[1月15日14:00.財団仙台支部事務所 敷島孝夫]
相変わらず、『ゼルダ・フォレスト』については何も分からずに時間だけが過ぎていった。
「参事、やっと結論が出ました」
部下の1人が電話を切って、敷島に言った。
「で、どんな?」
「七海を強化するそうです」
「よし。平賀先生も重い腰を上げてくれたみたいだな」
敷島は大きく頷いた。
黒幕の存在は分からない。しかし、向こうからの攻撃は続く。こちらとしても、手をこまねいているわけにはいかなかった。
敷島が提案した対抗策は3つ。
『七海を強化して、エミリーとタッグを組ませる』『エミリーを強化して、あくまでも彼女単独で』『新たな防衛用のロボットを製作する』
である。このうち敷島本人が推したのは、七海を強化することである。1番最後は予算と時間の都合で、早々に却下された。
『回収したバージョン・シリーズを改造して、こちら側の防衛ロボットに使う』
という案もあったが、5年前にそれで痛い目を見ているのと(※)、フルモデルチェンジの形式が登場しているのに、旧型では対抗できないという理由でこれも却下された。
因みにアクセス鉄道の事件で回収した5.0は警察の捜査協力の為、財団の手元には無い。
(※オリジナル版では妙観講本部で暴れて多数の怪我人を出し、リメイク版ではイベント会場で暴走して多数の怪我人を出している)
敷島は平賀に電話を掛けた。
「……いや、ほんとすいませんね。『この事件が解決したら、元に戻すものとする』という文を入れておきますから」
{「ほんとですよ。本来メイドロボットというのは、主人の身の回りを世話をするのがメインであって、戦闘用に使うなんて有り得ないんです」}
電話の向こうの平賀は多少憤慨気味で答えてきた。
「すいません」
{「エミリーを強化した方がいいと思うんですけどね」}
これが平賀を含む、財団内での大きな意見だった。
「何か、嫌な予感がしましてね。いや、科学的な説明はできないんですが。ほら、相手がウィリーの関係者だという確率が高いということで、エミリーはかつてのシンディの同型機ですから、もしかしたらと思う所がありましてね。(中略)七海をできるだけ、エミリーの戦闘力に近いところまで強化した方がいいというのが私の意見です」
その敷島の悪い予感はその後、的中することになる。
[同日16:00.同場所 敷島孝夫&初音ミク]
「はい、総務部でござい。どうした、エミリー?」
敷島は受付からの内線電話を取った。
{「初音ミクが・面会希望です。アポイントが無いのですが・いかがなさいますか?」}
「なにっ、ミクが?いや、いい!会う!そこで待たせておいてくれ」
{「かしこまりました」}
「ちょっと出てくる」
「はい」
敷島は電話を切ると、事務室を出た。
「あっ、たかおさん。お久しぶりです」
受付前の小さなロビー。そこにミクはいた。5年前と全く変わらない容姿で。
「ミク!ちょうどいい所に来てくれた!」
「はい?」
「ちょっと来てくれ!」
「あ、はい」
「敷島さん。“ぜんまい仕掛けの子守唄”は・初音ミクの……あっ」
しかし、敷島はエミリーの言葉を聞かずに行ってしまった。
会議室に入る。
「ミク、仕事がぎっしりだったんじゃないか?」
「はい。これから東京に行って、テレビ出演があるんです。でも、少し時間があるので、寄っちゃいました」
ミクはてへっとばかりに、自分の右手で頭をコツンと叩いた。
「そうかそうか」
「たかおさん、色々と大変だったんじゃないですか?」
「ああ。どうも、ウィリーの関係者らしいヤツに狙われてるみたいだ」
「わたしが来てちょうど良かったというのは?」
「そう。ちょっと“ぜんまい仕掛けの子守唄”を歌って欲しいんだ」
「“ぜんまい仕掛けの子守唄”ですか。リンの持ち歌ですね」
「しかし、電気信号的にはお前の方が相性がいい。頼むよ」
「分かりました」
[同日16:15.財団事務所のビルの屋上 敷島孝夫&初音ミク]
昼の短い冬であるが、冬至を過ぎれば徐々に日が長くなっているのが分かる。
