こころとからだがかたちんば

YMOエイジに愛を込めて。

坂井泉水  「永遠」 '97

2007-05-29 22:01:38 | 音楽帳


かたちんばと、「ZARD」などというものに、接点があるとは思えないだろうが、なぜか、うちには、1枚だけ、シングルCDがあるのである。

それは、1997年8月20日発売の「永遠」という曲。
かつて、「失楽園」というドラマの主題歌にもなっていたそうだが、そんな恍惚老人渡辺淳一のスケベ小説には、縁の無い自分だから、当然見ていないのだが、何かのラジオかTVかで聴いたサビのセリフがキーとなって買ったのだろう。

「君と僕との間に 永遠は見えるのかな」

***

1991年4月から、自分は社会人で、右も左もわからぬ大阪に投げ込まれて、もがきながら、ビッコマンと化しながら、はいつくばっている向こう側で、EveryLittleThingやZARDは、自分とは対極の位置に居て、ひたすらかろやかに、ポンコツの営業車のAMカーラジオから流れていた記憶が強い。

うまく生きれない自分にはなしえない、リアリティの低い音楽が日本の主流を占めていたのが、90年代の記憶だとすれば、その中で、不思議に、透き通って、何の悩みも無いかのように、持田香織や坂井泉水の透明なウタは、ふわふわと、遠くに聴こえていた。

***

そういう自分が、なぜこのCDを持っているのかは不思議だが、1996年の東京に戻って以降、何かのきっかけで聴いたこのサビが、微妙に、自分とリアルな接点を持ったのだろう。

「君と僕との間に 永遠は見えるのかな」

残念ながら、それ以前も、それ以降も、そういう接近は、2度となかった・・・。

***

むしろ、恍惚老人渡辺淳一のスケベさとは違う意味での、スケベさを持つ、かたちんばは、蒲池幸子としてのレースクイーン時代の、日清の金色のハイレグ水着姿なら、脳裏に焼きついて消えない。
昨夜は、蒲池幸子(=坂井泉水)のハイレグレースクイーン時代の雑誌を探したが、荷物の中に見つからなかった。
しかし、あのハイレグ角度▽は、確実に30°を切っていた。
あの食い込み具合が脳裏から離れない。

しかし、それが、同一人物だと言うのにも、自分の中では、未だに理解出来ていないでいる。
正真正銘、蒲池幸子=坂井泉水なのだが・・・・。

***

昨日、ニュースを見て、初めて、自分と同い年であったことに気づいて、「えっ!」と思った。と、同時に、仕事場でも「えっ!」と自分に向かっての冷たい視線を浴びた。
確かに、彼女は、美しいイメージのまま、40歳ということも知られぬまま、こういう時を、不幸にも迎えてしまったのである。

いつも、「映像には、余り映らない・映さない」というイメージ戦略で、坂井泉水のイメージは、波紋のように、ふくらみ・広がったが、その果てが、このような突然死という形で幕を下ろすことになろうとは思いもしなかった。

***

今夜は、同い年という事を知って、初めて、10年ぶりに、このシングルCDをかけてみた。
永遠に美しいイメージのまま、走り去っていった坂井泉水に合掌。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ネコざかりの庭 2

2007-05-26 17:37:31 | 写真日和


2枚目です。
3匹が起きたら、こんな具合です。
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ネコざかりの庭

2007-05-26 11:40:20 | 写真日和


13日母の日で、元旦以来に実家に行くと、庭のネコたちは元気に大きくなっていた。
完全なるネコ屋敷である。

家には、まみちゃん、それに、その母ネコのコチャコ。

庭には、ミケちゃん、と娘2匹。

ミケちゃんは既に3回目のご懐妊中。既におっぱいは大きく腫れてきている。

***

近所でボランティアでノラネコたちを1匹づつ捕まえて、避妊や去勢手術を行っている人がいる。母は、数千円を寄付したそうだが、そういう優しい人たち、ネコを愛する人たちがいるのがうれしく思った。

この日の前の日に、ミケちゃんの父ネコ(クリームちゃんと呼ばれているらしい)は去勢手術を受けたらしい。

草加は好きではないが、多摩ニュータウンのように、えらそうに潔癖症の町、見た目だけきれいな町を目指して、ノラネコや野良犬をすぐ通報して、保険省に連れていかせるような街ではなく、こういう優しい人々がいるだけ嬉しくなった。

