こころとからだがかたちんば

YMOエイジに愛を込めて。

2015年8月25日 火曜日 日・月すっ飛ばして火曜

2015-08-26 00:18:27 | 音楽帳

日曜ライヴの残り香。
いろいろあるが、それはそれで整理は付かない。
マー坊(土屋昌巳さん)のギター姿や、”カフカ”が唐突に演奏したジョイ・ディヴィジョンの曲「トランスミッション」への感銘などがあり、一言では言い尽くせない。

そんな日曜出会った出来事/体内の小宇宙をすっ飛ばすように、台風は迫り・週を明ければ社会なり仕事は容赦ない。
頭痛。今夜はいつもの片側だけのものではなく、頭全体。馬鹿らしいことがこの世には多過ぎる。
それを持って島に戻ると、涼しさは不測の事態を呼び込む。

すでに鈴虫は聴いていたが、今夜はそれが暗闇に浮き立つ。その音色。
帰り道、公園を覗くと、いつもの草むらにキジトラちゃん・黒ちゃんが折り重なるように眠る姿。
最近如実に、この二人の姿が目立つ。

ただ”折り重なる”。まるで昭和枯れすすきのように、お互い手を乗せ合って眠っている。夫婦のように。

今まで多くのネコと時を過ごし、一緒に暮らさせてももらったが、このようなネコの姿を見たことがない。
”オスとメスで仲良く夫婦”なんてものは単なる美談で、お互いが利用し合いながら距離を置くものであるのだが、この2人のありさまはいったい何なのか?
ネコという生き物を私なりに知っている”つもり”は、暗闇の2人に不可思議に映る。

眠っていても大抵カリカリを求めて2人は近付いてくるのに、熟睡は2人を別世界にいざなっていた。暗闇の草むら。

帰宅して、本来の”仕事”たる紙とノリとペンの世界に入る。
帰路に聴いていたBVDUBを、再度掛けながら。もはやエアコンを必要としない奇妙な夜。
BVDUBを聴いて白痴で作業していると、いきなり女友達から電話が鳴る。ノリを付けた紙を貼る手を休めて数十分。そうしている間に気にしていた頭痛が消えている。

■Joy Division 「Transmission」1980■

この12インチシングルは、素浪人のノイローゼのさなか、1985/86いずれかの年に、御茶ノ水交差点ディスクユニオン2階で千数百円で買ったもの。
この曲を、若い人が見向きをしない中、一人たたずんで聴いていた。
すっかり分かる人も少なくなった。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2015年8月21日 金曜日 ~22日 土曜日

2015-08-25 22:45:01 | 雑記帳

2015年8月21日 金曜日
朝、緑茶とタバコ、服薬。抗鬱剤と鎮痛剤。
残り酒と疲れがのしかかり、カラダ重く、仕事行くこと自体・どうでもよい気分になる。気が迷いを感じる数分。
なんとか動き出すとそれなりになるもの。とろい間に時間は過ぎてしまう(しかし、そんなとき幸福は宿る矛盾)。入浴、支度。

外はうすぐもり。相変わらず蒸し暑い。
今日も地方の何もない日本景。車中、ビージーズ「愛はきらめきのなかに」、レイン・トゥリー・クロウ。

エンドレスリピートしてもじゃまにもならず、そっとある音。
それらはつまらぬ起承転結形式をまとわず、誇張された抑揚圧迫もない。
レイン・トゥリー・クロウ。2~3分程度、つなぎ目が分からないアブストラクトな音が満たす曲を、好んで繰り返し聴く。

前日と同じ流れ。午前に地方、昼過ぎ都内に戻る。
途中駅でらーめんとちゃーはん。汗だくなのに熱いものを食べる。
むかい席では、髪をよけながら、冷やし中華をお上品に食べる女性。

都内で仕事後、夜の帰路を辿る。人身事故の放送。悲劇はどの季節もはらむ。
当たり前ではいけないが、それが当たり前の東京。しかしまっとうな人は、今夜も本当の声や会話を必要としている。車中、陽水「夢寝見」「ピポパ」「最後のニュース」。

島の夜は、ベタベタ蒸し、ネコは細道から顔を出さない。
帰ると汗だく。ハダカになり洗濯機回し、室内干し。糸井さん「ヨルタモリ」出演回観る。
聞き逃せない糸井さんとタモさんの会話。40・50代、そして60代について。
たくさんの”CUE”。

