遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『古事記異聞 鬼棲む国、出雲』 高田崇史  講談社NOVELS

2019-05-03 15:31:07 | レビュー
 歴史ミステリーの新シリーズが始まっていたことを遅ればせながら先日知った。
奥書を見ると、2018年6月第一刷発行である。
 上掲の表紙カバーをご覧いただくと、そのキャッチフレーズで少しイメージの方向付けができると思う。
   闇に葬られた「敗者の日本史」が甦る。
   誰も見たことがない出雲神話の真相!!
となかなかアトラクティヴなものである。日本国家の形成・確立過程における出雲地域の謎は深い。このシリーズは『古事記』・『日本書紀』や『出雲国風土記』に記された「出雲」を手がかりに、出雲とはどのような場所か、出雲王朝とは何だったのか、記紀神話に記された出雲、公式の記録から闇に葬られた出雲は何か。出雲という古代地域の実像に、フィクションの形で迫ろうとするシリーズのようである。それ故「異聞」なのだろう。

 本書の構成スタイルは「カンナシリーズ」「神の時空シリーズ」と形式的に類型の側面を持つ。今回のシリーズの始まり、ストーリーの中で、現実に事件が起きる、ここでは殺人事件であり、その捜査プロセスがストーリーの一つとなる。一方、『古事記』や『出雲風土記』等実在する史資料を踏まえて、記紀神話において出雲地域に登場する神々に光を当て、出雲地域の闇に押し込められた謎の側面を解明するプロセスが併行して語られていく。そこに登場する主人公が歴史の謎問題を解明するプロセスで、現実の殺人事件に関わる立場に曝され、絡んでいくという経緯が生まれる。この基本構成が上記の2つのシリーズと似ている。

 もう一つ、全く別の観点であるが、「QEDシリーズ」に取り入れられた遊び心が今回の目次にも密かに組み込まれている。目次は、プロローグから始まりエピローグで終わる。その間は5つの章で構成されている。その章の名称であるが、「出雲」の「雲」という漢字が章見出しで一文字目から一字ずらしで章の見出し名称に組み込まれている。つまり、右上から左下の斜めに「雲」が出ている。これに関心を抱いた理由は、後日触れたい。

 さて、この新シリーズがどのように展開していくのか知らないが、主な登場人物について、本書のストーリーと絡ませながら紹介していこう。

 「プロローグ」は、「髪-特に女性の髪には『神』が宿るという」という書き出しから始まり、「櫛(くし)」が導き出される。「櫛」が「苦(く)・死(し)」に通じるという迷信に触れた上で、「簪(かんざし)」が出てくる。そして、このストーリーの展開の中で、櫛・簪が重要なキーワードにもなっていく。影の主人公でもある。

 現実世界において、嫌な事件が発生する。松江市東出雲町の揖夜(いや)神社に勤めていた巫女・菅原陽子44歳が、同じ町内の「黄泉比良坂」で絞殺されたという事件が起こる。この殺人事件が契機となり、殺人事件の捜査プロセスが進展する。
 このストーリーの流れで登場するのが島根県警である。
   藤平徹  県警捜査一課警部 
   松原将太 県警捜査一課所属 藤平の部下
 この二人を中心に捜査が進む。
 被害者菅原陽子の左眼には金色の飾り玉がついた簪が突き立っていた。そして、髪にはつげの飾り櫛が挿さっていたのである。

もう一つが出雲の謎解きストーリー。こちらに登場するのがこのストーリーでまさに主人公となる女性、橘樹雅(たちばなみやび)である。彼女は日枝山王大学を卒業し、企業に就職するつもりだったがいくつかの志望先からは落ちてしまった。そこで4月から大学院に進学。話の内容に興味を惹かれていた水野忠比古教授の民俗学研究室に入る。雅は乙女座・B型である。雅は水野教授から教えを受けるつもりで研究室を選んだのだが、なんと、水野教授はサバティカル・イヤーをとり、ネパールやインドをまわるという。大学院生1年目に、水野が居ない研究室に通うことになる。
 そこで、登場するのが水野の不在中、研究室を任された准教授と先輩ということになる。
   御子神怜二 准教授 イケメンなのだが、学生に対する態度は冷淡そのもの。
             研究分野では造詣が深く、雅の無知識を徹底指摘する
             御子神自身も出雲を長い間研究しているという。
   波木祥子  研究室の先輩 殆ど口を利かない女性。
御子神と波木が、ストーリーの展開の中で、折々登場するようになることが、ストーリーの冒頭から予感される。

 雅は御子神に何を研究テーマとするかと質問され、出雲と応える。雅にすれば、出雲大社は「縁結び」の地でもあり、研究と個人的願望の一石二鳥のつもりだった。
 雅は御子神から『出雲国風土記』に関する最大の謎を押さえているかと質問される。雅は「建御雷神たちに脅されて、大国主命がこの国を譲った場面もそうですが、やはり素戔嗚尊の八岐大蛇退治の話が載っていない点だと思います」と応える。御子神は即座に苦笑して、「それらは、二番目以降の問題だ、もっと大きな謎がある」と言う。「それは何ですか?」「それを調べるのが、きみの研究だろう」と突っぱねられる羽目になる。さらに、出雲国四大神について質問される。しかし、雅は即答出来なかった。「今の回答だけで、橘樹くんが出雲を殆ど理解できていないことが充分にわかった。」と駄目だしされてしまう。
 つまり、ここに出雲の謎解きのテーマの一端が与えられることになる。ストーリーの展開への伏線となっていく。苦手な御子神とのコミュニケーションが必然的に生まれざるをえなくなって行くともいえる。それがどのようなタイミングで挿入されてくるかが読者の楽しみの材料にもなる。