うちの庭もネコたちの楽園でいつまでも居て欲しい。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

5月24日 木曜日 テイ・トーワ 「Free」PVでの、麻生久美子さんがとってもきれいです。

2007-05-24 17:03:13 | 音楽帳
頭痛を抱えながら、YouTubeを検索する日々、面白いものを発見した。
テイ・トーワの「SWEET ROBOTS AGAINST THE MACHINE」というアルバムに入っている「Free」という曲のプロモーション・ヴィデオを手に入れたのですが、ぬあんと、こないだから「帰ってきた 時効警察」にて復活した番組にも出ている、麻生久美子さまが、出ているのである。



元々、綺麗でステキな人だが、曲に合わせてダンスをして、振る舞う姿のな~んと可愛く、な~んて綺麗なんでしょうか。非常にうれぴくなります。
(もう1人横に女性は居ますが、添え物という感じ)
ファンでいて良かったなという感じ。
さらに、ファンになってしまいます。

***

テイ・トーワという人は、YMOチルドレンながら、余りに自分の期待とかけ離れた音楽を作っていて、正直、卓越した才能も感じないし、好きにはなれないのだが(「坂本龍一のサウンドストリートにデモテープを送っている頃の音が一番面白かったと思うのだが)、このプロモーション・ヴィデオは、彼の音楽は別として、麻生久美子ファンには、たまらない一品である。
永久保存版なのだ。

***

最近、2ヶ月仕事の忙しさと、某建築会社の建てた欠陥住宅への交渉の心身の疲れから、すっかりテレビを見ていなかった為に、4月から「時効警察」が復活していたぬあんて・・・・知りませんでした。
3週間前から見ています。

不幸な事の多い日々だが、良いこともあるにはあるのだ。
毎週、金曜日、この「帰ってきた 時効警察」を見ることだけが、最近の唯一の楽しみであり、救われる瞬間である。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

頭が割れるように痛い! Soft Verdict  「 Close Cover」

2007-05-22 22:29:31 | 音楽帳


風邪か?ウツか?
ここ数週間、欠陥住宅の1件もあって、心身ともにマズイ状況になっている。
実は。

最近、1日1食しか食事しない。気がつくと・・・・。
食欲も無い。だるい。疲れやすい。

***

ついに昨夜は、7時に退社、23:00に布団に入るハメに。
カラダは痛いし、頭が割れるように痛いのじゃ。

0時前に寝ること無い自分がねえ・・。

昨夜は、細野さんの無印良品のBGMとして作った「花に水」に入っている「Talking」をエンドレスで朝までかけて寝た。



身動きすらとれない感じ。だが、仕事を休み訳には無い。
体温計の無い、貧乏な自分は熱も測れない。

こないだまでは、鼻かぜだったのだが、それが次第にノドに移り、そして肩こりと頭痛とだるさだ。

***

今夜は、Youtubeで発見したSoft Verdictの「 Close Cover」をかけている。
「ちくしょー、不良欠陥住宅を作った某建築屋め・・・」と呪いをかけながら、布団に横になる。

こういうときは、とにかく静かな音楽だ。
何も考えたくない。というか考えられない。
ともかく寝よう。
虚しいな・・・。
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ヒューマン・オーディオ・スポンジ Tシャツ

2007-05-20 12:09:06 | 音楽帳


リリーフランキーさんのデザインのヒューマン・オーディオ・スポンジのTシャツがこれです。

「スマイル・トゥギャザー・プロジェクト」ですので、スマイルが表現されています。何の悪魔の運命か・・・幼くして、痛い・怖い・辛い想いをするコドモたちに少しでも「スマイル」がありますように。

好い加減な事をして、金の猛者になっているココロない建築業者や、保険屋や銀行員には、是非1000万円単位で無償の寄付をお願いしたいものだ。

そんな祈りを感じるかわいいデザインのTシャツ。
素材は優しいオーガニックコットンの素材です。

リリーフランキーさんのコメントです。
「コドモたちの未来を力強く、
小さくてもいいから、
サポートすることができたらという
気持ちを込めました。」(リリーフランキー)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

