遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『神の時空-かみのとき- 五色不動の猛火』 高田崇史  講談社NOVELS

2016-11-03 18:05:51 | レビュー
 鶴岡八幡宮(鎌倉)→熱田神宮(名古屋)→貴船神社(京都)→大神神社(奈良)→伏見稲荷大社(京都)と変転と場所を変えたこの神の時空シリーズはいよいよ辻曲家が住む東京に場所を移してきた。

 辻曲家の次女・摩季が鶴岡八幡宮で思わぬ事件に巻き込まれて亡くなった。辻曲家の長男・了は長女の彩音、三女の巳雨とともに、福来陽一というヌリカベの協力を得ながら、十種の神宝を入手し、辻曲家に伝わる秘法により死んだ摩季を甦らせようとする。その神宝を求める旅で、奇しくも怨霊を解き放とうとする高村皇の一党と対決しければならなくなる。高村皇の指令を受けた磯笛をはじめとする部下が神社の破壊工作をしようとするからである。それを彩音たちは阻止しつつ神宝を求めて経巡る旅シリーズとなっている。
 了は摩季を甦らせる儀式を行う準備に没頭する。彩音は巳雨と福来陽一と共に神宝入手を続ける。摩季を甦らせるために秘法の術式を行えるタイムリミットは2日以内となったのである。東京・中目黒の自宅に戻って、彩音が少し遅い朝食の用意をしているときに、都内で事件が発生していたのである。
 事件発生をキャッチした福来陽一が辻曲家を訪れ、彩音に都内で変な事件が起こっていることを報せる。それを聞いた彩音はテレビのスイッチを入れ、朝のワイドショーでその状況を知ることになる。前日の夜遅くから都内で不審火と殺人事件が連続して起こり、付近の寺社を巻き込み火事が発生しているという。彩音と福来陽一はこの連続放火殺人事件が高村皇らの仕業ではないかと推測する。神社仏閣を破壊し怨霊たちを解き放とうとする計画の一つではないか・・・と。
 彩音は確かに嫌な「気」を感じているのだが、何となく今までとは少し雰囲気が違うという感じもうけていると福来陽一に告げる。だが、高村皇らの仕業ということも念頭におきつつ、既に発生した事件の派生場所や位置関係から情報収集と分析を始めて行く。
 連続放火殺人事件が既に発生しているのは、世田谷区三軒茶屋、豊島区駒込、江戸川区平井の3カ所である。当然ながら、二人は大怨霊の解き放ちと関連がないかから検討を始めて行くが、容易にはわからない。そして、彩音は、江戸五色不動が狙われているのではないかと気づく。

 プロローグは、明暦3年(1657)1月18日昼過ぎ、未の刻に、本郷丸山の本妙寺から出た炎に始まる江戸北東部を舐め尽くした大火事の描写から始まる。これはこの小説登場する榊原すみれが江戸の大火とその後の江戸の再生をテーマとした卒論を書こうとしていることと関連する。すみれは碑文谷女子大学文学部歴史学科の4年生である。そのすみれはこのテーマを考えたときから、心中に不穏な胸騒ぎを感じ始めているのだ。そんな矢先に起こった連続放火殺人事件。6歳年下のますみが動顛して泣きそうな顔で姉のすみれにこの事件の発生を告げに来た。なぜなら、殺害された2人はますみのクラスメートや同級生で、共に碑文谷女子大附属女子高校1年生である。三軒茶屋の被害者が青山教子、駒込は谷川南。谷川南はますみのクラスメートなのだ。二人は共に16歳。身近なところで榊原の家族は恐怖心をいだく。ますみに教えられてすみれがテレビの報道を見たときには、未明に江戸川区平井で放火と思われる不審火と同時に殺人事件がさらに発生していた。
 榊原家は目黒不動大本堂のすぐ裏手あたりにある。