以前はこの時点で相当暗くなっていたと思うが、今は奥羽山脈に沈む夕日が眩しい。
ミクはその夕日に向かって歌い出した。
「るりら〜、るりら〜♪……」
その歌はビルを越え、山を越え、空にも響き渡る。
別の曲であるが、5年前、ウィリーとの決戦の時は、ボーカロイド達の電気信号を変換した歌がバージョン達の猛攻をほとんど止め、こちら側の勝利をモノにできたのである。
「もしもし。今、ミクに“ぜんまい仕掛けの子守唄”を歌ってもらいました。ブロックが解除されたと思うので、今一度解析をお願いします」
敷島はケータイで、財団本部に掛けていた。
「ありがとう、ミク」
「いいえ。お役に立てたでしょうか?」
「ああ。十分だよ」
敷島は大きく頷いた。もっとも、結果はもう少し後になってからだが。
幸いなのは今度の相手は、ボーカロイドにはほとんど興味が無いことだ。無論、予断は禁物だが。
平賀の言うように、敷島に何かただならぬ執念を燃やす者なのだろう。もっとも、こちとら5年前から修羅場を潜り抜けている、と……。
「じゃあわたし、東京に行かないといけないので」
「ああ。気をつけて」
「わたしのライブのポスター、貼ってくれたんですね。ありがとうございます」
共用部の掲示板に大きく貼られた、ミクの全国ソロライブの告知が貼られていた。
「ポスターを個人的にくれっていう声まであって大変だよ。いや、それくらいがいいんだけどね」
敷島は笑みをこぼした。
[1月16日 10:00.財団仙台支部 敷島孝夫&平賀太一]
「来た来た。本部からの解析」
敷島は事務所の自分のPCに届いた本部からのメールを開いた。
『……この度、ご依頼のありましたコード720-214について解析状況についてお知らせ致します』
敷島は平賀と共にの状況を見た。
「……ゼルダ・フォレストは本名じゃない!?」
「それでヒットしなかったのか……」
どうやらゼルダというのは、本当に任天堂のゲームのキャラのことらしい。フォレストというのも、そのゲームに登場するフィールドの一部だった。
「何だよ!全然違うじゃん!」
「十条先生の勘違いでしたか……。全く、あの老人ときたら……」
しかし、ここで投げてはいけない。
“ぜんまい仕掛けの子守唄”は本来、鏡音リンの持ち歌である。別の同じモチーフの歌と合わせて、言葉遊びのような内容となっている。
電気信号的に相性はミクの方がいいとはいえ、やはり本来の歌い手ではない為か、完全に解析はできかったようだ。
それでもピアノ独奏で20パーセントしか解析できなかったものが、一気に70パーセントまで解析できたというから、飛躍的と言えば飛躍的である。
「ここでリンに歌ってもらえば100パーなんだけどなぁ……」
敷島のボヤきに、
「無い物ねだりしても、しょうがないですよ」
冷静に突っ込む平賀だった。昔はもっと熱血的だったと思うが、家族を持つようになって変わったのだろうか。
バージョン5.0は製造されてから間もないらしい。
ウィリーが設計まではしていたが、その時点で死亡したため、別の者が遺志を継いで製造したとあった。
5.0はそれまでの4.0と違ったフルモデルチェンジで、性能も飛躍的に向上している。複数でけしかければ、マルチタイプを苦戦に追い込むだろうと書かれていた。
「正しくその通り!」
恐らく仮説だっただろうが、その通りになっていた。
「で、こいつを作ったのは?」
画面をスクロールさせた。
「って、これ……!」
「いや、子供が作るわけないでしょ!」
「ったく、紛らわしい」
1番下に現れたは、10歳前後の白人少女の写真。
「アリス・レッドポンド(フォレスト)。1991年10月10日生まれ。出身地:アメリカ合衆国テキサス州ダラス市……」
「仙台市の国際友好都市ですね。今は……23歳か。って、23でバージョン作ったの!?」
敷島が驚いてみせると平賀が、
「いや、別に……。自分も、大学生の時に七海を作りましたが?」
何を驚いてるんだという顔をした。