5月19日 土曜日 ヒューマン・オーディオ・スポンジ コンサートに行く。

2007-05-20 00:59:17 | 音楽帳


ついに、この日が来た。
ヒューマン・オーディオ・スポンジ=坂本龍一+高橋幸宏+細野晴臣=旧YMOのコンサートである。

遠かった、とにかく。
パシフィコ横浜に行くのに、かたちんばは、2時に起床、入浴後、3:30に家を出たのだが・・。
バスで田端へ。
京浜東北線へ乗るものの、桜木町まで、遅延もあり、着いたのは17:15。
焦って、横浜に疎い自分は、タクシーに乗る。

***

18:05暗くなって始まった。

始まりは、意外な曲「以心電信」でした。
1983年以来、初めて3人でやったこの曲に、うかつにも、ほろりと涙がキてしまいました。

バックには、つきあい長いYMOチルドレンの高野寛くんが流麗なギター。

曲は、スケッチ・ショーと旧YMOの曲中心に、坂本のソロ名盤「キャズム」の3人で作った「war&peace」をやったり…。
一番カッコ良かったのは、「ライオット・イン・ラゴス」でした。

どこかのTVでやるようで、カメラや機材だらけでした。

***

19:20一旦引っ込んだ後、アンコール。
スケッチ・ショーの曲を2曲演奏、再度、幕のすそへ・・・。

そして、再度のアンコール。

最後の曲は、「キュー」で終わりました。。
そこで、みんなは立ち上がり拍手の渦。

***

リリー・フランキーさんの描いたヒューマン・オーディオ・スポンジのTシャツを4200円で買った。
このお金は、小児がんの団体に寄付されます。

***

桜木町まで歩き、雨の中、コーヒーを飲み、家路を辿りました。
コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

三島由紀夫への回想 2 ~巣鴨学園での生活 1982-1985~

2007-05-17 21:44:44 | 想い出かたちんば


私は、巣鴨高校の出身である。
かなり、20数年の間に、学校としての変容は若干していることだろうが、当時、そこは、まさに軍隊としての、規律と「文武両道」を要求される、極限の世界であった。

当然、男子校であり、女性は1人もおらず、往復の山手線で見るようなちゃらちゃらした「高校生活」などとは、自分は、まったくの無縁であった。
自分が、三島由紀夫が、後期にして、「肉体」を手に入れることに渇望し、それを得て、集団「楯の会」としての「共に見る 精神の淵 肉体の淵」へと向かっていった事へのシンパシーの根源は、ここにあるようにも思う。

***

入学すると、その日に、全員に、学園長が直筆した「文武両道」という色紙をもらう。
制服は、海軍のような制服だった。


日々は、授業の中で柔道・剣道のいずれかを義務付けられ、毎日、10:30ごろには軍隊的な体操の時間が必ず設けられており、絶対参加であった。

そして、四季折々の軍隊的な催事が待っていた。
5月には、連休前に「大菩薩峠越え競歩大会」なるものがある。山梨と奥多摩を繋ぎ、間に大菩薩峠を越える道、42kmを歩いて越えるのでる。
しかも、それは、夜中の2時にバスでスタート地点に下ろされ、昼12時までにゴールすることを要求される。
我々は、真暗な闇の山道を、懐中電灯のあかりを頼りに歩いていく。
道端で、両足が吊ってしまって倒れた同志を見かけることもあった。高校3年の時には、悪天候でどしゃぶりの雨の中、決行された。
私は、そのとき、雨に打たれながらも同志たちと歩きながら、不覚にも寝たのである。
歩きながらでも、人間というのは眠れるのだと初めて知った。

峠の頂上には、甘酒屋が一件あるのみだった。
下り道に入ると、夜は、蒼く明け始める。
自分は、朦朧とした中で、坂本龍一の「The Garden Of Poppies」という美しい曲を、頭の中で鳴らしていた。


当然、連休中は、からだじゅうがボロボロで、どこにもいけずに、寝たきりの生活をすることになる。

***

夏には、千葉の館山での水泳の合宿。
日本古来の古式泳法をするのだ。
しかも、いでたちは白ふんどしである。

秋になると、11月には、多摩湖でのマラソン大会。
マラソンとはコトバだけで、実質は、道無きでこぼこの山道を、樹を掻き分けながら、12km走るのである。

そして、冬、1月の極寒の中、7時ごろから、2週間に渡る「寒稽古」が始まる。
私は、柔道を選択したが、もはや畳は、その畳としてのやわらかさは失い、硬く寒さで凍り付いていた。そこで何時間も打ち込みをやらされた。

