車椅子を押した。生まれて初めての体験。当たり前のことだが新鮮に感じたこと。1.アスファルトの平坦な道は助かる。2.近づくとセンサーが感知して開く自動ドアは助かる。3.階段脇のスロープは助かる。4.車椅子のまま乗り入れていい施設は助かる。5.段差を下るときは後ろ向きに。5.自分は健常者なんだということ。
群馬4区は自民党激戦区。かつては福田赳夫、中曽根康弘、小渕恵三で争っていた。みんな総理になった。今度は福田康夫。地元で勝つのがたいへんなだけに勝負に勝つコツを知っているのだろうか。あまり自分に関係ないことではあるが、私の出身地の選挙区の不思議な現象。福田さんは遊説中、環境問題に触れたという。よろしく頼みます。
池谷裕二氏の「進化しすぎた脳」を読んでいると、無限に興味が湧いてくる。可視光線のみ感知できる目と、その情報処理をしている脳。光よりずっと低い周波数の音波は耳で聴き、音と言葉を分けて情報処理している脳。光と音の間には、無数の周波数帯域があるが、これは感知できない。もしできたとしたらどうなんだろうか、などなど。人は、脳が決めたことは自分が決めたことと思っているが、実は脳はよく間違いを犯したり、勝手に判断したりする。脳と、その脳の所有者である私。とても考えを整理できないが、なかなかおもしろい。
最近、1年の単位が、4月から3月ではなく、1月から12月と感じるようになりました。ところで、1月1日をいつにするかは、どうやって決めたのでしょうね。太陽暦、太陰暦それ以外にも暦はたくさんあると思いますが、一年の始まりの日はあるはずです。こんなことをふと思うと、眠れなくなります。今は朝だからいいですが。
昨日のビジネスプロセス革新協議会の会議のあと出た弁当ですが、手で持って、立食形式で食べられる形になっています。箸を使わず串で刺して食べられるようになっているので、扱いがとても便利。しかも、たいへん美味しい。これは逸品です。田村さんという方が作った創作弁当で、ビジネスプロセス革新弁当だそうな。
リッチクライアントで情報システムを構築するときの問題。リッチクライアントでは、クライアントを端末としてではなく、コンピュータとして機能させることができるので、大変便利だが、時計に関しては注意が必要だ。たとえばデータが入力された正確な時刻を、自動的に取ろうとして、パソコンの時計から取得しようとすると、これがあてにならない。スパムメールの発信日時をみればわかる、年月すらいい加減に設定されているパソコンもある。パソコンこそ電波時計を内臓すべきだと思うのだが、そのあたりは各社どうなっているのだろうか。疑問に思っていたら、こんな記事に出会った。
しかし「情報システムと時刻」というテーマで、銀行や証券会社、グローバル企業のシステム責任者などに集まってもらって、苦労話や失敗談、アイデアなどを、座談会形式でやったら、おもしろいかもしれないと思った。
しかし「情報システムと時刻」というテーマで、銀行や証券会社、グローバル企業のシステム責任者などに集まってもらって、苦労話や失敗談、アイデアなどを、座談会形式でやったら、おもしろいかもしれないと思った。
白洲次郎の妻で、能や骨董に造詣が深かった方。結婚しても料理はやらずお手伝いさん任せ。自分の趣味に生きた方。能は50歳で免許皆伝。骨董は小林秀雄と青山二郎に師事し優れた評論を残したという。週刊現代の4月21日号に、娘さんの談話として載っている。2人が暮らした鶴川の「武相荘」を一度訪れてみたい。
寺垣さんの記事を漁っていたところ、こんな実験に出会いました。私には前提知識がなく理解できないのです。どなたかコメントしてください。以前にも書きましたが、近くに雷が落ちたとき、光と同時に「バシッ」という音が聞こえ、その後大音響が鳴り響いた不思議な体験を鮮明に覚えています。丁度中学生くらいで、音速は340m/sとか教わり、雷が鳴るたびに、稲光と音の時間差を確認し、距離を推定して家族に自慢していた頃でした。光ると同時に聴こえた音の体験は、その理屈に合わないので封印したままでした。
ところで、音速を調べていたらこんなのがありました。成層圏(11000m)での音速は290m/sくらいになってしまうのですね。
ところで、音速を調べていたらこんなのがありました。成層圏(11000m)での音速は290m/sくらいになってしまうのですね。
家を出て左に行ったところにある畑の際に咲いている花。昨日の雨のせいか、ひときわ美しい。人は花を見て感動する。猫はどうだろうか。生きていればきっといいことがある、とは、よく言われることばだが、いいこととは何だろうか。もしかして感動することに出会うことがある、ということではないかと、ふと思った。
家の鉢植えのシクラメンも美しいが、なぜか水をやろうと思い至らない。ま、その程度の自分ではある。
家の鉢植えのシクラメンも美しいが、なぜか水をやろうと思い至らない。ま、その程度の自分ではある。