末期高齢者になってしまった老人の日記

我が家の花の写真を中心に、日々の暮らしの中で起きたこと等を書かせていただきます。

歩こう会で諏訪神社へ その2

2019-01-17 11:03:34 | 散歩
お詫びと訂正

今回ご紹介している諏訪神社は、柏市にある神社ではなく、

お隣の流山市駒木にある神社ですので、駒木諏訪神社とも呼ばれているようですので訂正させて頂きます。


諏訪神社その2

境内図

第二鳥居をくぐり神橋を渡って進むと両脇に狛犬があります
随身門手前の狛犬


狛犬1

狛犬2

神社でよく見かける狛犬と違い銅製であり、また少し変わった表情の狛犬です。

呼気と吸気とが一体となしているこの狛犬は、軒昴の気に溢れ、人間的表情をもち、首部をややかしげた上体と強固な胸から下部への構想は

従来の規範にとらわれない自由な構想によるもので、まさに激動の昭和期が生んだ彫刻家北村西望の傑作です。

なお北村西望は、東美校卒後、同校教授、芸術院第一部長、日展名誉会長、日本彫塑会名誉会長等を務め、文化功労者で文化勲章を受章されています。

代表作に文展特選の「晩鐘」「長崎平和祈念像」等があり1987年に102歳で亡くなられました。


北村西望の碑

狛犬の傍に北村西望百歳の時の碑があり、碑には「己を欺かざる是を誠と言うなり」と書かれています。

北村西望百歳の時の碑

随身門

狛犬の先に随身門があります。

 
随身門

随神は通常左大臣と右大臣が対をなして随神門の左右に正面を向いて坐し、随神の後背は仕切ってあります。

この神社は門が大きくないので左右夫々三方を開け放し、像は向かい合わせに座して参詣者を迎え送る如くに配されています


随身1
随身2
 
随身門の先に第三の鳥居があります。

第三の鳥居
  
  
第三の鳥居をくぐって進むと神門です。div>           

神門

神門

手水舎

神門を入るとすぐ左手に手水舎があります。

手水舎

                                         諏訪神社その2 終り











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歩こう会で諏訪神社へ その1

2019-01-14 19:09:28 | 散歩
歩こう会初参加

小生の住む町内会には「歩こう会」と言う同好会があるのですが、今迄一度も参加したことがありませんでした。

今年初めての歩こう会の行き先は諏訪神社です。諏訪神社の本宮諏訪大社は小生が生まれて終戦まで住んでいた長野県の諏訪にあります。

諏訪大社は諏訪湖の周辺に4箇所の境内地をもち,全国にその末社が約25,000社もあります。

諏訪大社の有名なお祭りには、7年目毎の寅と申の年に行われている御柱(おんばしら)祭があり

諏訪大社の上社、下社それぞれに山から樹齢200年程の樅の直径約1m、長さ約17m、重さ10tにもなる巨木を8本切り出し

上社は約20km、下社は約12kmの街道を、木遣りに合わせて人力のみで里曳きを行い

その後各お宮の四隅に「御柱」として巨木を曳建てる祭りです。

御柱の巨木(借用写真)

諏訪大社の最大の神事であり,桓武天皇の御代の804年から信濃国一国をあげて奉仕がなされ盛大に行われる様になり

勇壮さと熱狂的ぶりで天下の大祭としても全国に知られています。

里曳きの様子(借用写真)

申の年れの小生運よく諏訪大社の御柱祭には2度里曳きに参加出来ました。
神社内に建てられた御柱

今回訪れた諏訪神社

今迄小生が知っていた柏の諏訪神社は、我が家から車で20分程の柏市役所の傍にある社でそれ程大きな社でもなく

その周囲で散策に適した場所も思い浮かばないので、何処を歩くのかちょっと心配でした。

市役所付近の諏訪神社

所が訪れた諏訪神社は柏市内にはあったのですが、我が家から車で40分程にある初めて知った諏訪神社で

境内も諏訪大社にも負けない広い神社でびっくりしました。

柏の諏訪神社の境内図

諏訪大社春宮の境内図

諏訪神社が柏にあるわけ

今回訪れた諏訪神社が何故柏にあるかを調べると、この諏訪神社の創建は平安時代のはじめ、大和国から高市皇子

(後の天武天皇になられた大海人皇子の第一皇子)の後裔となる部族たちが新天地を求めて

この下総国(しもうさのくに・現在の千葉県北部と茨城県の一部)の大堀川のほとり、

森も水も豊かな地で肥沃なこの地に移住し田畑を墾き農業を営んで集落を形成したときに遡ぼります。

移住してきた人々は、新しい土地の心のよりどころとして

移住の途中一行は陸路諏訪大社に詣って開拓の加護を祈り御神額をいただいてきました。

これがここ諏訪神社の創めで記録によると807年のことです。

以来諏訪神社は住民の信仰の中心となり、昨平成18年には御鎮座からちょうど1200年を迎えた歴史の神社でした。

以下神社の写真を掲載させて頂きます。

諏訪神社の写真

入り口の第一鳥居付近

第一鳥居の手前道路添には諏訪神社と書かれた石碑があります。


諏訪神社と書かれた石碑

第一鳥居の手前左には「おすわさま」と書かれた石碑、その隣に神馬、そしてその前に狛犬があります。

なお境内神殿の手前両側には銅製の狛犬がありますが、ここは石の狛犬が一つだけです。

第一鳥居左の石碑・狛犬・神馬とお仲間

また神馬があり、これは後出する境内の中にある八幡太郎義家の献馬の像の馬があることを示す像の様です。

神馬像

第二鳥居付近

第二鳥居

山上憶良歌碑

山上憶良歌碑

句碑には「銀(しろかね)も金(くがね)も玉も何せむにまされる宝子にしかめやも」と書かれています。
                                                その1終わり







