7月の下旬に、北海道を訪ねた。
北大の学生とシニアの対話会を日本原子力学会・シニアネットワーク(SNW)が開催し、これに参加した。またこの機会に、予てよりこのブログで交流させて頂いている お~どりん様のご厚意で、小樽・銭函をご案内頂いた。
次世代を担う学生を励ましつつ、エネルギーと環境問題につきシニアと学生が率直な意見交換をしようとの試みを、お仲間と共に初めて、既に5年。対話会は全国各地の大学で30余回を数え、参加した大学生諸君は1000名を遥かに超えた。今回は北大で原子力工学を学ぶ学部生・大学院生を中心に、ホットで熱心な議論が展開された。何れSNWのホームページに詳しく掲載されるので、ここでは今回の際立った企画の一つを紹介するに留める;
先輩卒業生の参加に拍手!
3人の卒業生が、忙しい日程を割いて参加し、学生と年齢差が少ない先輩の「生の声」を伝えたのは、出色の企画であった。シニアとの年齢差がほぼ半世紀の学生にとって、兄貴分の先輩の生の声は、将に感覚的な翻訳機能を果したに違いあるまい。卒業直後の若手社員とは言いながら、既にバリバリ活躍している先輩は、学生の目には眩しい存在であったろう。彼等の果たした役割は、極めて大きなものが
あった筈だ。次回からは、各グループに配属出来る人数の卒業生を、出来れば確保したいものだ。
対話会に際して短時間ではあったが、低温科学研究所を視察させて貰った。
「雪の結晶」の研究で名高い中谷宇吉郎博士が始祖で、国際的にも注目される研究の中核だ。ここでは南極大陸の、厚さ約3000mに及ぶ氷床に閉じ込められている約34億年の気候変動の痕跡を、氷の中の空気分析で研究している。マイナス50℃の冷蔵庫の中で、貴重な氷床コアを見せて頂いた。
厚さ約3000mの氷の圧力で気泡が完全に潰れた、34億年前の透明な氷の輝きは、神秘的であった。
今ここに三十四億年経てもなお
輝く氷に 息をのむかな
マイナス50℃の冷蔵庫は、眼元が痛いほどの寒さであった。感激の氷床コアとの対面を果たして外に出たら、老眼鏡は外の湿気をたちまち凍らせて、真っ白になった。
南極の氷床コアが閉じ込める
凍れる世界を眼鏡は告げるや
北大での対話会を終えて、次の日は小樽・銭函に足を伸ばした。
このブログ「虚庵居士のお遊び」を通じて交流させて頂いている、お~どりん様ご夫妻に心のこもったご案内を頂いた。眺望の素晴らしい毛無山は残念ながら霧に包まれていたが、山頂への心地よいドライブと気の置けない歓談を愉しんだ。鰊御殿では巨万の富を築いた網元の息吹きを聞き、運河と連なる石造の倉庫に往時の活況を偲び、新鮮なネタの握り寿司をも堪能させて頂いた。 JR銭函駅にご夫妻でお見送り頂き、心温まる半日の行楽に感謝しつつ、お別れした。
駅のホームに佇み、ふと見上げると巨大な「銭函」がつり下げられていた。
後側には「開駅 明治13年11月28日」と大書され、函の下側には地名・駅名「銭函」のイワレが認められていた; 「当地はむかしニシンの千石場所といわれるほどの豊漁地で 漁民の家にも銭函があったといわれ これが地名となり駅名となったものである」
帰宅後にお~どりん様からメールを頂戴した。虚庵居士が「銭函」を物珍しげに眺め、カメラに収めている姿を、お二人は遠くからそっと見守って下さっていたという。大きな口を開けて、天井の「銭函」を見上げていたかもしれないが・・・。
銭函の心ゆたかな住み人の
元を辿れば 銭函なるとは