遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『古事記異聞 オロチの郷、奥出雲』  高田崇史  講談社NOVELS

2019-05-07 11:14:22 | レビュー
 出雲市と松江市に所在する神社等を巡り歩いた橘樹雅(たちばなみやび)は、御子神准教授から何も分かっていないお嬢様旅行だなと揶揄される羽目になった。御子神の発言に雅はカチンとくる。そのとき、蹈鞴製鉄の本場、出雲は「鉄の国」であり、奥出雲は素戔嗚尊の八岐大蛇退治の里であること、また奥出雲が櫛名田比売の手摩乳・脚摩乳の故郷であることに気づく。出雲国の本質は、奥出雲にあるのではないかと・・・・。そして、急遽今回の旅の予定を変更して、奥出雲の旅を何とか組み入れた。
 そこから、このシリーズの第2作が始まって行く。つまり、『オロチの郷、奥出雲』である。この第2作は、4ヵ月後の2018年10月に第1刷が発行されている。

 今回の目次の見出しをまず見ると、プロローグとエピローグの間の章の見出しは○○○雲という形で、名称の末尾が「雲」で統一されている。大蛇雲・曇り雲・鼬鼠雲・瑞祥雲・縺れ雲という風に・・・・。これも一つの遊び心だろう。

 さて、プロローグは、斐伊の渓流の傍で石宮久美が斎木裕子を呼び出して話し合いの場を持つ場面から始まる。葛城先生の名が裕子の口から出たことがトリガーになり、久美が裕子の体を思いきり突き飛ばす。その背景には四柱推命の考えが絡んでいた。そこから事件が始まっていく。

 まず奥出雲の斐伊川の支流・大馬木川の峡谷、「鬼の舌震(したぶるい)」と称される景勝地近くの亀嵩(かめだけ)で民宿を営む磯山源太が主な登場人物の一人として登場する。彼は絶好の渓流釣りスポットで民宿客への料理に供する魚を獲るために上流に溯って行った。すると川面を赤い花がついている一本の櫛が流れてきたことに気づく。さらに上流に遡り、源太が「亀岩」と名づける大きな岩の傍で、仰向けに倒れている女性の死体を発見する。同じ亀嵩に住む斎木裕子であることに気づき仰天してしまう。そして死体発見かつ通報者となる。この斎木裕子殺人事件には、あの島根県警捜査一課警部の藤平徹と部下の巡査部長・松原将太が登場してきて、捜査活動を開始する。
 つまり、全体の大きな構成は第1作と同じになる。奥出雲での殺人事件の捜査活動ストーリーの展開と、雅の奥出雲探究すなわち出雲の本質とは何かの謎解きストーリーの進展である。

 雅は、宍道駅16時2分発の木次(きすき)線に乗車し亀嵩駅に向かう。この車中で奥出雲での探究の下準備として資料読みと思索にふける場面から始まって行く。これは読者にとっても、出雲の本質究明のための情報を雅の目線で蓄積していくプロセスになる。
 素戔嗚尊とは何者か? 素戔嗚尊の伝承としてどういう内容が伝わっているか? 大蛇とは? なぜ櫛が登場するのか?・・・・ 奥出雲に関心を惹かれる基礎知識が積み重ねられていく。民俗学的なアプローチの面白さが盛り込まれていく。

 雅が旅行の予定を変更して、奥出雲での宿泊先をなんとかアレンジしてもらった。その宿が源太の営む民宿「磯山」だった。民宿に着き、源太に奥出雲に来た理由を尋ねられて、その目的を話したところから、源太が交通の便の悪いこの地域での運転手兼案内役を買って出てくれることになる。源太は4,5年前に、東京から来た大学の教授だか助教授だかのちょっと渋い感じの中年男性に色々教えられたということを懐かしそうに口にした。雅には、ここで一つの謎が残ることになる。この中年男性は誰なのか? この第2作ではこの箇所はそれ以上には進まない。このシリーズでの将来への伏線になるのだろう。

 本作の全体構成を外観しておこう。そのために、雅の出雲の本質探究プロセスをSA、斎木裕子殺人事件をSBとして、このストーリーの進展の大枠をご紹介する。

プロローグ SB: 事件の発端の提示

大蛇雲 SA: 木次線車中での雅の資料読みと思索の整理=読者への基礎知識提示
    SB: 源太の死体発見と通報、藤平と松原の現地入りと初動捜査開始

曇り雲 SA: 雅が民宿入り、源太との会話。奥出雲探究・神社巡りのスタート。
        金屋子神社⇒伊賀多気神社⇒稲田神社⇒鬼神神社⇒
            奥出雲たたらと刀剣館⇒絲原記念館⇒三澤神社
    SB: 久美の心境、藤平・松原の聞き込み活動

鼬鼠雲 SA: 三澤神社⇒八重垣神社⇒鏡ヶ池⇒木次神社⇒佐世神社⇒(斐伊神社へ)
    SB: 久美が雲南署に自主、藤平らによる取り調べ、事件現場の状況事実
        久美の先輩・三隅誠一の登場、久美の先生・葛城徹の思い

