草の葉

高山村にある、緑に包まれたギャラリー

-10℃

2008-02-09 12:57:06 | 山の暮らし
 体感しました。

というか、よくわからなかった。
というのも___
朝の散歩のため、戸を開け、東向きに置いてある下足箱の上の寒暖計を見たら、なんと、マイナス10℃。
(ちなみに、このカエルの寒暖計の表示は、-10℃まで)
ウッ!
いよいよ、やってきたな。
と思ったら途端、足は駆け出す。
寒さをごまかしたいという思いからか・・・
雪のないところはスタコラ。


うーん・・・
帰宅後、思い起こしてみると___
。指先の冷たさは、言うに及ばず
。帽子は目深にかぶっているのだが、額がジンジン痛かった
。スパッツに、サポーター、その上からスキーウエアーごときを履いているのだが、腿のあたりが非常に寒く感じられた
。途中で、デジカメ使用時に、毛と皮の二重手袋を外したら、一瞬にして冷凍になったかと感じ、深く後悔した

 そんなところかな。
-10℃の感想でした。




原っぱを埋めた雪には、
高村光太郎のいう「砂浜の砂にできるようなさざ波」が。
朝早く、太陽がまだ覗いていなかったため、
彼のいう、青びかりと薄い橙色に光る様は見ることはできなかったが、
薄い薄い青。
「雪は白いものとばかり思っていると、いろんな色があるのでびっくりする。」のは確かだ。


うつむいて駆け上がってきて、峠あたりで顔をあげると___
真っ白に輝く谷川連峰、上州武尊。
あまりの美しさはたとえようもない。
パチパチと夢中で写真を撮るが、
残念!
あの美しさはデジカメでは撮ることができない。
自分の両の眼でしっかと見るより。。

しばし、雪渓を見続ける。
息をつめて。

山全体から、ベートーベンの交響曲第7番が聞こえてきた。
その中で、冬の山に消えた『孤高の人』加藤文太郎を想った。
なぜ、あれほどまでに山に、しかも冬山にこだわり続けたのか。
決して、長いとは言えない人生にあって。
あまりにも禁欲的に。


ひたすら厳しい冬山と向き合うことで、得るものとは・・・・

 自分と対峙し、自己を確認すること?