[期日不明 時刻不明(夜間) 天候:晴 クイーン・アッツァー号(船橋) 稲生勇太]
幽霊や化け物が徘徊し、または佇む超大型船。
24時間船員が詰めているはずの船橋でさえ、誰もいない。
行き先不明のオートパイロットで航行している様が、却って幽霊船を彷彿とさせる。
船長室で見つけた本が、また稲生の手から離れてフワリと浮いた。
「船橋内にある、その天の川のレリーフ。そこに本を翳すんだ。船内には至る所に、このレリーフがある。船橋区画では、この船橋内だ」
本から、この船の姉妹船スターオーシャン号の船長を名乗る男の声がした。
稲生がそのレリーフの前に近づくと、また貧血のような症状が彼を襲った。
[期日不明 時刻不明(夜間) 天候:晴 スターオーシャン号(プロムナード→船橋区画) 稲生勇太]
スターオーシャン号も幽霊船なのだろうか?
それとも、ただ単に誰も乗っていないだけか?
気が付くと、稲生はプロムナードのバックヤード通路にいた。
観音開きのドアの向こうがプロムナードになっているようだが、舵輪の絵が書いてある鉄扉は施錠されていて開かなかった。
しょうがないので反対側に行くと、エレベーターが1機あった。
そこには、『船首甲板、船橋へ』と書かれたプレートが貼ってある。
もしかして、これがクイーン・アッツァー号では動かなかったエレベーターだろうか?
ボタンを押してみると、これは作動した。
ドアが開くが、中は何の変哲も無い。
豪華客船のエレベーターにしては地味なのは、これが業務用エレベーターであるからか。
乗り込んで、どこのフロアへ行こうかと思ったが、
「私は船長室で待っている。まずは、船橋区画へ来なさい」
と、本からあの声がした。
稲生は、このエレベーターが向かう最上階の船橋のボタンを押した。
エレベーターのドアが再び開いて外に出ると、そこはクイーン・アッツァー号と全く同じ造りになっていた。
違うのは廊下の明かりが点いていなくて、非常灯と窓からの月明かりだけという点だ。
しかし、化け物や幽霊の気配は全くない。
それどころか、生きている人間の気配すらない。
……船長室を除いては。
稲生がドアの外から様子を伺っていると、中から、
「鍵は掛かっていないよ。安心して入ってきなさい」
という男の声がした。
本から聞こえてきた男の声と一緒だ。
「し、失礼します!」
稲生がドアを開けると、確かに見覚えがある船長室だった。
ただ、机の配置などのソフト面においては若干の差異が見られる。
まるで大企業の役員室みたいに、ドアに向かって船長が座る机の配置になっている。
応接セットや、本棚の奥に執務机のあったクイーン・アッツァー号のそれとは違う。
「やあ、ようこそ。いらっしゃい。スターオーシャン号へ」
机の上で手を組む船長は、稲生に優しく語り掛けた。
しかしバリトンボイスや、黒い船長服などが威圧感を漂わせている。
黒人なのだろうか、顔は浅黒く、頭髪も黒い。
船長室内も薄暗いので、これで制帽を被れば999の車掌さんみたいになるのではないか。
バスケの選手みたいに髪を短く刈り込んでいる。
メガネを掛けているが、まるで白いサングラスのように透明感が無く、船長の目がよく見えない。
「改めて自己紹介しよう。私はサンモンド・ゲートウェイズ。このスターオーシャン号の船長を務めている者だ」
「ぼ、僕は稲生勇太です」
「どうだね?船の旅は?なかなか楽しそうじゃないか」
サンモンドはそんなに表情は変えないものの、口元だけは笑みを浮かべていた。
「楽しむなんて……。ていうか、どうしてあなたがそれを知ってるんです!?」
「そう構えなくても良い。私には、少し変わった力があるだけだ。……そう、キミと同じようにね」
「僕と……同じ?」
「私は目が殆ど見えなくてね。代わりに作ったのが、その本だ。……そう、いまキミが持っている本だよ。その本は世界を巡り、私はそこから世界を見ることができる。……今回、私はキミの船旅のお伴をさせてもらうことになったわけだ。フフフフ……」
「ど、どういうことですか!?この本を作った!?船長さんなのに目が見えない?……一体、何が何だか……!」
