もう十五年くらい前になるか、神保町一誠堂前の文庫本の均一台に、昭和四年改造社発刊の『日本探偵小説全集』が二、三冊列んでいた。値段は百円か二百円だったと思うが、そのうちの一冊に「夢野久作集」があった。それ以前に何度か見かけた記憶があり、当時さほど珍しいものとも思わず、さらに三一書房の「夢野久作全集」も持っていたことから、そのまま打ち捨てて買わずに終わった。しばらくして、その見過ごした本が夢野久作名義として最初の出版本と知り、このときは切歯扼腕の意味を体で思い知らされた。
妙なもので、そのとき以来、改造社全集版「夢野久作集」を単品で見かけたことがない。一度、紐で結わえた『日本探偵小説全集』の一群の中に潜り込んでいるところを発見したことはあるが、一括物としてべら棒な値段が付けられていて、憤怒と悔恨の感情とはこんなものだと再度認識させられただけだった。負け惜しみでなくそれほど希少な古本とも思えないので、どこかでまた遭遇する機会が来る、と努めて気を落ち着かせその場を立ち去るしかなかった。
その点、同名の『日本探偵小説全集』でも春陽堂が発刊した全集の一冊は、戦後の出版のおかげで、というか夢野久作生前の出版ではないのでというべきか、古本屋で普通に入手していた。もっとも、こちらは夢野久作単独の巻でなく山田風太郎との抱き合わせでもあるので、時代的な貫禄の違いを含め、改造社全集版に比べたらずっと格下の久作本ということになるのかも知れない。
古本としての格は、まさにその通りで異存ないが、読者としての個人的かつ末梢的な余禄を吹聴させてもらえば、春陽堂全集版のこの文庫本を読むことにより、山田風太郎の鬼才ぶりを現在から眺め返し、本物の小説家は常人から生まれてくるものではないという古今不易の事実を痛烈に納得させられた。山田風太郎の天国荘ものはいくつか読んでいるはずで、天井裏に砦を構えて、旧制中学の猛者どもが悪巧みを仕組んでは危機一髪の目に合う、探偵小説風味の濃い愉快な小説だったと思うが、実はまるきり忘れている。しかし、それはそれとして、この巻に収録されている『天國荘綺談』を読んでみて、あらためて山田風太郎の超絶絢爛たる文字使いと次々に畳み掛けてくる幻妙魔怪の面白さに驚倒した。
山田風太郎は、谷崎、芥川、佐藤の藝脈につながる文人であると挟み込みの『探偵通信』において乱歩から賞されているが、夢野久作と優に比肩する高峰として屹立する存在となっている現在は、田舎の公立図書館で風太郎忍法帖の掲載雑誌をこっそり読んでいる高校生仲間を横目で見ていた片割れにとっても、望外に喜ばしい未来だったわけである。
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