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七草粥 その2

2019-01-11 13:01:18 | 
七 草

七種の若菜は時代や場所によって必ずしも一定していなかった様ですが、現在では、せり、なずな、ごぎょう、はこべら、

ほとけのざ、すずな、すずしろとされるのが一般的です。

次に七草粥に入れる植物春の七草についてご紹介します。

春の七草(借用写真)

せり

新芽が沢山「セリ」あって育つことから、競争に競り(セリ)勝つという意味があります。                                                            
香りのいい水辺の山菜で、食欲増進、解熱、健胃、整腸、降圧作用等の効果があります。 

なずな
                                                     
通称ペンペングサのことで、「撫でて汚れを取り除く」という意味で、江戸時代にはポピュラーな食材だった様です。

肝機能を整えてくれ、解毒や利尿作用があり、むくみにも良いといわれています。

ごぎょう

ゴギョウは人形の事。母と子の人形が多かったことから、ハハコグサ(母子草)と呼ばれます。

「仏の体」を表すとも。 去痰・を鎮める効果があります。

はこべら

ハクは綿布でベラは群がること。細かい茎に葉が群がるようにつくことから「繁栄がはびこる」に繋がります。

      ビタミンが豊富で、腹痛の薬にもなります。

ほとけのざ

地面に平らに広がって生えている葉を「仏の安座」に見立てたことから。タンポポに似ています。

植物繊維が豊富で解熱・解毒作用がある。

すずな

「鈴菜」は「神様を呼ぶ鈴」の意味。カブの事。昔は蕪は葉が重用されたので「すず葉」といわれたことから。

ビタミンが豊富で、ジアスターゼが消化を助けます。

すずしろ

すずしろは「清白」で大根の古名。汚れのない純白さを表します。

ジアスターゼが消化を助け食欲増進、利尿作用もあります。

終り


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七草粥 その1

2019-01-08 19:36:57 | 
昨日1月7日は七草の日。7日といえば松の内(一般的には1月1日~1月7日)の最後の日にあたります。

古くから「七草粥」を食べる日とされており、年末年始にたくさん飲み食いして疲れた胃腸をいたわり、

青菜の不足しがちな冬場の栄養補給をする効用もあり、邪気を払い万病を除くと言い伝えられており

「七草粥」を食べて無病息災を願うようになりました。

小生七草粥を食べましたが、ブログで交流させて頂いている方も多分の七草粥を食べられた方も多いと思いますが、

何方も七草や七草粥のことを書かれていないので、それについて調べて以下に書きました。
七草粥{季節行事の無料イラスト素材集より)


1月7日は「人日(じんじつ)の節句の日」

中国では昔正月の1日を鶏の日、2日を狗(犬)の日、3日を猪(豚)の日、4日を羊の日、5日を牛の日、6日を馬の日とし

それぞれの日にはその動物を殺さないようにしていおり                                                       

更に7日目を人の日「人日」とし、 犯罪者に対する刑罰は行わないことにしていました。

そして人を大切にする「人日」には、7種類の野菜を入れた「七種菜羹(ななしゅさいのかん)」という汁物を食べて

無病息災を願うようになり,「人日の節句の日」になりました。なお羹とはあつもの汁という意味です。

また、官吏昇進を1月7日に決めたことから、その日の朝に七種菜羹を食べ、立身出世を願ったといいます。

1月7日の朝に野に芽吹く若菜を入れた七草粥を食べて自然界から新しい生命力を得ることで一年中無病息災で過ごせるといわれいることから

「人日の節句」に七草粥を食べることを「七草の節句」ともいい、これが日本に伝わって七草粥となったのです。

日本では平安時代から始められ、 江戸幕府の公式行事となり、将軍以下全ての武士が七種粥を食べて人日の節句を祝いました。

七草粥

七草粥

七種粥は上述したように「人日の節句(1月7日)」の朝に食べられている日本の行事食のことです。

この風習が奈良時代に日本へ伝わると、年のはじめに若菜を摘んで食べ生命力をいただく「若草摘み」という風習や、

7種類の穀物でお粥を作る「七種粥」の風習などと結びつき、「七草粥」に変化していきました。

                               その1 終わり
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初詣と梅の花再挑戦

2019-01-05 16:07:49 | 我が家
初詣

地元の氏神様には大晦日にお参りに行き、天照大御神と氏神様のお札を頂いてきたため

初詣は混雑を避けて今日家内と行ってきました。それでも10数人が並んでいました。

梅の花アップ再挑戦

昨日の梅の花のアップは何とも見苦しい画像でしたので、

ベルさんのアドバイスを参考に再挑戦した写真を掲載します。

今日の梅の鉢

梅の鉢

今日は開いた梅の花は4つになりました。

花の開いた枝

花のアップ

花のアップ1

花のアップ2

おまけ

シャボンフラワー

シャボンフラワー

花びらを石鹸素材でつくったほのかに石鹸アロマ香るフラワーで、枯れることなく美しさをずっとキープできる花です。

布の花

布の花

                                       終わり

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