「ラウラ。ただいま」
「おかえり」と言っているが、乗ってはいけない食卓テーブルに澄まして座っている。
「それで、お土産はないの」
「ない。保温ポットを買ってきたんだよ」
「ふぅーん」
犬舎にいたジェリーは、爆睡していて、ドライを狙って黒猫が徘徊しているのも気づいていない。
「さて、一息ついたし、今日のオススメLPレコードを紹介をするね」
「また手抜き、私がするの」
「いやいや、このロザンナ・フラテルロさんは、おとしゃんにとって幻の歌手なんだよ」
「へぇー」
「1970年(昭和45年)の大阪万博に来日する予定だった彼女は来日しなかったんだよ。前に話したようにジェニファーロペスさんも大阪ステージ(花博)に立ったんだよ。だから大阪でステージに立つとスターになれるの。でも風邪を引いたとということでね」
「それで」
「彼女は美人だと言われているけれど、このレコードの裏に生写真がシールのように貼り付けられていて、日本では手抜きのアルバム。そしてその実態は幻なのさ。ラウラも、ミルバやミーナなんて知っているよね。でも、おとしゃん、彼女のLPは一枚しか持っていないのさ」
「彼女の歌い方は、ナナ・ムスクーリに似ているところがあって、澄んだ声が綺麗だよ。特に、ナポリの涙を歌ったら天下一品」
「どんな曲なの」
「Lacreme Napulitane、って曲。イタリア移民の辛さを歌った曲で、こんな詩だよ」
親愛なるお母さんへ
もうすぐクリスマスですね
遠く離れていると、それはとてもつらい事
キャンドルに火を灯し
ザンブニァーレ(楽器)の音を聞きたい。
私の子供にプレゼビオ(クリスマスの人形)を忘れないで作ってやってほしい
そしてクリスマスイブの食卓には、私の皿を置いて
私がみんなと一緒にいるんだと思ってください
私たちナポリ人にとって
このアメリカはあまりにも過酷
ナポリの空を泣く私たちの食べるパン。それはとても苦い
親愛なるお母さんへ
お金なんてどんな価値があるんでしょうか
祖国から遠く離れてしまった人々にとって
お金はあるけど、今ほど貧しく感じた事はなかった
毎夜、夢の中で見る私の家
夢の中で聞く私の子供の声
きっとあなたは、キリストの詩に直面したマリアさまに似た苦痛をこらえているのでしょう
あなたは書いている
私の娘が、捨てて遠くにいった母をいまだに呼び続けていると
私にはどう答えていいかわからない
子供が母親を恋しがっているなら、その母親を返してもいい
でも、私は帰らない。ずっとここにとどまり、あなたがたのために働く
祖国と、家と、愛をなくした私
肉屋に下がっている肉のような私
そんな私、移民の私
「悲しい曲なんだね」
「彼女の歌声は、LPでしか聞けない。YouTubeにも幾つかアップされているが音質が悪すぎる。だから、ここではその時代を模し、マリオが歌っているPVを紹介しょう」
Mario Merola - Lacreme Napulitane (English lyrics,1925)
「だから、家族っていうのは大切なんだよ。おとしゃんやおかぁしゃんいないと、抱っこもしてもらえないんだよ」
「はいはい。じゃ貰えるうちにちょうだいよ。おやつ」