遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『鬼門の将軍』  高田崇史  新潮社

2017-04-02 17:49:07 | レビュー
 著者は現在発生した殺人事件と怨霊認識に彩られた史実、歴史上の事件と人物群像を絡めていくという構想のミステリーに長けている。この小説もまたその領域で新たな史実解釈を組み入れた作品である。
 本書の内表紙の裏面に作家・海音寺潮五郎の文を記す。「小説を全部信ずるも不可。信ぜざるも不可」。言い得て妙である。歴史、就中正史の類は勝者により記されて残る。つまり、勝者に不利なことは付記、脚色、隠蔽あるいは抹消してしまう。著者は史実を裏返す視点、あるいは異なる視点から眺める。そして、史実として残る記述の空隙に想像力を羽ばたかせ、フィクションを創造する。そこには、歴史的通説あるいは俗説に対する新たな仮説が提起されていく。小説家にできるやり方で。そこがおもしろい魅力である。この小説もそういう新たな視点を楽しめる。

 この小説は、『神の時空』シリーズで登場した京都市街の真北に位置する貴船に祀られた貴船神社境内で、異様な殺人事件の発生から始まる。木の枝から吊り下げられ、白い着物が血で染まった女性が、心臓の辺りを貫く大きな釘でそのまま杉の幹に打ち付けられていたのである。プロローグから怪奇な場面が描写される。
 ほぼ時を同じくして、東京の千代田区大手町1丁目の大きなビルの狭間に残され、祀られている将門塚の前面に男性の生首が転がっていて、塚の一部が壊されているのが発見され通報されていた。
 この小説は、俗説にある平将門の怨霊譚が深く関わっていくストーリーである。つまり、平将門怨霊話に著者がどう切り込んでいくかという面白さ、興味深さに引き込まれていくという次第。939年、関東で反乱を起こし自ら新皇と名乗った平将門に関わる史実解釈を登場人物に語らせていく。

 勿論殺人事件ストーリーなので、登場人物として警察官がまず登場する。
 貴船神社での殺人事件は、京都府警捜査一課警部・笹岡亀三と、一回りも年齢の離れた部下・市村鶴夫巡査部長が捜査にあたる。あだ名は「鶴亀コンビ」だ。一方、将門塚の生首事件は、警視庁の辰巳浩助警部が捜査を担当する。

 他方、このストーリーの中軸として登場するのは萬願寺響子である。関西生まれで、父親の転勤で西日本育ち。東京にある大学を卒業後に、母親・卯子の「占い」で決めた医薬品関係の出版社「ファーマ・メディカ」に就職する。会社は千代田区・市ヶ谷にある。将門塚に近い位置になる。母卯子の妹が嫁いだ鳴神家が等々力に住んでいる関係から、響子は大学時代から等々力にあるマンションを借りていて、そこから通勤している。
 生首が発見されたその日の夕刻に、被害者が判明したという報道が流れる。深河医療機器の社長、深河悟だった。響子の勤める出版社とも関係があるのだ。上司たちは警視庁の刑事が事情聴取にくると予測していると知る。勤務を終え、自宅に戻った響子は、京都に住む友人の文香から電話を受ける。夏休みに一緒に貴船の民宿で宿泊した思い出があるのだが、そこの女将さんが貴船神社で殺されたという知らせだった。女将さんは深河なのである。さらに、文香は宇治川からも首なし死体が上がったというニュースを響子に伝える。響子の同僚が、将門の怨霊に怯える姿を目にすることと、なにがしか深河という名前との縁から、理系の勉強をしてきて、歴史に疎い響子は、平将門そのものに関心を抱き始める。
 そして、響子は私大の文系学生で歴史に強い従弟の鳴上漣に将門について尋ねてみることにした。
 そこから、鳴上漣が主な登場人物の一人になっていく。漣の父親の田舎が茨城県の石井であり、そこは天慶の乱で将門の本拠地があった場所だと言い、その関係もあり、漣は将門についてかなり詳しい知識を持っていたのだ。響子にとってはうってつけの相談相手となる。響子が将門の呪いとか祟りのことを持ち出すと、漣はそんな話は「聞いたことがない」と即座に否定するのだった。これから、漣を介して、平将門の解釈論と推理が展開していく。

 この小説の構想と構成の面白さは次の様な諸点にあるように思う。
*違う立場からのアプローチが最終ステージで収斂していくこと。
 一つは警察の捜査活動である。貴船神社での被害者、将門塚での生首、宇治川で上がった首なし死体という3つの事件が、「深河」という名前のつながり、将門の怨霊という得体のしれない側面との関連性という点で警視庁と京都府警の合同捜査として進展する。その捜査活動のプロセスから、様々な事実関係が明らかになっていく。そして情報が累積され、人間関係も明らかになっていく。将門と繋がるか否かも。
 他方は、響子の興味と関心から、漣の手助けを得て、将門とは何者かの探求が始まる。将門怨霊譚の有無や将門像が関連史跡の現地探訪をしながら、解釈を深めて行く。
 それが結果的に、結びつく。
*将門像の解明の為に、響子が関東の将門関連史跡・場所を順次訪れるプロセスが具体的に描き込まれ、将門解釈のための裏付け史資料が漣の説明という形で提示され、関連づけられていくことになる。この客観的な史資料の解説は、漣の見解という立場を別にしても、平将門に関する基礎情報を読者は知らず知らずに学ぶことになる。
 歴史資料として読めと目の前に出されれば、多分多くの人々はその気にならないだろう。まあ、私もその部類と言える。しかし、小説のストーリーの中で次々に提示されてくると、興味が湧いてくる。
 併せて、貴船神社や橋姫伝説についての基本知識も提示され興味深い。宇治が地元なので、橋姫神社や橋姫伝説について多少は知っていたが、「一説では、天慶の乱で討ち取られた平将門の娘・滝夜叉姫がそれであるとする伝説も残っている」(p32)というのは初めて知った。おもしろい。
*関東にある将門関連地が次々に具体的な現地描写として書き込まれていく。ちょっとした将門ツアーという観光ガイド的な視点が結果的に盛り込まれていて興味深い。
 多分、一般的な観光案内書には載っていない細部の紹介が、このストーリー絡みでかなり盛り込まれているように思う。ガイドブックとの対比的検証はしていないが・・・。
 余談だが、どんな史跡がでてくるか、ちょっと列挙してみる。
 将門塚:ビルの狭間に残された理由、伝説まで説明がある。GHQ絡みの話も。
 神田明神:神田明神の名前は知っていたが、将門を祀る神社とは私は知らなかった。
   江戸城の表鬼門守護に位置づけられたそうだ。
   このストーリーの本筋に少し立ち戻ると、この神田明神でも、響子と漣が成田山に出向いている頃、併行して殺人事件が発生している展開がつづいている。
 成田山新勝寺:ここの不動明王像が京都・高尾山神護寺から移されたものとは知らなかった。弁財天堂・大師堂・二王門・こわれ不動堂・額堂・光明堂・奥之院・・・・成田山の境内イメージが出来ていく。平和大塔・成田山公園・成田山霊光館。清瀧権現堂・妙見宮。清瀧権現堂が成田山の本質だと漣に語らせている。平将門との関連話が興味を惹く。
   市川団十郎との関わりが深く成田山参詣をブームにしたことを知って、興味深い。 深川永代寺:成田山の不動明王の出開帳が行われたとか。
 湯殿山権現、国王神社、神田山の延命院にも触れられている。
 京都神田明神:下京区綾小路通西洞院東入ル新釜座町、膏薬辻子にあるという。知らなかった。
*「謀叛」と「謀反」。どちらも「むほん」と読むが、この違いが分かるだろうか。この言葉の使い分けが将門の乱の解釈にも関わってくる。漣が説明する形で書き込まれていて、初めて意識することになった。(p110)
*脚色の多いお話としてではなく、将門を怨霊として扱う具体的な事例が何時みられたかという点にも触れていて、興味深い。

 ストーリーと直接の関わりは薄いが、漢方薬局の薬剤師として桑原の名前や、警視庁捜査一課の警部・岩築竹松の名前が、最終段階で漣の口からでてくるから、高田作品の愛読者には、楽しいかも知れない。私は久々にこの名前を目にした。

 将門怨霊説の一つの解釈・解明と将門の怨霊になぞった殺人事件の解明が絡みあいながら進展する。そして、将門は怨霊では無かったというエンディングが興味深い。

 ご一読、ありがとうございます。

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この小説から波紋を広げて、関心事項をネット検索してみました。一覧にしておきます。
平将門     :ウィキペディア
平将門の首塚  :ウィキペディア
「平将門の首塚」の祟りが怖すぎる  :「NAVER まとめ」
日本三大怨霊!平将門の祟りが怖すぎる千代田区「将門の首塚」 :「Travel.jp」
東京で将門伝説に触れる!平将門にゆかりを持つ東京都内の神社7選 :「ニホンタビ」
神田明神 ホームページ
  神田明神の歴史
大本山成田山 ホームページ
  境内マップ
  成田山のはじまり(開山縁起)
  市川團十郎と成田山のお不動さま
成田山深川不動堂 ホームページ
貴布禰総本宮 貴船神社 ホームページ
貴船神社 :ウィキペディア
貴船神社は京都どころか日本最強の神社かもしれない  :「千鳥整体漫録」
橋姫神社  :「京都風光」
橋姫神社 宇治観光案内 :「京都宇治土産.com」
演目事典:鉄輪(かなわ)  :「the 能.com」
謡蹟めぐり 鉄輪 かなわ :「謡曲初心者の方のためのガイド」


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『毒草師 パンドラの鳥籠』 朝日新聞出版
『鬼神伝 [龍の巻] 』 講談社NOVELS
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