眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

ありがとう、おかあさん ~カフェの自由

2024-04-15 16:20:00 | コーヒー・タイム
 おしながきがいつもよりも底の方に沈んでいる気がした。視線を深く落としていると、奥の方からおかあさんが出てきて小窓を開けてくれた。呼んでもないのに、もう出てきてくれた。僕は一瞬ありがたく感じたが、そうではなかった。
「ごめんなさい。今日はもう終わりで……」
「ああ、そうですか」
 あと1時間くらい開いていてもおかしくないのだが、おとうさんの調子があまりよくないのか、最近は閉まっている日も多くなっている気がする。廃れた商店街を抜けて、あまり通ったことのない道を南へ向けて歩いた。近所の子供が大声を出してバイバイと言う。そういう時間だった。


 テイクアウトできなかったのでもう1つのプランに変更して、モスカフェに行った。久しぶりに左奥の角にかけた。少し距離を歩いたので少し疲れていた。今日はカーテンが半分以上開いていた。それだけで少しうれしかった。ラテを1口飲むと何とも落ち着いた気分になった。家に帰った時とはまた少し違う、むしろそれ以上に落ち着いた気がしたのだ。

(これか!)

 僕は昔勤めていた職場で世話になった先輩のことを思い出していた。僕が少し早めに出勤すると、先輩は決まって僕より早く来ていて、ロッカーの前にぼんやりとかけていた。何もせず決まって上半身は裸だった。その姿はゴングを待つボクサーのようにも見えた。(時には打たれ疲れたように見えることもあった)

「この何もしない時間が落ち着くのだ」

 彼はいつも口癖のように何もしない贅沢について説いた。(旅行に行くとホテルにチェックインして、バーに行く以外は何もしないと語っていた)何もしない自慢みたいな話を、散々聞かされたものだった。当時は正直よくわからなかった。そうして何年もわからなかったことを、今日は瞬間的に理解できたのだ。たどり着いたモスカフェで、僕はこの上なくリラックスした感覚に浸っていた。人はくつろぐために生きているのではないか。(動物とはいうけれど、動き回るのが正解というわけではない)僕は何もしたくない。それがきっといいことだ。

(何もしないぞ!)

 何もしない間に、モスカフェの外は夜の方に向かっていく。少しだけ気配をみせたり、足音がしたり、近づいたり、少し止まったりしながら。ゆっくりと夜に染まり始める。来たのかも。来たのかもしれない。少し名残を残しながら。本当に来るのだ。カーテンの向こう、街はすっかりと夜にのみこまれていく。気がつくともう夜だった。ずっと夜だった。いつしか夜は、そのような顔をして見えた。

 何かするのがもったいない。けれども、何か生まれそうな予感がする。限られたスペースが、魔法を起こしてくれるかもしれない。(家とは違う。制限された世界だからこそ)より研ぎ澄まされていくものもあるのではないか……。例えばそれは、鬼ごっこ。例えばそれは、サッカーだ。秩序の中の自由が、自由の価値を高めてくれる。ルールを設けるとなぜ遊びは面白くなるのだろう! 何をしてもいいのとは違うけど、工夫しながら何かを探すことはこの上なく楽しい。リラックスと集中は、案外近いところにあるのではないだろうか。
 
 こうしてモスカフェの時間を持てたのは、あの時おかあさんが僕を追い返してくれたからだ。僕はターンして道筋を変えるしかなかった。その場では挫折に思えることも、後になれば節目の1つくらいに受け止められることがある。だから、あなたにもあきらめずに先に進んでほしい。
 1杯のラテを僕は命のように見つめた。きっとおかわりはない。ささやかな1杯の注文にも、多少の罪悪感は持っていた。空っぽになる前に、何かが覚醒するかもしれない。氷がまた少しきめ細かくなった。僕はその時『レナードの朝』のことを振り返っていた。

コメント
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