眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

grandmother

2013-03-15 01:56:05 | 夢追い
 階段の上のおばあさんを迎えにいかないといけなかった。父の方のおばあさんはもう亡くなったし、母の方のおばあさんのわけがない。では、誰のおばあさんかというと、それがわからなかった。まあ、とにかくおばあさんを迎えにいかなければならないのだから、準備運動をしていかなければならない。とても高い階段だときいた。それに備えてしっかりと腹ごしらえをしておかなければいけない。袋を開けて、チキンラーメンの角をかじった。
「駄目よ! 普通のお菓子じゃないんだから」
 血相を変えて姉が怒った。そんなに怒られる覚えはなかったが、とにかく今口にあるものを食べ切って、次を千切るのはやめておいた。
「そのまま食べたら病気になってしまうよ」
 姉の忠告に従ってチキンラーメンを器に入れるとお湯を注ぎいれた。表面からは湯気が立ち上がり、今までにはなかったおいしそうな匂いが漂ってきて、やはり姉の言うことは最もだと感じながら、待っていた。
「あんた、もう行くんでしょ」
 と姉が言った。早く階段の上のおばあさんを迎えにいかないといけないと言った。もう少し待って欲しかったが、姉の言い方ではそんなにゆっくりしていてはならないようだった。
「後はお姉ちゃんが食べておいてあげるから」
 あとのことは任せろと姉は僕の背中を強く押すのだった。

 誰のおばあさんだろうか? 会ったことがある人だろうか。階段を上ることが少し不安で、喉も渇いていたし、カフェに入ってコーヒーを注文した。コーヒーにはデザートがついていた。とても不人気な店らしく、他に客は誰もいない。店の人は不安そうにちらちらとこちらの様子を窺っている。コーヒーはカップに対して二割くらいしか入ってなくて、ほぼ空っぽだ。おかしな器に小さなフルーツがいっぱい盛られている。
(ミルクかけるかな?)
(かけてくれるのかな?)
 家族で心配そうに様子を窺っている。
 フォークの先に突き刺したフルーツが、口に運ぶ途中でテーブルの上に落ちた。二枚重なって落ちたので、上の方は大丈夫。上のオレンジ色のフルーツだけを手で拾って食べた。下の緑色のフルーツは手で拾って、皿に戻した。
 ガラス窓に19時までと赤いシールで記されていることに気がつく。少し遅く来すぎてしまったようだ。
「ごちそうさまでした」

 階段の下では赤いまわしをつけて四股を踏む者の姿があった。番人だろうか? 警戒しながら近づいていくと力士は四股を踏みながらそのままどこかへ行ってしまった。近くで見ると痩せっぽちの力士だった。明るい内に、階段にたどり着くことができたのでまずは一安心した。父の方のおばあさんはもう亡くなったし、母の方のおばあさんのわけがない。おじさんのおばあさんはとっくの昔に亡くなったし、おばさんのおばあさんには会ったこともないし、いったい誰のおばあさんだろうか。近所で親しかったおばあさんかもしれないし、昔通っていた駄菓子屋のおばあさんかもしれない。あの頃、おばあさんはとても元気だったから、今だってそこそこ元気で、もう駄菓子屋はやめているけれど、階段の上で待っているのかもしれない。
 階段を最初の踊り場まで駆け上がると、正面に力士が待ち構えていた。赤いまわしをつけ腕組みをしているのは兄だった。
「教えてやろうか?」
 その格好からして相撲を教えてくれるのだろうか。特に相撲に興味はなかったし、先を急いでもいたけど、せっかくなので少しくらい教えてもらおうか。教えるほどに強いのだろうか。返事を考えながら、しばらく黙っていた。
「サッカーか?」
 何かを察したように兄の方から提案してきた。どうせならその方がよかった。
「ボールを取られてしまう」
 素直に悩みを打ち明けた。そうか……。腕を組んだまま、しばらく兄は黙り込んだ。
「俺は、うまいと思う」
 そうか……。兄がそう思っていてくれたことがうれしかった。
「一応、両足使えるよ」
 そうか……。少し寂しげな表情で小さく頷いた。
「三年間左足が使えなかったから、それで復帰した時、利き足という概念もなくなってたんだ。足に関しては、だからかな……」
 そうか……。
 そうだ。僕はインテルの選手だったし、少しはうまくなければインテルには入れないのだった。今更、兄に教えてもらうことなどあるものか。僕は先を急いでもいるのだ。
「階段の上のおばあさんを迎えにいかないといけないんだ」
「俺を倒してから行くか?」
 そう言って兄は四股を踏んだ。
「日が暮れるからいいや」

 すっかり日が暮れた階段の上でおばあさんは待っていた。
「ああ、来てくれたのね」
 ああ、おばあさん。
 すっかり上り疲れて、言葉があまり出てこなかった。その分、おばあさんの方は溜めていた言葉が一気にあふれ出てくるようだった。
「茶店が閉まってしまったから、出店でドーナツを買って、自販機でコーヒーを買って飲んだのよ」
 普通のことを特別にうれしいことのように言った。おばあさんはとても元気そうだ。紙袋とコーヒーの缶が色あせたベンチの上に置いてあった。少し、母に似ている。
「下りようか」
 右手をおばあさんの方に伸ばして、言った。


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