万能鑑定士Qの事件簿シリーズが終了して、新たに『推理劇』というシリーズができたた。その第1作を読まずに、第2弾から読み始めたという変則ぶり。
この第2弾で、なんと万能鑑定士Qの店を閉店するということに!
意外な展開となっていく。閉店した後、凜田莉子はどうするのか?
ジェルヴェーズという紀尾井町にあるオークション会社に転職するのである。それには凜田莉子なりの理由があった。それは莉子が電子メールでのやりとりを通じて、一冊の本の鑑定を依頼されたことによる。その本とは、『愛ちゃんの夢物語』、ルイス・キャロル著、円山薄夜訳である。『不思議の国のアリス』の史上初の和訳本で明治43年に刊行されたものなのだ。版元は内外出版協会。全部で209ページ、旧仮名遣いでひらがなが目立つ文章。幼児にも読みやすいと思われ、挿絵はキャロルの原著を模したものと思われる本である。
莉子が鑑定依頼のメールのやりとりで待ち合わせた相手は、久宇良颯人と名乗る6歳か7歳くらいの少年だったのだ。莉子は少年が持参した『愛ちゃんの夢物語』が本物であると鑑定する。本の持ち主、久宇良颯人はその本をオークションに出品してほしいと言う。公の競売にかけるのは難しいと知りながら、莉子はジェルヴェーズを訪ねたのだ。複数の鑑定家仲間から、ジェルヴェーズが著名な作家の未発表原稿を扱うらしいという噂を聞いたことによる。公式の鑑定書が付いていないので、勿論断られる羽目になる。
ジェルヴェーズを訪れた時、コナン・ドリルが書いたとされる短編作品『ユグノーの銀食器』について、応対者の芹澤杏樹が階段を下りてくるときに話していた内容を莉子は耳にしていた。持ち込んだ本をオークションにかけることは断られたが、杏樹の話題にしていた事項について、莉子が自分の考えを述べたのだ。これが芹澤杏樹が莉子に関心を抱くきっかけになる。
一方、莉子は久宇良颯人に会い、オークションにかけることを断られた事情を話す。颯人はしばらく本を手許に預かっていてほしいと希望し、大型の封筒を莉子に押しつけて、少ないと思うがお礼だと告げ、懸けだして去った。颯人はどうも出品に伴う細部への鑑定、科学的鑑定に期待をしていたようなのだ。さらに、その封筒の中に、表紙が退色した古い『東京タワー』という江國香織作の文庫本が入っていたのだ。パラパラとページを繰っていた莉子はある一点に目が釘付けされてしまう。それは、莉子の記憶と結びつくものだったのだ。マンションの自宅に戻り、卒業アルバムを見て、記憶が正しかったことを知る。
週明けの朝、芹沢杏樹は富里蒼依の運転で、万能鑑定士Qの店を訪れる。『ユグノーの銀食器』を莉子に見せる。莉子は自分の鑑定所見を述べる。その話を聞き、杏樹は莉子にジェルヴェーズへの入社し、未発表原稿を含む古書全般の担当者になってほしいとオファーするのだ。入社すれば、『愛ちゃんの夢物語』の科学鑑定も場合により可能だし、競売部のスペシャリストの提案なら、『愛ちゃんの夢物語』のオークションへの出品も可能性があると仄めかす。
「誰かのためになるのなら、仕事の環境が変わるぐらいどうってことない」と、莉子はQの店を閉店し、ジェルヴェーズへの入社を決断するのだ。
このストーリーは2つの古書にまつわる謎解きの流れが並行して進行し、いつしか両者が接点を持ち始めるという興味深い構成展開になっている。
ジェルヴェーズは事業の新規開拓として古書の競売を始めようとする。美術分野に定評があるとはいえ、古書を扱うのは初めてである。そのため、スペシャリストの養成から始めつつ、競売の準備を進めなければならない状況にある。その初競売の目玉が『ユグノーの銀食器』だったのだ。入社後、莉子は古書担当のスペシャリストとして働き始めるが、そこでは古書の競売に関わるスペシャリストとして、富里蒼依と隅山大智の教育を任せられることになる。
神田の古書店の店頭を借りて、富里蒼依と隅山大智に対するOJTが始まる。この作品の興味深いのは古書籍業界の舞台裏話が脇道として語られている点である。そして、古書鑑定に伴う落とし穴にも触れられていておもしろい。
わけてもメインである『ユグノーの銀食器』についての真贋絡みの分析プロセスがおもしろい。また、『愛ちゃんの夢物語』の科学鑑定を莉子が実際に持ち込むことにより、ボールペンで書き込まれた×印やインクのでないペン先で×印をつけた痕の発見、端が1ミリ削られたページの存在など、いろいろなことが分かってくる。そして、それがかつての波照間島での記憶と結びついて行くのだ。記憶の奥深くにあったモノトーンの思い出が、俄然リアルなものとして湧出してくる。久宇良颯人の問題が、自分にとっての問題ともなってくる。推理が広がり複数の事象が結びつき、論理的推理を一層強固にしていくのである。
芹澤杏樹はドイルの未発表原稿を莉子に託し、古書オークション全体の成否の鍵を莉子に預けたのだ。入社した以上、莉子は期待に応えなければならない。莉子は思う。「一日の半分を颯人君のために、もう半分をジェルヴェーズのために費やそう」と。
オークションがどのように行われるか。この場面の描写もけっこうおもしろい。オークションがどのように進行するかの雰囲気がけっこう味わえる。莉子は初めてのオークションでの実体験と観察から、ある疑念を抱き始める。それがこの推理劇に弾みをつける契機になる。
オークションから得た情報の論理的推理は莉子を四国、直島のベネッセハウスへの旅へと導き、直島でのある発見がまた次の論理的推理を促していく。
2つの案件は解決するが、莉子のかつてのモノトーンの思い出は、もはや還らない思い出となり、現実に破壊されてしまう。江國香織作『東京タワー』の文庫本を大事にしていた颯人の希望は遂に叶えられなかった。問題は解決したが、悲しみは残るという結末。その悲しみが何か、問題はどのように解決したのか・・・・それは本書を開いてみてほしい。
