こころとからだがかたちんば

YMOエイジに愛を込めて。

2011年5月10日 火曜日 夜 The Width of a Room(部屋の広さ)

2011-05-10 23:46:25 | 雑記帳
23:17小雨の中、電車に乗る。
残りエネルギー3パーセント。
今夜もほぼ即死。

電車はまばら。

今日、昼は「とりあえず食わにゃ」とお弁当にラーメンを追加したが、今度は食べ過ぎで逆に調子悪くなる。
昨夜仕事場に泊まったという同僚のSさんと2人、天を見上げて冷や汗を垂らしていた。

ほぼ同い年のMZ師はよく「3徹(3日徹夜)した」と言うが、彼のようなエネルギーは、もう自分には残っていない。

時折、発狂しそうになる。

***

さてさて、昨夜の続き。



1:00に帰宅し、少しの食事(好物の野菜カレーライス)と缶ビール1本を終え1:50に寝床に着く。

ボリュームを絞ったラジオから伊集院さんの声はするものの笑える心境ではない。
何だか遠くの笑いに聞こえる。

頭の中を、ぐるぐる(@へ@)と仕事が駆け回る。
ラジオを消して3:00眠る。

7:20起床。
火曜朝に既に早くも心身共に重たい。
小さいシェルターに篭りたい。



先日、タイトルに「The Width of a Room」と記した。
これは、私が墓場迄持っていくジャパンの『孤独な影』なる4枚目の最高傑作LPレコードの頃。
その頃のシングルのB面に納められたリチャード・バルビエリ作曲のインストゥルメンタル曲。

『孤独な影』がメンバー4人の神がかりとしか言いようの無い有機的融合と響きを持つに対して、「The Width of a Room」はシングルのB面として存在するB面用の曲。

初めてこの曲の存在を知ったのは、日本のみで発売された、アルバム漏れの曲やバージョンを集めた「ナイトポーター」という盤。
モノクローム・ジャケットに、窓辺の光。
その窓辺の横にコート姿でうつむくデヴィット・シルヴィアンへの憧憬。

一聴して「これがジャパンの曲?」という違和感を持つ。
リチャード・バルビエリのシンセサイザーのみで作られた音。

重層的厚みと重みと暗さと抑鬱と絶望の地を這う「孤独な影」に比べて、実に音数が少なく簡素。
だが、そこにはリチャード・バルビエリが持つメランコリックでノスタルジックな面が表現として出ていて、個人的には好きな曲である。

ただ、近時CDが売れない対策として、オリジナルアルバムに納められなかった曲を、そこいらじゅうからとにかくかき集めて突っ込むケースがあり、余り気持ち良いものではない。

アルバム「孤独な影」は、あくまで「ジェントルマン・テイク・ポラロイド」で始まり「テイキング・アイランズ・イン・アフリカ」で終わるものなのだ。

シングルB面「The Width of a Room」はそれはそれで存在する。
それぞれが別の制作者の意図で作られた離れたものなのに、余計なサービスで味噌もくそも一緒にしてしまう。

私は、そんなCDなど欲しくない。
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2011年5月9日 月曜日 深夜

2011-05-10 00:48:26 | 雑記帳
0:00に来た電車に駆け足で乗る。
バタン。プシュー。

まだ月曜日。
ほぼ即死。

***

さくりんさんへ

ゼルダの「セイレーン」。
ゼルダの優れた最初3枚には、それまで表現されえなかった東京の姿・側面が音として映し出されている。

私は、そこに闇の外気のリアリティある生温さ・東京なる亜空間の狭間を縫う世界を垣間見た。

彼女らの音楽を女性という括りで語るのを拒否する。
(プリンセスプリンセスなるバンドがあったが、根っこが180度違う対極に居る。)

当時、ザ・スリッツやレインコーツと比較された。
これらのバンドも好きだったが、ゼルダ(そして、招き猫カゲキ団)への思い入れとは比較にならない。



うめたて・東京タワー・密林伝説・時折の色彩・自転車輪の見た夢・ディアナチュラル……。

>頭痛はいかがですか。
→昨日とりあえず止まりました。
ただ今夜の如く「頭が痛い」問題は山積ですが。

>帰りに寄り道、という気にもならなかったでしょうか。
→そのまま帰れず、仲御徒町のベローチェで一服してから21:00に帰りましたよ。

>私の肩こりは歯にきています。
残念ながら「GOD HAND」が退職され、その後適当なマッサージ店を開拓できずに自分で気休め…(*_*)
→私は歯に来た事は無いですが、顔で言えば目の回り・こめかみでしょうか。
なかなか自分に合った施術師と出会う難しさはありますね、確かに。



