眠れない夜の言葉遊び

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人間将棋 ~一手を責めないで

2022-04-07 02:54:00 | 将棋ウォーズ自戦記
 あちらこちらに位を取られていた。居飛車の圧をひしひしと感じて石田流の飛車はさばきの道を見失ってしまった。
(まずい。自爆してしまいそう)
 動けば動いた分だけ酷くなりそうだ。僕はさばきの失敗を自認し、少しでもチャンスを残せるような順を探った。何もしない方がいい。そして、僕は居飛車陣の隅にパスのような歩を垂らした。居飛車が手を作ってくる間に、それはと金に化けた。どんなによくてもよさを広げていくことは、それなりに難しいもの。3分切れ負けのような短い将棋では、尚更のことだ。さばけなかった飛車が世に出るチャンスは、やがて訪れることになった。

「飛車を取ってくれた!」

 居飛車の角に取ってもらえたことで、飛車の顔は立った。居飛車の飛車に成り込まれもしたが、僕は自陣に二枚角を打って一枚の飛車を奪うことに成功した。

「飛車が入った!」

 回り回って石田の飛車が敵陣で竜となった。
 残り1分。突然、最終盤となり1チャンスが巡ってきた。一段金で居飛車玉に王手をかけて、桂をさらった。
(詰めろだ!)
 それは次の一間竜をみて多分詰めろになっているはずだった。
 けれども、相手はこちらの玉に詰めろをかけてきた。
 これは逆転がきたか……。
 9手詰め。詰みの構図が頭の中に描かれた。

「王手!」

 一間竜から合駒を請求し、取れない銀を放って拠点を築くと竜を切った。同じく金には頭から銀を打って……。
 その時、相手は取れる竜を取らず玉を真横によろけた。(それは読みに全くない手だった)

「うわぁ~、なんだこりゃー!」
 10、9、8……。
 7秒しかない!
 でもわからないよー!
 読みにない応手に、僕はすっかりパニックに陥ってしまった。詰んでくれ! 祈るように王手をかけるが、相手の玉はするすると抜けていく。駄目だ……。

(時間切れ)

 負けた。やっぱり負けてしまった。負けるべくして負けた。1チャンスだけをとらえて勝つことは簡単じゃない。



 AIの最善手が何だって?
 評価値がひっくり返ったからどうだって?

 棋士は長い一日を通して、あるいは一つの人生をかけてずっと独りで戦っているんじゃないか。最後の最後になって、たかが一手を間違えたからそれがどうしたって言うんだ。戦っているのは人間だろうよ。人間には人間同士の戦いがあるんだよ。思い描いた夢や構想が、育て上げてきた大切な物語があるんだよ。たった3分の将棋ではない。その場その場で次の一手を考えて指すわけじゃない。そりゃ敗着は最後の方にあるだろうさ。だけど、本当はそこじゃないよね。戦った者同士なら、そことは違うってわかるはずさ。

「ねえ、棋神さま。そこじゃないよね」

「今は忙しい!」

 棋神さまは取り合ってはくれなかった。
 僕は残り7秒の局面を改めて振り返ってみた。
 驚いたことに1手詰みだった。玉の左から金を打てばどこにも逃げ場はないのだった。その時、僕は敵陣の金を取って王手をかけたのだ。竜が動いたがために、逃げ道ができてしまった。より厚く詰ましたいという心が、欲張りな指し手を選ばせてしまった。(詰んでいたのに……)1手で詰んでいる玉を、苦心して詰まそうともがいている内に、不詰めになっていた。そんな不思議なこともある。寄せというのは、侮れないものなのだ。理屈では動くはずのない駒も、理屈を超えて動き始める。だから、人間将棋は面白いのだ。




~飛車の生き方(身の振り方)

 振り飛車党というものは、常に飛車の存在を気にかけておかねばならない。飛車がどういう運命をたどるのか。それは一局の将棋の命運にも等しい。飛車はさばけるに越したことはない。敵陣の一線で強力な竜となる。それは理想だろう。竜となって中盤を制するような生き方もあるだろう。あるいは、自陣にまでかえり自陣竜となって長い終盤を戦うような生き方も考えられる。 

 竜にはならず、守備的な飛車として自陣で生きるという形もあるだろう。その際、重要なのは縦よりも飛車の横利きが通っていることだ。
 直接敵陣に成り込まず、相手の駒との交換によってさばけるという生き方もある。例えば、居飛車の角との飛車角交換。角となって生き直すこと。これも振り飛車のさばきとして重要なテーマである。

 最も残念なのは、戦いには加わらず忘れられてしまうことだ。例えば、多少の駒得に心を奪われて大事な飛車の存在を忘れてしまう。そうしたさばきで勝ち切ることは難しい。あるいは、何とも交換にならず、ただで取られてしまうような最期もできれば避けたいものだ。取り残されたり、取られてしまうのも痛いが、攻撃の目標となったり負担になったりするのもまずい。(飛車を逃げ回る手が続くような展開はだいたい攻撃側のペースであることが多い)

「飛車をみておく」
 飛車の生き方を常に描いておくこと。そうしてこそ真の振り飛車使いに近づけるものだと思う。


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