夜もラーメン、1玉半。ニンニク・たまご・ほうれん草・長ネギ。
友人MZ師に明日の確認電話。既メール「22日は、久しぶりにYMOやります」の件。

2015年8月22日 土曜日
8時40分、いつも通り疲れは残るが起きる。湯を沸かしお茶を飲み、ラジオをつける。
永さん・外山さん、そしてピー子さんの声。何杯もお茶を飲み、タバコを吸う。

支度をして、昼外に出るとギラギラした日差し、ムンムンする湿度は梅雨から変わっていない。
車窓からの青空・雲・線路。夏が舞い戻ってきた感じ。
しかし、盆明け太陽の高度はすでに下がっており、撮る写真の色合い・光感に秋が透けて見える。

ニューオーダー「ファインタイム」「リグレット」、ハート「ディーズ・ドリーム」「アローン」。
車中でのアドレナリン音楽。

電話やメールで連絡はし合っているが、久しぶりの3人集合。
閑散とした居酒屋で、昼定食を3人一緒に食べる。もはや家族同然同志の食事。アジフライ定食&アイスコーヒー。
文京・豊島・台東地区放浪。。。途中水呑み休憩。汗だくで歩き、写真を撮りつつ寄り道。
マンゴーアイスをハブ噛み師匠にごちそうになる。

日没ごろ、不忍池にたたずむ。
巨大で密集したハス、自然・植物のチカラ。彼岸を思わせる風景。


日が落ちて、なんてことない居酒屋で呑む。
欲望だけが優先される猥雑な町・上野。欲望むき出しの街の空気。
その最たる街・渋谷ならびに新宿・池袋も同じ。それぞれ卑猥さ・残酷さの出方が違うだけ。

話のいきさつ上、ヒトとクニの話へ。。。[なにをいまさら]8割がたの人間は信用に値しない事実をめぐり。
MZ師「8割ということないだろ、それ以上。今始まった話じゃない。ロクなもんじゃない。」
ビールではない生ビール、そこから黒ホッピーへ。

21時ごろ、上野駅前の雑踏で散会する3人。
島に戻り、帰ってお酒をお茶でさますと、またお腹が空いてしまう。冷蔵庫で冷やしていたつぶあんぱんを食べる。

■細野晴臣 「マーキュリック・ダンス」1985■
夏になると聴く音楽は、この四十数年のおかげで増えた。
ただ、やっぱりその年の夏はその年の様相を呈する。
いくら”明日などない”と言えども、聴くには間合いがある音楽はこぼれ落ちる。今年はこの作品を聴かないまま、夏のほうが変なグラフを描いて終わっていく。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2015年8月19日 水曜日 ~20日 木曜日

2015-08-22 10:50:28 | 雑記帳

2015年8月19日 水曜日
朝6時半目覚めトイレ、外はパラパラ雨。
7時ムヒ塗る、ラジオ「グッモニ」流れる。6Pチーズ、お茶、ロールパン。
ちんたらしてしまうだるさ、入浴。

外に出ると雨はやんでいる。すれ違う女の後ろ姿、茶髪その下には首筋。
あらわな黒い背中がねっとり光っている。
蒸し暑い朝。途中晴れてきたせいで、きつい日差しへ。

果物野菜ジュース買い、飲む。
仕事場に着くと汗だく。筋肉脳と打合せ。
昼飯、ひじき、きんぴら、コーンサラダ、焼きおにぎり、カレーうどん。食べては、また汗だく。

帰路、車が多い/人は少ない。理由はわからず。
揚げ豆腐、島なす、トマトを買い、帰る。
音としてのナイター中継流す。ドキュメント72時間、スクラップブック作り。

2015年8月20日 木曜日
朝、かなり強く降る雨音、風呂場でシャワー。
なかなかうまいテンポで来ない電車。地方への電車。
車中ノイバウテン「ビューティー」がひたすらリピートされる。

空いた車中、おにぎりを喰らう女。赤飯か混ぜご飯か、色がついていている。
ひと気無いローカル駅の日本景。
降り立ち、土のにおいの道を歩く。
温度低いパラパラ雨。でも蒸し暑い。

