末期高齢者になってしまった老人の日記

我が家の花の写真を中心に、日々の暮らしの中で起きたこと等を書かせていただきます。

歩こう会で野田市散策 そ3  野田愛宕神社の2

2019-07-21 20:01:18 | 

西光院 

 

            奥に見えるのが西光院

前回の最後の写真「古い庚申塔」の奥の方ににも少し見えていたお寺があります。

それは「西光院」で、1643年には愛宕神社の別当寺としてが創建された寺で

1831年に火災によって焼失しましたが、1845年に本堂が再建されました。

江戸時代の愛宕神社は、別当寺「西光院」と共に、野田町の鎮守として崇敬を集めました。

残念ながら西光院は遥か遠くに眺めただけでした。

奥に見えるのが西光院

 御神水の延命水

 

 御神水を汲みあげる女性陣

 つい飲んでみたくなる名前の御神水「延命水」があり、手押しポンプ式になっていて、お水取りをする事ができます。

御神水とは、神前に供える水、あるいは誓いのしるしとして神前で飲む水の事で

多くは神社の敷地内から湧き出る水や井戸で汲み上げた水を、霊験あらたかな神聖なお水「御神水」としていただくもので

神様の御神威を水を通じていただくものです。

早速お仲間の女性達が汲みだして飲んでいました。小生もその名前に期待して飲みましたよ! 

御神水を汲みあげる女性陣 

力石

野田に醤油が発祥した永禄時代から醤油圧縮に重石が使われましたので

昔力自慢の若衆が石を肩まで持ち上げて競い合い、誰が持ち上げたかを石に名を刻んで奉納したと言われます。

1758年飯田氏奉納の写真の石は千葉県で一番古いものだそうです。

 

    力 石

 

                 その3終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                             

 

 

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歩こう会で野田市散策 その2  野田愛宕神社の1

2019-07-19 13:34:42 | 散歩

先ず最初に訪れた愛宕神社について書かせて頂きます。 

愛宕神社 

入り口鳥居

 

愛宕神社について

かつての当地は野田郷と呼ばれる一帯であり、 野田郷が開墾された際に、郷内で土豪による対立や争いが発生しました。

そこで兵火や山火事などの火の災難を防禦するために、防火を司る神様である迦具土命(かぐつち)を

923年に山城国「愛宕神社」(現・京都府京都市右京区)から勧請し、氏神とし創建されたと伝われています。

迦具土は、火の神として知られ、神産みにおいてイザナギとイザナミとの間に生まれた神です。

迦具土の「カグ」とは火の輝くこと、「ツチ」とはその霊力のことであり、この神名は火の輝く力について言ったものです。

古代の農耕守護、五穀豊穣の神であり、他に愛児(あたご)様といって安産、子供の成長、生育の神様でもあります。 

なお愛宕神社の創建時は愛宕権現を祀っていたと推測され、古い石灯籠には1802年「愛宕大権現氏子中」と刻んであり、

かつて愛宕神社が、愛宕大権現と称されていたと確認できるものです。

明治の神仏分離によって現在は迦具土命を祀っています。

1802年に造られた石灯籠

灯篭に書かれた愛宕大権現の文字 

なお京都の「愛宕神社」は全国に約900社ある愛宕信仰の総本社で、愛宕山山頂に鎮座し

神仏習合時代は愛宕権現を祀っており、火伏せ・防火に霊験のある神社として古くから信仰を集めていました。

なおこの石灯篭珍しい石段がついているものです。

石段がついている灯篭

 

境内の様子 

境内に入るいと左に拝殿、右に手水舎があります。

拝 殿

 

手水舎

 

龍の像があります

また近くには野田で2番目に古い石鳥居があります。 

 1694年建立で、扁額には「愛宕山」の文字

更にその近くには古い庚申塔

 庚申塔

           終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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歩こう会で野田市散策 その1概要