相変わらず、『ゼルダ・フォレスト』については何も分からずに時間だけが過ぎていった。
「参事、やっと結論が出ました」
部下の1人が電話を切って、敷島に言った。
「で、どんな?」
「七海を強化するそうです」
「よし。平賀先生も重い腰を上げてくれたみたいだな」
敷島は大きく頷いた。
黒幕の存在は分からない。しかし、向こうからの攻撃は続く。こちらとしても、手をこまねいているわけにはいかなかった。
敷島が提案した対抗策は3つ。
『七海を強化して、エミリーとタッグを組ませる』『エミリーを強化して、あくまでも彼女単独で』『新たな防衛用のロボットを製作する』
である。このうち敷島本人が推したのは、七海を強化することである。1番最後は予算と時間の都合で、早々に却下された。
『回収したバージョン・シリーズを改造して、こちら側の防衛ロボットに使う』
という案もあったが、5年前にそれで痛い目を見ているのと(※)、フルモデルチェンジの形式が登場しているのに、旧型では対抗できないという理由でこれも却下された。
因みにアクセス鉄道の事件で回収した5.0は警察の捜査協力の為、財団の手元には無い。
(※オリジナル版では妙観講本部で暴れて多数の怪我人を出し、リメイク版ではイベント会場で暴走して多数の怪我人を出している)
敷島は平賀に電話を掛けた。
「……いや、ほんとすいませんね。『この事件が解決したら、元に戻すものとする』という文を入れておきますから」
{「ほんとですよ。本来メイドロボットというのは、主人の身の回りを世話をするのがメインであって、戦闘用に使うなんて有り得ないんです」}
電話の向こうの平賀は多少憤慨気味で答えてきた。
「すいません」
{「エミリーを強化した方がいいと思うんですけどね」}
これが平賀を含む、財団内での大きな意見だった。
「何か、嫌な予感がしましてね。いや、科学的な説明はできないんですが。ほら、相手がウィリーの関係者だという確率が高いということで、エミリーはかつてのシンディの同型機ですから、もしかしたらと思う所がありましてね。(中略)七海をできるだけ、エミリーの戦闘力に近いところまで強化した方がいいというのが私の意見です」
その敷島の悪い予感はその後、的中することになる。
[同日16:00.同場所 敷島孝夫&初音ミク]
「はい、総務部でござい。どうした、エミリー?」
敷島は受付からの内線電話を取った。
{「初音ミクが・面会希望です。アポイントが無いのですが・いかがなさいますか?」}
「なにっ、ミクが?いや、いい!会う!そこで待たせておいてくれ」
{「かしこまりました」}
「ちょっと出てくる」
「はい」
敷島は電話を切ると、事務室を出た。
「あっ、たかおさん。お久しぶりです」
受付前の小さなロビー。そこにミクはいた。5年前と全く変わらない容姿で。
「ミク!ちょうどいい所に来てくれた!」
「はい?」
「ちょっと来てくれ!」
「あ、はい」
「敷島さん。“ぜんまい仕掛けの子守唄”は・初音ミクの……あっ」
しかし、敷島はエミリーの言葉を聞かずに行ってしまった。
会議室に入る。
「ミク、仕事がぎっしりだったんじゃないか?」
「はい。これから東京に行って、テレビ出演があるんです。でも、少し時間があるので、寄っちゃいました」
ミクはてへっとばかりに、自分の右手で頭をコツンと叩いた。
「そうかそうか」
「たかおさん、色々と大変だったんじゃないですか?」
「ああ。どうも、ウィリーの関係者らしいヤツに狙われてるみたいだ」
「わたしが来てちょうど良かったというのは?」
「そう。ちょっと“ぜんまい仕掛けの子守唄”を歌って欲しいんだ」
「“ぜんまい仕掛けの子守唄”ですか。リンの持ち歌ですね」
「しかし、電気信号的にはお前の方が相性がいい。頼むよ」
「分かりました」
[同日16:15.財団事務所のビルの屋上 敷島孝夫&初音ミク]
昼の短い冬であるが、冬至を過ぎれば徐々に日が長くなっているのが分かる。
以前はこの時点で相当暗くなっていたと思うが、今は奥羽山脈に沈む夕日が眩しい。