そして、凜田莉子はあるべき所に戻る。
ご一読ありがとうございます。
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。
本書関連の語句をいくつか検索してみた。一覧にしておきたい。
ルイス・キャロル :ウィキペディア
『愛ちゃんの夢物語』
← 丸山英観と『愛ちやんの夢物語』川戸道昭氏 :「ナダ出版センター」
『不思議の国のアリス』 :ウィキペディア
サザビーズ :ウィキペディア
Southeby's 公式ホームページ
荻須高徳 :ウィキペディア
ベネッセハウス ミュージアム :「ベネッセアートサイト直島」
直島 → 素顔の直島 ホームページ
直島ウォーキング・マップ
うどん専任乗務員 → うどんタクシー ホームページ
ミッキー・スピレイン :ウィキペディア
『大いなる殺人』 → The Big Kill From Wikipedia, the free encyclopedia
007/赤い刺青の男 ← 赤い刺青の男 :ウィキペディア
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。
(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
万能鑑定士Qに関心を向け、読み進めてきたシリーズは次のものです。
こちらもお読みいただけると、うれしいです。
『万能鑑定士Qの攻略本』 角川文庫編集部/編 松岡圭祐事務所/監修
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅰ』
事件簿シリーズは全作品分の印象記を掲載しています。
『万能鑑定士Q』(単行本) ← 文庫本ではⅠとⅡに分冊された。
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅲ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅳ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅴ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅵ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅶ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅷ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅸ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅹ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅠ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅡ』
この第2弾で、なんと万能鑑定士Qの店を閉店するということに!
意外な展開となっていく。閉店した後、凜田莉子はどうするのか?
ジェルヴェーズという紀尾井町にあるオークション会社に転職するのである。それには凜田莉子なりの理由があった。それは莉子が電子メールでのやりとりを通じて、一冊の本の鑑定を依頼されたことによる。その本とは、『愛ちゃんの夢物語』、ルイス・キャロル著、円山薄夜訳である。『不思議の国のアリス』の史上初の和訳本で明治43年に刊行されたものなのだ。版元は内外出版協会。全部で209ページ、旧仮名遣いでひらがなが目立つ文章。幼児にも読みやすいと思われ、挿絵はキャロルの原著を模したものと思われる本である。
莉子が鑑定依頼のメールのやりとりで待ち合わせた相手は、久宇良颯人と名乗る6歳か7歳くらいの少年だったのだ。莉子は少年が持参した『愛ちゃんの夢物語』が本物であると鑑定する。本の持ち主、久宇良颯人はその本をオークションに出品してほしいと言う。公の競売にかけるのは難しいと知りながら、莉子はジェルヴェーズを訪ねたのだ。複数の鑑定家仲間から、ジェルヴェーズが著名な作家の未発表原稿を扱うらしいという噂を聞いたことによる。公式の鑑定書が付いていないので、勿論断られる羽目になる。
ジェルヴェーズを訪れた時、コナン・ドリルが書いたとされる短編作品『ユグノーの銀食器』について、応対者の芹澤杏樹が階段を下りてくるときに話していた内容を莉子は耳にしていた。持ち込んだ本をオークションにかけることは断られたが、杏樹の話題にしていた事項について、莉子が自分の考えを述べたのだ。これが芹澤杏樹が莉子に関心を抱くきっかけになる。
一方、莉子は久宇良颯人に会い、オークションにかけることを断られた事情を話す。颯人はしばらく本を手許に預かっていてほしいと希望し、大型の封筒を莉子に押しつけて、少ないと思うがお礼だと告げ、懸けだして去った。颯人はどうも出品に伴う細部への鑑定、科学的鑑定に期待をしていたようなのだ。さらに、その封筒の中に、表紙が退色した古い『東京タワー』という江國香織作の文庫本が入っていたのだ。パラパラとページを繰っていた莉子はある一点に目が釘付けされてしまう。それは、莉子の記憶と結びつくものだったのだ。マンションの自宅に戻り、卒業アルバムを見て、記憶が正しかったことを知る。
週明けの朝、芹沢杏樹は富里蒼依の運転で、万能鑑定士Qの店を訪れる。『ユグノーの銀食器』を莉子に見せる。莉子は自分の鑑定所見を述べる。その話を聞き、杏樹は莉子にジェルヴェーズへの入社し、未発表原稿を含む古書全般の担当者になってほしいとオファーするのだ。入社すれば、『愛ちゃんの夢物語』の科学鑑定も場合により可能だし、競売部のスペシャリストの提案なら、『愛ちゃんの夢物語』のオークションへの出品も可能性があると仄めかす。
「誰かのためになるのなら、仕事の環境が変わるぐらいどうってことない」と、莉子はQの店を閉店し、ジェルヴェーズへの入社を決断するのだ。
このストーリーは2つの古書にまつわる謎解きの流れが並行して進行し、いつしか両者が接点を持ち始めるという興味深い構成展開になっている。
ジェルヴェーズは事業の新規開拓として古書の競売を始めようとする。美術分野に定評があるとはいえ、古書を扱うのは初めてである。そのため、スペシャリストの養成から始めつつ、競売の準備を進めなければならない状況にある。その初競売の目玉が『ユグノーの銀食器』だったのだ。入社後、莉子は古書担当のスペシャリストとして働き始めるが、そこでは古書の競売に関わるスペシャリストとして、富里蒼依と隅山大智の教育を任せられることになる。
神田の古書店の店頭を借りて、富里蒼依と隅山大智に対するOJTが始まる。この作品の興味深いのは古書籍業界の舞台裏話が脇道として語られている点である。そして、古書鑑定に伴う落とし穴にも触れられていておもしろい。
わけてもメインである『ユグノーの銀食器』についての真贋絡みの分析プロセスがおもしろい。また、『愛ちゃんの夢物語』の科学鑑定を莉子が実際に持ち込むことにより、ボールペンで書き込まれた×印やインクのでないペン先で×印をつけた痕の発見、端が1ミリ削られたページの存在など、いろいろなことが分かってくる。そして、それがかつての波照間島での記憶と結びついて行くのだ。記憶の奥深くにあったモノトーンの思い出が、俄然リアルなものとして湧出してくる。久宇良颯人の問題が、自分にとっての問題ともなってくる。推理が広がり複数の事象が結びつき、論理的推理を一層強固にしていくのである。
芹澤杏樹はドイルの未発表原稿を莉子に託し、古書オークション全体の成否の鍵を莉子に預けたのだ。入社した以上、莉子は期待に応えなければならない。莉子は思う。「一日の半分を颯人君のために、もう半分をジェルヴェーズのために費やそう」と。
オークションがどのように行われるか。この場面の描写もけっこうおもしろい。オークションがどのように進行するかの雰囲気がけっこう味わえる。莉子は初めてのオークションでの実体験と観察から、ある疑念を抱き始める。それがこの推理劇に弾みをつける契機になる。
オークションから得た情報の論理的推理は莉子を四国、直島のベネッセハウスへの旅へと導き、直島でのある発見がまた次の論理的推理を促していく。
2つの案件は解決するが、莉子のかつてのモノトーンの思い出は、もはや還らない思い出となり、現実に破壊されてしまう。江國香織作『東京タワー』の文庫本を大事にしていた颯人の希望は遂に叶えられなかった。問題は解決したが、悲しみは残るという結末。その悲しみが何か、問題はどのように解決したのか・・・・それは本書を開いてみてほしい。
そして、凜田莉子はあるべき所に戻る。
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本書関連の語句をいくつか検索してみた。一覧にしておきたい。
ルイス・キャロル :ウィキペディア
『愛ちゃんの夢物語』
← 丸山英観と『愛ちやんの夢物語』川戸道昭氏 :「ナダ出版センター」
『不思議の国のアリス』 :ウィキペディア
サザビーズ :ウィキペディア
Southeby's 公式ホームページ
荻須高徳 :ウィキペディア
ベネッセハウス ミュージアム :「ベネッセアートサイト直島」
直島 → 素顔の直島 ホームページ
直島ウォーキング・マップ
うどん専任乗務員 → うどんタクシー ホームページ
ミッキー・スピレイン :ウィキペディア
『大いなる殺人』 → The Big Kill From Wikipedia, the free encyclopedia
007/赤い刺青の男 ← 赤い刺青の男 :ウィキペディア
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『万能鑑定士Qの攻略本』 角川文庫編集部/編 松岡圭祐事務所/監修
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅰ』
事件簿シリーズは全作品分の印象記を掲載しています。
『万能鑑定士Q』(単行本) ← 文庫本ではⅠとⅡに分冊された。
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅲ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅳ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅴ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅵ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅶ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅷ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅸ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅹ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅠ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅡ』