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草の葉

高山村にある、緑に包まれたギャラリー

日本橋三越

2017-04-09 13:01:17 | おでかけ
先週の日曜日、
市川でのクロヌマタカトシさんの作品展を観に行った帰りに、日本橋三越に立ち寄った。
久しぶりの三越にキョロキョロ。
2,3のモノを見繕う目的で、駆け足でせいぜい数十分の予定が、
ちょっと歩いては、立ち止まってで、思わぬ時間を過ごしてしまった。


                    ::::



ワタシの高校の修学旅行は京都、奈良、そして東京だった。
その頃、まだ珍しかった東海道新幹線に乗るのもワクワクだったが、
何といっても東京!
距離だけではない遠い遠い夢の街。
熊本に住むワタシにとっては、観たこともないものに溢れている別世界。
最初から、日本橋三越でお土産を買う予定を立てていて、
慣れない地下鉄に戸惑い、迷いながらもやっとのことで三越に到着。
それだけで自由時間は終わってしまったけれど、
予定通り買えたスヌーピーの便箋と封筒セットを抱え、大満足だったことを覚えている。



今では、日本中、ネットを使えばどこにいても同じようなものが手に入るとはいえ、
実際、自分で観て聴きたいとなると、やっぱり東京。

とはいえ、今はいつでも行けるような場所に住んではいながら、なかなか・・・・
山に囲まれたココから出かけるのはとても大変で、年を取ると余計に億劫になる。


静かな自然の中での生活は、もちろんワタシの望んでいたものだが、
たまには、何でもある都会を見聞きするのはいいことなのかもしれない。





          ひと時でも、
          背中の重い荷物を下ろし、
          果てることのない大きなため息をつくことを忘れさせてくれるのだから。

          今のワタシにとっても、
          相変わらず、別世界なのだ。。


          ココは、
          ようやく雪も融け、
          遅い、遅い春の兆し。








原爆の図 丸木美術館

2017-02-22 10:54:23 | おでかけ





もう20年以上も前から、行きたい、観たいと思っていながら、
その機を逃し、また、忘れてもいた原爆の図をようやく観ることができた。

是非見せたいと思っていた子供らは、もうすでに長じてしまったが、
娘だけは一緒に。
2時間ほどかけてゆっくり、じっくりと。
美大卒の娘だが、何を感じてくれたか・・・・
娘は、丸木位里、俊さんの書物を、
ワタシは、俊さんの明るい色彩の版画を手に後にした。


そのあと足を延ばした観光客でごった返した川越の街も、
暖かな日差しが入る都幾川を望む人気のない丸木夫妻の書斎も、
春だった。
どちらも春だったなぁ。



         人は
         その時が来たのだ、という

         雪崩のおこるのは
         雪崩の季節がきたため と。

         武装を捨てた頃の
         あの永世の誓いや心の平静
         世界の国々の権力や争いをそとにした
         つつましい民族の冬ごもりは
         色々な不自由があっても
         また良いものであった。

         平和
         永遠の平和
         平和一色の銀世界
         そうだ、平和という言葉が
         この狭くなった日本の国土に
         粉雪のように舞い
         どっさり降り積もっていた。

         私は破れた靴下を繕い
         編物などしながら時々手を休め
         外を眺めたものだ
         そして ほっ、とする
         ここにはもう爆弾の炸裂も火の色もない
         世界に覇を競う国に住むより
         このほうが私の生きかたに合っている
         と考えたりした。
     
         それも過ぎてみれば束の間で
         まだととのえた焚木もきれぬまに
         人はざわめき出し
         その時が来た、という
         季節にはさからえないのだ、と。

         雪はとうに降りやんでしまった、

         降り積もった雪の下には
         もうちいさく 野心や、いつわりや
         欲望の芽がかくされていて
         ”すべてがそうなってきたのだから
         仕方がない”というひとつの言葉が
         遠い嶺のあたりでころげ出すと
         もう他の雪をさそって
         しかたがない、しかたがない
         しかたがない
         と、落ちてくる。

         ああ あの雪崩、
         あの言葉の
         だんだん勢いづき
         次第に拡がってくるのが
         それが近づいてくるのが

         私にはきこえる
         私にはきこえる

              ____「雪崩のとき」石垣りん___ 






一昨日、昨日と大荒れで降り積もった雪は、
今日の春の光の中、静かに静かに寝そべっている。

川越の雑踏の中では聞こえなかった雪崩の始まりの音が、
今、梅の咲く丸木美術館を思いながら窓外の雪を眺めていると、
小さく聞こえてくる。
確かに、聞こえてくるのだ。