 雅は御子神の質問に対応できなかった惨めさから、調べ始める。そして「縁むすび」の地・出雲の現地を探訪し、御子神の質問に対する答えを実地で究明しようとする。つまり、出雲の謎解きは、雅の視点と思考を介した出雲の地巡りということになっていく。勿論、出雲大社には参拝し、出雲大社の謎を考えることになる。
 この点、読者にとっては、出雲の歴史について理解を深めるとともに観光情報を入手するという副産物を得ることにつながっていく。この点は、「カンナシリーズ」「神の時空シリーズ」と同様である。

 この新シリーズ第1作、私の読後印象では、ストーリーは上記の菅原陽子殺人事件と言う現実に出雲で発生した事件から始まるが、二軸のストーリー展開では、出雲の謎解きの方にウエイトが置かれ、主体になっていると思う。それだけ出雲の謎は奥が深いというべきなのだろう。どんどん興味をそそられていく。
 謎解きのプロセスは、雅がこれから研究しようとしている分野である民俗学的な手法での謎解きである。史資料や現地での伝承などを総合しながら分析と論理の展開が進展して行く。知的好奇心をそそられる読み物になっている。

 雅は、御子神に質問され返答できなかった出雲国四大神を早速『出雲国風土記』で調べてみることから始めた。その結果、
 一、出雲郡、杵築の大社・大国主命
 二、意宇郡、熊野の大社・熊野大神櫛御気野命(くしみけぬのみこと=素戔嗚尊)
 三、島根郡、佐太大神社・佐太大神
 四、意宇郡、野城の社・野城大神
ということを雅は再認識する。これら四大神は怨霊神だった。雅は出雲国のことに踏み込むほど渾沌としてくる思いに捕らわれていく。それを解決する手段は、祀られている神社を参拝し、現地で考えていくことになる。
 
 このシリーズは、『古事記』・『日本書紀』の出雲系神話と『出雲国風土記』の神話をあわせて出雲の神話を明らかにしていくという謎解きの始まりである。
 出雲国四大神の関連する神社を巡る途中で、雅は捜査中の殺人事件と関わりができる事になる。櫛・簪についての雅の意見が事件解決への重要な糸口になっていくのだ。
 一方、雅は出雲国四大神について考える中で、櫛の持つ意味を様々に考えつつ重要視していくことになる。
 縁結びで有名な出雲の地は、神々の観点から踏み込んで行くと限りなく謎を秘めた土地であることがジワジワと判り始めてくる。
 雅は出雲四大神の関連する神社を中心に、出雲市と松江市を経巡る。そのことを御子神に伝えると、それでは、素戔嗚尊や櫛の本質には辿り着けないと一蹴されてしまうのだが、これもまた、第2作に連なる契機になっていく。

 出雲神話の謎解きはおもしろい。

 ご一読ありがとうございます。

本書に関連する関心事項を少しネット検索してみた。一覧にしておきたい。
出雲国風土記 現代語訳 ホームページ
揖夜神社(揖屋神社) :「縁結びパワースポットと出雲神話」
黄泉比良坂  :ウィキペディア
黄泉比良坂  :「神々のふるさと 山陰」
出雲大社 ホームページ
熊野大社 松江城・宍道湖エリア  :「神々のふるさと 山陰」
熊野大社 出雲神話とゆかりの地 :「縁結びパワースポットと出雲神話」
佐太神社 ホームページ
能義神社 :「しまね観光ナビ」
能義大神の謎(4) 延喜式神名帳  :「甦える出雲王朝」
にほんのじんじゃ・しまね
神話の世界 考古学界騒然「出雲王朝VS大和王権」裏付ける〝物証〟次々 
    2013.4.29   :「産経WEST」

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徒然に読んできた作品のうち、このブログを書き始めた以降に印象記をまとめたものです。
こちらもお読みいただけるとうれしいかぎりです。(シリーズ作品の特定の巻だけの印象記も含みます。)
『卑弥呼の葬祭 天照暗殺』 新潮社
『神の時空 京の天命』  講談社NOVELS
『鬼門の将軍』   新潮社
『軍神の血脈 楠木正成秘伝』  講談社
『神の時空-かみのとき- 五色不動の猛火』  講談社NOVELS
『神の時空 -かみのとき- 伏見稻荷の轟雷』  講談社NOVELS
『神の時空 -かみのとき- 嚴島の烈風』 講談社NOVELS
『神の時空 -かみのとき- 三輪の山祇』 講談社NOVELS
『神の時空 -かみのとき- 貴船の沢鬼』 講談社NOVELS
『神の時空-かみのとき- 倭の水霊』  講談社NOVELS
『神の時空-かみのとき- 鎌倉の地龍』 講談社NOVELS
『七夕の雨闇 -毒草師-』  新潮社
『毒草師 パンドラの鳥籠』 朝日新聞出版
『鬼神伝 [龍の巻] 』 講談社NOVELS
『鬼神伝』 講談社NOVELS
『鬼神伝 鬼の巻』 講談社
『カンナ 出雲の顕在』 講談社NOVELS
『QED 伊勢の曙光』 講談社NOVELS