「まあまあ」
混乱する稲生に向かって、サンモンドは右手を稲生に向かって挙げた。
稲生を落ち着かせる為だったのだろうが、その時に何か気づいたようだ。
「……ほう。どうやらキミは、面白い物を持っているようだね?」
「面白い物?」
「キミが見つけた球のことだ。……そう、それだ。今のところ、2つかな?それを私に譲ってはもらえないだろうか?」
「これは何ですか?船員さんの……クイーン・アッツァー号の船員さん達の幽霊が残していったものですが……」
「それは、そうだね……。簡単に言えば、ある種のエネルギー体とでも言おうか。私は勝手に、『ソウルピース』と呼んでいるがね」
「ソウルピース……」
「魂のかけら、となるのかな」
「魂のかけら……」
「私にはある目的がある。その為には、それが必要なんだ。もちろん、それなりの謝礼はしよう。必ず、キミの役に立つはずだ。……どうだろう?了承しては、もらえないかな?」
「それは……その目的とは何ですか?」
「あいにくと、まだそれは現時点では何も言えない。強いて挙げれば、『何かを作る材料にする』といったところかな」
「何かを作る……」
「もちろん、それで私の作ったものは、キミの迷惑になるものではない。……恐らくな。場合によっては、それをキミに譲る機会もあるかもしれない」
稲生は目の前にいる盲目の船長について、何かモヤモヤしたものがあった。
そして、そのモヤモヤが晴れそうで晴れない。
稲生は、そのソウルピースを渡した。
「助かるよ。では、代わりにこれを持って行きなさい。これは私が作り上げた、特別な道具だ」
稲生が受け取った道具。
それは、白く透明なパワーストーンのようなもの。
首から下げるタイプのようだ。
「微弱だが、“魔の者”からの攻撃を払い除ける力がある」
「“魔の者”!?あなたは……!?」
「どうだい?今のキミには、必要なものだろう?何しろ、この“スターオーシャン”と違い、“クイーン・アッツァー”は“魔の者”の住処だからな。フフフフフ……」
「も、もしかして、あなたは魔道師さんですか!?」
「私の正体については、キミの想像に任せる。そして、その本を持っている限り、ここへはいつでも来られる。“クイーン・アッツァー”号には、まだまだキミの救いを待っている者達がいる。また来るといい。待っているよ」
「……失礼します」
稲生は踵を返して、船長室を出ようとした。
「おっと。大切なことを忘れていたよ。キミに、これを渡しておこう。これは、キミの船旅の命運を握るものだからね」
稲生に渡されたのは、六角形の星型のブローチ。
その真ん中には、青い宝石が右半分だけ収まっている。
「これは……?」
だが、また稲生は目の前が暗くなった。
どうやら、“クイーン・アッツァー”に戻れということか。
幽霊や化け物が徘徊し、または佇む超大型船。
24時間船員が詰めているはずの船橋でさえ、誰もいない。
行き先不明のオートパイロットで航行している様が、却って幽霊船を彷彿とさせる。
船長室で見つけた本が、また稲生の手から離れてフワリと浮いた。
「船橋内にある、その天の川のレリーフ。そこに本を翳すんだ。船内には至る所に、このレリーフがある。船橋区画では、この船橋内だ」
本から、この船の姉妹船スターオーシャン号の船長を名乗る男の声がした。
稲生がそのレリーフの前に近づくと、また貧血のような症状が彼を襲った。
[期日不明 時刻不明(夜間) 天候:晴 スターオーシャン号(プロムナード→船橋区画) 稲生勇太]
スターオーシャン号も幽霊船なのだろうか?
それとも、ただ単に誰も乗っていないだけか?
気が付くと、稲生はプロムナードのバックヤード通路にいた。
観音開きのドアの向こうがプロムナードになっているようだが、舵輪の絵が書いてある鉄扉は施錠されていて開かなかった。
しょうがないので反対側に行くと、エレベーターが1機あった。
そこには、『船首甲板、船橋へ』と書かれたプレートが貼ってある。
もしかして、これがクイーン・アッツァー号では動かなかったエレベーターだろうか?
