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末期高齢者になってしまった老人の日記

我が家の花の写真を中心に、日々の暮らしの中で起きたこと等を書かせていただきます。

珍しい町名2

2020-05-23 10:38:26 | 散歩

前回に続き難読で珍しい地名をご紹介します。

それにしても何故難読地名があるのでしょうか。

多分地名は昔からあって、後に漢字を当てがったからなんでしょうね。?

 

難読地名

阿保あお:三重県- 伊賀市

あほう(阿呆)でなくて良かった! さて伊賀市は、

三重県の北西部に位置する市です。古来より都交通の要衝として、      

また江戸時代には伊勢神宮への参宮者の宿場町として栄えてきました。

そして伊賀忍者の里、松尾芭蕉生誕の地として知られるようになり、

上野城や忍者屋敷、芭蕉翁生家、鍵屋の辻、だんじり会館などの

観光名所があり、小京都のひとつに数えられている様です。

 

Iga-Ueno Castle

上野城

 

赤沼田あかんた:岐阜県- 下呂市

下呂市は、岐阜県の中部に位置する市で山林が約9割を占めており                                                                                                 

農業地と商業地・住宅地などの市街地が混在しています。

市域のほぼ中央を飛騨川が南へ流れ、西には馬瀬川があり、

河川の両側には御嶽山をはじめとする山並みが迫り、

『飛騨木曽川国定公園』や『岐阜県立自然公園』などもある自然豊かな地域です。

 

宇津江四十八滝公園

 

不明門通あけずどおり:京都府- 京都市

                                                                 烏丸五条から一筋東を北に進むと、平等寺に突き当たります。                                                                                       平安末期の高倉天皇が、このお寺のすぐ南の東五条院を御所とされていたとき、                                                               天皇に遠慮して門を閉ざしていたので、「不明門通り(あけずどおり)」と名付けられたそうです。 

                                   

Kyoto Byoudouji.JPG

平等寺

                                                                                               畔蛸あだこ:三重県- 鳥羽市

                                                  鳥羽市は、三重県南東部志摩半島の北東端にあり、北と東は海に面して伊勢湾と                                                                                                                       太平洋を分ける位置にあります。

                                              美しいリアス式海岸が広がっていることから、伊勢志摩国立公園に指定されています。

                                              日本一の海女のまちであり、真珠王「御木本幸吉」が世界で初めて真珠の養殖に                                                                                                                           成功した地でもあります。

                                               ミキモト真珠島は、1893年に御木本幸吉が世界で初めて真珠の養殖に成功した島で

                                              約7000坪の島内には、真珠のすべてがわかる真珠博物館をはじめ、御木本幸吉記念館                                                                                                                          海女が繰り広げる

                                                                 潜水実演などがあり、真珠の魅力を存分に満喫できます。

ミキモト真珠島

            終わり

 

 

    

 

 


日立グランドの散歩

2019-08-26 10:46:40 | 散歩

度々ご紹介してい日立グランドの表門は我が家から徒歩15分程かかりますが

土日には我が家から徒歩5分で入れる裏門が開くため、一昨日散歩に出掛けました。

裏入り口から入ると第2駐車場があり、結構の台数の車が駐車していました。

駐車場にも結構大きな木があります。

大きな木もある駐車場には車が沢山

 小生の好きな散歩道は、次の写真に見られる並木道を通ってメイングランドを一周することです。

左にメイングランドを眺めて歩く道

一昨日並木道を歩き出すと、「今日は柏レイソルが練習中の為、この先には行かれません」と止められてしまいました。

練習中の柏レイソルが見えました

柏レイソソル今年はJ2に降格してしまいましたが、現在J2ではトップですから来季はJ1に昇格してくれそうで楽しみです。

止むを得ずメイングランドとサブグランドの間の道を散歩しました。

メイングランド(右)とサブグランドの間の道

この道にも両側には結構大きな木があります。

大きな木

 