ひと仕事終え、都内に戻る。陽水「ピポパ」「エミリー」。
向かい合わせ席、外を流れる遠景には暗雲。
昼を外し・人だかりを外し食べるギョーザ定食。
それでも夏休み中に、ふだんとずれた時間のだれた人が多い店内。嫌いじゃない夏風景。

都内で仕事を切り上げ帰る。眠くだるい。
パラパラ雨は続き、雨のおかげで温度は低いが、湿気ベッタベタで不快指数上がる。

夜、缶ビールアンパンなどを買って帰る。
帰って着替えるとかゆかゆで、血が出るまで足を掻いてしまう。

ノートにひたすらレシートを貼っていく。22時過ぎパスタ茹で上げる。
23時時過ぎてレシート貼りは多少小宇宙作るが、先は長い。
ネットで見る「ヨルタモリ」に安堵。

パスタ。小松菜・ほうれん草・ニンニク・たまご・タマネギ・チーズ。
ダラムマサラ・塩コショウ・マヨネーズ・オリーブオイル。
寝る体制に移り「ヨルタモリ」に篠山紀信、サンタフェ。

■井上陽水・細野晴臣 「Pi Po Pa」1990■
作詞作曲:陽水/編曲:陽水&細野 ’90NTTイメージソング

細野さんらしいファンクの色がするアレンジ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2015年8月17日 月曜日 ~18日 火曜日

2015-08-19 23:59:59 | 雑記帳

8月17日 月曜日 お盆明け
朝、雨。休みに狂ったサイクルで三時間程度の眠り。
そうめん汁。味噌汁にオクラ・とろろ昆布・そうめん。緑茶、シャワー。
雨の中、歩く公園にセミの声。

仕事、スポーツドリンク。昼、魚フライのお弁当、天ぷらうどん。
天津爆発事故のテレビを一人で見て、幻のようなこわい映像と食べる。

***

帰路、アメリカンショートヘアの幼児”うりん坊”と遊ぶ。
陽水「夢寝見」を繰り返す車内と島への道。
からだじゅうかゆい。じんましん数週間前から再発。

お米5キロ、サーモンのお刺身買う。
帰って皿洗い、サーモンにおろしニンニク和えて漬ける。米2合研ぐ。

ネットで桜島のニュース、缶ビール始める。
刺身と米浸かるまで、スクラップブック作り。ごみをおしのけ、いつもと違う場所に座る。
大きなこたつ兼テーブルから見える角度のモニター。本・ノート類雑多にある地点で見ながら作業すると、我が戻ってきた感覚。

初めてネットで見た「ドキュメント72時間」。
上原隆著書「友がみな我よりえらく見える日は」を想い出す。現実に生きている人々のありさまに安堵。

『はなキャバ人生劇場』回に、大竹伸朗さんの”日本景”が重なる。
ふだん気が付けば雑事に巻き込まれ見えなくなってしまうものが、この夜、砂の中に見えた。

筋子・サーモン丼。寝床で三本目ビール。
23時過ぎ、福岡の先輩友人にTEL。話すうち向こうのペースに呑み込まれ2時間。
向こうの電池切れ、四本目ビール途中で酔い、いつの間にか眠りに堕ちていた。

2007年のスクラップブックを久しぶりにめくる

8月18日 火曜日
目覚めると明かり付けたまま。アラーム、お湯を沸かす。
お茶を飲み、かゆい場所にムヒ塗る。

疲労した目に眼薬、外に出る。
空は向かう方向により空模様が異なる、黒い雲固まった方向、青空方向。

七色味のニョショウが、都心に向かう往来に湧いている。
それらとすれ違い、通り過ぎる。

朝、再度うりん坊が居た。少しだけ遊ぶ。
ヴァンスKショー。

昼飯・ノリ弁、タマネギスープ。
午後、ラジオ音の気配に反応。ニューオーダー新曲と知る。一寸の希望と明るくなる。

***

仕事場を出るが、頭の痛さが強い。
川沿いは風が涼しいが、ビル街は蒸し暑い。

帰路、モビーの「フロッグ」をリピート。
電車に乗る淫靡な亜細亜女が不愉快を振り巻く。整形と思しき人工美形。
風俗店広告のデジタル加工写真そっくり。その不可思議さから何度か見ると、不快な表情をされる。二〇一五年に入って以来、異常に湧き出た外人観光客。