 この小説では、榊原すみれが卒論のテーマである江戸の大火との関連の夢をみる体験を伴いながら、大火と江戸の地理や寺社仏閣の立地などの考察を展開していくストーリーが展開一つの進展をみせていく。そこに彩音と福来陽一が事件の発生した現地を順に訪ねながらさらなる連続放火殺人事件の発生を阻止するために、事件を分析し、行動を重ねていくメインのストーリーが展開していく。2の軸がパラレルに進行していき、最後に交点が生まれることになる。その両面からのアプローチが、江戸つまり東京都区内の地理的景観とその人文社会科学的な構造を浮彫にしていく。寺社仏閣の江戸における連環関係が現れていく。彩音は江戸五色不動に着目し、一方すみれは江戸の大火の関連で江戸の地蔵菩薩に着目していく。
 さらに、もう一つの補助的なストーリーの軸が動いていく。それは警視庁捜査一課の花岡歳太警部補と相棒の久野剛史巡査の捜査行動である。花岡は目黒不動で発生した7年前の未解決事件と辻曲了の関わりに不審を抱いており、辻曲家を捜査目的で訪ねてくる。その応対を彩音がするところから、この連続放火殺人事件に関して両者のつながりが生まれる。彩音が花岡の質問に応対しているとき、連続放火殺人事件の場所と歌舞伎の題材との関連を久野がふと話す。それが彩音に一つのヒントになる。花岡・久野の捜査行動が彩音・福来陽一の行動とが接点を持っていくことになる。彩音はこれからの事件発生の推定場所の情報を花岡・久野に提供する形になる。それに花岡がどう対処するかが一つおもしろいところになていく。

 江戸の大火は自然発生なのか、その裏には人為的な謀略が潜んでいるのかという論議までが浮上していく展開となる。彩音と福来陽一は自分たちで集めた情報をもとに様々に連続放火殺人事件発生場所の関連性という背景の分析を推し進めるが、結局これからの事件を未然に防ぐために、猫柳喫茶店の片隅で原稿を書いている歴史作家の幽霊・火地晋の知識を借りることになる。これはまあ、このストーリー展開の定石となっている。
 彩音と福来陽一が分析して積み上げた全体状況を踏まえて、さらにステップアップする情報を提示し、彩音・陽一の思考を調整・補強していくのだから、興味が一層まさっていく。江戸五色不動尊という観点を軸に、その地理的位置に様々な要素、切り口が重層的に関連拡大して行く。この様々な要素の連環が、江戸を解明する一つの構造になっている。見方をかえると、興味深い東京都区内の寺社仏閣、文化財案内であり、江戸大火の歴史案内ともなっていておもしろい。毛色のちがった観光案内書にもなる小説である。

 さて、今回の読ませどころ、興味深いところがいくつかある。
1. 彩音と福来陽一の分析および榊原すみれの考察が事件発生に伴う副産物としての読ませどころである、江戸五色不動の由緒やその成立が大凡理解できるようになる。また、江戸の大火の歴史との関わりで、江戸の諸事情が垣間見える興味深さがある。吉原に関わる廓の実態話もその一つである。
2. 幽霊の火地晋の該博な歴史知識が加わることで、さらに江戸という都市の全体構造が見えてくる。江戸五色不動尊を基軸にして、六地蔵、主要寺院、街道、宿場、さらには相撲小屋や花見・月見の名所までが有期的に繋がった構造が浮彫にされていく。まさに江戸の見所全体像が見える。このとらえかた自体が面白くかつ興味深いといえる。211ページにそれが福来陽一の手によりマトリクス表に要約されているのでご覧になるとよい。
3. 連続放火殺人事件の主犯がだれか? そこに意外な展開の結末が仕組まれている面白さがある。なんと磯笛が彩音に力を貸す側になるのだから・・・実に意外な想定外の展開である。
4. 辻曲了たちの両親について、今回明らかになり、またヌリカベになってしまった福来陽一の過去の一端が明らかになる。ある時点で、辻曲了のところに福来陽一が訪ねて来たことが契機である。そして今回の事件が一段落すると、なぜか陽一がどこかに行ってしまい、彩音は連絡がとれない状況となる。エピローグにそのことが記されている。それはなぜか? 次作でその理由がわかるのかもしれない。
  さらに 辻曲摩季について、思いも寄らぬ事実がわかる。これは今回伏線として記された印象をうける。次作のよませどころに繋がるのかもしれない。
5. なぜ磯笛が彩音に力を貸したのか? その理由、つまり高村皇の考えの一端が磯笛の口を借りて語られる。さらに、エピローグにおいて、彩音の考え方として、パワースポットとは何かについて、正面切った説明が書き加えられている。高村皇の考えと彩音の考えの一端がそれぞれ截然となる。考える材料としては、これ自体が読ませどころでもある。あるいは、読者の考えるべき材料がストレートに提示されたのである。

