日々是好日

身辺雑記です。今昔あれこれ思い出の記も。ご用とお急ぎでない方はどうぞ・・・。

「チャングムの誓い」にみる「医学は実学」

2007-09-21 14:12:43 | 学問・教育・研究
毎週金曜日の夜、NHKBSが「チャングムの誓い」を放送している。ある人に勧められて見始めたらやみつきになった。宮廷料理人のトップを目指した主人公チャングムが宮廷内の争いに巻き込まれて、彼女を可愛がる上司のハン尚宮とともにの身分に落とされて宮廷から追われる。流刑地の済州島に向かう途中、ハン尚宮は病で亡くなり、チャングムは復讐を誓う。やがてチャングムはかって宮中で医女を勤めたチャンドクに出会い、彼女から医術を修得し、自分も医女として宮中に戻ろうとする。成績優秀と医女としての能力が認められれば、その可能性がある。復讐のためにとチャングムは刻苦精励し、幾多の紆余曲折を経て、晴れて宮中の医局である内医院へ配属されることになった。正式な医女になるためにまずは見習いとしての修練が始まる。今晩はその後それぞれ出世した昔の仲間といよいよ再会することになる。

時代は16世紀の初頭の朝鮮王朝時代である。その時代背景で面白いのは医女の身分である。医女というのは女性医師のことなのだが、その存在理由がちゃんとある。当時、女性は男性医師に体を見せるのは恥ずかしいとされていたので、医師にかかることなく亡くなる女性が多かった。この事態を憂慮した太宗が15世紀の初め、女性を専門に診察する医師を養成したのが医女の始まりだそうである。

当時、人の体に触れる職業が卑しいものと見なされていたことから、医女が身分の低いの職業とされていた。だからこそチャングムはの身分に落とされたままで医女を目指すことが出来たのである。内医院で医女見習いとなったチャングムが、かっては自分がそうであった女官の下っ端に、無理難題をいわれながらも従う姿がその身分関係をはっきり表している。

この当時、とくに東洋では、医師は患者に医術を施す人であった。医術を「新明解」は《患者に適合した薬をあたえたり 手術したり して、病気や怪我を治す技術》と説明している。患者を詳しく診察して病名を定め、治療に適した薬草などを選ぶには、過去に蓄積された膨大な知識を自家薬籠のものにしないといけない。そのための修業がドラマでこれまで描かれてきたが、患者を診察しない医師は医師にあらず、が当然のこととされた。現在でもそうであるが、医学は実学、すなわち直ちに社会生活に役立つ学問で、それを修めて病人の診察・治療に当たるのが医師の本分なのである。

この視点に立つと、大学医学部はあくまでも医師の養成所なのである。大学院医学研究科も、さらにその技を磨き、また現場で生じた疑問を自分で解き明かそうとする研究心を持った医師の修練の場であるべきなのである。基礎医学分野に進む医学部卒業生が減ることを理由に、医師の免状を持たない他学部出身者を大学院に呼び込むのは、場当たり的な便法に過ぎないと私は思う。

厚生労働省の2004年データによると日本人の平均寿命は男性は78.64歳、女性は85.59歳で共に世界のトップである。昭和22年では男性が50歳、女性が54歳であったことを考えると、その長寿化は異常とも云える。栄養状態・衛生環境がよくなり、医学では新しい治療法が続々と開発され、外科手術の技法にも格段の進歩があり、医療制度の整備などを合わせた総体的な結果として寿命が伸びたのである。それだけ人々の健康状態がよくなったのだから、では皆はそれで満足しているかと云えばその反対で、ますます心配事を増やしているのが残念ながら現状のようである。年金問題もそうだし、医療問題に環境汚染、食糧問題に家族関係、そして心の健康問題など、枚挙にいとまがない。健康になった分、それだけ余計に健康問題が気になるという皮肉な結果になっている。

予防医学がさらに進み、われわれの健康状態がますますよくなって、誰もが病気にかからなくなったとする。しかし、人間は必ずいつかは死ぬ。病気にかからないということと、いつかは必ず死ぬということの折り合いを、一体どうつけるのだろう。これは医学の領域を超えた地球規模での大問題であるが、今のところ真剣に考えようという流れはない。そういえば思い出したが、もうかなりの昔、これからの医学教育について新聞記者のインタビューに答えて「死に方を研究させること」と述べたことがある。このインタビューは私の手元にはないが、他の方へのインタビューと一緒に本にまとめられている筈である。

前回のブログで「医学部出身者でなければ出来ない研究の進め方とはなにか、回を改めて述べたいと思う」と述べたこととは大きく離れた問題をまた提起してしまったが、この本題にはいずれまた舞い戻ることにする。。

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2 コメント

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基礎医学の教育にも実学を (KT)
2007-09-21 22:53:27
「医学は実学」に同感です。基礎医学で学んだことで今でもよく覚えているのは、感染症科医をされていた先生の微生物の話や、現役の外科の先生がしてくださった解剖の話です。「基礎医学で勉強することが、いかに臨床で役に立つのか」という視点がないと、試験前に知識を詰め込んでその後は忘れるような勉強になってしまいます。

私は基礎医学の研究者ではありませんが、大学院の共通教育プログラムの内容に違和感を感じます。実験ノートの書き方やデータ管理、実験計画法といったことは、臨床でいえば身体所見の取り方やカルテの書き方にあたるものです。日々の実験や診療のなかで、一対一で上司や先輩が新米の研究者や医師に教えるもののはずなのですが・・・。教育もマクドナルドのハンバーガーのような大量生産化に向かってしまっているのでしょうか。

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これからの話に (lazybones)
2007-09-22 09:11:13
講義のあり方や大学院の共通教育プログラムについてのご意見は、まさにこれから私が述べていきたいと思っていることと共通いたします。またお目通し下さい。
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