朝から車内は、艶のないおばさんたちに囲まれ、憂鬱。
四人組の彼女たちはキャリーバックを抱え、ツアーに出発するのだろう。大きなマスクをしたり、顔が隠れるほどの女優ハットをかぶった女性もいるが、総じて同世代と推察できる。
入り口の声が聞こえて悪い予感がした。そして運悪く源太郎の横が空いていた。座るなり井戸端会議が始まった。四人だから、三人が並び、溢れた1人が、源太郎の隣にお座りになった。一見、源太郎に近いほど年齢が上に見える。前の席の外人の横も空いているではないか。そっちに行ってくれと念じたが。無理だった。
落ち着かない隣の彼女は、「ツアーチケットを確認しては、又バックに入れなおし、今度はガサガサと切符を確認して、バックに戻し、今度はガラ携を出し、着信を確認してバックに戻す」
それがしばし続くと。「あらいやだ。ここは、喫煙車。タバコは嫌よね」と我々が唯一ゆっくりできる喫煙者の前で話し始める。前の席の外人のご夫婦は、語らいながらタバコをくゆらしている。源太郎も吸いたいところだが、気兼ねしてやめた。夫妻のその煙が、彼女たちの方になびくと、顔の前に手をひらひらさせて、また「あらいやだ。喫煙車はいやね」という。彼女たちのような人達が、人の楽しみを奪う侵略者。嫌なら、喫煙車と書いてあるのだから、そっちが遠慮するのが当然だろう。天才バカボンだってそのくらいのことは知っている。
バカボンなら、「おじさん達は、満鉄と国鉄の負債返済のために、健康を害してまでご努力なさっている」というにちがいない。私たちが正しいのよと言い張る彼女達を許していいのか。と心で思いながら、彼女達が降りるまでタバコは吸えなかった。根性なしの源太郎だ。
天才バカボンの名前の由来はわからないが、イタリア語のVagabondであってほしい。全てを自由に考える放浪者。放浪者は人の権利は侵さない。そう、旅する四人の侵略者達よ。旦那に先立たれ、永い余生をvagabondareしてほしい。あなた達は本当の放浪者の爪の垢を煎じて、けっして彷徨うことなかれ。
事務所に昨日からブラジルの研修生たちが十数人訪れている。出社すれば、憂鬱も解消される。ラテン系の彼女たち(半数)はチャーミングで、侵略者とは桁違いに笑顔が美しい。でも男たちはヒゲが濃いから興味はない。昨日お会いした彼女に「Oi la Beleza」と声をかけたいところだが、会釈するのが精一杯だろう。「やっぱり、源太郎はちょいワルオヤジにはなれないのだ」とバカボンの声が聞こえる。