これら、四季折々の催事には、当然、それの事前練習もあり、例えば、マラソン大会などでは、学園の周辺を走るのだが、池袋周辺の、やわな世界を走る自分に見える、周りの人間も世界も全ては、別の次元のモノにみえた。

***

こんな戦時中下のような日々を送りながら、なおかつ、自分は、「排球班」に所属していた。
「排球班」とは何か? バレーボール部のことである。

***

これらの「受苦」を、3回繰り返して、終えねば、高校生活は終わらなかった・・・。

そういう自分が垣間見た、極限の世界、肉体の極限、精神の極限・・。
それは、多分、何らかの精神的作用を自分にもたらしたのかもしれない。

20数年たった今、もはや、自分では、わからないのだが・・・・・。

***

そういえば、三島由紀夫の「仮面の告白」に出てくるセント・セバスチャン像へ感じたエレクティオを思い出す。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

美と死とエロティシズム ~コクトー・ツインズ 「トレジャー」'84

2007-05-16 22:06:29 | 音楽帳


先日、ハングル語の話せるサブカルねえさんと池袋の高い和食店で食事をしていた。
音楽の話、昔の80年代の話から、「誰もわかってはくれないだろう・・・・」と、独り言を言った。
「あの頃、コクトー・ツインズ(CocteauTwins)が好きだったから・・・・」
と言うコトバを聞いて驚いた。

見事なまでの趣味の一致に驚いたのだ。
「Treasure」が最高傑作だという点でも一致した。

***

評論家というのはいい加減だ
どこをどう聴いても、コクトー・ツインズ(CocteauTwins)の最高傑作は「Treasure」しかないのである。


ここにあるのは、三島由紀夫先生と相通ずる、「美と死とエロティシズム」である。

誰の影響下にもない音楽。
4ADレーベルのアーチスト全体がそうではあったが、この作品は、全く他のものと異なる深海のような深みを持つ作品である。

美と死とエロティシズムが結実した、比類なき音楽・比類なきレコードである。

全10曲、すべての曲名に女神の名前がタイトルとしてつけられている。
また、彼らの歌詞は一聴して、あたかも英語のように聞こえるが、英語ではない。
何語でもないのだ。
ただ、ひたすら、美と死とエロティシズムを求めて、エリザベス・フレイザーが、感じるがままに口から吐き出した、エセ英語である。
その声の美しさとエロティシズムは、他の音楽では体験できない、美の極みを行っている。

***

自分が、生涯で10枚アルバムを選べといわれたら、黙ってこれを選ぶ。(まあ、YMO関連だけでも既に10では収まらないのだから、それは抜いたとしての事だが)
1987年、このレコードを本当に、溝が磨り減るほどに聴いた。
昼に合う曲、夜に合う曲、それぞれあり、聴く時間によっても、美しい変化をする。
10曲が、10曲とも完璧で、A面・B面とちゃんとコンセプトを踏まえた曲順になっており、そんなアルバムは、ぱっと浮かぶには、ロキシー・ミュージックの「アヴァロン」くらいではないだろうか。

また、このアルバムこそは、CDなんぞのチャチなものではなくて、紙ジャケットのレコードで聴くに限る。
はっきり言ってしまえば、このレコードでの「美と死とエロティシズム」の世界は、CDでは再現されていない。
是非、レコードで聴くことを勧める。
そして、この世を忘れて、三島由紀夫的な「美と死とエロティシズム」に陶酔して欲しい。

1. Ivo
2. Lorelei
3. Beatrix
4. Persephone
5. Pandora
6. Amelia
7. Aloysius
8. Cicely
9. Otterley
10. Donimo
コメント (5)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

好きな詩・セリフ : 森田必勝 辞世の句 '70

2007-05-15 21:36:53 | 詩、セリフ・・・そして、コトバ


「楯の会」メンバーとして、市ヶ谷駐屯地で、三島由紀夫と共にクーデターに参加し、
亡くなった、森田必勝、25歳の辞世の句である。


「今日にかけて かねて誓ひし 我が胸の 思ひを知るは 野分のみかは」

                                      森田必勝
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする