早いもので、欧州で結成した会は10年の年月が経過した。ということは、皆十歳年老いたということになる。ところが、多少老眼や白髪も目立つようにはなったものの、毒舌はあいかわらず激しく、さらに磨きがかかっている。
景気どん底のなか、参加人数を集めるのは至難の業と思いきや、奥様方が乗り出して会の査察をするとの通知があり、簡単に20名を超えるメンバーを集める事が出来た。いかに財務省の権限が強いかがこの段階でわかる。
夏も終わりの9月、空港レストランに集合し、それこそ変わった我々にぴったりの島を目指す。ほろ酔い気分で飛行機に搭乗し、長時間のフライトに疲れも見せず、無事ホノルル空港に降り立ったが、オアフ島には目もくれず、再びホノルル空港で航空機を乗り換え、合衆国最南端の島、ハワイ島に再び飛び立った。<o:p></o:p>
ヒロ空港に到着した最初の言葉は「ジョクジャの空港に似ているね」の言葉だった。椰子が生い茂り、平屋作りのまさしくジョクジャの空港である。テロ事件のあおりからなんと言っても検査が厳しい。ようやく皆そろって大型の60人乗りのバスに乗りこみ、ホテル経由で山に向かう。バスは標高を増すごとに霧の中に入っていった。キラウエア火口まで一気に登るバスの窓越しに、ジンジャーの白い花がところどころに咲いているのが見える。
ここの溶岩は粘性が低く、流動性に富む代物だから緩やかに登る道。話は溶岩の流れのように湧き出してくる。普通なら観光スポットの話題になるところが、「火山の話」ばかりで、ガイドの女性も噴火をまるでショーのように話している。火山の歳月は、300万年とか30万年とか、限りなくいいかげんなスケールだが、今その渦中にいるので、我々の時間軸で納得できる。
今回は財務省が同伴しているため、バスの中はいたって静かである。言葉尻を捕まえられないように、そして不穏な動きを察知されないように、男たちは小声とアクションで会話している。Volcano National Parkに着いたときは、やや小雨交じりだった。噴煙をあげる火口を覗き込み、カメラのシャッターを切る。時代は変り、あの銀塩派の男までがデジタルカメラとなった。新しいカメラに熱中している彼の隣で財務省が微笑んでいる。
ホテルは白熱電灯に照らされ長い建物で火口に沿って建てられている。壁はくすんだ赤に塗られ、田舎の木造校舎のように思える。入口の正面にはレストランがあり、右手にフロント、左手に延々と燃え続ける火を囲う暖炉がある。建物の周囲には、木々の間から白い蒸気を吹いている箇所があり、脇を通ると暖かさが伝わる。空腹に耐えかねた彼は、軽食を買い込み、ガイドの説明を聞き流している。部屋割りが完了し、それぞれが部屋に別れた。このホテルは、ロッジそのもので、TVはなく、厚手のタオル、木製の広いベッドがあり、木製の窓枠は、白いペンキで厚めに塗られ、清潔感があった。ギーっと音がする窓をあけて、外の空気を取り込む。
早朝、扁平でそれでいて標高4000mを超える山が朝焼けに光っている。昨日までの霧雨はどこかに消え去り、火口の噴煙は白く輝いている。朝食前の散歩は唯一の自由時間。この時とばかりカメラをもって散策をはじめるが、強烈な朝日のため絞りの感覚を忘れてしまう。朝食の後、ランチボックを四輪駆動車に積み込み、まずは、火口に出かける。昨日霧で見えなかった火口の底は、まさしく生きている。火口が見えるベンチにすわり、小学校の遠足のように、皆ランチボックスを広げてひと時を楽しむ。Chain of Craters Roadを降り、溶岩が海に落ち込むさまを見よう。
真っ黒な溶岩はうねうねと流れ下った様子がはっきり見える。不思議な造形美を私たちに見せてくれるが、真っ黒な溶岩と真っ青な海、そして空の青さが美しい。海と接する溶岩から白い噴煙が上がる様は、まさに生きている火山なのだ。溶岩樹や火の神様の髪の毛と言われる鉱物の結晶など全てが珍しく、この旅の価値がやっとわかった。ゆっくりと散策した後、ヒロの町の海辺のホテルに向かった。今夜はハワイ島の最高峰のマウナケア山に夕日と星空を見に行く企画が待っている。<o:p></o:p>
出発前、ハワイに行くのに防寒着持参という案内を送った。マウナケアは標高4000mを超えている。常夏のハワイと言っても地上から25度は気温が下がる。防寒着を持ち、パスに期待して皆乗り込んだ。夕食は標高2800mの中間地点でのお弁当となったが、これも結構おつなものだった。<o:p></o:p>
大型の天体望遠鏡が各所に設置されている頂上は、思いのほか広い。そしてなだらかである。しばらくすると、日が沈み始め、空一面がオレンジ色と濃紺に替わっていった。これは言葉では表現できない。夕日を堪能してさていよいよ満天の星空が待っているはずだった。「おい。月があがっている」「満月だな」と彼が一声を上げた。実はこの日満月だったのだ。月まで歓迎してくれなくてよかった。正直そこまで気がつかなかった。大失敗。でもにわか天文学者になった我々は、それでも美しく光り輝く星空を見上げた。「ちゃんと調べておけよ。幹事」また彼のお叱りの言葉が聞こえた。「そんなものまで知るかよ」と言いたかったが、ぐっと堪えるところが幹事の宿命。<o:p></o:p>
帰国の前日、我々はホノルルに移動した。お決まりのコース観光を済ませ、それぞれ自由時間を楽しみ、私は夕食前にホテルのプールでひと泳ぎした。部屋に戻る途中、彼と出くわした。「おい、どこに行っていた」「プールで泳いでいたんです」「やっぱりな。すぐお前だと解ったよ。部屋から見たら光り輝いていたからな」と相変わらず口が悪い。「今夜はどうなっている」「打ち上げ夕食会です」「どこで」「場所いっても解らないでしょ」「うまい料理か」「そんなの解りませんよ。コックじゃないんだから」「わかった。ロビー集合だな」「解っているなら聞かないでよ」と言えなかった。<o:p></o:p>
打ち上げ会は海辺の夜景のきれいなレストラン。旅の話に盛り上がり、屁理屈をつけたケーキカットと進み。いよいよ最後の夜待っていた。彼主催のナイトキャップの会である。しかし、今回の旅は多くの参加者の奥様が同行している。彼の勝手とはいかない。私の部屋を完全にオープンし、夫婦連れだって集まった皆は、飲み物やつまみを持参し、車座にすわってパーティーを始めた。お酒も入り話題は尽きない。きっかけは解らないが、二人の馴れ初めの告白談義が始まった。「新幹線でたまたま隣同士になって、ペンを借りたのが縁」というご夫婦。「私が大阪から乗車したの」「僕は名古屋だったよね。隣同士になったんだ。僕が雑誌のクロスワードをしていたら、ペンがなくてさ。借りたんだ」よくもまあ細かいことを覚えている。「東京駅に着くころにはお互いの連絡先聞いてね」「それから・・・」呆れてしまう。<o:p></o:p>
「私は昼ごはんのかつ丼で口説かれたの」という悪友のワイフ。「本当は私じゃなくて他の女性だったのよ」「たまたま昼ごはんに誘われてかつ丼」こちらの夫婦もよく覚えている。隣でやつはニヤニヤしている。台湾の夜の話でもして、いざこざでも起こしてやろうかとも思ったが、楽しげに、新婚旅行のように、それぞれの出会いのエピソードを話すご夫妻には、気の毒と思いその場はぐっと我慢した。<o:p></o:p>
部屋中に響き渡る笑う声は、前回にした大きな窓の外から聞こえるワイキキの波の音と共鳴していた。「また。旅しょうね」という旦那に囁く奥様の声が聞こえたような気がした。(完)<o:p></o:p>