今こそ、すべての人に耳を澄ましてほしいと願わずにはいられない。





尾瀬再訪

2016-08-23 16:09:53 | おでかけ
4年ぶりの尾瀬。
今回は、夏休暇で帰省した娘、それにオマケに夫と長男も付いて。

山の鼻から尾瀬ヶ原ハイキング、2日目に山の鼻から至仏山に登り、鳩待峠に下りるという計画を立てていたが、直前に変更。
山友Tさんによると、
「山の鼻からの至仏山はとんでもない」ということだった。
急峻で、滑る石ゴロゴロの岩場、何件もの滑落事故が起きているという。
その上、「ああダメだ!」と引き返そうにも後戻りのできない一方通行だと。
「絶対無理」と断言され、
鳩待ち峠から登り、折り返すというコースなら、しかも一日目に至仏山というのならいいだろうということになった。

 



夏らしからぬ今夏にあって、恵まれたその日は、まさしく登山日和であった。
足元に咲く小さき花々に目をやりながら、休憩地(ワタシたちはココを小至仏山だと思っていたが、後に知る)に着く。
開けたそこは、青空と白い雲の中、向こうには至仏山、眼下には尾瀬が原。
ああ、気持ちいい。大きく何度も何度も深呼吸。
家族での旅は何年振りか。
「Yも一緒に登りたかったぁ」
ワタシの言葉に、皆がそれぞれに視線を反らし聞こえないふりをする。
言ってはいけなかったのか。

夫はここで脱落。
3人で至仏山を目指し、ハアハア言いながらも2228m。
往復5時間の登山であった。




鳩待峠に戻って、そこから1時間歩いて山の鼻に行く。
その日、何度かツキノワグマが出現したらしく恐る恐るの道中だった。
この時期、ミズバショウの実を食べに来るらしい。
山の鼻の山小屋で一泊。
4人で枕を並べて寝る。
何年振りか。
これから先あるかないかのことだ。
来てよかったと思いながらも、一人いないことへの後ろめたさが残る。
「Yも一緒だったら」
今度は、目をつむったまま、ワタシはその言葉を飲み込んだ。
言葉にしただけ悲しみが強くなりそうで。




次の日は、尾瀬ヶ原ハイキングへ。
多くの花の時期は終わっていたとはいえ、ここそこで小さき花々が迎えてくれる。
遠くに燧ヶ岳を望みながら、今度はあそこに登りたいなと思う。
男どもは竜宮小屋までの3時間コース。
ワタシと娘はその先、見晴らしまで行き回る5時間コースをてくてく。





           いつしかワタシは、視線を落とし、
           広大な尾瀬ヶ原を、黙々と歩いていた。
           ここにいないキミを想い、
           長く長く混濁の中に、遠く遠く時間のない世界にいるキミを想い・・・・

           気が付くと、
           朝は、開いていなかったヒツジグサが、
           一つ、二つと開いている。
    
           いつか、いつか、キミにもそんな時が来てほしいと祈りながら、
           続く道をひたすら歩いていく。。
        
        



2016-07-04 17:09:30 | おでかけ



伊藤昌美さんの作品を観てきた。
初めてである。

絵画から入られた方だけあってか、
亡くなるまでの20数年間、70点余りの作陶の随所に絵が感じられた。
それは、当然といえば当然なのだろうが、
ワタシのうちに残ったものは、
あちこちにある___線___だった。


眠れない夜、暗闇に目を凝らしていたい藍の世界に眠る猫。
不思議な感覚にとらわれる赤い線、黒茶の線の小さな花活け。
黒地に大胆な土蜘蛛の糸が絡みつく大きな花入れは、
今なら真っ白いアジサイをたっぷりと放り込みたい。
鳥渡る空を引っかくのは雨なのか、それとも風なのか、
はたまた、雲から漏れる薄日なのだろうか。
そして、
DMで見たとき、一瞬、鉄かと思った黒陶のラクダの群像でさえも。
線、線、線、線を感じた。






それら一つ一つをゆったりとした足取りで見ていると、
クレーの絵に促され書いたという、谷川俊太郎の詩が浮かんできた。


     おのずから
     線は繁茂し
     無をさえぎった

     文字はほどけ
     その意味するところの
     ものに帰る
  

    
伊藤さんは、何を見ていたのだろうか。
今となっては聞こうにも聞けやしないが・・・・


     緯度はほどけ
     新しいフローラが
     世界をおおう

     けれどほどいても
     ほどいても魂は
     もつれたまま・・・



いや、たとえ生きておられても、
それを聞くことはできないのかもしれない。
言葉では・・・・






御巣鷹山

2016-06-08 09:46:34 | おでかけ
あまたの碑の林立する中を歩いてきた。


木があった
風があった
土があった
言葉がなかった

31年が経とうというのに

黒く焼けた大木があった
魂に寄り添う風があった
悲しみを抱く土があった

そして
押し殺した言葉があった


あれから31年が経とうというのに













慰霊の登山を待っていたかのように当地も梅雨に入った。

今年はどうしたことか。
いつまでも寒さが抜けきらず、ストーブの掃除ができずにいる。


霧に覆われた今日は、
薪ストーブの前で、グリュミオーのヴァイオリンをノイズの入ったレコードで聴いていたが、
突然途切れた人生のひとつひとつ、あの日を想い、切なくなってしまった。

     武満徹のノヴェンバーステップスにしよう。。



       
          ゆうぐれの陽のなかを
          三人の児が
          ななめの畑をのぼってゆく
          みていれば なきたい
              〇
          ああちゃん!
          むやみと
          はらっぱをあるきながら
          ああちゃん と
          よんでみた
          こいびとの名でもない
          ははの名でもない
          だれのでもない
             ____ 八木重吉「ことば」____









        


I proud you

2015-11-29 15:47:45 | おでかけ
 





波立つものが
しばし静まり
こころ穏やかなひと時であった。



昨日のバイオリンコンサート。

長年のウィーン留学を終え帰国したバイオリン奏者は、
娘が、7歳から10年間ジュニアオーケストラでともに活動したSさん。
カノンや、G線上のアリア。
どれもこれも懐かしい。
教会、
そして、クリスマスも近いということで、
複数ものアヴェ・マリア、讃美歌なども。
そうそう、
娘が8歳の時の発表会の演目、タイスの瞑想曲もあった。


素朴で静謐な空間を
オルガンとバイオリンの音色が優しく包む。

I proud you


一切の桎梏を
しばし解かれ
こころしなやかなひと時であった。


      I proud you     
      I proud you

      何度も心の中でつぶやきながら帰途に就く。
 
      目の前の山際には
      寂光の夕陽
      明日は晴れるかな。


      いつかは、
      いつかは・・・・
      晴れるかな。
      
        アーメン

中之条酒蔵展

2015-11-02 16:03:07 | おでかけ




一日中、雨の降るがたがた寒さの日だったが、
恒例の酒蔵展へ。
メンバーが何人も代わっていた。
いいなぁと思う新メンバーの作品が収穫。
それに、
常連Sさん、お会いできできなかったけれど、
吸いつけられるように、作品見せていただいきましたよ。
これから、どんなふうに変遷していくのか楽しみ。。

芳ヶ平湿地群を歩く

2015-10-25 14:36:32 | おでかけ


またまた、良い天気に恵まれた昨日、
ラムサール条約登録により、
中之条町で企画された、記念ウォークに参加してきた。



草津から車で登ってくると現れる
荒涼、無機質な雄々しい白根山だが、
その火山活動で形成された湿地群は、豊かな自然を内包していた。


   



標高2150mの渋峠から出発。
高標高域なためか、地面の草の間で産卵するモリアオガエル。
その生息する地塘と呼ばれる池が点在する芳ヶ平湿原や、それとは趣を異にする大平湿原。
龍神伝説のある神秘的な平兵衛池や、広々とした湖面に山の稜線を美しく映す大池。
そして、6000年以上前から存在していたという、森の中にひっそりとたたずむ小さな水池と周り、
強酸性でしか生育しないチャツボミゴケの東アジア最大級の群落地、穴地獄まで7kmほどの山道。
標高差950mを6時間かけて下る。







どちらかというと、
修道僧の如く、
黙々と歩くことが好きなワタシだが、
今回のように、
ガイドの話を聞きながらの自然観察会的なものも
たまにはいいなと思う。

ゴゼンタチバナの赤やシラタマノキの白、そして、クロマメノキの青い実に、光るイワカガミが足元に。
ナナカマドの赤い実にウラジロモミやオオシラビソの濃緑の葉、白く明るいダケカンバの幹を眼前に。
一つ一つの花や木、一つ一つの水や石に足を止め、
ゆっくりと歩くのも悪くない。

今、白根山の噴火活動で規制されているため、
湯釜は見ることができなかったものの、
ここかしこにある生命の精緻、自然の摂理、
気の遠くなるような年月をかけた地球の営みを垣間見、
改めて我の矮小さを思う一日でもあった。







               ふわふわしっとりカラマツを
               かさこそたっぷりミズナラを踏みしめていると、
               往く秋の
               優しさと哀しみが心の奥深く沁みわたる。。



妙義山ハイキング

2015-10-19 05:20:38 | おでかけ





好天に恵まれた昨日、
日本三奇勝といわれている妙義山を歩いてきた。

もちろん、
滑落死亡事故の何度も起きている上級登山道ではなく、
中間にある一般者向け。
それでも、
初っ端からハーハー息切れのする長く急な石の階段を上り、
主峰白雲山の中腹にある創建1500年、
黒漆塗り、美しい彩色の妙義神社の脇からの登山道は、
「一歩間違えれば、崖下」が、何か所もあるハラハラドキドキの山道だ。

右は大きな岩、左は崖っぷち。
幅30cm足らずのところもある山道。
迫ってくる巨大岩の下を身をかがめながら恐る恐る通る。
鉄の細い上りの階段が続く下は、何百mもストーンと落ちていて足のすくむ思いだ。
石ころだらけの急こう配は滑りやすく、下りは慎重に、
上りは鎖につかまり、よっこらしょ。
気を抜く暇もない10kmほどを4時間ほどかかって、
ゆっくりゆっくり。


変化に富んだ山道を、一歩、一歩と進むうちに思い出されたのは、
まだ、娘が生まれていない30年ほど前、
幼い2人の息子を連れて妙義を歩いたこと。

立ち止まって紅葉を見ることもなく、
狭い山道をたったか歩く姿にヒヤヒヤしたっけ。
ワタシが足を踏みはずした時、
瞬時に小さい手を伸ばしたのは、キミだった。
そうして、
それまでの「疲れた、疲れた」が嘘のように、
広場での昼食の後、元気のいいプロレスごっこが始まったっけ。

笑い声とともに、屈託のない笑顔が脳裏に浮かんでくる。



それは、
ワタシが思い出してはいけないもの。
そして、
キミに思い出してほしいもの。







                  
                 
                 壮大な第4石門の見晴台に立ち、
                 溜息ともつかぬ深呼吸を一つ。

                 ああ、今日も
                 あの日のように、真っ青な秋晴れなのだ。。

                 
          

























屋久島はいつも雨だったぁ~

2015-09-30 16:29:57 | おでかけ
娘と3泊4日で屋久島に行ってきた。


何しろ、羽田に行くまでに5時間以上かかるので、
飛行機を乗り継いで屋久島に着いたのは夜。

翌日は、白谷雲水峡&太鼓岩トレッキング。
ホントは、もちろん、縄文杉トレッキングが希望だったのだが・・・・
旅行会社窓口では、ワタシを前に、
「若い人でも、リタイヤしますよ!」と。
20年以上前に行った母に尋ねると、
「今は、以前よりずっと楽に行けるよ」と。
その頃の母の歳と同じくらいとはいえ、
若いころから山登りをしていた母と同等には考えられず、
また、若いとはいえ、普段から運動どころか、座り仕事の娘では無理か!
と、諦めた。

あいにくの雨の中。
カッパにリュックで、登りはじめの1時間ほどで、ハーハー息切れ。
途中の川の増水の心配もあって、ガイドの「『苔むす森』までにしましょうか」との提案もあったが、
せっかくだからと結局、『太鼓岩』まで。
晴れていれば絶景のはずだが、一面霧。
残念ではあったが、途中、いくつもの圧倒的な屋久杉、
そして、
『もののけ姫』の舞台となった何とも神秘的な『苔むす森』、
そして、そして、
貴重なヤクシカの親子のほほえましい姿とも出会え、
良かった。良かった。。







次の日は、バスで屋久島を半周。
実は、初めてのピアスを創っていただいた作家さんに会いに行くとうことから始まった今回の屋久島行きだった。
彼のブログ掲載の画像が、
そして、
奥様の描かれる屋久島を基にした森、空や海があまりに美しく、
一度訪ねてみたいと思ったのだ。
後でわかったのだが、宿の人が言うにはレンタカーで回るべきだったと。
バスは、1,2時間に一本。
しかもぐるっと一周はできず、
バスの路線のないところこそ、屋久島の醍醐味だったらしい。

朝、北にある宮之浦を出るときは、土砂降りだったが、
バスに乗って1時間半の南にあるギャラリー付近では、青空。
そして、お目当てのジュエリーと絵画の展示はもちろん、
海中温泉や、
道沿いの色とりどりに咲き誇る原色の花々に、
南国情緒をたっぷり堪能し、
良かった。良かった。。




ちなみに、また、バスで北に向かうほどに天気は悪くなり、
宿に着いた頃には土砂降り。
そんな中、カヌーを楽しみにしていたというので、娘だけはちょっとだけやったが、
ワタシはパス。

帰る日も朝から大雨だったが、鹿児島に着いたら晴れ。
途中寄ったカフェで買ったプルメリア。
飛行機の一席をもらって連れ帰りはしたが、
さてさて、この地で果たして花を咲かせることができるだろうか。



       雨、雨、雨の今回の屋久島だった。 
       いつ、どこで雨が降り出すかわからない屋久島。
       雨が多いからこその巨大杉なのだろう。
      
       屋久島では、毎日傘は持参すべし____
       とうのが、今回の教訓だったが、
       
       も一度くらいは行ってみたい気もする。
       そして、今度は是非、縄文杉トレッキングにも挑戦してみたいナ。

       だって、
       同じ宿に泊まった人たち(確かに若い人ばかりだったけれど)は、ほとんどみんな参加したし、
       リタイヤは1割だというし、
       ワタシだって、日々ウォーキングしてるし・・・・ね。。




山頂

2015-07-27 16:27:39 | おでかけ

 
       まあここへ腰を下ろしましょう
       疲れましたか  
       ここが針の木岳の頂上です
       水ですか ぼくはあとで貰います
       この真夏の光る天の清冽
       ぼくたちはもうその中にいるのです
       しいいんとしているこの深さ
       何だか懐しいような気がしませんか
              ____串田孫一『山頂』より____






はい、疲れました。

昨日は、
隣町、中之条の町民ハイキングに混ぜてもらい、
標高1786mの三ッ峠山に行ってきた。

朝4時集合。
普段、目覚ましを使うことのないワタシ。
午前2時にかけたのが、気になって、気になって。
ほとんど睡眠がとれないまま、1時半に布団から出た。
そのためだろうか。バスに乗ったとたん、ムカムカ。
途中のサービスエリアで、酔い止めを飲むが、
今度は、左に右にフウラフウラ。

思いのほかの急こう配。
しかも、これまた想定外の暑さ。
みんなについていけるか、少し不安だったものの、
とはいえ、普段のウォーキングのたまもの?
1時間半ほどかけて山頂にたどり着く。


ココが、三ッ峠の山頂です。

それはそれは美しい、雲たなびく富士山、
そして、
並ぶ山々は、槍ヶ岳、穂高岳、常念岳、八ヶ岳、金峰。
この真夏の光る天の清冽がご褒美です。

水を飲むのも、言葉にするのも忘れて、
ただ、ただ立ち尽くす。








     山頂に立ったとき、
     その深さに、
     何だか懐かしい気がするのは、
     そこに、
     永遠の憩いを思い見るからだろうか。

     ゲーテがそうだったように・・・・



                 山々の頂きに
                 憩いあり
                 木々の梢に
                 風のそよぎの
                 けはいもなく
                 森に小鳥も黙しぬ。
                 待てよしばし、やがて
                 汝れも憩わん。
                 



風に添う

2015-07-12 13:30:28 | おでかけ



楽しみにしていたクロヌマタカトシさんの作品展を観てきた。
パリでの展示に続く巡回展。

東京展の場所は、
閑静な住宅街の一角に佇むギャラリー上り屋敷。
漆喰壁と土間、趣のある小さな空間に、
クロヌマさんの作品たちが、静かに在った。

それは、
晴れた日には晴れの風を
雨の日には雨の風を
曇りの日には曇った風を

息をひそめ、
小さな風を愛おしく抱きとめるかのように
ただ、ただ、静かに在った。

主張しない存在のありのままの美しさを思う。



外に出た。
少し歩くと、
あのフランク・ロイド・ライト設計の自由学園明日館があった。

大きな木々に寄り添うように風がいた。。










村民ハイキング

2015-06-08 04:40:56 | おでかけ





昨日、4度目となる村民ハイキングに参加。
今回は、迦葉山と玉原高原。

天狗が修業した上級者向けの険しい岩山だというので、
ワタシたち村民は、途中の日本一大きな天狗のお面があるお寺まで。
山門から山道に入り、
幹の周りが3、4m、時に10mにもなる大きな杉の木立の中を歩く。
そして、柔らかな木洩れ日がきれると、
迎えてくれたのは、大迫力の天狗面とハルゼミの大合唱。


