眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

ワン・オペレーター

2022-06-30 08:30:00 | 短い話、短い歌
 女たちが煙草に火をつけて、煙を吐き出すのが見えたが、僕は全く煙たくはなかった。パーテーションは肘に接触してキーボードを打つ時の妨げになりそうだったが、むしろ身を預ける拠り所のような存在でもあった。盾でもあり拠り所でもある仕切りは2つの意味を持って、その場所の価値を高めていたのだ。(煙が)すぐ近くに見えていながら自分にまるで及ぶことがないというあり様は、テレビでホラー映画を見ている時のようだった。
 番号を呼ばれてカウンターに戻ると既に次の客が注文を通すところだった。トレイの上にカップを置いた後で彼女はいつも同じ角度で礼をする。その時、両手はいつも胸の前だ。何から何まで1人でやらなければならないのは大変だろう。
 コーヒーを混ぜていると天井から、ジャズが落ちてくる。

「カレーはここで作っているのか?」
 新たにやってきた男はストレートな疑問をぶつけていた。
「いいえ違います。レトルト」
 彼女は答える前に微かに笑ったようだった。直球に対して直球。実に清々しい勝負だ。商売は正直にやらねばならない。だまし合ったり、口先でごまかすようなことをしてはならない。

「レトルト」
 さらりと言った彼女の言葉を僕はしばらく忘れないだろう。
 レトルト。いいじゃないか。




ここでしか食べれぬ物はないけれどここにいるのはあなたがいいね
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おとり寿司

2022-06-30 01:01:00 | ナノノベル
 味のある暖簾に惹かれて私はがらがらとドアを開けた。

「へい、いらっしゃい!」
「イカ、タコ、エビください」
「ごめんなさい。売り切れです」
 出鼻をくじかれると萎えるが、気を取り直して。

「じゃあ、マグロを」
「ごめんなさい、寿司は……」
「ないの?」
「じゃあ……」

「うどんになります」
「じゃあ肉うどん」
「あいよっ!」

 私はうどんで胃袋を満たすことにした。
 可もなく不可もなし。そういううどんだ。

「ごちそうさん。また来ます」
「ごめんなさいね。さっき団体が来て」
「団体?」
「そうなんです。ダンサーの」
「へーっ、あるんですね。ではまた」


 また出直して来よう。そうだ来週にでも。

「へい、いらっしゃい!」
「イカ、ハマチ、マグロください」
「ごめんなさい。売り切れです」
「じゃあ、ホタテを」
「ごめんなさい」
「じゃあ、トリガイを」

「ごめんなさい、お客さん、寿司は……」
「えーっ、今日も全滅ですか?」
「さっき大食いの人が来てね」
「大食い?」
「バンドマンで」
「バンドですか」

 バンドと言えばせいぜい5人、6人のことじゃないか。それで全部なくなるとはいったい。しかし、私は深く追及することはしなかった。これから先の長いつきあいにならないとも限らないからだ。

「それじゃあ……」
「うどんになります」
「じゃあきつねうどん」
「あいよっ!」

 可もなく不可もなし。何より私の望むものではなかった。

「ごちそうさん」
「ありがとうございます! すんませんでした」


 1ヶ月後。私は少し間を開けて藍色の暖簾を潜った。

「へい、いらっしゃい!」
「イカ、ハマチ、ウナギ」
「売り切れです」
「じゃあウニを」

「ごめんなさい、お客さん、今日寿司はもう……」
「えーっ、じゃあもう」
「あとはうどんになりますね」

「でも今日は寿司の口で来たんですよね」
 私は素直に自分の気持ちを打ち明けた。

「ほんとそこは申し訳ない」
「うどんはわるくないけど、うどんにもわるい気がするんで」
「うどんならすぐできるんですが……」

(すぐ食べられるうどんなら他にいくらもあるんだ)

「団体ですか、大食いですか、今日は」
「いやそれがさっきウーバー法人が来て根こそぎ運んで行ったもので」
「ウーバー法人? 何ですかそれは。呪われてるんですかね」

「お客さん、一度みてもらった方が……」

「いえいえ、また来ます」

「申し訳ない。お待ちしております!」

 私は何も注文せずに店を出た。
 味のある暖簾なのだが、惜しい。
 呪われいるのは、私ではないのだ。

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