この日、朝からいっそう老眼がひどく見えず、夜も。
島の夜は湿気でべたっとしている。公園でキジトラちゃん・黒ちゃんがヘタっている。
風を求めて夕涼み。目の悪いキジトラちゃんといつも一緒にそばに居てくれる黒ちゃん。

缶ビール&スクラップブック作り。
「ドキュメント72時間」。ネコの八ちゃん。

トマト、オクラ、ピーマン、チーズでサラダをつくる。
マヨネーズ、塩コショウ、ドレッシングで味付け。

■ニューオーダー 「レストレス」2015■


1983年 New Order
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2015年8月15日 土曜日 「夏の音色 街をさすらう音盤」

2015-08-15 11:16:04 | 音楽帳

歩きやバスなどで池袋に近付くと、人ゴミやざわめきに何も思わないときもあれば、察知して道を反れていくときもある。過去歩いたおぼろな記憶を辿って、大塚・池袋界隈をさまよう。
ここ一年くらい、そんな日がある。この数十年で、数ローリング目か盛り上がり巡ってきた。

新宿は幼少期百貨店での親の買い物付き合い・小学生時代の塾への中継駅、という経験が体内での基点だが、池袋は高校時代の学校近くと関わりあった頃が、変化した今の場と時を測る尺度。
2つの街とも100%拒むつもりもないが、とことんの愛着もない。御茶ノ水・神保町のように絶えず行くような場ではない。

利権絡みで五輪を誘致した後の東京は、加速度を増して穴だらけになっている。
気を緩めてその街に行かぬほんのわずかの間に、街は180℃姿を変えていく。自分が知る限りでは80終盤~90年代初めへの大破壊に近い。それを当時世間はバブルと呼び、そこにおぼれ浮かれていた。その類の世間と取り巻きが、また何事もなく復活している。人は平気で過去をほうむり去り、忘れる。嬉々としている。

親族・先人たちから教わったり本や写真で確認しうる限り、関東大震災・東京大空襲・前回五輪・バブル、そして今回。「未来に向かって・・・立派な・・・他国に誇れる・・・復興に向かって・・・」と言葉のすげ替えをされながら、破壊を浴びる姿を目の前で見ている。

ただ下町の破壊に比べれば、過去から新宿や池袋は変容することを運命付けられた街なので、さほどのショックは無い。

池袋を歩くなか、よく寄り道した中古レコードのお店があったのはここではないか、という確信がやっと産まれた。たぶん、ここだろう。
静かな東池袋公園の真ん中に佇み、四方に立つビルを1つ1つ見ながら、どこにそのお店があったのだろうか・・・と昔の記憶と合わせようとする。しかし、これというビルまでは分からなかった。

そのレコード屋は公園の横のビルの2階にあった。
お店に入るとところ狭しとレコードのエサ箱があり、塩化ビニールなどがつくり出す独特の匂いが満ちる。それは御茶ノ水のお店と変わらないが、このお店は、私の中で御茶ノ水のレコード店と異なる空気を持っていた。

外に向かったビルの二面がガラス貼り。外光をたっぷり取り込むので、室内はレコード棚や壁のクロスの白と混じって明るい。しかし公園が横にありひっそりとしており、清潔感と非中心・エアスポットならではの落ち着きがあった。

ガラス面に向かって並んだレコードのエサ箱。
その前に立ち、カタンカタンと時折音をさせながらレコードをめくっていく。たまに窓の外を覗き見下ろすと、公園と周囲を囲む樹々と緑。動きの無い風景、やかましい音のしない空間。

めくるレコードはトランプのよう。
数百枚めくるうちに現れるチャンスカードに一瞬嬉々とするが、そのレコードに貼られたスタンプ印字の数字の並び、ジャケットや盤の状態とにらめっこ。嬉々とした思いも、一瞬のうれしさのあとは現実に財布に入った数少ないお札にブレーキを掛けられ、決断と選択を迫られる。

そのお店で買った印象深いレコードはいくつもある。
デペッシュモードの「ア・ブロークン・フレーム」、チャイナクライシスの12インチ「スクリーム・ダウン・アット・ミー」、ジューク(大竹伸朗)の「ピース」など。

