丈だから、ユタの拳一発程度は何でもない。
……はずなのだが!
威吹:「!!!」
拳が顔面に当たる直前、それが霊力を帯びているのに気づいた。
威吹:(しまった!コイツ、霊気を……!)
本来なら、蚊が止まった程度にしか感じないはずの人間の拳。
だが、オレはものの見事に殴り飛ばされてしまった。
威吹:(くそっ、油断した!まさか、ユタの霊力がここまで強くなっているとは……!)
オレは鼻から出る鼻血を手ぬぐいで吹いた。
茶寮内は騒然となったが、オレはそんなこと気にしていなかった。
だが、そこでオレは鋭い視線を感じた。
玉上:「人間の分際で……!よくも、威吹様の美しい顔に傷を……!!」
天井裏から見ていたようだ。
変な誤解をさせてはマズい。
オレは急いで茶寮を飛び出した。
[同日18:45.天候:晴 大宮公園]
玉上:「威吹様!某はもう我慢がなりません!あの人間を八つ裂きにして差し上げましょう!どうか、御命令を!」
威吹:「待て待て待て。これはオレが仕組んだことだ。確かに、ここまで霊力が強くなっていたということはオレも想定外だったがな」
玉上:「威吹様の二枚目の顔になんてことを!」
威吹:「このくらい、すぐに治る」
玉上:「某は我慢がなりません!」
威吹:「おい、ユタはオレの獲物だぞ?勝手なことをするんじゃない」
玉上:「威吹様はこのまま殴られ損にしておくと!?」
威吹:「いいか、タマ?これは一時の借りだ。後でこの借りは別の機会、形で返してもらうさ。ユタはオレの獲物だ。お前が勝手に手を出すことは許さん。分かったか?……分かったら、返事!」
玉上:「分かりません!」
威吹:「あぁ!?」
玉上:「あの威吹様が人間ごときに付き従うことすら理解不能であるのに、一方的に殴られることまでも容認するそのお気持ちが分かりません!」
威吹:「理解できぬのというのなら、無理にとは言わん。理解できぬのなら、さっさと里へ帰れ」
玉上:「……威吹様の手前、あの人間に手出しはしません。だが、しかし……」
威吹:「お、おい!」
オレは玉上が何かやらかさないか後を追おうとしたのだが、そこでユタに見つかった。
あれだけ言っておいたのだから、少なくともユタには手出しをしないだろう。
そう思っていたのだが……。
[同日19:15.天候:晴 埼玉県さいたま市大宮区寿能町 産業道路]
(ここから三人称になります)
産業道路と呼ばれる埼玉県道。
その上り線を1台の車が走っていた。
そして、それがマクドナルド(※2018年現在、閉店)の向かい側で止まる。
河合有紗:「支区長、ここでいいです」
加藤支区長:「そう?じゃあ、私は車を止めて来るから、先に会館に行ってて」
有紗:「はい!」
有紗は支区長の車から降りると、そのまま歩道に上がった。
上り線に車が止まったということは、会館に行くには道路を横断しなくてはならない。
有紗:(ビデオ放映が終わったら、勇太君と……)
因みにもう有紗はビデオ放映を見ているので、ユタを待つだけで良かった。
横断歩道の信号は青点滅とはいえ、まだ赤に変わっていなかった。
急いで有紗が横断歩道を渡ろうとした時だった。
有紗:「!!!」
下り線を凄いスピードで車が走って来た。
そして……!
玉上:「クククク……!妖狐族をナメるなよ、下等で愚かな人間め……!」
歩道橋の上から残忍性を押し出した顔の玉上が見下ろしていた。
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