遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『神の時空 -かみのとき- 嚴島の烈風』 高田崇史  講談社NOVELS

2016-08-17 09:52:59 | レビュー
 神の時空シリーズの第5作である。舞台は奈良の三輪山・大神神社から瀬戸内海の神坐す島・宮島に移る。宮島の弥山山頂にある御山神社を始め嚴島神社を囲む諸神社の結界が破壊され続け、遂には嚴島神社が危機に遭遇するという事態に陥る。

 このシリーズは、鎌倉・鶴岡八幡宮で起こった怪事件に巻き込まれて、鎌倉・由比ケ浜女学院に通う辻曲摩季が命を落とした。この怪事件と摩季の死が発端である。辻曲家はもともと中伊豆の旧家で清和源氏の血を引いている。特に辻曲家の女性にはシャーマン的な能力をもつ者が多く、尼や巫女になる人が多かった。現在は家長の了を筆頭に、長女の彩音、三女の巳雨が家族として東京に住む。神道学科の大学院生である彩音と小学校5年生の巳雨はシャーマン的な素質を引いている。
 辻曲了たちは、辻曲家に伝わる秘術を執り行い、死んだ摩季の命をこの世に呼び戻そうと画策している。それは「高天原の秘儀」という術式であり、それを執行するには「十種(とくさ)の神宝(かんだから)」を必要とする。それは、天皇家の皇位継承に関係する「三種の神器」の元になっている神宝なのだ。辻曲家には、「生玉」「足玉」の2つの神宝がある。摩季を甦らせるには残りをできるだけ集めなければならない。それを集めるためのプロセスがこのシリーズとなっている。

 摩季が巻き込まれた怪事件とは、高村皇(すめらぎ)が鶴岡八幡宮の結界を破壊し、祀られている怨霊をこの世に解き放とうという隠謀を企てたものだった。彩音たちはこの高村皇の存在を知らぬまま、その部下たちの破壊行動に対決することが始まりだった。
 彩音は福来陽一(ヌリカベ)と巳雨とともに、怨霊を鎮めることに専念するというストーリーが展開していく。摩季を甦らせるために「十種の神宝」の残りを入手しようとする行動が、結果的に高村皇の隠謀を阻止する行動、対決となっていく。
 高村皇による怨霊を解き放つという隠謀は、鎌倉の鶴岡八幡宮を皮切りに、西へ移っていく。つまり、『鎌倉の地龍』(鎌倉・鶴岡八幡宮)→『倭の水霊』(名古屋・熱田神宮)→『貴船の沢鬼』(京都・貴船神社)→『三輪の山祇』(奈良・大神神社)というかたちに。そして、この『嚴島の烈風』に至る。
 今までは、彩音はヌリカベである福来陽一の協力を得て、巳雨の持つ能力の助けもあり、なんとか各地での怨霊の鎮めを果たしつつ、「十種の神宝」の収集を進めてきた。この嚴島の烈風では、彩音と陽一が広島に向かう。

 今回もこのストーリーの基本構図はほぼ同じである。異なるのは神々の坐す場所と登場人物である。
 ストーリーは広島市内にある安芸大学4年生の観音崎栞が、夏休みに宮島で観光旅館業を営む両親の実家に帰省する所から始まる。栞が帰省した頃から、宮島に異変が発生し始める。その異変を起こしていく原因が高村皇の隠謀である。
 つまり、高村皇は蝦蟇(ひきがえる)、蛟(みずち)と呼ばれる部下を使い、宮島の諸神社の結界を次々に破壊させ、嚴島神社の結界をも破壊して、宮島の怨霊を目覚めさせ解き放とうと画策する。今回は高村皇自身が宮島に行くという。これは新展開!
 亡くなった祖母が嚴島神社の巫女だったという観音崎栞は、祖母の影響もあり至って信仰心の深い女性である。宮島西高校3年生で幼なじみの河津創太と久しぶりに出会い、栞は帰省した手始めに嚴島神社を始め諸神社への参拝を一緒にすることにした。
 そんな矢先に、宮島には台風のような烈風が吹き荒れ、地震などの自然災害が起こり始める。神社参拝のつもりの栞が遭遇するのは、宮島内の神社が破壊された姿なのだ。そればかりでなく、殺人事件が発生する。最初の殺人事件は、神社の受付で働いていた柘植孝行59歳だった。被害者が発見されたのは清盛神社から続く西松原である。
 弥山上にある仁王門が壊され、御山神社の扉が破壊されている。清盛神社の屋根が強風で飛ばされ、大元神社、長濱神社も壊れる・・・と次々に破壊されていく。そして、そお破壊は大鳥居、灯籠、・・・・と急速に拡大進行していく。