ボタンを押してみると、これは作動した。
ドアが開くが、中は何の変哲も無い。
豪華客船のエレベーターにしては地味なのは、これが業務用エレベーターであるからか。
乗り込んで、どこのフロアへ行こうかと思ったが、
「私は船長室で待っている。まずは、船橋区画へ来なさい」
と、本からあの声がした。
稲生は、このエレベーターが向かう最上階の船橋のボタンを押した。
エレベーターのドアが再び開いて外に出ると、そこはクイーン・アッツァー号と全く同じ造りになっていた。
違うのは廊下の明かりが点いていなくて、非常灯と窓からの月明かりだけという点だ。
しかし、化け物や幽霊の気配は全くない。
それどころか、生きている人間の気配すらない。
……船長室を除いては。
稲生がドアの外から様子を伺っていると、中から、
「鍵は掛かっていないよ。安心して入ってきなさい」
という男の声がした。
本から聞こえてきた男の声と一緒だ。
「し、失礼します!」
稲生がドアを開けると、確かに見覚えがある船長室だった。
ただ、机の配置などのソフト面においては若干の差異が見られる。
まるで大企業の役員室みたいに、ドアに向かって船長が座る机の配置になっている。
応接セットや、本棚の奥に執務机のあったクイーン・アッツァー号のそれとは違う。
「やあ、ようこそ。いらっしゃい。スターオーシャン号へ」
机の上で手を組む船長は、稲生に優しく語り掛けた。
しかしバリトンボイスや、黒い船長服などが威圧感を漂わせている。
黒人なのだろうか、顔は浅黒く、頭髪も黒い。
船長室内も薄暗いので、これで制帽を被れば999の車掌さんみたいになるのではないか。
バスケの選手みたいに髪を短く刈り込んでいる。
メガネを掛けているが、まるで白いサングラスのように透明感が無く、船長の目がよく見えない。
「改めて自己紹介しよう。私はサンモンド・ゲートウェイズ。このスターオーシャン号の船長を務めている者だ」
「ぼ、僕は稲生勇太です」
「どうだね?船の旅は?なかなか楽しそうじゃないか」
サンモンドはそんなに表情は変えないものの、口元だけは笑みを浮かべていた。
「楽しむなんて……。ていうか、どうしてあなたがそれを知ってるんです!?」
「そう構えなくても良い。私には、少し変わった力があるだけだ。……そう、キミと同じようにね」
「僕と……同じ?」
「私は目が殆ど見えなくてね。代わりに作ったのが、その本だ。……そう、いまキミが持っている本だよ。その本は世界を巡り、私はそこから世界を見ることができる。……今回、私はキミの船旅のお伴をさせてもらうことになったわけだ。フフフフ……」
「ど、どういうことですか!?この本を作った!?船長さんなのに目が見えない?……一体、何が何だか……!」
「まあまあ」
混乱する稲生に向かって、サンモンドは右手を稲生に向かって挙げた。
稲生を落ち着かせる為だったのだろうが、その時に何か気づいたようだ。
「……ほう。どうやらキミは、面白い物を持っているようだね?」
「面白い物?」
「キミが見つけた球のことだ。……そう、それだ。今のところ、2つかな?それを私に譲ってはもらえないだろうか?」
「これは何ですか?船員さんの……クイーン・アッツァー号の船員さん達の幽霊が残していったものですが……」
「それは、そうだね……。簡単に言えば、ある種のエネルギー体とでも言おうか。私は勝手に、『ソウルピース』と呼んでいるがね」
「ソウルピース……」
「魂のかけら、となるのかな」
「魂のかけら……」
「私にはある目的がある。その為には、それが必要なんだ。もちろん、それなりの謝礼はしよう。必ず、キミの役に立つはずだ。……どうだろう?了承しては、もらえないかな?」
「それは……その目的とは何ですか?」
「あいにくと、まだそれは現時点では何も言えない。強いて挙げれば、『何かを作る材料にする』といったところかな」
「何かを作る……」
「もちろん、それで私の作ったものは、キミの迷惑になるものではない。……恐らくな。場合によっては、それをキミに譲る機会もあるかもしれない」
稲生は目の前にいる盲目の船長について、何かモヤモヤしたものがあった。
そして、そのモヤモヤが晴れそうで晴れない。
稲生は、そのソウルピースを渡した。
「助かるよ。では、代わりにこれを持って行きなさい。これは私が作り上げた、特別な道具だ」
稲生が受け取った道具。
それは、白く透明なパワーストーンのようなもの。
首から下げるタイプのようだ。
「微弱だが、“魔の者”からの攻撃を払い除ける力がある」
「“魔の者”!?あなたは……!?」
「どうだい?今のキミには、必要なものだろう?何しろ、この“スターオーシャン”と違い、“クイーン・アッツァー”は“魔の者”の住処だからな。フフフフフ……」
「も、もしかして、あなたは魔道師さんですか!?」
「私の正体については、キミの想像に任せる。そして、その本を持っている限り、ここへはいつでも来られる。“クイーン・アッツァー”号には、まだまだキミの救いを待っている者達がいる。また来るといい。待っているよ」
「……失礼します」
稲生は踵を返して、船長室を出ようとした。
「おっと。大切なことを忘れていたよ。キミに、これを渡しておこう。これは、キミの船旅の命運を握るものだからね」
稲生に渡されたのは、六角形の星型のブローチ。
その真ん中には、青い宝石が右半分だけ収まっている。
「これは……?」
だが、また稲生は目の前が暗くなった。
どうやら、“クイーン・アッツァー”に戻れということか。
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