草の葉

高山村にある、緑に包まれたギャラリー

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原爆の図 丸木美術館

2017-02-22 10:54:23 | おでかけ





もう20年以上も前から、行きたい、観たいと思っていながら、
その機を逃し、また、忘れてもいた原爆の図をようやく観ることができた。

是非見せたいと思っていた子供らは、もうすでに長じてしまったが、
娘だけは一緒に。
2時間ほどかけてゆっくり、じっくりと。
美大卒の娘だが、何を感じてくれたか・・・・
娘は、丸木位里、俊さんの書物を、
ワタシは、俊さんの明るい色彩の版画を手に後にした。


そのあと足を延ばした観光客でごった返した川越の街も、
暖かな日差しが入る都幾川を望む人気のない丸木夫妻の書斎も、
春だった。
どちらも春だったなぁ。



         人は
         その時が来たのだ、という

         雪崩のおこるのは
         雪崩の季節がきたため と。

         武装を捨てた頃の
         あの永世の誓いや心の平静
         世界の国々の権力や争いをそとにした
         つつましい民族の冬ごもりは
         色々な不自由があっても
         また良いものであった。

         平和
         永遠の平和
         平和一色の銀世界
         そうだ、平和という言葉が
         この狭くなった日本の国土に
         粉雪のように舞い
         どっさり降り積もっていた。

         私は破れた靴下を繕い
         編物などしながら時々手を休め
         外を眺めたものだ
         そして ほっ、とする
         ここにはもう爆弾の炸裂も火の色もない
         世界に覇を競う国に住むより
         このほうが私の生きかたに合っている
         と考えたりした。
     
         それも過ぎてみれば束の間で
         まだととのえた焚木もきれぬまに
         人はざわめき出し
         その時が来た、という
         季節にはさからえないのだ、と。

         雪はとうに降りやんでしまった、

         降り積もった雪の下には
         もうちいさく 野心や、いつわりや
         欲望の芽がかくされていて
         ”すべてがそうなってきたのだから
         仕方がない”というひとつの言葉が
         遠い嶺のあたりでころげ出すと
         もう他の雪をさそって
         しかたがない、しかたがない
         しかたがない
         と、落ちてくる。

         ああ あの雪崩、
         あの言葉の
         だんだん勢いづき
         次第に拡がってくるのが
         それが近づいてくるのが

         私にはきこえる
         私にはきこえる

              ____「雪崩のとき」石垣りん___ 






一昨日、昨日と大荒れで降り積もった雪は、
今日の春の光の中、静かに静かに寝そべっている。

川越の雑踏の中では聞こえなかった雪崩の始まりの音が、
今、梅の咲く丸木美術館を思いながら窓外の雪を眺めていると、
小さく聞こえてくる。
確かに、聞こえてくるのだ。



今こそ、すべての人に耳を澄ましてほしいと願わずにはいられない。




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