 ストーリーの前半は、観音崎栞と河津創太を軸にして、神の坐す宮島の土地、神社の立地、宮島の人々と観光との関わりなどの実態が背景情報として書き込まれるのと併行し、高村皇の部下の引き起こす破壊が始まっていく。栞の信仰心や観光客に対する思い、栞と創太の関係、宮島で土産物店を経営し、観光案内所での精力的に働く金山武彦への思い、その関係などが書き込まれていく。
 福来陽一が辻曲家を訪れ、直前にテレビで嚴島神社に関するニュースが流れていたことを、了と彩音たちに知らせる。神の島宮島で死者が出て、また突然の烈風に襲われた嚴島神社の海上に浮かぶ大鳥居が大きく揺らぎ、社殿の屋根の一部が破壊されるなど、たいへんな様子を辻曲家の人々は知るのである。彩音は、凄いパワーと膨大なエネルギーが宮島を襲っている、その異常さを感知する。巳雨も「誰かが、物凄く起こっているみたいだよ」と感じとる。
 彩音と陽一は、急遽宮島へ直行することになる。そして、事態が展開し始める。

 ストーリー展開の基本構図を改めて箇条書きにしていこう。
1. 安芸の宮島の地理的外観、歴史、神社等のロケーションなどの基本背景情報がストーリーの始まりと絡めて語られる。この部分は観光ガイド情報的な副産物になる。
2. 高村皇の宮島の怨霊を目覚めさせる隠謀の始まり。神社の結界の破壊工作活動
3. 宮島の異変を知った彩音・陽一が現地に直行する。その行程が、宮島と嚴島神社の歴史、詳細情報をインップットする局面となる。
  それは、宮島の怨霊とは何かにアプローチするプロセスである。そして、宮島が果たしてきた歴史的役割と背景を知る。私を含む読者にとっては、宮島及び嚴島神社等についての詳細情報を学ぶ機会である。神道と歴史に関心を寄せる人には有益!小説を楽しみながらの学習となる。
4. 現地についた彩音と陽一の活躍が始まる。彩音による分析と謎解きのスタート。
  それは、観音崎栞と彩音の協力関係を築く形にに進展していく。
5. 彩音と陽一による詳細情報の整理分析を通しても、怨霊に関して解けない謎が残る。  異常事態を完全に解決するには、その謎を解明しなければ先に進めない。
  苦しいときの神頼みならぬ、「火地晋」頼みとなる。彼は東京の猫柳珈琲店の片隅に常住する老歴史作家の幽霊。博覧強記の幽霊である。火地晋の絵解きが実におもしろい。  瀬戸内海にある宮島に居る彩音と陽一がどのように火地晋の知識を引き出そうとするのかも、一つの読ませどころである、今までなら、陽一が火地の許に飛んで帰るというストーリーだったが、今回はそんなゆとりすらない切迫した状況下なのだから。
6. 彩音が高村皇に遭遇し、言葉を交わすシーンが織り込まれる。このシリーズでは、第5作にして初めて、高村皇という存在が、彩音や陽一に認識されることとなる。対決の局面転換の一歩が始まる。読者として、これは予想外の展開である。
7. 破壊活動に対する結界の修復と怨霊の封じ込め、鎮めを願う最後の試みの開始。
  このプロセスがやはりストーリーの読ませどころとなる。結界の破壊がどのように次々になされるか。その破壊が怨霊を解き放つための全体構図の中でどのような関係になっていくのか。その破壊に対する封じ込めのための対応策は?
8. 事件の終焉と謎解き。あそこに伏線が敷かれていたのか・・・という次第。

