退職者の会(労働組合)のサークルである「一日散歩」で行田市に出かけた。埼玉東南部に居住していると行田市はあまり行くことは無い。埼玉古墳(さきたまこふん)と足袋のイメージしか無い。サークルの「古代蓮」と「のぼうの城」の忍城に興味があり参加した。
(1)古代蓮の里
JR行田駅より循環バスにて20分ほどで「古代蓮の里」へ、緑が一面に広がり、「紫陽花」や「ショウブ」とは違った、これが古代か?という雰囲気を醸し出している、
とにかく、広いのが良い、清々する。蓮だけではなく古代蓮会館のタワーに50m上がると360度のパノラマである。(周りに大きい建物が無いから眺めは良い)初めて田んぼアートを見た、多くのボランテア方に協力により作っているようであるが、下からだと全く分からないが、上に上がって苦労が分かる。
(2)B級グルメのゼリーフライ
B級グルメには縁が無かったが、参加者全員がどんな物か食べてみようと列に、「ゼリーフライ」は形から「銭フライ」なまって「ゼリーフライ」となったらしい。ルーツは、日露戦争の時に伝わった「野菜まんじゅう」と言うことです。衣のついてないコロッケ味で「おから」が入っておりヘルシーな食べ物、ソース味が利いたモチモチした感じが好感がもてる。
(3)「のぼうの城」の忍城
恥ずかしながら、野村萬斎の「のぼうの城」の映画で初めて行田市のお城である事を知った。この忍城は、関東7名城の一つとの事、忍藩十万石のお城で、豊臣秀吉の関東平定の際には、石田三成の水攻めに耐えた別名「浮き城」と言われた。映画はこの所を描かれている。豊臣秀吉が唯一落とせなかった城として有名で、小田原城が落城後に忍城は開城という形をとった。現在の城は、昭和63年に完成した綺麗なお城である。
(4)忍城おもてなし甲冑隊
いわゆる忍城宣伝隊である。観光シーズン、団体客向けに、演舞パフォーマンス、記念撮影など観光PRである。忍城では楽しいパフォーマンスを見せてくれた。
行田市は、人口4万チョットなのだろうか、東京に隣接している埼玉の各市に比べるとローカル的な面が強いが、さすが城下町は趣があって殺伐とした所が無くて良い。
(1)古代蓮の里
JR行田駅より循環バスにて20分ほどで「古代蓮の里」へ、緑が一面に広がり、「紫陽花」や「ショウブ」とは違った、これが古代か?という雰囲気を醸し出している、
とにかく、広いのが良い、清々する。蓮だけではなく古代蓮会館のタワーに50m上がると360度のパノラマである。(周りに大きい建物が無いから眺めは良い)初めて田んぼアートを見た、多くのボランテア方に協力により作っているようであるが、下からだと全く分からないが、上に上がって苦労が分かる。
(2)B級グルメのゼリーフライ
B級グルメには縁が無かったが、参加者全員がどんな物か食べてみようと列に、「ゼリーフライ」は形から「銭フライ」なまって「ゼリーフライ」となったらしい。ルーツは、日露戦争の時に伝わった「野菜まんじゅう」と言うことです。衣のついてないコロッケ味で「おから」が入っておりヘルシーな食べ物、ソース味が利いたモチモチした感じが好感がもてる。
(3)「のぼうの城」の忍城
恥ずかしながら、野村萬斎の「のぼうの城」の映画で初めて行田市のお城である事を知った。この忍城は、関東7名城の一つとの事、忍藩十万石のお城で、豊臣秀吉の関東平定の際には、石田三成の水攻めに耐えた別名「浮き城」と言われた。映画はこの所を描かれている。豊臣秀吉が唯一落とせなかった城として有名で、小田原城が落城後に忍城は開城という形をとった。現在の城は、昭和63年に完成した綺麗なお城である。
(4)忍城おもてなし甲冑隊
いわゆる忍城宣伝隊である。観光シーズン、団体客向けに、演舞パフォーマンス、記念撮影など観光PRである。忍城では楽しいパフォーマンスを見せてくれた。
行田市は、人口4万チョットなのだろうか、東京に隣接している埼玉の各市に比べるとローカル的な面が強いが、さすが城下町は趣があって殺伐とした所が無くて良い。