また、小ぶりの箱には、当時のじぶんには珍しかった輸入盤の7インチシングルがあり、視たこともないばかりか聴いたこともないし一体何なのかもわからない、だけど何かがにおう(クサイナ)そんな盤があった。

スネークフィンガーの「ザ・モデル」(クラフトワークのカバー)は、教授のサウンドストリートでも知っていたし、たぶん500円程度だったので喜んだ。コリン・ニューマンの「インヴェントリー/ディス・ピクチャー」(1981・ベガーズバンケット)、アンナ・ドミノの「トラスト・イン・ラヴ/リピーティング」(1983・クレプスキュール)は2色印刷のシングルジャケットに惹かれてやまなかった。しかし、レコードレーベルは知っていても中身は未聴。
そこでエイヤと勢いだけで買えたのは、ほかに比べて安かったせいである。



この2枚のシングルは、こんな経緯ゆえ、入った曲を好きとか嫌いといった感情以外のモノとなっている。自らレコードを買う、という行為、そこにいたる様々な事象・前後関係・偶然が重なっている。

この中古レコード店があったであろう場所を離れ・歩いていくと、ひっそりした露地がある。
そんな横丁には、未だ古い喫茶店がまだあったが、それはアニメ好きが集まる店と化していた。








コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2015年8月10日 月曜日 「夏の音色 偽世に距離を置く技術」

2015-08-10 23:46:24 | 音楽帳

7月25日、土曜午後1時の昼下がり。
TBSラジオ「久米宏・ラジオなんですけど」が残念ながらお休み。そこで文化放送を聞いてみた。
「土曜の午後は・ ヒゲとノブコのウィークエンド・ジュークボックス」という番組。
この2時間のラジオ番組は初めて聞いた。

「ヒゲさん」?。
“お笑い”の・・・と何となくは分かるが、テレビを観ないのでその「芸」とやらも全く知らず。
だけど、話しがとても楽しく、歩いて聞いていてなごんでしまった。つい久米さんから浮気しそうなほど。ユーモアに満ち温かみのあるラジオ番組。夫婦の浮気というのも、こんな出張のすきまに入り込むんだろうな。と仕事場や身近にたくさん居る・形だけの夫婦を想像し、妙に納得する。

この番組はリスナーのおはがきをたくさん紹介する。それを絡めたお話しと音楽、それが交互にサンドイッチ状になって進む。しかし、掛けた音楽そのものについては多くを語らない。
1986-87年頃、ウィークエンドの同じ時間「タモリで失敬」というタモリさんの生放送番組があった。それを想い出させる。
別に似ているからではない。

「ウィークエンド・ジュークボックス」はこの日、井上陽水さんの新譜『ユーナイテッド・カヴァー・2』から、かなりたくさんの曲を掛けてくれた。あの「氷の世界」を『熱い』ラテンフレーヴァーでカヴァーしたリメイクにはじまり、どの曲も素晴らしい。歩きながら、あるいは、途中バスの車窓から流れる風景を見ながら恍惚となる。
他の番組でも聴いていくうち、この作品をCDで買いたいという気持ちになる。全曲を聴いたわけではないが、少なくとも5~6曲を聴いた感想。それもイヤホンで聴くべき、と自らへ。

聴きながら思ったが、多種多様なカヴァーには原曲があれど、このカヴァー集では完全に原曲が陽水風に巧妙に消し去られている。出来上がった名画のキャンバスを地塗り材で一回全部塗り潰した上で、そこにうっすら浮かび上がる元の絵をなぞらえながら、似ても全く非なる線と色を描いていく。そんなイメージが浮かぶ。

曲そのものが何であれ、それはもうどうでもいいのかもしれない。
ラジオで聴いた4~5曲目でそう感じる。材料が何であれ、陽水の声で歌われた瞬間に「そういうもんか」とすでに上から塗りたくられている。ご法度や支離滅裂というコトバや概念はもはや通用しない。

