陽気の下に大勢の人が吸い寄せられていた。何か楽しいことがあるのかもしれない。君はこれという目的もなく群の方に近づいていった。近づきながら、最も人が多いところを避けるように歩いていった。多くの出店が見られる。流行っている店もあれば、そうでないところもある。そうでない方へ君の体は自然と流されてしまう。店主は地面に無を広げて売っていた。なるほど、これでは流行らないはずだ。
「みていってよ」
店主は愛想良く言った。(たいしたものはないけどね)自虐的なことを言って笑った。
「なるほど」
本当にたいしたものはない。そればかりか何もない。たいしたとかたいしたことないとか、それ以前の話だ。無から目を向こうに転じれば、華やいだ場所が幾つもありそうだった。少なくともこんな寂れた場所よりは、多く見るべきものがあるだろう。無だけを置いた店の前から君はまだ動こうとしなかった。
「どういうコンセプトで出しているの?」
あるいは出してはいないと言うべきかもしれない。
「何か始めてみたくてね」
わからないままにとにかく店主は始めた。
「何かなかったのですか。置くようなものは」
「具体的に見えなくてね」
見切り発車だったことを店主は素直に認めた。
「なるほど」
「数えるほどはあったけど、それも寂しくてね」
「だから思い切って?」
「こういうのもあっていいかなと……」
「どういうのですか」
「総じて言えばアートかな」
「なるほど」
「まあ、何でもそう言ってしまえるんだよ」
「そうなんですか。色々あるんですね」
「まあ、ゆっくりみていってよ」
(みるべきものはないんだけどね)
無欲な店主の前で君はしばらく足を止めて無を見つめていた。無欲な客にとっては、そう悪くはない場所だった。
ハンガーに
何もない服
見ていって
好きに羽織って
きれないけれど
折句「ハナミズキ」短歌