折句ラッシュ・クリスマス

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、縦読み
クジラうえリクエストした水族館マダイが歌うスローバラード、クリスマス

ファースト・ステップ

2019-08-20 22:08:00 | 自分探しの迷子
 転げることを怖がることはない。
 転ぶ前に一歩前に踏み出せばいい。それは簡単なことだ。体が覚えてしまえば、もう考えることはない。何よりも自然に、空気に触れているようにできるのだ。
 不安は最初の数歩だけだ。
 一歩、一歩、先へ進んでいけばそれでいい。確信は余裕へと変わるだろう。
 僕はもう大丈夫。そう思った瞬間に、僕はつまずいてしまう。また3歳に戻ってやり直し。

(ふりだしに戻る)

 大丈夫よ。みんなも普通にやってるんだし。あなたも普通にできるはずよ。友達の後押しもあって、前に進みかけていた。私は15歳だった。
「それはピアノを弾くより簡単よ」そうだった。
 言われるままに歩き始めれば、確かにその通りだ。私はもう十分に大人だ。
 人生のファースト・ステップは、とっくに乗り越えてきたのだ。
「簡単ね」
 とんとん拍子で、私は道を歩いていった。
 もう何も悩まずに行ける。そう思った瞬間、私はつまずいてしまう。私はまだ3歳の子供にすぎない。

(ふりだしに戻る)

 大丈夫。何もあわてることはない。時間はたっぷり残されている。
 3歳からやり直すにしても、僕には学習の経験が残っている。すぐに追いついて、追い越すこともできるだろう。何も難しくない。
 一歩、一歩、ただ繰り返すだけでいいのだ。プログラムを組むよりも簡単なこと。
 ほいほいと歩いて僕は20歳になっていた。

「大丈夫よ。あなたならきっと世界の真ん中を歩くことができる」
 叔母さんはそう言って僕の背中を押してくれる。
 そうだ。このままの調子で突き進もう。もう迷う必要もないんだ。世界の真ん中は無心で歩く内にたどり着くものだろう。
 輝きの中に踏み込んだ瞬間、僕はバランスを崩してしまう。
 過信だ。
 僕はつまずいてひっくり返って、立ち直れなかった。
「大人になるって大変なんだな」何度なっても、なり切ることができない。

(何度でもふりだしに戻る)

 ここは誰かが編んだ小説の中なのかもしれない。
 私は3歳で自我に目覚め、自立した歩行の先で80歳になっていた。
 もう平気だ。信頼の時は十分すぎるくらいに流れたのだ。
 おっとっと。
 軽はずみなことで信頼が揺らぐ。僕は3歳に立ち返り、立ち上がると160歳になっていた。歩き始めてから忘れるほどの時が経っていた。少し出過ぎたところで蹴躓いた。普通にやったつもりなのに、普通にはなれなかったか。まだ少し行き過ぎだったのか。
 どこまでも遠い。また、出直すことになりそうだ。ここまで来て、戻りたくはないな。

「簡単に思えることが一番難しいことだったんだ」私は3歳に立ち返って学び始めた。僕は5歳でようやく自我に目覚めた。急ぐからよくないのか。道が歪んでしまうのか。

 一歩ずつ。そうだ。ただ、一歩ずつ、一歩ずつ進んで行こう。
 追いつくことも、追い抜くことも、人の道からはかけ離れている。
 僕は16歳で立ち止まった。ためらいの中に足踏みを覚えて。

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