 最後に、江戸五色不動自体について本書の記載から一部抽出しておこう。この小説で連続放火殺人事件が発生する順番での記載である。地図上でどういう位置関係にあるか考えてみるのも一考である。本書には地図が付されていてわかりやすい。
<目青不動尊> 最勝寺・教学院  世田谷区太子堂4-15-1  三軒茶屋で事件発生
<目赤不動尊> 南谷寺      文京区本駒込1-20-20   駒込で事件発生
<目黄不動尊> 最勝寺      江戸川区平井1-25-32   平井で事件発生
<目白不動尊> 金乗院      豊島区高田2-12-39    学習院下で事件発生
<目黒不動尊> 瀧泉寺      目黒区下目黒3-20-26   本堂裏手から出火
 さらに、この小説で事件は発生していないが、<目黄不動尊>は、台東区三ノ輪の永久寺にもあることで、これが五色不動の謎の一つでもあるという。
 目黒不動と目白不動は最初から存在していたが、目赤不動は徳川家光が名付けたという。さらに、江戸川柳には「五色には二色足らぬ不動の目」という句があるそうである。そして、『江戸切絵図』には、目黒不動・目白不動・目赤不動という名称が書き込まれているそうなのだが、目青と目黄が地図上には記載なしだという。何時頃に五色不動という総称が使われ出したのか? 
 また、江戸の大火の影響などか、目黒不動と目黄不動(永久寺)以外は、当初の所在地から現在地に移転しているという。
 江戸五色不動自体にも様々な謎や変遷がありそうで、これ自体が興味深い参拝地・探訪地といえるようです。
 この小説片手に、東京都区内の探訪が副産物としてできるでしょう。勿論、それはここまでの「神の時空」シリーズの共通点でもあります。

 ご一読ありがとうございます。

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この本に関連して、関心事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
江戸五色不動散歩  :「東京紅團」
江戸「五色不動」巡り!目白・目黒など地名になったパワースポットへ
      :「ぽけかる倶楽部 おでかけ通信」
江戸三大大火  :「東京消防庁」
江戸の三大大火  :「江戸の科学」
少女が火あぶりの刑に…。江戸の大火に隠された悲しい恋の物語:「SUUMOジャーナル」
「明暦の大火(振袖火事)」と復興、江戸の都市改造  :「Kousyoublog」
江戸時代の大火・大火事・大火災の種類一覧  :「いちらん屋」
明暦3年(1657)江戸大火と現代的教訓  広報ぼうさい N0.26
江戸六地蔵めぐり 平野武宏氏  :「寄り道散歩」
江戸六地蔵 :ウィキペディア
【閲覧注意】行ってはいけない!都内にある江戸時代の刑場跡【肝試し】 
      :「NAVERまとめ」
江戸三大刑場を歩く  :「帝都を歩く」
江戸四宿 :ウィキペディア
江戸時代における吉原遊廓の実態と古写真。遊女たちの性病・梅毒 :「NAVERまとめ」
色里・吉原  落語の時代背景 :「松本深志高校落研OB会」

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徒然に読んできた作品のうち、このブログを書き始めた以降に印象記をまとめたものです。
こちらもお読みいただけるとうれしいかぎりです。
(シリーズ作品の特定の巻だけの印象記も含みます。)

『神の時空 -かみのとき- 伏見稻荷の轟雷』  講談社NOVELS
『神の時空 -かみのとき- 嚴島の烈風』 講談社NOVELS
『神の時空 -かみのとき- 三輪の山祇』 講談社NOVELS
『神の時空 -かみのとき- 貴船の沢鬼』 講談社NOVELS
『神の時空-かみのとき- 倭の水霊』  講談社NOVELS
『神の時空-かみのとき- 鎌倉の地龍』 講談社NOVELS
『七夕の雨闇 -毒草師-』  新潮社
『毒草師 パンドラの鳥籠』 朝日新聞出版
『鬼神伝 [龍の巻] 』 講談社NOVELS
『鬼神伝』 講談社NOVELS
『鬼神伝 鬼の巻』 講談社
『カンナ 出雲の顕在』 講談社NOVELS
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