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地図を楽しむ

地図と共に歩く。里山歩きや、ウオーキングに、そして時には読書に・・・

比企の展望の山 大霧山へハイキング

2011-12-05 | 日記
比企の展望の山 大霧山へハイキング

笠山、堂平山とともに比企三山と言われている大霧山(767m)へハイキングに行きました。
いつものマイクロバスによる、総勢13人(内、女性4人)のハイキングでした。

昨日まで三日間も降り続いた雨が、今朝は嘘のように晴れ、バスからは真っ白に雪化粧した富士がくっきり見えました。
渋滞もなく、7:00新宿発、8:00秩父近くの出発点・粥新田(かいにた)に着きました。
この分では相当早くハイキングは終わりそうです。ハイキングの後の、そば打ち体験や、酒造蔵見物などが楽しみです。

ハイキングのコース図と経路断面図は下の通りです。






このコースは関東ふれあい道の一部で、牧場横を通る、きわめて歩きやすい、なだらかな道のりでした。
もう、喜寿の過ぎた私には適当な道のりでした。
新年からは、こうしたハイキングコースのみを、ゆっくり楽しむようにしましょう。
岩場のある急峻な道のりを辿るのは止~めた。

さて、大霧山の頂上からは、快晴のため周囲の山々がすっかり見渡され、皆さんは山々の同定を嬉々として楽しんでおられました。
私にはあまり縁がありません。美しい自然景観にはひきつけられ、十分堪能できました。その一コマを掲載します。





コースの終点・定峰峠には12:00ちょっと過ぎには到着しました。途中の休憩を除いて3:30の行程でした。

そして、再びマイクロバスで、今度は‘そば打ち’体験に行きました。

粉から麺にするまでの行程が経験でき、最後にそのそばを食べるのですから、なかなか貴重な体験でした。
下が、その建物とそば打ち情景です。





蕎麦屋さんは、麺にするまでの労力が省けますし、また材料に無駄が生じません。
お客はみんな珍しがって喜んで作業に打ち込み、最後にそれを食べれる。
そして、お値段は市場の値段とほぼ同じか、やや安いくらい。いいアイデアですね。

そして次は、酒蔵見物。
よく‘ふな口’といわれますが、これは普通、一番搾りとか,原酒の意味で使われています。
しぼるための樽は、昔この地では銀杏の木をくりぬいて使っていたそうです。
ケヤキなどもあるそうですが、要は樽のような太い木で、匂いのでない木が適しているようです。
今は、金属製になっているようですが。




帰りも、ほとんど渋滞なく、新宿には5:00前に着きました。
今日は、昨夜飲み過ぎていたので、ほとんど酒はたしなまず、静かに家路につきました。

昔、走った河口湖の思い出

2011-12-03 | 日記
昔、走った河口湖の思い出

先日、山の仲間の河口湖マラソンにサポーターとして参加しましたが、私も以前このマラソンに3回参加しました。
その思い出を書いてみます。

「鎌倉FRC25周年記念誌」を保存していましたので下に掲載します。



私の記録をめくってみると、
「フルマラソン10回、その第一号が河口湖のこの写真なり。時間は確か4:30程度。
皆さんに散々脅されて恐る恐る参加しましたが・・・」云々です。


1990.12.5ですから、21年前の56歳の時です。
その時の日刊スポーツ新聞も出てきたので、一面を掲載しました。



当時は、完走者全員(参加者11,870人、完走者9053人)の走行記録が掲載されていました。ですから、新聞8頁にもなりましたが、
現在はパソコンで検索できる時代ですから、この掲載も止められたようです。
多分、新聞記事のようには残らないでしょう。



そして、1992年12月の二回目の参加の時の記事を「FRCニュース」に載せていましたので掲載します。
ちょっとハプニングがありましたが・・・。

「前夜祭は民宿○○で、皆さんはビールでしたが、小生は手酌酒5本、Iさんがいるので盛り上がらないわけがない。真夜中、雨の音で目が覚める。それくらい激しい雨でした。4:30頃でした。まだ1時間早い。もう一眠りのうちに雨も止むだろうと、天気予報を信じてウトウト・・・。
朝食を済ませた頃はスッカリ雨も上がり、ところどころ青空が顔をのぞかせている。ヤルゾー、とトイレに長居したが、出るべきものが出ない。我が家の風太(シェルティー君)と同じ便秘症。ウツルのかなー。

○○の若奥さんにスタート地点近くまで(ワゴン車で)送ってもらう。Kさんの先導で立派なホテルへゾロゾロ、2階の大広間でランニングの準備。
さて、本番だ。4時間切れるかなー。太っちょのI さんに勝てるかなー。

スタートのパンパラパーンから走り出すまでに7分かかった。さらに途中、大型車が止まっていたため、人間の渋滞で歩くのがやっとの3分間。でも、雨もあがあって、時とともに富士の姿が美しい全貌を見せてくれる。山肌が若鮎のようにキラキラ光っている。こんな美しいところを走れる今日のわが身の幸せを感謝して、ゆっくり行こう。

その、気持ちの良いはずのランに変調を起こしだした。どうも下のほうが、もようしだしたようだ。我慢できる体質なので、周期的に起こる腹の不調をこらえながら走る。
ところが、2周目に入ってからは我慢の限界を感じだした。トイレはいつも人が並んでいるし、それにあれは女性にとっておいてあげるべきで、男は野っぱらでと、あすこは見晴らしがよすぎるし、ここは人家が近すぎるし、右、左の山間を物色しながら・・・そうだ、紙がない。沿道の応援の人にお願いするのも嫌だし、応援の旗を貰って山間に駆け込むのも勇気がいるし、そうだ、ウエストバッグに潜ませている“あんころ餅”のビニール袋と落ち葉で何とかなるだろう。
冷や汗が出てきだした。もう限界だ。それー、と山の中へ。

事後、足がチクチクするので覗いてみると、膝のあたりは傷だらけ。茨でやられたのだ。でも、まー、スッキリした。
より一層幸せを感じながら走る。でも、二回りしてゴールを左に見ながら、さらに橋へ向かう道のりは辛かった。
4:19:10の記録。前回より11分短縮。

温かいお茶がうまかった。温かいカルピスを飲みながら、ホテルへ向かう。
イヤーな予感が脳裏を走る。着替えをしたホテルは何処だったかなー。何ていう名前だったかなー。
まあ、スタート地点のほうに歩いてるうちに見つかるだろうと、たかをくくってブラブラ・・・。
河口湖ホテルを過ぎたあたりから、少しずつ焦りだした。人の後ろばかりついて歩くような、末っ子根性を払拭しなければいかんなー。
こんな、反省なら猿でもする。
ランパンだけなので、早くホテルに行ってひと風呂浴びたいなー。

大会の係りの人達がいたので、事情を言って、らしきホテルを聞く。「それは××ホテルだろー、こう行って・・・」。近づくにつれて、スタート地点前のホテルであるはずがないのに気が付いた。だいぶ歩いてスタート地点に来たのだからと、Uターンして、また先ほどの大会の人に聞く。「あー、それなら▽▽だろー。こう行って・・・」そうか、▽▽かー。そういえば、聞いたような気がする。やれやれ、これでみんなに迷惑をかけないで済みそうだと、勇んで行ってみる。こんなホテルだったような気がする。何しろ人の後ばかり見て出てきたのだから、ハッキリしたイメージは持っていない。二階に上がってみる。確かに大広間はある。しかし、全面に机が並べられている。聞いてみると、「前から、机は並べてありましたよ」と、怪訝な顔して小生の顔を見返す。
フロントの女性に相談してみる。「三軒先の・・・屋でしょう」で、行ってみる。「ああー、ここだったのかー」と自信を深める。しかし、ここも大広間に机が並べてあって違う。いやになったなー。玄関を出て、左に行ってみようか、右に行こうかと途方に暮れる。周りには完走したランナーがうようよいる。
1万4~5000人にの中で、偶然にしてもKさんたちに会えるわけがない。民宿に聞いてみる方法もあるが、その民宿の名前も思い出せない。ウエストバッグには230円入っているだけ。困ったなー、本当に困った。大の大人の自分の馬鹿さ加減に腹が立ってくる。

途方に暮れて、また大会の係り員に聞いてみる。「まことに、恥ずかしいことを聞くのですが・・・、何とか教えていただけませんでしょうか」と、もう自嘲気味にお願いする。もう、完全に大人の迷子だ。
私の着替えたホテルは何処でしょう。他人が知るわけないでしょう。
最初の「■■■ホテルだろう。そこしかない」途中でUターンしたホテルへ、ま、行ってみることにする。二階の大広間には、もう5~6人しか残っていない。イメージは似ている。
それにしても、ホテルというところは何処も皆同じようなレイアウトで作っているのだなー、と変な発見をした。
トボトボと元来た道を帰る。みんな心配してるだろうなー。とんだ迷惑をかけてしまった。
それにしても、これからどうしたもんだろうか。こんな姿で、暗くなり、寒くなっては大変だ。もう、あれから一時間以上たっている。
ゴール地点にKさんたちが探しに来てくれている可能性もある。落ちぶれた気分で、ゴール地点へ向かう。それが駄目なら、もう、お巡りさんに訳を話して、衣類とお金を借りよう。それしかない。

○○ホテルを左に下って、ゴール地点へ。
「あったー!!!!」△△ホテルだったのだー!
もう、今度こそ間違いない。助かったー!マラソンのコースからちょっとそれていたのかー。ここの宿泊所はみんな着替え室なので、大会の係りの人も気が付かなかったのだ。勢いよくドアを入る。イメージ、ピッタシ。助かったー。
丁度、ロビーにはIさん、Kさん、Nさんがたむろしていて、こちらを見ている。よかったなー。

皆さん、馬鹿な奴がいるとお笑いでしょうが、教訓にしてください。海外遠征のときは特に!」
おわり