大きな傘を買った。
誰でも入っておいで。
雨に困った通行人が訪れて苦しい一時期を他人の傘の下で凌いだ。大きな傘には困った人たちを受け入れる十分な大きさがあった。どこからでも入ることができる、自由で寛容な傘だった。強まるばかりの雨の中を、傘を持たない顔見知りが挨拶一つで訪れて、僅かに気まずい一時期を大きな傘の下で過ごした。しばらく顔を見ていなかった友人が、傘の大きさにいつの間にか含まれて立っていた。
「やあ、久しぶり」
「ああ、ほんと久しぶりの雨だね」
「よかったね。大きな傘を買えるようになったんだね」
「ありがとう。それほどでもないよ」
本当にそんな風に思っているのか。久しぶりに会ったのだから、余計な波風は立てない方がいい。それが江戸仕草というものかどうかは知らないが、小さな傘を携えた人とそれ違う時、僕は傘を大胆に高く持ち上げた。それは傘下にいる人や猫たちを守る管理者責任のようなものだ。
「あそこから、地下に下りますので」
「では、また。お元気で」
「あなたも」
雨はまだまだ降り止まない。みんなはそれぞれ帰るところを告げて去っていった。
誰でも入っておいで。
どこからでも入ることのできる、開かれた傘を持っていた。入り口はあらゆる方向に開かれていた。君は少し離れた場所から、こちらを見つめている。
(どうして入ればいいの)
あらゆる扉が開かれているというのに、君は足を踏み入れようとしないばかりが、近寄ることさえためらっている。どうして、君はそんなに離れて立っているのか。今度は、君の番だった。最初から、君の居場所は、この傘の中に含まれている。最初に作ったのは君の居場所の方だった。その上に大きな傘を買ったのかもしれなかった。
「誰でも入っておいで」
その中に君が入っていないことはあり得ないことだった。君だけが入っていないことなど、間違っていることだった。
(どこから入ればいいと言うの?)
ただ真っ直ぐこちらに向かってくればいいじゃないか。どうして、そんなに簡単なことが、君にはわからないのだ。君だけに理解できないというのだ。
君は相変わらず、少し離れた場所からこちらを見つめている。あるいは、ただ眺めているだけだったのだろうか。長い雨の中を。