ものわかりの悪い人にはかなわない。普通の人なら潔く負けを認めるはず。10手も前に「負けました」と言いながら頭を下げているだろう。なのに、あなたは平然と前を向いている。負けず嫌いというだけならまだいいが、まさか私の間違いを期待してのことではあるまいな。だとすれば余計に腹立たしい。形勢は素人目にも大差。玉形、戦力、数字にするまでもない。あなたは手番を生かしてまだ何か言ってくる。どうあがいたとしても、無から有が生まれることはない。
「何? この歩は? 取ったらどうする?」
こちらから厳しく主張すれば敵玉を追いつめることは可能だ。微かなリスクはあるとは言え、それはいつでもできることだった。だが、そこまでしなくても、あきらめてもらうのが一番手っ取り早い。何しろ有効な手段は1つもないのだから。あなたはあれやこれやと私の飛車にちょっかいを出してくる。
「何? この歩ただだけどな。まあ逃げておくか」
どうやってもいいというのは、それなりに困る。険しい一本道の方が迷いがなくていい。あなたはなんだかんだと一貫性のない話を続けてくる。まあ、悪くなった方に最善手など存在しないから、仕方がないとも言えるのだが。
「何? と金作りたいの? まあそれくらい許してあげるよ」
よっぽど好きなんだな。こんなになってもまだ言いたいことがあるなんて。寂しい人の相手をしている内に、奇妙に居心地がよく、また名残惜しくもなってきたようだ。(本当はあなたは悪い人ではないのかも)
「何どうした? さばきたいの?
仕方ないな。通してあげるよ」
ついに世に出るはずのないあなたの角が躍り出る。
穏やかに話を聞いている内に、だんだん筋が通ってきた。聞き癖がついてしまった私は、催眠術にでもかかってしまったように言いなりになっていたのかもしれない。あれよあれよという間に、あなたの駒は息を吹き返した。今や全軍躍動だ。
はっと我に返った時、手が尽きたのは私の方だった。
「負けました」
そして私は空っぽになった。