瑞祥雲 SA: 八本杉⇒斐伊神社⇒河邊神社⇒三屋神社⇒矢口神社
        雅は奥出雲探究の経緯を御子神に連絡する。思考の総括がなされる。
    SB: 藤平から源太へ電話が入り、その時雅が藤平に自分の考えを伝える
        ストーリーの最終段階で、雅が殺人事件の解釈に関係を持つ。

縺れ雲 SA: 御子神に電話をかけたが不在。波木との会話で謎解きの一端を解明。
    SB: 事件の真相が解明される。

エピローグ SB: 事件は意外な結末となる。四柱推命の「金神七殺」が絡むのか。

大凡、こんな展開になっていく。
 当然のことながら、SAの進展プロセスで『出雲国風土記』に記された内容が雅の考察資料として頻繁に引用されていく。読者にとってはこの『出雲国風土記』の内容に親しむ機会にもなると言える。

 そして、雅と御子神、あるいは波木との対話を経て出雲の本質についての謎解きがほぼできる。八岐大蛇伝説の意味と櫛の持つ意味が明らかとなる。素戔嗚尊という言葉の意味が明らかになる。素戔嗚尊との関連で、簑笠、案山子の持つ意味もまた明らかにされていく。これも連鎖しているのだが、松尾芭蕉が美濃国大垣で詠んだ「降らずとも竹植(うう)る日は簑と笠」の句における簑と笠の持つ意味が明らかになる。

 このストーリーで発生する殺人事件との関連で言えば、雅が源太に説明する祟りの本質がテーマになっている。雅は水野教授の考えの受け売りだが同意していることから、次の説明をする。
「その神の存在や、その祟りを信じている人間がいる限り、何かしらの『祟り』が起きます。というのも、その神様に対して何事か不敬な出来事があれば、その信者は『何とかしなくてはならない』と感じるから。そして、その思いを現実的な行動に移してしまうと--祟りが顕現するんです。」(p179)と。

 最後に、この第2作においても、「八雲立つ出雲八重垣 妻ごみに 八重垣作る その八重垣を」の歌が出てくる。そして、雅が違和感を感じるという点だけがやはり明記される。これはこのシリーズの今後の展開への伏線なのだろうか。この点興味深い。このシリーズの展開を期待しよう。

 ご一読ありがとうございます。

本書に関連する関心の波紋から検索したものを一覧にしておきたい。
スサノオ  :ウィキペディア
素戔嗚尊/須佐之男命  :「コトバンク」
わずか3分で学ぶ「ヤマタノオロチ伝説」  :「神々のふるさと 山陰」
八岐大蛇  :「コトバンク」
出雲國たたら風土記 ホームページ
  たたらとは   
  映画「もののけ姫」をたたら製鉄から読み解く 
  金屋子神を祀る人たち  
たたらとは  :「material Magic 日立金属」
金屋子神   :「material Magic 日立金属」
たたらの話  :「和鋼博物館」
たたら吹き - 日立   YouTube 
【News撮】たたら製鉄   YouTube 
たたら製鉄  :ウィキペディア
金屋子神   :「コトバンク」
書評 鉄の道文化圏推進協議会編『金屋子神信仰の基礎的研究』 :「岩田書院」
なんでそんな形なの!?島根「鬼の舌震」で自然が作り出した奇岩に驚愕 :「LINEトラベル.jp」
奥出雲公式観光ガイド ホームページ

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徒然に読んできた作品のうち、このブログを書き始めた以降に印象記をまとめたものです。
こちらもお読みいただけるとうれしいかぎりです。(シリーズ作品の特定の巻だけの印象記も含みます。)
『古事記異聞 鬼棲む国、出雲』  講談社NOVELS
『卑弥呼の葬祭 天照暗殺』 新潮社
『神の時空 京の天命』  講談社NOVELS
『鬼門の将軍』   新潮社
『軍神の血脈 楠木正成秘伝』  講談社
『神の時空-かみのとき- 五色不動の猛火』  講談社NOVELS
『神の時空 -かみのとき- 伏見稻荷の轟雷』  講談社NOVELS
『神の時空 -かみのとき- 嚴島の烈風』 講談社NOVELS
『神の時空 -かみのとき- 三輪の山祇』 講談社NOVELS
『神の時空 -かみのとき- 貴船の沢鬼』 講談社NOVELS
『神の時空-かみのとき- 倭の水霊』  講談社NOVELS
『神の時空-かみのとき- 鎌倉の地龍』 講談社NOVELS
『七夕の雨闇 -毒草師-』  新潮社
『毒草師 パンドラの鳥籠』 朝日新聞出版
『鬼神伝 [龍の巻] 』 講談社NOVELS
『鬼神伝』 講談社NOVELS
『鬼神伝 鬼の巻』 講談社
『カンナ 出雲の顕在』 講談社NOVELS
『QED 伊勢の曙光』 講談社NOVELS