>1990年頃の絵。
「ピー助さん」と「相棒」のちょうどいい間合い。
三島由紀夫だったか、書斎で猫と一緒に居る写真を思い出しました。(猫の方は迷惑そうだったという話を読んだことがあります)
叶わないことかもしれませんが、並べて拝見したいですね。
→今度並べてみます。三島も猫好きで、細君が猫に嫉妬したらしいですね。
ピー助は、私が大阪に居る頃、血を吐き、私の断り無く安楽死させました。
ピー助を描いた絵はたくさんあります。
癒し系のまみちゃんと違って半分シャムの血が入っていたので、殺し合いか!と思うほど、よく外で喧嘩するのを止めたものです。
絵を描いている最中、その上でウンコをされたこともありましたよ(笑)。
機敏で賢く自由奔放なヤツでした……。

>絵や写真を拝見していて思うのですが(音楽の話も然り)やはり3.11以降は自分の何かが違う。見て意識する印象よりもっと奥でそれは起きています。
かたちんばさんがその時々に生きて表現したことを見ることによって、自分自身も生きていたと確認し、安心する。
ともすれば離れてしまいそうな自分。
自分を見失っては、伴走を続けられなくなるのでは…想いだけが黒い雲のようにむくむくと広がる。
一時は忘れていたかい離状態がまた始まっているようで、とても怖いです。

→私も、渋谷陽一・三島由紀夫等々と同じく、離人症的症状は時期を巡って起きます。
生来の素性もありますが、太宰治の名作小説『トカトントン』のように…。
唐突なる1945.8.15を境に世界が一変した事に依って、現実と人間の精神に巨大なるギャップ・亀裂が生じた日本人の時代の断面図を現していました。



アポロから帰還した飛行士が、宗教家になってしまうのも、そんな天変地異に出会って人生観が変わってしまった。
その発露かと。

3・11で様々な「気付き」が生じた胎内が何かのサインを表面に出してくるのも自然な事と思います。

***

日曜の夜は0:00に床に入りましたが、5月初旬というのに暑苦しくなって1:30迄ゴロゴロ寝床でのたうちまくった末、やっと眠りに堕ちました。

今朝は7:05起床。

いつも通り、深い緑茶で始まり、目玉焼き・豆腐の味噌味を食べ、一服点け、7:55の電車に揺られる。

***

最近、原発の放射能に関する詳細情報が次第に入らなくなってきた気がします。
また、放射能は見えないうちにDNAを破壊されるのに、もう諦めたのか?
飽きっぽい日本人は何だか気にしていない。

逆にそれが怖い。

現場の戦いは終わっていないし、放射能は漏れ続けているのに。

地震の回数減と共に、うじゃうじゃとどうでもいいものが溢れかえるようになってしまった感じ。

例えば「報道」だの「放送」を勝手に思っている連中は、毎日毎時天気予報と同じ位置付けで、原発の状況と各地の数値を出し続けねばならないとも思う次第。
我々のようなネットで―それも探索の上やっとだが―情報を手に入れられる人だけでは無いのだから。

それが出来ないなら「放送」「報道」のお題目は下げるべきでは?

こういうメディアに同調しないため、自分が数年前からは以下の通り。

●新聞…仕事場で必要部分のみ「フィルター眼鏡」で読む。
決して買わない。
もう少しで大手新聞は潰れ出しますから。
あと一歩です。

●テレビ…広告収入或いは受信料で成立するテレビ。
特定の見たいもの以外見ない。
まあ、実質見る時間も無いですが。

CMが映ると毒を浴びないように音を下げ目を逸らす。

休みも見ているのは9割方YOUTUBEかネット配信の動画。

広告や娯楽番組を見ないことで、自由意思が広がる。

●ラジオ…自分には醜いテレビより、生命力溢れるラジオを聴いている時間が圧倒的に長い。

また、リアルタイム情報は全部ネット及び携帯で得る。
その信用出来るサイトしか見ない。

連中の罠に掛からないため。
こんな生活も長くなりました。

***

間もなく駅に着きます。
食事&ビールをしばし味わい……

寝ます。
コメント (2)
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