ミクはその夕日に向かって歌い出した。
「るりら〜、るりら〜♪……」
その歌はビルを越え、山を越え、空にも響き渡る。
別の曲であるが、5年前、ウィリーとの決戦の時は、ボーカロイド達の電気信号を変換した歌がバージョン達の猛攻をほとんど止め、こちら側の勝利をモノにできたのである。
「もしもし。今、ミクに“ぜんまい仕掛けの子守唄”を歌ってもらいました。ブロックが解除されたと思うので、今一度解析をお願いします」
敷島はケータイで、財団本部に掛けていた。
「ありがとう、ミク」
「いいえ。お役に立てたでしょうか?」
「ああ。十分だよ」
敷島は大きく頷いた。もっとも、結果はもう少し後になってからだが。
幸いなのは今度の相手は、ボーカロイドにはほとんど興味が無いことだ。無論、予断は禁物だが。
平賀の言うように、敷島に何かただならぬ執念を燃やす者なのだろう。もっとも、こちとら5年前から修羅場を潜り抜けている、と……。
「じゃあわたし、東京に行かないといけないので」
「ああ。気をつけて」
「わたしのライブのポスター、貼ってくれたんですね。ありがとうございます」
共用部の掲示板に大きく貼られた、ミクの全国ソロライブの告知が貼られていた。
「ポスターを個人的にくれっていう声まであって大変だよ。いや、それくらいがいいんだけどね」
敷島は笑みをこぼした。
[1月16日 10:00.財団仙台支部 敷島孝夫&平賀太一]
「来た来た。本部からの解析」
敷島は事務所の自分のPCに届いた本部からのメールを開いた。
『……この度、ご依頼のありましたコード720-214について解析状況についてお知らせ致します』
敷島は平賀と共にの状況を見た。
「……ゼルダ・フォレストは本名じゃない!?」
「それでヒットしなかったのか……」
どうやらゼルダというのは、本当に任天堂のゲームのキャラのことらしい。フォレストというのも、そのゲームに登場するフィールドの一部だった。
「何だよ!全然違うじゃん!」
「十条先生の勘違いでしたか……。全く、あの老人ときたら……」
しかし、ここで投げてはいけない。
“ぜんまい仕掛けの子守唄”は本来、鏡音リンの持ち歌である。別の同じモチーフの歌と合わせて、言葉遊びのような内容となっている。
電気信号的に相性はミクの方がいいとはいえ、やはり本来の歌い手ではない為か、完全に解析はできかったようだ。
それでもピアノ独奏で20パーセントしか解析できなかったものが、一気に70パーセントまで解析できたというから、飛躍的と言えば飛躍的である。
「ここでリンに歌ってもらえば100パーなんだけどなぁ……」
敷島のボヤきに、
「無い物ねだりしても、しょうがないですよ」
冷静に突っ込む平賀だった。昔はもっと熱血的だったと思うが、家族を持つようになって変わったのだろうか。
バージョン5.0は製造されてから間もないらしい。
ウィリーが設計まではしていたが、その時点で死亡したため、別の者が遺志を継いで製造したとあった。
5.0はそれまでの4.0と違ったフルモデルチェンジで、性能も飛躍的に向上している。複数でけしかければ、マルチタイプを苦戦に追い込むだろうと書かれていた。
「正しくその通り!」
恐らく仮説だっただろうが、その通りになっていた。
「で、こいつを作ったのは?」
画面をスクロールさせた。
「って、これ……!」
「いや、子供が作るわけないでしょ!」
「ったく、紛らわしい」
1番下に現れたは、10歳前後の白人少女の写真。
「アリス・レッドポンド(フォレスト)。1991年10月10日生まれ。出身地:アメリカ合衆国テキサス州ダラス市……」
「仙台市の国際友好都市ですね。今は……23歳か。って、23でバージョン作ったの!?」
敷島が驚いてみせると平賀が、
「いや、別に……。自分も、大学生の時に七海を作りましたが?」
何を驚いてるんだという顔をした。
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