2019-07-16 10:59:13 | 

今月10日に開催された野田醤油工場見学を主とする野田市散策の「歩こう会」に参加しましたので、

その報告をさせて頂きます。

何時もの様に、我が家の近くから町内会長さんとHさんの車に乗せて頂いての散策であり、

予定のコースを楽に順調に散策できたのも、多分町内会長さんが事前に調査されたためと思われ、町会長さんに感謝です。 

野田市について

野田市は、千葉県北西部の東葛地域に位置する面積103.55平方キロメートル、人口約15.2万人の市で

関東平野のほぼ中央に位置しており、市の東を利根川、西を江戸川、南を利根運河が流れる

三方を河川に囲まれた水と緑に恵まれた地域です。

 

 

この水の恵みを活用し、北部は大都市江戸への玄関口であり、重要な川の関所が設けられた関宿藩の城下として

また南部は江戸っ子の食文化を支えた醤油醸造業を中心に、文化と歴史豊かに発展してきました。

醤油五大名産地の一つであり、キッコーマン醤油の創業地でその本社を置く企業城下町としても知られています。

なお醸造関連遺産は近代化産業遺産に認定されています。

また鉄道開通後は駅を中心に東京都の都心のベッドタウンとして住宅開発が進みました。

 代表的散策対象

愛宕神社、キッコーマン(株)、キッコーマンもの知りしょうゆ館、グリコピア千葉、野田の醤油発祥地記念碑、興風会館、

上花輪歴史館、キノエネ醤油、旧花野井家住宅、旧野田商誘銀行、郷土博物館・市民会館、旧野田商誘銀行・グリコピア千葉、

桜木神社、実相寺、清水公園、鈴木貫太郎記念館, 関塾城址、髙梨氏庭園、千葉県立関宿城博物館、野田の醤油発祥地、

野田市郷土博物館、野田市総合公園水生植物園、茂木本家美術館、もりの遊園地、雪印メグミルク(株)野田工場、

山崎貝塚等がありますが、今回は強調文字の6か所を訪れました。

キッコーマンと同じ醤油製造業のキノエ醤油がありますので調べると

 野田においては古くから醤油製造が盛んでしたが、多くの業者が共同出資によりキッコーマンに集約したのに対し

創業1830年のキノエネ醤油は、その後も独立を維持してきた唯一のメーカーの様です。

                                           その1終わり 

 

 

 

 

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森将軍塚古墳 その4 森将軍塚古墳の竪穴式石室の実物大のレプリカ

2019-07-13 15:32:06 | 

森将軍塚古墳館では、現地では見ることができない森将軍塚古墳の竪穴式石室の実物大のレプリカや

出土した副葬品・埴輪などを、実物や模型・映像によって展示しています。

 

竪穴式石室の実物大のレプリカ

 

発掘調査時に製作した竪穴式石室の実物大精密レプリカが、森将軍塚古墳の上に立って見ているかのように展示されています。

それを色々の角度から撮った写真を掲載します。

 

竪穴式石室の実物大のレプリカ1

  竪穴式石室の実物大のレプリカ2

 竪穴式石室の実物大のレプリカ3


   竪穴式石室の実物大のレプリカ4

 

将軍が埋められた石室部5

写真5の巨石は蓋に使われたもの

 

竪穴式石室説明図

竪穴式石室説明図

上のレプリカ2の写真でよく分かる様に

竪穴式石室は,2段の石垣で積まれた墓壙(遺体を埋葬するために掘った穴)の中央に設けられています。

そして石室は石英閃緑岩の板状の石を小口積み(切り口が見えるように積むこと)にして築かれています。

その規模は長さが76mで、床面積が15.6平米と日本最大級のものです。

  その4 終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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森将軍塚古墳 その3 各種参考資料

2019-07-09 16:58:10 | 

森将軍塚古墳館には、森将軍塚古墳に関する各種の参考資料が展示されています。

写真を撮ってきたその中の資料で、森将軍塚古墳を理解する上に参考になりそうなものを掲載させて頂きます。

1 発掘前の森将軍塚古墳

 

2 森将軍塚古墳の大きさ

 

3 森将軍塚古墳築造作業

 

4  森将軍塚構築過程

 

                                                                               終わり

 

 

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