ある曲で「海に浮かんだプールでひと泳ぎ」と歌っていたように、今回「氷の世界」を熱いイメージ世界に持って行くように、理屈や一貫した何かで語ろうとすること自体がいかに馬鹿らしいか。
鼻でせせら笑いながら、その源を決して語ることなく、1つの言葉に閉じ込めようとする側の連中からさらりとすり抜けて、泳いでいく。
音は自由自在に料理されていく。

昔、シャブで捕まり、そんなときだけ聖人ぶる群集に追い詰められ、身動きできない監禁状態におちいったアーチスト。その彼は、彼らがとらまえようとする術(すべ)や手の内をよく知った上で、なにごともないようなフリをしては自由に歌う。

井上陽水の有名な曲「氷の世界」。
この歌が生まれた当時、周囲は学生運動一色の世界。
あたかも思想を持っているフリをしなければ吊るし上げに合うような時代。周囲と一緒にデモに論争。逆にそうしていれば、とりあえず意味は分からなくとも群れ(ムレ)から村八分にはならない。

そんな時代に、そこに背を向け「きみに遭いに行かなくちゃ。傘が無い。」と公では無い私に終始する問題を歌った陽水。陽水ファンの友人MZ師がよく語る言い回しでもある。
私などは、ついU2の「ニュー・イヤーズ・デイ」の世界を連想するのだが、捉え方は人による。
根の深さでは2015年に底通するのだが、2015年恐怖の大王ならぬオブラートが全体を覆っていて、あたかもな表層の部分を見てああだのこうだの言っている。陽水さんに学ぶことは多い。


■井上陽水 「リフレインが叫んでる」2015■

早めに帰りAMラジオを付けて皿洗いをするが、アニメ声やらIT評論家など・いかがわしくてどうにもならない放送に業を煮やし、FMにチェンジしたおかげでNHK-FMで清水ミチコさんの声に会う。
アッコちゃんの特集。23時を過ぎると、津嘉山正種さんの声。こちらは休みじゃないが、夏休み特番の時期だと気付く。
室内にいて聴いているとタイムワープしたみたいな変な感じを覚える。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2015年8月9日 日曜日 「夏の音色 ”Stray”」

2015-08-10 01:24:53 | 音楽帳

土曜、やっとまっとうな暑さとなる。
それまでがひどかったので涼しいと思うくらいの錯覚。

明らかに熱中症,、といったことに、このあたり三・四回出会った。
めまいや苦しさから、水を飲みつつ街の一角にへたっていたこともあった。

この土曜、歩き進む途で、へたることはなかった。
苦しさを覚えることもなく、何気なく2万歩以上をあっという間に過ぎており、すいすい旅していた。

だが、それでも汗はかく。この夜珍しく長く寝た。寝過ぎて首痛・腰痛で起きる。

日曜も歩いた。
それまでにないまっとうな汗をかいて、雲を追い掛けた。



■Aztec Camera 「Stray」1990■

社会人になってから初めて異国・大阪に降り立ったとき、大学以来の優しい友人が助けてくれた。
彼は芦屋生まれで、自国に戻っていた。ほんの数日しか借家を探すヒマも無い中、一緒に数日付き合ってくれた。そのとき彼が運転しながら掛けたカセットテープが、このアズテック・カメラだった。

彼は私より年上。精神的に問題をきたし留年した彼。そんな頃、彼と出会った。
お互い20そこそこ。それ以来の付き合いとなる。
当時、カラカラ笑う彼の見た目は、まるで少年がそのままといったさまで、人懐っこい彼とすぐ友達になった。

借家探しをするさなか「Stray」から切り替えて、日曜FMから教授の昼のラジオ。
それは、私が要求したものかもしれない。異国に来て心細かったのかもしれない。

その番組から「ストロング・リラックス」が流れた瞬間は、御堂筋。
夏のような日差しの中、アスファルトからの照り返し。強いギラギラした太陽がその曲に混じった風景。
その夜、彼は神戸の温泉ランドに連れて行ってくれて、共に湯に浸かり旅の疲れをいやした。

その数年後、震災に出会い、いろいろあるとはつゆ知らず。

今日、青空と入道雲。その中聴く「Stray」は、意外な響きをした。










コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2015年8月7日 金曜日 「夏の音色 熱中お見舞い申し上げます。」

2015-08-07 23:43:34 | 音楽帳

ルパート・ホルムズ、イーグルス、エア・サプライ、トッド・ラングレン。。。。
くたびれた今夜帰り途は、耳に優しい音を聴いていた。この手合いの曲を聴くのは珍しい。

mp3プレイヤーに入りながら、ここ最近・ボタンで飛ばしてしまっていた曲。元々は会議や野外録音用の小さな録音機は、mp3プレイヤーとして使うならせいぜい200曲が限度。
ボタンで次に飛ばすならば曲を入れ替えれば良いものを、だらしないから中にある曲は体系立つことが決してない。もっと曲が入るものを買おうかとよぎるが、買わずに来ている。制約があった方が良い、とは言わないし、そこには理由はなく、単にお店で選ぶのがおっくうなだけである。

***

今週今夜・金曜日夜にこれらの曲に向かったのは、社会という外にさらされながら生き抜く体勢から、夜の花が眠りに着く為つぼみを閉じるように、内なる回路へとシフトチェンジをする過程だった。
友人MZ師は「休みになる日の前、エレベーターに乗る瞬間が一番しあわせだ」と大げさによく言っていたが、似たようなものだろう。そんな彼に日曜電話をすると「涙で泣き濡れている。涙がほほを伝うのだ。」とテリー伊藤さんの『お笑い北朝鮮』からのセリフをよく吐いていたのを想い出す。

昔と違って今では、それまで苦労した分・かなり好きなメンバーに囲まれて、笑い話や雑談をしながらパチパチとキーボードをたたきつつ”お仕事”を出来ている。出来るだけ平日と休みというへだてなく、生きられるその日その日が最良であるよう努めているが、それでも嫌悪すべき人との事件は毎日多々起きる。
今夜、シフトチェンジが起きたのはやはり休めるという安堵からだが、それは”お仕事”のみならず、異常な温度湿度の中から一段下に降りられるからでもある。

***

大学に入ったとき違和感を覚えたことの1つ。名前だけは立派な美術部の部室。画材のにおいが充満するきたない部室に現れては消えていくメンバーを見ながら、彼らが使う「オツカレサマ」ということばだった。
いったい、何が”お疲れ”なんだろう?という率直な疑問。バイト程度しか働けない身分で、いったい何を言っているのだ。そこに背伸びとまがいものの感がぬぐえない。

その地点からワープして、日々泥にまみれる”お仕事”に就き、真の「お疲れ様」を聞くようになった。たとえばある日、出張先でその地の人と再会の笑顔を浮かべつつ、「お疲れ様」と慰労される。確かに短時間で高速移動が可能になった現代では、移動そのものが疲労である。
しかし、それよりもっと広義でとらえれば、生きていることそのものが”お疲れ様”なことなのだと、今では分かっている。それは仕事をしようがしまいが、生き続けることそのものが大変なことなのである。

こういった言い回しを、自己力の強い大竹伸朗さんや藤原新也さん、あるいは過去の教授は許さないだろうが、今の私はそう思うのである。

***

今年の暑さは少し異常に思う。それは歳のせいだよ、と言われるかもしれないが、震災のあった2011年夏の猛暑でもないし、その後体感した夏とも違う。
なんらデータや証拠はないのだが、体感的に異様さを覚える。ふつう梅雨が明けると湿度は落ち、温度は高くともこんな蒸し風呂じゃあなかったのではないか。

この一週間とんでもない暑さが続いた。それでもやっと今夜、雲が空のクッションとなりつつ、風が少し良い感じで昨日までよりマシである。島のあちこちで外遊びするネコや風通しの良い場所で寝るネコに出会った。

こんな熱暑でも”お仕事”をしている人は勤勉なんだろうが、自らの心身が無くなってしまったら終わりなのだから、そこへ意識を集めていって欲しいと思う。今日、回路が変わる境い目でこういった過去毎夏に聴いていた曲に耳が届いたのは、やっと狂気から正気のほうに陽気が向かえたスキマを感じたからであろう。
明日はくもりになるようだが、そうなって、更に一雨来てくれれば最高なのだが。



■Air Supply 「Lost In Love」1980■





1989夏 段ボールにアクリル
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2015年8月4日 火曜日 「夏の音色 暑中お見舞い申し上げます。」

