日々是好日

身辺雑記です。今昔あれこれ思い出の記も。ご用とお急ぎでない方はどうぞ・・・。

iPS細胞の特許問題に思うこと

2008-04-13 17:59:32 | 学問・教育・研究
私の大学院生時代には学問・研究の自由を至高のものとする風潮が少なくとも大学の中では一般的で、その自由が侵される恐れがあるということで産学協同を頭から排斥したものである。また科学研究の成果は人類の幸せな生活のために活用されるべきで、その過程で何かの見返りを期待するのは科学者として恥ずべき行為である、とまで考えを突き詰めたものであった。見返りには社会的な栄誉もさることながら、経済的な利益が意識されており、だからこそ研究成果を産学協同に移すことへの抵抗に繋がったものである。このような議論を仲間たちと侃々諤々やりあったのも、考えてみれば自分たちの研究が金儲けに関わるはずのないまったくの基礎研究であると悟りきっているからこそ出来たことなのだろう。

基礎研究の担い手として自分を自覚しているものにとって、科学研究費などの申請書類でその研究の社会的意義を述べる欄を埋めるのは苦痛であったことを思い出す。「風が吹けば桶屋が儲かる」流の屁理屈をひねり出しては、忸怩たる思いでもっともらしいことをボソボソと書き連ねたものである。ある時、私の属していた特定領域研究班の班長さんの教室の人からなるほどと思える話を聞いた。その班長が研究の社会的意義の欄にはただ一言、「この研究は社会的意義がきわめて大きい」といつも書いているというのである。心の中では大いに喝采をしたものの、自分では真似する勇気はなかった。

こうした流れから、山中伸弥京大教授のヒトiPS細胞作成のニュースに接したときに、私は《京都大学(山中教授)が万能細胞研究の人類全体の医療に及ぼす影響の普遍性にかんがみ、すべての研究者が特許出願を抛棄するべく全世界に率先して働きかけて欲しいものである。》とブログで述べた。時代遅れの意見と承知の上で・・・。

世の中の動きは激しい。毎日新聞が4月7日から12日にかけて(9日欠)「新万能細胞iPSの真価」という五編の連載記事を掲載している間に、バイエル薬品の研究グループがヒトiPS細胞を山中教授より先に作成して、作成技術に関する特許も出願済みらしい、というニュースが広まった。

《ヒトiPS細胞、バイエルが先に作製…特許も出願か 外資系製薬会社のバイエル薬品(大阪市)が2007年春に、様々な臓器や組織に変化する、人の新型万能細胞(iPS細胞)の作製に成功していたことがわかった。京都大の山中伸弥教授が人のiPS細胞を作製した時期(07年11月発表)よりも早く、すでに特許出願しているとみられる。》(2008年4月11日12時02分 読売新聞)、そして《iPS細胞で京大が会見、特許の優位性を強調 バイエル薬品(大阪市)が昨春、人の新型万能細胞(iPS細胞)の作製に成功していたことについて、京都大は11日、記者会見を開いた。中畑龍俊・iPS細胞研究センター副センター長は「山中伸弥教授は動物の種類を限定せず、iPS細胞を作ること自体を発明した」と、特許の優位性を強調した。》(2008年4月12日00時04分 読売新聞)などである。

この報道を信じるのなら、バイエル薬品が山中教授より先にiPS細胞の作成に成功していたことになり、山中教授に対して全世界から寄せられた賛辞はバイエル薬品に行くべきものであったことになる。では何故このようなねじれ現象が生じたかといえば、間違いなく特許申請がらみである。バイエル薬品は先願主義を採っているわが国への特許出願を急ぐことを、研究成果の公表より優先させたのであろう。しかし山中教授にしても《06年8月、マウスiPS細胞作成の論文を発表。それに先立つ05年12月に特許を申請した。出願した発明の名称は「核初期化因子」だった。》(毎日新聞 2008年4月12日 東京朝刊)というから、「特許」が念頭にある以上、特許出願が論文発表より優先するのは、それがよいのかどうかは別として、自然の成り行きであろう。

それにしても世界中が山中教授のヒトiPS細胞作成のニュースに沸き立っているときに、そのプライオリティを主張することもなく、何を考えてかひたすら沈黙を守っていたバイエル薬品の振る舞いに不気味さを感じるのは私だけだろうか。

特許を念頭に置くから研究成果の発表時期も戦術的にならざるを得なくなり、また特許争いなどに巻き込まれるとになってはご苦労さまなこと、とおよそ特許とは無縁であった過去の研究者は思うが、今の研究者は否応なしにそれを意識しないといけないようなご時世になったのだろうか。そしてそのような状況下では、学問・研究の自由が大きく制約を受けるのではなかろうかと気がかりになった。次回にそのことに触れたいと思う。


iPS細胞に関する私の過去ログ。

山中伸弥京大教授の万能細胞(iPS細胞)研究に寄せて

万能細胞(iPS細胞)研究 マンハッタン計画 キュリー夫人

万能細胞(iPS細胞)で人魚を作れるか

万能細胞(iPS細胞)から「人魚」作りの実現に向けて



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