 最後にこの小説を読んだ印象としていくつか触れておきたい。
 大昔、若き頃宮島に渡り、嚴島神社を拝見したことがある。だが、いかに表層的なことしか知らずに、観光客として見てきたかを、今頃になって本書を楽しみながら再認識した。宮島と嚴島神社の歴史の深さに改めて興味を覚えた。そこが大きな収穫でもある。本書は薄っぺらな観光ガイド本をはるかに超えた、懐の深い宮島・嚴島神社ガイドブックにもなっている。
 著者の視点を通して、嚴島神社の結界の有り様の解説を興味深く受け止めた。
 嚴島神社そのものに関わる怨霊問題も興味深い。歴史の闇に閉ざされていた部分を垣間見るところもあって、裏付け資史料を探ってみたい箇所も出て来た。著者のフィクション部分か、事実かを・・・・。普通の歴史本には記述されてない秘話が各所に織り込まれ語られている。そこに関心を引かれる。
 明治維新に、時の政府が仏教・神道という宗教分野にどこまで介入したのかということに、改めて愕然とした。古来からの所作かと思い当たり前の如くに受け止めていた「二礼二拍手一礼」という参拝方式が、明治8年(1875)に統一的に決められたことだったという。政府の押し付けだったのだ。
 他にもいろいろ印象深いことがあるが、省略する。

 最後にエピローグに触れておこう。東京へ戻る手段を考えている彩音に巳雨の声が聞こえる。テレパシーの類いの交信なのだろう。巳雨が京都に着いたと伝えてきた。なぜ?
 巳雨は京都の伏見稲荷で何か変な事件が起こっているのだという。
 これは第6作が伏見稲荷が舞台となり怨霊問題が起こるという予告なのだろう。
 第6作、現時点では既に出版されている。

 もう一つ触れておかねばならないこと。それはこの嚴島神社の怨霊鎮めの事件は、摩季が4日も前に死んだという時点でのこととして語られていることである。彩音の立場に限定して眺めると、この事件に関与して宮島に行くのは死後5日目のその日一日の出来事である。了は、摩季の魂をこちらの世界に引き戻すのは初七日あたりまでが術式を執り行う力量として限界と考えていることにある。このシリーズ、伏見稲荷の事件を含めて、どのようにクライマックスを迎えることが構想されているのだろうか。楽しみである。

 ご一読ありがとうございます。


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本書に関連する関心事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。

嚴島神社  公式サイト
嚴島神社 :ウィキペディア
宮島の歴史年表   :「Miyajima」(宮島観光情報)
広島の文化財 平家納経 :「広島県」
平家納経:やまと絵   :「日本の美術」
国宝「平家納経」慶長7年(1602)補作の表紙絵・見返絵
  連続講座「宗達を検証する」第3回資料   林 進氏  
宮島・弥山の歴史探訪  :「宮島ロープウエー」
弥山、「軌跡の空間」と「消えない霊火」  :「Travel.jp」
嚴島の戦い  :ウィキペディア
嚴島     :ウィキペディア
嚴島神社 管弦祭  :「瀬戸内和船工房」
宮島 管絃祭、厳島神社にて Miyajima Festive occasions "KANGENSAI"  :YouTube
御島巡式(おしまめぐりしき)と御鳥喰式(おとぐいしき) 「みせん 第60号」
宮島自然植物実験所ニュースレター  第22号 2014年4月

【速報】宝物名品展にて、国宝「平家納経」を公開!:「Miyajima」(宮島観光情報)

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徒然に読んできた作品のうち、このブログを書き始めた以降に印象記をまとめたものです。
こちらもお読みいただけるとうれしいかぎりです。(シリーズ作品の特定の巻だけの印象記も含みます。)

『神の時空 -かみのとき- 三輪の山祇』 講談社NOVELS
『神の時空 -かみのとき- 貴船の沢鬼』 講談社NOVELS
『神の時空-かみのとき- 倭の水霊』  講談社NOVELS
『神の時空-かみのとき- 鎌倉の地龍』 講談社NOVELS
『七夕の雨闇 -毒草師-』  新潮社
『毒草師 パンドラの鳥籠』 朝日新聞出版
『鬼神伝 [龍の巻] 』 講談社NOVELS
『鬼神伝』 講談社NOVELS
『鬼神伝 鬼の巻』 講談社
『カンナ 出雲の顕在』 講談社NOVELS
『QED 伊勢の曙光』 講談社NOVELS



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