子供の頃、初めてどん兵衛さんを食べた時の感動が忘れられない。こんな美味しい食べ物があるのなら、世界はきっと生きるに値するのだと思った。それを作った人たちも素晴らしい人なのかもしれない。久しぶりにどん兵衛さんを食べた時に、一瞬だけ当時の感覚を取り戻すことができる。どん兵衛さんが好き。どん兵衛さんなら、毎日食べることもできる。けれども、当たり前のように毎日は食べたくはない。少し時間を置いて、またどん兵衛さんを食べたいのだ。
味のある
桂馬がいばる
道場で
うどんが熱い
ふーふーふーふー
折句 短歌「揚げ豆腐」
どん兵衛さんが留守番電話に入っていたのは、ワールドカップの年だった。父の転院先から母の声で、どん兵衛さんが入っていたのだ。夕ご飯はどん兵衛さんを食べたという報告だった。それだけかと僕は思った。もっとしっかり食べた方がいいと思った。当時はそのような状況ではなかったのかもしれない。それからしばらく、僕はどん兵衛さんから距離を置いていた。自然とそうなった。ワールドカップは何度でも巡ってきた。記憶は時に触れて塗り替えられていく。けれども、何度でも思い出すことがある。初めてどん兵衛さんを食べた時の感動は、まだ胸の奥に残っている。