こころとからだがかたちんば

YMOエイジに愛を込めて。

Somewhere In Tokyo 2021(1月)3

2021-01-31 22:00:00 | 写真日和














































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Somewhere In Tokyo 2021(1月)2

2021-01-27 21:00:00 | 写真日和










































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Somewhere In Tokyo 2020(1月)2

2021-01-27 20:00:00 | 写真日和








































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音盤日誌:コーギス 1979-1981年

2021-01-23 22:00:00 | 音楽帳
年が明け、受験の時期となった。
この季節になると、どうしても焼き付いて離れない想い出は、高校受験の冬に行き着く。
中学3年生で受験を控えた中、夜な夜な受験勉強。。。と思いきや、その合間はFMエアチェックに励んでいた。

じぶんの部屋には机に向かって後ろ側に安いコンポがあった。
そのジャックに重厚なヘッドフォンを繋いで、周波数調整をする丸いスイッチにしがみつき、必死にFM波をとらえる日々。
昼より夜の方が、人々も家々も社会も静かな世界に向かっていく。
周波数の波間のノイズも夜に向かって減っていき、エアチェックに適した状態に向かう。
毎夜の努力が実り、時間帯によるノイズの発生具合をつかみ、チューニングする微調整のテクニックが自然と身についた。

世間や他人に振り回されるだけで終わる昼。
そこを離れ、ひとりに向かいあえる夜。
じぶんには、それこそが、安堵できるひそやかな、本来あるべき時空だった。



クロスオーバーイレブンでながれたコーギスというバンドの「Can't We Be Friends Now」も、そんな中で出会えた一曲だった。
美しいハーモニーは若干、というより相当甘めだが、ポップスとも言い切れないニューウェイヴ色を残していた。
ちょうど40年前のいまごろの冬だった・・・と思いつつ、がさがさカセットテープをひっくり返すと、少し月日の差はあったが1981年11月の夜だった。




■The Korgis 「Can't We Be Friends Now」1981■

のちに知ったのだが、このバンド名を、じぶんは2年前の1979年にFM雑誌で見ていたようである。
無意識に通り過ぎてしまっていたのだろう。
雑誌から切り抜いたLP「とどかぬ想い」(ファーストアルバム)のアルバム評。
XTCやスティール・パルスと並んだこの切り抜きは、数十年ファイルに挟まれていた。
5㎝角の白黒ジャケット写真には、丸いサングラスを掛けた2人。
その2人のたたずまいは、まるでDEVOやプラスチックスみたいでかっこ良く、実際の音はどんなものだろう、と想像を膨らませていた。



「コーギス」で聴いた曲は、「Can't We Be Friends Now」と「All the Love In the World」。
実はこの2曲しか、当時のじぶんのエアチェックテープには入っていない。コーギスはクロスオーバーイレブンですら掛かるのが珍しかった。

21世紀に入ってから、神保町ジャニスの販売店舗の中古均一棚に発見した「ザ・ベスト・オブ・コーギス」。
毎週通うお店で偶然出会った1枚。それはレンタル落ちCDで傷みは激しかったが、数百円で購入できた。



ライナーノーツを、パイドパイパーハウスの長門さんが書いている。
このノートで「コーギス」の結成と解散の経緯を初めて知ることとなったのだが、読んでいくうち、大元は全くニューウェイビーな世界とは無縁なバンドだったことを知る。
「コーギス」名義でのアルバムは3枚のみ、1979~1981年の活動となっている。

1枚目「The Korgis」1979年
2枚目「Dumb Waiters」1980年
3枚目「Sticky George」1981年

コーギスの前身バンドは、60年代末にブリストルで結成された「スタックリッジ」というユニットだったという。
5人のオリジナルメンバーが奏でるサウンドは「パストラル・ミュージック(田園風音楽)」と呼ばれた。
そのスタックリッジは6枚のアルバムを出して1976年に解散し、各々の活動に入っていく。

解散後、ベースのジェイムズ・ウォーレンが、リーダー格だったアンディ・デイヴィスに新グループ結成をもちかけ、コーギスが生まれた。
ふたりは友人のアパートに8トラックのテーブ・レコーダーをもちこみ、デモ・テープ作りをスタート。1979年2人組としてデビューし、「とどかぬ想い」のシングル盤がヒットした。
2枚目のアルバムよりアンディ・ディヴイスが正式メンバーから外れ、フィル・ハリソンとスチュワート・ゴードンが加入、以後3人組となったが、アンディ・ディヴイスは作曲や演奏も参加していた。
コーギスは正式に解散表示をしないまま自然に消滅したようだが、甘くメロディアスなコーギスの根強いファンは多く、約40年の刻が流れた最近、知らぬ間の2015年に「スタックリッジ / コーギス」という名義で来日公演を行っていた。


■The Korgis 「Everybody's Got To Learn Sometime」1980■
1980年1月ファーストシングルとして発売され、全米トップ20に入るヒットとなった「永遠の想い(Everybody's Got To Learn Sometime)」。
原曲では、サビのメロディ終わりに(たぶんYMOの影響で)オリエンタルなフレーズが入ってくる一曲。
この曲は、あのドリームアカデミーがのちにカバーしている。コーギスとドリームアカデミーとは、その繊細さにおいて実に納得が行く結び付きだ。




■The Korgis 「All The Love In The World」1981■
この 「All The Love In The World」は3枚目「スティッキージョージ」に収録された名曲。
ジェイムズ・ウォーレンとアンディ・デイヴィスの共作。ビートルズからの影響が濃いと言われる1981年6月シングル曲。
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Somewhere In Tokyo 2021(1月)

2021-01-20 21:00:00 | 写真日和
























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Somewhere In Tokyo 2020(1月)

2021-01-14 21:00:00 | 写真日和








































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2020年 師走 東京 5

2021-01-06 20:00:00 | 写真日和






































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