2015-08-04 23:52:13 | 音楽帳

定期通院。トリガーポイント注射を首と肩に数点打ち込む。ひざの治療で来たお母さんが待合室にいたが、大正15年生まれと訊き、何がどう時間をひん曲げ得るのかを考えていた。
麻酔でしばらくぽわんぽわんとするが、その後は体内からの熱さが危うい。汗だくになり仕事に戻りたくはないが、お盆前はそうもいかない。戻る道、安物のゆかたを着る、どうせ数時間後脱がされる女子群れとすれちがった。

腫瘍や骨の変形は小康状態。ローガンズは進行中。
年下なのに白髪の主治医と会話。彼はリアリスト。そんな彼と最近少し近い会話が出来るようになった。

先生「どうですか、調子は。」
私「何がどうより、暑さをどうしのぐかで明け暮れていますね。」
先生「私はここに居るから分からないけど、現れる人はみんなそう言いますね(笑)。」
私「こう言うと何ですが。。。暑い地域の人は考えることより暮らし中心になる。それでも汗かきながら、その一方で四苦八苦ああだのこうだの悩んだり・考えています。”世間”で騒がしい事態もありますし。そーゆー奇妙なさまです。」
先生「ああ、なるほど。私、ハワイに行った時のことを想ったんですけど、そんな地域の人はおだやかでした。これが砂漠になれば、それはまた別のこころもちがあるんでしょうけど。それを言いたいんでしょう?」

お互い将棋か囲碁をしているように、言葉のコードを裏読みし合う中、先生は自分の言葉を受けて誤釈した面はあるが、ハワイの経験を語りニカッと笑ったときは、へんなシンクロを受けた。

先生「ただ、今ここで起きていることは、度を越していますね。」
私「どうせなら、せっかくだから生きることに必死になればいいんですよ。」
先生「。。。」

言葉もなく、言葉を受けて考え出した先生のシーンが残った。

仕事からの帰路。公園を覗くとキジトラちゃんが寝ていた。その横の木々はセミしぐれ。
よく寝られるもの。我が家に招いてあげたいが、同意されないから難しい。あとは上げるカリカリを食べてもらい、暑さを乗り切ってもらうしかない。

***

昨年ある夜、その事態に絶句してパニックになった教授のこと。
本人のレターを読め、少し暗澹たる気持ちがゆるむ。





■(どてら)YMO 2011 イン 温泉宿■

細野さんの「寝ちゃうよ」という脅迫と恫喝に、夜・大笑いした。


■ヒューマン・オーディオ・スポンジ 「以心電信」(ライヴ・パシフィコ横浜)2007■
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2015年8月1日 土曜日 「夏の音色 いとおしさと切なさ・2」

2015-08-02 00:41:54 | 音楽帳

blue moon , blue・・・

■大貫妙子&坂本龍一 「夏に恋する女たち」1983■(Sound Only)

真夏の夜の 夢ごとに 誰も酔いしれ 恋する

あなたの熱い まなざしで 私の夏が始まる
ふたりは夜を かけ抜けてく まるで子供のように

みじかい愛のたわむれは 鮮やかすぎて 哀しい

きらめく街を ふりむけば 想いは遠く うつろう
風のテラスで 語りあった ほほえみはかえらない

光の海で Leve-toi et viens avec moi
群れ遊ぶ 魚たちよ
ほほよせて Leve-toi et viens avec moi
抱きしめて 恋人たちの舗道に 朝がくる

私はそっと 目をとじて あなたの肩に 寄りそう
迷いを捨てて もう一度 ふたり明日を 見つけた


作詞・作曲:大貫妙子
編曲:坂本龍一 / 1983年8月5日発表(ドラマ「夏に恋する女たち」テーマ曲)

坂本龍一:キーボード、ヴァイブ
林立夫:ドラム
大村憲司:エレクトリックギター
吉川忠英:アコースティックギター
浜口茂外也:パーカッション
沢村満:サックス


当時、教授は「ひでえドラマ」とサウンドストリートで言っていたが、音楽のほうは素晴らしい傑作。
音楽家としてのター坊の偉大さに、身を削って音魂を込めた教授のロマンティストとしてのアレンジが、この作品でも展開している。
ひたすら聴いていると、空は青くとも、その切なさについ泣いてしまう。
2人のコンビネーションと相思相愛を感じる。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする