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地図を楽しむ

地図と共に歩く。里山歩きや、ウオーキングに、そして時には読書に・・・

生籐山・三国山ハイキング

2014-05-15 | ハイキング 里山歩き

生籐山・三国山ハイキング

 

ブログ三日ほど休みました。
そのわけは、パソコンの故障です。全く入力できないのです。(涙)

ワードもエクセルも文字入力ができないのです。
検索もメールもダメでした。
メールは受け取ることはできるのですが、返信できませんでした。 
僅かに、パンダネットや過去のブログを読取るだけです。(涙、涙・・・)

 

困った困った。パソコンの有難味が、痛いほどよく解りました。
我流であちこち、いじくってみましたが、ダメでした。

とうとう、いつものリモート・サポートセンターへ電話して助けを乞いました。

ところが、最近利用者が多いらしく、対応は翌日の午後でした。
でも、待つしか方法はない。 

いろいろ操作していただいた結果、多分キーボードの電池切れではということになり、
近くへ買いに走りました 。

なんということは無い、単なる電池切れでした。 やれやれです!!

電池の有効期限は 来年のはずでしたが、あまりにも利用頻度が多く、早く種切れになったようです。

暫くは、パソコンをいじらずに過ごしました。年寄りには有難い器械(おもちゃ)で~す。 

 

さて、気を取り直して、標記のハイキングをごく簡単に記録します。


歩いたコースは、次の地図の赤線です。

  

そのうち、私だけは頂上の生藤山(しょうとうさん)には登りませんでした。
ほんの往復3kmの距離ですが、一部に急坂があるそうで、「君子、危うきに近寄らず」です。

リーダーが、私の体を心配してくれたようです。

皆さんを待ってる間、私独り淋しく、富士山(下の写真)を眺めていました。

    

雲ひとつない、快晴の富士でした。

 

ところで、話が前後しましたが、ここに着くまでに、「甘草水」(かんぞうみず)という、日本武尊にちなんだ水場があります。

新編 相模国風土記稿によれば、

「・・・日本武尊、東夷征伐の時、三国峠に軍を憩い給うに、山上に水なく、諸軍勢、渇きにたえず、
爰に於て尊鉾を以て岩頭を穿ち給えば、清泉忽ち湧き出し、・・・ 」もうこの辺にしておきましょう。

その祠が下の写真です。

 では、また・・・。


お墓参りへ

2014-05-03 | ハイキング 里山歩き

お墓参りへ

 

ツツジの咲いてる頃、お墓参りをするのは、多分初めてか?

というのは、墓に植えてるツツジが花を咲かせているのを見るのは、初めてのような気がするからです。

 

「ごめんなさいね。きれいに周りを掃除するからね。許してください。

もう間もなくに、私も行くからね。」と、妻にお詫びしました。

伝わったかな~?

  

 

今日は、素晴らしくいい天気でした。

多分、お墓参りの途中、富士山の姿や、小田原あたりの相模湾が眺められると喜んでいきましたが、

富士山のあたりには雲が広がっており、相模湾はもやっていてはっきり見えませんでした。
蜜柑の時期には早いし、暑いだけの道のりでした。トボトボと・・・。

 

以前は、ジョギングで登っていましたが、今頃は歩きです。

歩いたルートは下の地図の赤線です。往復約8kmです。

   

 

出来れば、帰りに駅前のツツジのきれいな吾妻山に登ってみたいと思いましたが、その元気はもうなかったです。

 

家に帰ってから、我慢したビールを楽しみました。
先日送ってくれた、兄からの  “かわはぎ” の干物を肴に、グビグビと・・・。


上野原の里山 能岳と八重山ハイク

2014-04-28 | ハイキング 里山歩き

上野原の里山 能岳と八重山ハイク

 

GWの始め、天気にも恵まれ、山の連中とハイキングに出かけました。

コースは次の赤線です。

  

上野原駅からバスで新井まで行き、そこから爽やかな好天の下、ぶらぶら、ニギニギ、能岳に登りました。

標高差、約250m、全行程約7Kmです。比較的楽なコースです。

 

今はミツバツツジやヤマザクラがきれいでした。

  

そこから、八重山を経て展望台までは、ミツバツツジが多く、

われわれを気持ちよく迎えてくれました。

  

 

さて、今日は、山の会の元代表が転勤先の岡山から来てくれていたので、
その歓迎を兼ねていました。

従って、早めの下山して、地元で飲み会をやりました。

私は、連日の飲み会で、体調を一寸心配でしたので、
あまり呑まないように努力しましたが・・・???


大菩薩峠へ

2014-04-21 | ハイキング 里山歩き

大菩薩峠へ

 

山の仲間達と、昔懐かしい大菩薩峠へハイクしました。

 

昔懐かしいというのは、大学入学で上京して間もなく、だれの企画が、田舎の高校同級生たちと大菩薩峠へ登ったことがあります。

新宿駅から夜行で塩山駅へ、そこからバスで途中まで、そして朝日の輝く大菩薩峠に登りました。

今回はそれ以来です。六十数年ぶりです。

  (当時の写真です。後ろが大菩嶺への道です)

 

今回、登ったコースは、次の地図の赤線です。

      

 

今回は、往復上日川峠までバスで行き来しました。塩山駅手前の甲斐大和駅からバスです。

途中車窓から、昨夜降ったらしい雪景色が見れました。

木々に積もった新雪がきれいでした。路には積もっていませんでしたが・・・。

  

 

福ちゃん荘までは車も通る簡易舗装道路でした。

そして、雪景色を楽しみながら山道を比較的楽に登りました。

今日は一日中、濃い霧の中、それがまた感じいい!

  

 

ほぼ予定通り大菩薩峠に着き、小屋で昼食をとりました。

昔は何もなかったように記憶していますが、今は山小舎も、土産物屋も建っていました。

 

そして、それから先の賽の河原、雷岩まで登りました。

昔は大菩薩峠までで、それから先はなだらかな草原のように覚えていましたが、今回はその先の大菩薩嶺まで登りました。私は雷岩まででやめましたが・・・。(あと10分の距離)

 

ところが、当時なだらかな草原に見えて居たあたりは、岩がごつごつして登りにくく、大変苦労しました。
苦労に苦労を重ねて、やっと辿りついたのが雷岩です。

 

 若い連中(といっても孫のいる若いおばちゃんやお爺さん達)は、そこから大菩薩嶺まで足を伸ばしましたが、

私ら八十代はすぐ帰途につきました。

 

しかし、唐松尾根伝いの道は、昨夜来の雪もあり、滑りやすく大変苦労しました。

でも間もなく、健脚組の大菩薩嶺経由の連中は元気にはしゃいで追いつきました。

また今日も、歳を感じさせられました。

 

もうぼつぼつ、山登りはお終いかな~?

 

バスに乗る前に一杯、バスの中でまた一杯、そして電車に乗ってまたまた一杯!

お後がよろしかったで~す。


高尾山へサクラ見物

2014-04-13 | ハイキング 里山歩き

高尾山へサクラ見物

 

いい天気の金曜日、誘われて高尾山へハイキングに行きました。

逆回りが空いてるだろうと企画してくれましたが、小仏行きのバスは2台とも満員で載せてもらえず、次まで1時間も待たねばならないので、正常なルートに変更しました。

正解でした。比較的登山者は少なく、のびやかに桜を楽しめました。

 

ルートは次の地図のコースです。

  

 

比較的登りにくい稲荷山コース(3.1Km)を登りました。
意外としんどかったです。多分、歳の所為でしょう。
ひところは簡単に登れるコースだと、軽く考えていましたが・・・。

特に、頂上近くの石段がしんどかった。数えて登ったら251段ありました。

 

高尾山頂上では富士山がきれいに見えました。

 

そこの説明板を引用すると、

「高尾山は奈良時代の昔から信仰の山として、その後も江戸時代の幕府直轄、明治以降の御料林、そして戦後の国有林と、さまざまな形で森林が保護されてきました。

さらに昭和25年には、高尾山、陣場山を中心とした美しい景観を守り、広く都民に利用してもらうために、都立高尾陣場自然公園としての指定を受けました。

その後昭和42年には、明治100年を記念して、高尾山を中心とした地域が明治の森高尾国定公園に指定され、今日にいたっています。・・・}

 

東京に近く、交通に便利なこの山は、標高599m、年間登山者数260万人(一日平均7000人余)、世界一の登山者数を誇る山です。

 

高尾山頂からすぐ、奥高尾へ向かいました。休みもせず!

 

以前、山の仲間たちとバーベキュウを楽しんだあたりを徘徊しながら、城山公園へ向かいました。

やはり、途中で簡単な昼飯は採りましたが・・・。

 

途中の景色も見事でしたが、城山山頂のきれいなこと。

下手な説明は抜きにして、写真を見てください。どうです!

        

 

十分に堪能して、小仏峠に降りました。

  

 

誰のいたずらか、タヌキちゃんの酒徳利が腰にないのです。

多分、お家で秘かに楽しんでいることでしょうが、

独り占めにしないで、みんなで楽しみましょうよ・・・。

 

帰りのバスはスムーズで、高尾駅前で一杯、そして家の近くでまた一杯!

楽しい一日でした。

 

幹事さんありがとう。またね!


頭高山・渋沢丘陵ハイク

2014-03-10 | ハイキング 里山歩き

頭高山・渋沢丘陵ハイク

 

頭高山 は “づこうさん”と呼ぶんだそうです。
神奈川県丹沢山地麓にある山で、標高303m。


今日は、小田急渋沢駅から秦野駅間の丘陵地を、の~んびりハイキングしました。
従って参加者は多く25名、内女性14名の賑やかなグループでした。

 

コースは下の赤線です。総延長約12Km。

  

 

途中、あちこちに梅の花が咲いていました。

鶯こそ泣いていませんでしたが、ポカポカと暖かいうららかないい天気でした。

 

さて、そこで私の従来からの疑問を今回は解決しておこうと思いました。
それは、梅と桃の見分け方です。

いろいろな本やデータ検索を見ましたが、いまいちよく解りませんでしたが・・・。


開花の時期は梅が2~3月、桃は一か月遅く3~4月。

花は梅の方がやや大きいとか、
花びらは梅の方が円形で桃はやや先がとがっているとか、

また、梅は花が先に咲き葉は花が散ってから出るが、桃は花の咲く時期から芽吹いているとかです。

しかし、実物を観察していて、自信を以て答えられませんでした。

私の感じでは、木の幹で見分けるのがよさそうです。
梅は風流な枝に折れ曲がっています。幹も苔むした感じに装っています。
そこへゆくと、桃の木は桜の木に似て、横縞がはいり、枝振りはやや直線状です。
梅ほどに風流な曲折はしていないようですが・・・。


これでいかがでしょうか。

  (早咲きの桃の花々です)

 

そんなことを詮索しながら、いつの間にか例の頭高山に辿りついていました。

それほどにやさしい山でした。

 

眼下には秦野の市街地が広がり、その後背地には丹沢の山々が連なっていました。

少し雪に覆われた冬山らしい景観でした。

 

下は、途中にあった案内板の写真です。

 

それにしても、秦野の街はきれいで平穏な街ですね。

地方都市のいい見本です。

 

昼は途中のうどん屋で、珍しい “トマトスパ” のような饂飩を頂きました。
もちろん一杯やりながらですが。
おいしい饂飩でした。

今日も、目出度しめでたしでした!


すいせんの咲く 城ケ島ウオークへ

2014-02-18 | ハイキング 里山歩き

すいせんの咲く 城ケ島ウオークへ

 

大雪の2日後に、雪景色を見に城ケ島に行ってきました。

日曜日のグループ旅行予定を1日ずらしたためか、参加人数は9人に減りました。

 

この旅行の面白いことのひとつに、“三崎にまぐろを食べに行こう” とうたった『みさきまぐろキップ』があります。

「電車乗車券」、「バス乗車券」、「まぐろ食事券」、「入浴券」などがセットになったキップです。
素晴らしいいい企画です。便利で且つ安い!

 

われわれはその企画に乗って、ウオークを楽しみました。

今日のコースは、次の地図の赤線です。歩行距離約5Km.

  (ポイントの名称)

 

大雪の二日後だけに、雪景色や、荒波が楽しめるぞと思いきや、
残念なことに、雪はほとんど溶けており、風も無くおだやかないい天気でした。

城ケ島大橋にも全く雪が見られませんでした。
一生懸命除雪されたのですね。

有難うございました。

 

さて、まず白秋碑を訪れました。

♪ 雨はふるふる 城ヶ島の磯に 利休鼠の雨がふる ♪

 

残念ながら? 今日は雨は降りませんでした・・・。

 

そこから、スイセンの咲き匂う 道を歩きながら、

城ケ島公園を散策しました。

  

 

標高0mの荒磯に下りてみました。おだやかに波たゆとうていました。

  

 

もやっていなければ雪を被った富士山も眺められたはずだそうです。

 

さらに、磯伝いに歩いていたら、『馬の背の洞門』に出ました。

  

 

その三浦市の説明板を紹介すると、

「これは自然が作った海蝕洞穴で長い年月をかけて波浪、風雨等に浸食されてこのような見事な形となったものです。
地層は第三紀層、鮮新統、三浦層群に属し土質は凝灰質砂礫岩という柔らかい岩質です。
高さ8m、横6m、厚さ2mで、土地の人は『馬の背の洞門』のほか『めぐりの洞門』、『眼鏡の洞門』などと呼んでいます。・・・

明治の文豪、大町桂月はここを訪れて次のように述べています。

『…馬の背に至る、怒涛脚下の巌を嚙む、
左は房州、右は伊豆、前には雲の峰聳ゆ、
その雲の峰少し薄らぎて中より大島あらわる、
馬の背はやがて馬の首となり、長巌海に突出す。云々』

 

ここまで書かれては、もう何も云うことは無し。

そこから灯台の姿を遠望して、終点に着く。

 

バス停前で一応解散。

 

数人で、の~んびり湯につかり、セットのまぐろ丼など頂きながら生を楽しむ。

一杯のはずが二杯になりました。

 

今日もいい一日でした。
幹事さんありがとう。


羽根木公園 観梅のハイク

2014-01-24 | ハイキング 里山歩き

羽根木公園 観梅のハイク

 

ブログを辿ってみると、最初は2010.1.25 ジョギングの仲間と観梅がてらジョギングで、行っています。

二度目は、手術直後の2012.3.1 一人で散歩を兼ね観梅に行っています。

今回が、三度目です。今回も一人です。

観梅にはちょっと早すぎたようです。

  


ですが、静かに早咲きの観梅を楽しむことが出来ました。

   

しかも、入園前に東松原駅近くで、梅餅(あんころ餅に梅が一緒に入っていました)と、ふなくち “菊水” を買っていたので、静かに梅を愛でながら、ぐびぐび味わいました。

いい公園です。ハハハ・・・ハ。

 

行程は次の地図の赤線です。

途中、ちょっと道を間違えたため、距離が長くなりました。往復約10kmです。

 

 代田橋の和田掘給水所から羽根木神社の横を曲がり、参道入り口から、東松原駅の方へ歩きます。

 

 

公園入口には世田谷区の説明板が掲示してありました。

ちょっとその一部を拝借すると、

「羽根木公園の由来

羽根木公園は、その昔六郎次という鍬や鎌を造る鍛冶屋が住んでいたことから六郎地山と呼ばれていました。
また、大正時代末期敷地の一部が、根津財閥の所有であったことから根津山とも呼ばれるようになり、
土地の人達には、今なお、『根津山の公園』、或いは『六郎地山』と呼ばれています。・・・」

また、羽根木の梅林については

「羽根木公園は、全体が小高い丘になっており、南斜面地は笹が生い茂っていましたが、
昭和42年(1967年)世田谷区議会議員に当選した55名の方々により55本の梅の記念樹が行われました。・・・」

と云うのが、この梅林の始まりのようです。


新春ハイキング 相模湖北岸の鷹取山(472m)へ

2014-01-08 | ハイキング 里山歩き

新春ハイキング 相模湖北岸の鷹取山(472m)へ

新春ハイキングコースは次の地図の通りです。

  

鷹取山は歴史ある山で、鷹取神社の祠や戦国時代の烽火台がありました。

鷹取神社の石段は一人歩くのがやっとの、狭くて、しかし長い石段でした。
全部で156段あったようです。

陣馬山方面の山並みも、ハイキングコースの岩戸山近くから眺められました。

天に向かっていななく白馬の像ははっきり見れませんでしたが・・・。


観光案内所のパンフレットによると、

「永禄・天正年間(1558~1591年)甲州武田氏支配の時、
武田氏が相州北条氏に備えて築いた烽火(のろし)台の一つ。
北条の様子を烽火や大鐘で、陣馬山~鷹取山~鶴島御前山の流れで合図した。」そうです。

その遺跡が鷹取山頂上に、写真のように残されています。

 


また、鷹取山への途中では、富士山も見えたようです。
下の写真には写っていませんが・・・。

 

帰りは、『やまなみ温泉』にゆっくり浸かり、新年会にも参加して、

ほろ酔い加減のいい気分で、電車に揺られて帰りました。


堂平山ハイキング

2013-12-09 | ハイキング 里山歩き

堂平山ハイキング

 

急に、笠山を加えた「笠山・堂平山」登山コースに変えられました。参加人員は18人(内女性5人)。

しかし、男3人だけは従来のハイキングコースにこだわりました。

無理をしないで、なが~く野外活動を楽しもうという心づもりからです。

 

さて、このコースは2年前に登った大霧山と併せ比企三山と呼ばれている秩父の山々です。

堂平山(875.8m)、笠山(837m)に加えて大楠山(766.6m)の三山です。

 

今日は、マイクロバスでなく東武東上線の電車コースです。

池袋駅7:45発の急行で小川町に行き、そこからバスで白石車庫まで行きました。帰りも同じいコースです。
車の渋滞の心配もなく、、これもまたいいものですね。
特に、帰りの電車内での缶酎ハイが楽しかった。

 

さてさて、準備運動もそこそこに、スタートしました。
少し涼しくはありましたが、まあほどほどの天気で、爽快でした。

 

コース図(ハイキング組)は下の赤線です。登山コースと殆ど変りません。

 

 

登山組は笠山へ寄っただけです。その分、ハイキング組は柴山に寄りました。

 

そして5分後に七重峠で合流し、昼食をとりました。
結局、登山コースとハイキングコースは5分の差です。たったの5分です! 

 

さて、そこから今日の主たる目的地、堂平山に皆さん一緒に向かいました。

頂上からの展望はよく、360度の展望が開けていました。

ただ、富士山やスカイツリーを確認できるほどには晴れていませんでした。

 

遠くに見えるのが両神山だそうです。パネルと対照してみてください。

 

頂上近くに天文台もあり、天測点(一等三角点)もありました。

 

この天測点とは・・・「天文測量を実施するために設けられた基準点です。
天測点自体は測量機器の重量に耐えうる単なるコンクリート製の観測台で、四角柱や八角柱などさまざまな形をしています。
ただし、どの点にも台上部に指標鋲、側面に銘板
『第何号 天測点  地理調査所』が取り付けられています。

天文測量を実施した目的は、三角測量で求められた位置座標を規正する(三角測量の微調整)ためでした。
昭和29年から5年間、天測点を利用した天文測量が一等三角点のすぐそばで実施されています。
全国48箇所で設置・観測がなされましたが、その後は機器の軽量化により天測点を設置することはなくなりました。(一等三角点そのもので役立ったのでしょう) ・・・」

また、この頂上には、スカイダイビングの広場もあり、4,5人がトライしていました。

  

空高くから見おろすと、地上の我々はちっぽけなもしに見えるでしょうが、地上から見る我々としては、命を大切にしない若さのバカに見えます。どちらが正しいのやら。

 

そして、一路白石峠経由、白石車庫前のバス停へ急ぎました。

ただ、今日のコースは頂上付近まで、諸所に自動車の通れる道があり、作業車の他に乗用車も時折走っていました。それが少し興ざめではありました。

下はバス乗り場の観光地図です。

 

ハイキングの後、『露天風呂で汗を流し、みんなで一杯』が楽しめなかったのが、ちょっと心残りですが、
しかし私には手ごろなコースでした。

 

幹事さん、ありがとう!