主人公は人間じゃない。人称は彼女だった。誰のものでもなかったので、彼女には名前がなかった。彼女の住む森には名前があった。彼女は絶滅危惧種のように儚い存在らしかった。人間からは遠い存在だったがどこか他人に思えないところがあった。彼女は最初、誰とも一緒にいなかった。年齢について触れられていたが数字は出てこなかった。彼女の色を海との距離や月の夜に降る何かに喩えて語られた。人とは違う時が流れている様子だった。彼女の瞳について語られた。彼女の動作について何かの影に喩えて語られた。喩えがよく出てくるお話だった。彼女はよく何かと間違えられるらしい。それは、何だったっけ……。
物語のはじまり方が特に好きだった。はじまりから繰り返し読んだ。適当なページを開いて読んでみることもあった。読むほどにどんどん好きになっていった。好きであるために何が起きてもその世界のことを疑うことができなかった。あまりに入り込むために、向こうの方が現実の世界でむしろこちら側こそが架空の世界ではと思えることさえあった。人がおかしな世界に入る時は、このような感じなのかもしれない。
どうせなら誰も傷つかずにだまされるのがよいと思う。どうせなら、人をしあわせにする方にだましたいと思う。
物語のはじまり方が特に好きだった。はじまりから繰り返し読んだ。適当なページを開いて読んでみることもあった。読むほどにどんどん好きになっていった。好きであるために何が起きてもその世界のことを疑うことができなかった。あまりに入り込むために、向こうの方が現実の世界でむしろこちら側こそが架空の世界ではと思えることさえあった。人がおかしな世界に入る時は、このような感じなのかもしれない。
どうせなら誰も傷つかずにだまされるのがよいと思う。どうせなら、人をしあわせにする方にだましたいと思う。