途中部分

メイングランドは、何時もは子供が2,3人づつ集まって打撃練習をしている程度ですが

今日は日立の特約店8社の野球大会が行われる様で、大人の野球選手の練習風景が見られました。

野球練習中

一方サブグランドは、何時もは子供のサッカー大会が行なわれるため、応援する人で賑わうのですが

今日は1ケ所で子供のサッカー教室が開かれている以外は行われていないため、観覧椅子も人が座っていませんでした。

人がいるのはこのサッカー教室のみ

 

殆ど人がいないサブグランド

人がいないサブグランドの観客席は空

                    終わり

 


歩こう会で野田市散策 その2  野田愛宕神社の1

2019-07-19 13:34:42 | 散歩

先ず最初に訪れた愛宕神社について書かせて頂きます。 

愛宕神社 

入り口鳥居

 

愛宕神社について

かつての当地は野田郷と呼ばれる一帯であり、 野田郷が開墾された際に、郷内で土豪による対立や争いが発生しました。

そこで兵火や山火事などの火の災難を防禦するために、防火を司る神様である迦具土命(かぐつち)を

923年に山城国「愛宕神社」(現・京都府京都市右京区)から勧請し、氏神とし創建されたと伝われています。

迦具土は、火の神として知られ、神産みにおいてイザナギとイザナミとの間に生まれた神です。

迦具土の「カグ」とは火の輝くこと、「ツチ」とはその霊力のことであり、この神名は火の輝く力について言ったものです。

古代の農耕守護、五穀豊穣の神であり、他に愛児(あたご)様といって安産、子供の成長、生育の神様でもあります。 

なお愛宕神社の創建時は愛宕権現を祀っていたと推測され、古い石灯籠には1802年「愛宕大権現氏子中」と刻んであり、

かつて愛宕神社が、愛宕大権現と称されていたと確認できるものです。

明治の神仏分離によって現在は迦具土命を祀っています。

1802年に造られた石灯籠

灯篭に書かれた愛宕大権現の文字 

なお京都の「愛宕神社」は全国に約900社ある愛宕信仰の総本社で、愛宕山山頂に鎮座し

神仏習合時代は愛宕権現を祀っており、火伏せ・防火に霊験のある神社として古くから信仰を集めていました。

なおこの石灯篭珍しい石段がついているものです。

石段がついている灯篭

 

境内の様子 

境内に入るいと左に拝殿、右に手水舎があります。

拝 殿

 

手水舎

 

