神田川 「まる歩き」 しちゃいます!!

ー神田川水系、支流はもちろん、旧水路、廃水路、全部 「まる歩き」ー

鎌倉古道、亮朝院

2018-05-08 06:54:34 | 神田川5

 面影橋と(地名ではなく本来の)高田馬場を結ぶ道は、鎌倉街道といわれる古道で、→ 「戸塚村絵図」の右上隅にあって、源兵衛村(及び戸塚村の枝郷大久保新田)と、下戸塚村の村境でもありました。その古道が神田川の段丘斜面に差し掛かる半ばに、赤い門がひときわ目立つお寺が建っています。亮朝院(りょうちょういん)という日蓮宗のお寺で、江戸時代、法華経の守護神、七面明神を祀る霊場として栄えました。

 

Ryochozue1

    ・ 「江戸名所図会 / 高田七面堂 朝日桜」  門前の道を右手に下ると面影橋、逆に左手に上ると高田馬場です。また、境内の裏は崖面になっていて、その下が前回までのテーマの字バッケ下です。

 明暦元年(1655年)幕府の祈祷所となり、同3年に五明村に寺地を拝領し創建、その後、寛文11年(1671年)に当地に移転してきました。そのいきさつを「新編武蔵風土記稿」は次のように述べています。「当村(大久保新田)民家九軒寺院共に古は今の尾張殿戸山屋敷の内五明と云る所に住せしか、寛文十一年彼構内に入し時、替地を給はり、民家及寺院も爰に移り住し、田甫は元の如く戸塚村の内に入合ひたれば詳には弁明し難し」 

 

0209a

    ・ 鎌倉古道  高田馬場から面影橋に下る古道の左手に亮朝院があります。さらに下ると100mほどで→ 面影橋です。

0209b

    ・ 七面堂と朝日堂  正面に七面堂、その前に七面堂を守護する仁王像、右手に朝日堂という位置関係は「図会」の描くのと同じです。