その後、玉原湿原へ。
水芭蕉は終わってしまっていたが、ワタスゲが一面。
玉原湖のまわりは、あちこちにタニウツギのかわいいピンク。



今回は、これまでで最も楽ちんで、ちょっと物足りなさもあったものの、
梅雨入り前の貴重な気持ちの良い空気を身体いっぱいに、
されざえと刻はあふれて・・・・











恋しや東京

2015-05-10 03:56:29 | おでかけ




歳を摂ると、すべてにおいて億劫になる。
と、いうのはワタシだけ?




朝食時、何を血迷ったか?
ふと思い立って、歯磨きもそこそこに、
そこらへんのものにぱぱっと着替えて、
山を下り、40分後には電車に飛び乗り、一路東京へ。


見たいな、聞きたいなというものがあっても・・・・
疲れるしなぁ。
行こうか行くまいかどうしようかなと迷っていても、
結局、「まっ、いいか」となってしまう。


元来の面倒くさがりのワタシが、
歳をとるにつれて、それがひどくなる。

で、
迷う隙を与えず、
思い立ったらすぐに行動に移さない限り・・・・と。

これまでの東京行きは用意周到で、もちろん始発で。
だが、今回は予定なしに、しかも出発直前に、寝ていた娘を電話で起こし、
渋谷で待ち合わせた。

なにしろ
スマホという便利なものを操作できる娘がいれば心強い。
ワタシは、ぽかんとだだついていけばよいのだ。


着いたら、もう昼近くだったので、まずは、ヒカリエで腹ごしらえ。
そのあと、娘のアパートまで歩いてみる。

いやはや、
やはり東京は魅力的だ。

普段から、
もう「別に欲しいものはない」「特に見たいものはない」と思っていたはずのワタシが、
「これが欲しい」「あれも見てみたい」というものがあちこち至る所に。
萎えていた五感がムクムク。



そうして、一番の目的、
「ゆずりは」東京展で公開される、からむしで織られた布を見に南青山へ。
次は、六本木での水田典寿さんの個展を。
が、しかし、
そのころには、もうへたってきた。、
どうせ東京に行くなら、あれもこれもと欲張ったが、
その半分もこなせず、ギブアップ。
十数年前は月一度は行っていた東京。
東京まで1時間余りの田舎に移り住めたらいいのにと
虫のいいことを考える。


渋谷まで戻り、夕食を摂る。
夜も7時過ぎだというのに、
渋谷の街は、昼間より人が増えている。
高齢化社会だという日本が、
ここだけ見ていると信じられない。





      最終列車で帰宅したのは午後11時前。
      ぐったり疲れ、ぐっすり眠れるはずが、
      ココとのギャップがあまりに大きく、シゲキが強すぎたのか、
      帰り際に寄った、娘がよく行くという喫茶店の一杯1000円もするコーヒーが強すぎたのか、
      一睡もできず朝を迎えたワタシは、
      ただただカエルの声だけの中で、
      薪ストーブの火を見ながら、
      今、こうしてブログを書いているのだ。

      次に東京に行くのはいつのことだろう。
      いや、
      今後、そもそも東京にいくことがあるのだろうか。
      と、思いながら・・・・



 

GWの一日

2015-05-04 06:26:34 | おでかけ




新緑のこの季節になると、行きたくなるのが八ヶ岳。


「ココも同じようなものだろ」とKは言うが、
いやいや、全く違うヨ。
あの高原の爽やかさは・・・・憧れだ。
なにしろ、
ホントは、八ヶ岳に移り住みたかったのだから。
もちろん、予算が合わずだったが・・・・


GWにどこも混んでいるのは目に見えている。
ウチで過ごすのが一番なのだろうが、
世の中が騒ぎ出すと、やっぱりムズムズ。

で、
帰省した娘と3人で山道を東御までドライブ。
行きは快適だったが、予想通り軽井沢ルートの帰り道はびっちり渋滞。
お目当ての小諸の店が、いつのまにか閉店になっていて残念だったが、
緑を薫風をたっぷり吸い込んだ一日だった。
   (ココだって吸えるって!)