龍の像があります

また近くには野田で2番目に古い石鳥居があります。 

 1694年建立で、扁額には「愛宕山」の文字

更にその近くには古い庚申塔

 庚申塔

           終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


皇居の桜見物 その1

2019-04-11 13:58:50 | 散歩
           
     2日に孫達と皇居の桜見物に初めて行ってきました。

          春季皇居乾通り一般公開は、3月30日(土)から4月7日(日)の9日間午前9時から午後3時30分まで行われました。。

                 コースは下図に示すように坂下門から入り,宮内庁庁舎前を横切った後乾通りを通り

                     乾門までの約750mを歩くものですが、大変な人出でびっくりしました。

                   坂下門から入門する前には手荷物検査とセキュリティーチェックが行われました。

                 染井吉野の木の寿命は60年程の様ですから、皇居の桜も寿命が来て植え替えされたのでしょうか

                    先日掲載した日立グランドの桜の様な大きな木は思ったより少なかったです。

        
見学コ-ス図
 
次の案内図に示す見学コ-スは今回と違いますが、後述する施設関係の場所が掲載されていますので取り上げました。 

皇居案内図

 
沢山の見学者

                  入り口の坂下門の遥か手前より、入場者の列ができていました。

坂下門遥か手前から並ぶ入場者の列
       
何とか坂下門手前まで来ました。

坂下門と手前の沢山の人

坂下門を抜けて内側から坂下門を眺めました。

内側から見た坂下門

             
宮殿

坂下門のすぐ先の左側に宮殿があります
 
宮殿

昭和43年10月に完成し,翌年4月から使用を開始した宮殿は,大屋根と柱・梁で構成される日本古来の建築美を生かして造られ,

また,その建築資材のほとんどが国産のものです。

宮殿は,深い軒の出を持つ勾配屋根をかけた鉄骨鉄筋コンクリート造りの地上2階,地下1階,

延べ面積24,175平方メートル(7,326坪)の建物です。

その中心をなす正殿,豊明殿,長和殿,連翠,千草・千鳥の間など7つの棟から構成されています。

宮殿

宮殿にご興味のある方は宮内庁の下記サイトをご覧になって下さい。

http://www.kunaicho.go.jp/about/shisetsu/kokyo/kyuden-ph.html

宮内庁
更に歩くと左手に宮内庁庁舎があります。

宮内庁庁舎

宮内庁庁舎を過ぎると右手に桜並木が見え始めます。それにしても人の多いこと!

右手に見えだした桜

右手の右端には、皇居の外からも良く眺められる富士見櫓が見えます。

富士見櫓

富士見櫓は,1657年の大火で焼失した2年後の1659年に再建されたもので,

江戸城の本丸の建物の中で現存する貴重な遺構となっています。

高さ約16メートルの美しいシルエットを見せる三重の櫓は,

どこから見ても同じ形に見えるため八方正面の櫓とも呼ばれていました。

1923年には関東大震災の被害を受けましたが修復されて現在に至っています。

優美な曲線を描いている石垣は,自然石の割石を多く用いているのが特徴であり,

積み方は初期の打ち込みはぎ(積み石と積み石との合い端をいくらか詰め石であわせた積み方)です。

更に進むと左手にやや大きな桜がありました。

やや大きな桜

蓮参集所

更に進むと左手に蓮池参集所があります。

蓮池参集所

それは全国から来られる奉仕団の集合、休憩場所で特別の建物ではないようです。

蓮池参集所の前から奥に行く立派な山下通りがあり、その先には養蚕所がある紅葉山があるようです。

紅葉山への道

その先に綺麗な桜がありました。建物は何か分かりません。

素敵な桜

その1 終わり








   
                          
                          



歩こう会で諏訪神社へ その2

2019-01-20 15:05:14 | 散歩
お詫びと訂正

今回ご紹介している諏訪神社は、柏市にある神社ではなく、

お隣の流山市駒木にある神社ですので、駒木諏訪神社とも呼ばれているようですので訂正させて頂きます。


諏訪神社その2

境内図

第二鳥居をくぐり神橋を渡って進むと両脇に狛犬があります
随身門手前の狛犬


狛犬1

狛犬2

神社でよく見かける狛犬と違い銅製であり、また少し変わった表情の狛犬です。

呼気と吸気とが一体となしているこの狛犬は、軒昴の気に溢れ、人間的表情をもち、首部をややかしげた上体と強固な胸から下部への構想は

従来の規範にとらわれない自由な構想によるもので、まさに激動の昭和期が生んだ彫刻家北村西望の傑作です。

なお北村西望は、東美校卒後、同校教授、芸術院第一部長、日展名誉会長、日本彫塑会名誉会長等を務め、文化功労者で文化勲章を受章されています。

代表作に文展特選の「晩鐘」「長崎平和祈念像」等があり1987年に102歳で亡くなられました。


北村西望の碑

狛犬の傍に北村西望百歳の時の碑があり、碑には「己を欺かざる是を誠と言うなり」と書かれています。

北村西望百歳の時の碑

随身門

狛犬の先に随身門があります。

 
随身門

随神は通常左大臣と右大臣が対をなして随神門の左右に正面を向いて坐し、随神の後背は仕切ってあります。

この神社は門が大きくないので左右夫々三方を開け放し、像は向かい合わせに座して参詣者を迎え送る如くに配されています


随身1
随身2
 
随身門の先に第三の鳥居があります。

第三の鳥居
  
  
第三の鳥居をくぐって進むと神門です。div>           

神門

神門

手水舎

神門を入るとすぐ左手に手水舎があります。

手水舎

                                         諏訪神社その2 終り